きなこ
2021-01-11 23:34:35
3633文字
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グレホメお題『演劇』

デルカダールの騎士団で演劇をやることになり、騎士役のグレイグと姫役のホメロスの練習風景的な話。
グレホメワンドロワンライの『演劇』のお題で書き始めましたが、途中中断したまま放置していたら期限切れになってしまったので、時間を無視してだらだらと書いてしまいました。

「貴様っ、やる気があるのかっ!」
 デルカダールの騎士達の演習場に響き渡る大声。グレイグは大柄な体を縮こませて、恨みがましげに目の前の男を見上げた。
 その男はデルカダールが誇る双頭の鷲の軍師ホメロス。今はその肩書に演劇総監督という物が加わっている。

 事の始まりは一ヶ月ほど前。魔王や邪神に刻まれた傷はまだ深く残っているものの、来たる建国記念日に合わせて国を挙げての祭りをすることになった。そんな中、どういう経緯でか騎士団総出で演劇をやるという話になっていた。
 しかし無骨な騎士団の人間に演劇に関して造詣が深い人間などいなかった。ただひとり、軍師ホメロスを除いて。
 そんなわけでホメロスが脚本から演技指導、大道具小道具に至るまで指揮を取ることになった。演目はマルティナ姫の強い要望で恋愛物になった。脚本の監修はマルティナ、その他はホメロスの独断で配役が決定し稽古が始まった訳だが、細部にもこだわる完璧主義者のホメロスの要求レベルが高過ぎで、演者も裏方も枕を涙で濡らす日々が続いていた。

