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西帆
2024-12-01 00:01:00
12154文字
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FO you happy story
アテ表/短編小説
■あらすじ
扉を開けたら、チョコ一粒。
お皿に乗ってさあどうぞ。
時系列は劇場版後1,2年。
アテム冥界帰還次元。実家で過ごす遊戯が突然のチョコでわたわたするお話。
■作品含有物
捏造いっぱい/遊戯ママが割と出てます/クリボーが勝手に!/ハッピーバレンタイン!
【1】
扉を開けたら、チョコ一粒。
お皿に乗ってさあどうぞ。
自分の部屋から通路に出ようと扉を開けたら、高台付きの白いお皿の上にチョコレート一粒がありました。
「ええ
……
?」
部屋の主、遊戯はお皿と向き合いゆっくり目を閉じて開く。そこには家で一度も見たことが無い、紫の縁取りの豪勢な雰囲気のお皿へチョコレートが鎮座していた。
(な、なんでこんなチョコがボクの部屋の前に?)
百貨店のショーケースに並んでそうなのに、と目が遠くなりそうな気持ちを抱きつつ、遊戯はこの謎のお皿と謎のチョコを観察する。
(害は無さそうだけど
……
)
うつくしい丸みに、繊細な甘さを思わせるパウダーの化粧を施された高級感溢れるチョコレート。上から横からじっと見つめても突然動いたりせず、身に持つだろう甘さで食欲をじっくりと誘う気配を漂わせていた。
とりあえず遊戯は部屋の外に出るためにそっと足を上げてお皿を跨いだ。害は無さそうでも、蹴って転がしたら嫌な予感がしたのだ。跨いだらバタバタと階下に降りてリビングで茶を啜る背中へ声をかける。
「じーちゃん! ボクの部屋の前にチョコ置いた?」
「な、なんじゃいきなり
……
チョコなんて置いとらんぞ」
振り向いたのは遊戯の祖父、双六だ。見ている最中だったのか、お茶の湯煙の先でTVが街中紹介番組を流している。
「じゃあママ?」
「ママさんは昨日今日と泊まりじゃ」
「そうだった
……
じゃあ誰か、城之内くんとか、モクバくんとか海馬くん来た?」
「来とらんぞ」
双六のゆったりとした返答に遊戯はガックリと肩を落とした。チョコを置いたのが身内でも、友人でも、自宅の鍵の意味が無い人物でもないとしたら、いよいよあのチョコの謎が深まってしまう。
「と、とにかく見てよ、じーちゃん」
「?」
TVの中で紹介レポーター達がわははと笑い合うのを尻目に、眉間に皺を寄せる祖父と部屋へ向かうが、
「何も無いのう」
「あ、あれ
……
」
見えたのは扉と通路。変わり映えなく、いつものような家を形作っていた。
「チョコの空袋でも落ちとったんか?」
「違うよー」
祖父の言葉に今度は遊戯が眉間にシワを寄せる番だった。遊戯には空袋ではなく、やたら高価そうな皿とチョコレートが観察できていた。忽然と消えてしまったような今があれど、見間違いとは思えない。
「
……
うーん」
双六の視線を背に受けながら、遊戯は先程お皿があった場所を通り自分の部屋の扉を開ける。中に入って閉じて、また開けた。
広がるのはいつもの通路。
「??」
「出てこないや
……
」
謎と消えたチョコレート。半眼のまなざしで今の行動を問う祖父にイチから説明して謎が解けるわけでもなく。
「み、見間違いだったかも
……
」
ともかくその場は、そういうことに遊戯はするのだった。
【2】
扉を開けたら、チョコ一粒。
お皿に乗ってさあどうぞ。
(ま、また来た!)
多くの人が寝静まる夜。そろそろ自分も寝る支度をしようとドアを開けた途端チョコに迎えられ、遊戯は扉を開けた体勢のまま固まる。
チョコレートは今回も『いる場所間違ってるんじゃないの』と思わせる佇まいで出現していた。
「
………
」
そっと扉を閉める。そっと開けてみる。しばらく睨み合いを続ける。
どうやら、このくらいでは消えたりしないようだった。それどころか、丁寧に練り込まれた甘さがふわりと漂い、鼻腔にじわりと触れて沈む。
(チョコ、いい香りだな
……
いや、えっと! か、香りってことは、これ、さわれるのかな)
甘い食欲を誘う香りに一つ首を振ってから遊戯はしゃがみ込んだ。
家の誰にも気づかれずに置かれて、撤去されて、さらに置かれている
……
というのは考え辛く、お昼の様子からして祖父でも知人でもない。なら、もしかしたらデュエルディスクの映像が誤作動
――
と実像ではない可能性を考えていた遊戯は味覚に訴えるような香りに思い直す。
実体か映像かを確かめようと恐る恐る、お皿のフチに指先を近づけて。
――
ゴトンッ、と固い落下音。
「!」
手元ではなく背後の音に遊戯は体を跳ねさせて振り向いた。自分の部屋で何かが落ちた音だ。
……
夜、不穏な物音。遊戯は振り向いた勢いに乗せて立ち上がり、部屋へ飛び込む。
鋭く視線を向けた窓に破損も不審な人影も無し。次いで床を見た遊戯は、
「
……
あ、なんだ」
張り詰めていた神経をほっと緩めた。
一度カードを盗難された経験から酷く警戒してしまったが、さっきの音はベルトが棚から落ちてしまった音のようだった。落下の拍子に巻き込まれたのかカードケースも一緒に落ちてしまい、フタがズレて中身のカードが少し飛び出ている。
カードケースが落ちた衝撃をほぼ守ってくれていたものの、これだけ飛びすぎたのかクリボーのカードが表を向いて床に寝ていた。拾ってケースにしまい、パチリとカードケースの留め具をはめて一息をつく。
(泥棒じゃなくてよかった。
……
でも、ベルトもケースも不安定な所に置いた覚えはないけどなぁ)
お気に入りのベルトと、大切な思い出のいつも隣にあった物だ。それに決闘者としても遊戯はカードを大事にしていた。注意が足りなくておざなりな置き方をしてしまったのだろうかと軽い自己嫌悪が走る。
今度は落ちないよう、奥の方にカードケースとベルトを置いた。
「これでよし。
……
もう寝よう、歯を磨かないと」
寝る支度をしようと振り返り、通路にさし当たった所でふわりと香るものに遊戯は立ち止まる。
「
…………
あっ! チョコ!」
遊戯の前には当然のように広がるいつもの通路。左右上下急いで見回してもどこにもない。謎のチョコレートは甘い香りだけを残してまたもや姿を消していたのだった。
【3】
扉を開けたら、チョコ一箱。
袋の中からさあどうぞ。
「ただいまー遊戯!」
「ママ! おかえり!」
謎のチョコレートが現れては消えた次の日、一昨日から旅行に行っていた遊戯の母が帰宅した。旅行鞄や持ち帰った購入品の紙袋が床を占領して、そこだけ異国の品揃えになっている。
「おおー、おかえり。旅行は楽しかったかの?」
「ええ、とっても。いない間ありがとう! 聞いてくれる? もうパパったらね
……
」
よほど心躍る旅路だったのか、遊戯の母は笑顔を振りまいて旅行の感想を話し始めた。遊戯の父は相変わらず遠方で元気にしているらしい。それに相槌を打ちながら家の