「もう少し感情を込められんのか! このシーンは物語のクライマックスだ。そんな下手くそな演技では客の心を動かすどころか、失笑を買うだけだ。大根がっ!」
「そこまで言うのであれば、お前がやれば良かろう」
 あまりな言い様に思わず反論すると、ギロリと睨め付けられた。ひと睨みでザキの効果がありそうだ。背筋が凍え、思わず姿勢を正した。
「貴様が姫役をやりたいのであれば交換してくれるわっ」
 グレイグはこの劇の主役である騎士役を、ホメロスはヒロイン役である姫役を演じる。内容はこの二人のラブロマンスであった。
 跪くグレイグの前に白い手が差し出される。色は白いが女性の手のようにか細く滑らかな肌触りではない。指は男性にしては細くて長いが節くれ立っていて、硬くて、力強い。グレイグの大好きな手だ。
 そっと、愛おしむように優しく触れる。
 膝をつき、彼を見上げる。
 真っ直ぐに瞳を合わせて、そして告げた。
「ワタシハ、アナタヲ、アイシテイマス」
「いい加減にしろっ」
 すぱーんと丸めた台本で頭を叩かれた。二連撃だ。ハヤブサ斬りであろうか。英雄グレイグも全く反応ができなかった。
 グレイグは演じるということが苦手だ。とはいえ、このシーン以外は辿々しいながらもなんとかこなしている。しかしこのシーンだけはダメだった。騎士の中の騎士、漢の中の漢、グレイグ、愛しているなんて軟派な言葉を使ったことが生涯に一度もなかったのだ。恥ずかしくてたまらない。しかも、しかもだ。偽りとはいえ愛を囁く相手が若い頃から密かに想いを寄せていたホメロスなのだ。羞恥に震えるばかりだ。布団を被って大声を上げて悶えたい。
 グレイグがふざけているわけではないことくらいはホメロスも分かってくれているはずだ。はぁーと長いため息を吐いて、丸めたままの台本で自身の掌を叩いている。
「過去の経験をいかせと言っても、そんな物はないだろうし」
「分かっていることをいちいち確認しないでくれ」
 周りにいる部下達に聞かれていると思うと恥ずかしいやら情けないやら。視線を感じたので横を向くと、哀れみを込めた表情の部下と目があい、慌ててそっぽを向かれた。同情するなら代わってくれと思う。
「相手が女性ならばともかく、私なら気負うことなく言えると思ったのだがな」
「お前だからこそ言えぬのだ!」
 人の気持ちも知らないで何を言うかと怒りが込み上がってくる。ずっと側にいるのに何故分からんのだと、自分勝手な気持ちが膨れ上がる。
 しかし、グレイグの怒りの炎は一瞬にして鎮火した。
 膝をついているグレイグを見下ろすホメロスは眉間に皺を寄せ、目を細め、唇をひき結んでいた。滲み出ている感情は怒りではない。むしろ悲しみを堪えているかのような。
「あ、あの、ホメロス……?」
「ふむ。それでは、配役の変更を検討せねばな」
 一瞬のうちにいつもの顔に戻ったホメロスは、見慣れた仕草で前髪を払い、その右腕を先程の部下へと向けると慣れた様子で指示を出す。
「そこのお前、しばらくグレイグの練習相手をしてやれ」
「ちょっと待ってくれ」
 待てと言われて待つようなホメロスではない。部下に台本を渡し、軍靴を鳴らして早足で練習場を去ってしまった。
 引き留めようとして伸ばした右腕をだらりと下げる。ホメロスの背中は拒絶を示していた。何を言い訳をしても聞いてはくれないだろう。
 さて、どうしたものかと頭をかきながら辺りを見渡せば、共に立ち稽古をしていた部下達は一様に狼狽えていた。グレイグとホメロスを交互に見比べて、声を出さずにパクパクと口を動かしている。何かを伝えたいようだが、生憎と唇を読む技能など持ち合わせてはいない。訝しげに首を傾げると、業を煮やしたひとりに怒鳴られた。
「早く追いかけてくださいっ。なんでもいいから言い訳してきてくださいっ」
 一斉に肯首する部下達に追い立てられるようにして、グレイグは渋々と駆け出した。
 何故あのやり取りでホメロスが傷ついたのかは分からない。何を言い訳をすればいいのだろうかと考える。ホメロスが自分がやりやすいようにと考えてくれた配役に意義を唱えたことが、完璧主義者のホメロスのプライドを傷つけたのだろうか。それとも他の理由があるのだろうか。何故だ。何故なのだろう。と考えて、閃いた。ホメロスの気持ちなどグレイグが推し量ろうとすることが間違いなのだ。下手に取り繕うとしては墓穴を掘る。ならば自分の気持ちを真剣に伝えるしかない。
 演劇に臨む気持ちは真剣なこと。
 ホメロスに愛を囁くことが恥ずかしいこと。
 その理由は――
「俺は告白をするのか!?」
 思わず吠えた。
 城の廊下を歩く侍女たちが驚いた顔をグレイグに向けるが、彼は気付かない。熊のように大きい掌で頭を抱え、うぬぬと呻くばかり。
 三十年近く秘めていたこの気持ちを白日の元に晒すと言うのか。なんということだ。
「だが、それも良いのかも知れぬ」
 今、ホメロスと共にあることができるのはいわば奇跡。彼を失ったと思ったあのときに、二度と開くことがないかと覚悟をしていた瞳が開いてくれたときに。もう二度と後悔をしないと自身に誓ったではないか。
 今度は迷いのない足取りでホメロスを追う。
 それを見送る侍女たちが生温かい微笑みを送ってくるが、グレイグは気付かない。彼にはホメロス以外のものは見えなかった。
 ようやく追いついたのは彼の部屋の前。
「ホメロス」
 呼び止めると彼は立ち止まり、訝しげに眉を潜めたのちに皮肉げな笑みを向けてきた。
「練習をしろと言っただろうが、大根め」
「聞いてくれっ」
 こちらに体を向けたホメロスの目の前に立ち、彼を見下ろした。緊張のあまり眉間に皺が寄り、目に力が入る。睨み付けてるかのような形相だ。
 その鬼気迫る様子に、ホメロスが身構えようとする。
 それよりも先に、グレイグはホメロスの両手を取った。大切な物を離さぬとばかりに両手で覆い、己の口元へ寄せる。
「俺は、お前のことを、愛している」
 驚愕したようにホメロスの瞳が見開かれる。
 何かを言おうとして口を開いたホメロスであるが、その唇から言葉が漏れることはなく、その代わりとばかりに頬に朱がさした。なんと可憐なのだ、と本人に聞かれたら激怒されそうなことを思いながら、グレイグは珍しいホメロスの表情に見惚れていた。
 手を取り合って見つめあったままの将軍達の横を生温い視線の侍女達が何人も横を通っていったころ、ホメロスの口からようやく言葉が放たれた。
「う、うむ。合格だ」
「む?」
 何が、と問う前に、ホメロスはグレイグの手を振り解いて、目にかかった前髪を払った。そうして現れた顔はいつものホメロスのものだった。
「まだ少し荒削りだが、まあ、心を震わすような告白であったな。私相手でも構わぬのであれば配役変更の件は保留としよう。だが、このままで満足をするでないぞ。明日にはまたしごいてやる。私は別の用事があるのでいくぞ。さらばだ」
 早口で捲し立てたホメロスが会話は打ち切りだとばかりにそそくさと部屋に入ってしまった。扉が閉まり、施錠の音が響く。
 廊下に一人残されたグレイグは扉を見つめながらガックリと肩を落とした。
 なんと言うことだ。うっかり劇中のセリフをそのまま使ってしまった。痛恨の極みである。
 だがホメロスの心は震えたと言っていた。ならばもっとホメロスに演技指導を受ければ、彼のハートを鷲掴みできるのではないだろうか。演技とはいえ塵も積もれば彼の気持ちもこちらに向くのではないだろうか。
 それだ!
 己の閃きに自信を持ち、グレイグは訓練場へと戻ることにした。
 この劇を絶対に成功させてみせる。そう強い意志を持って。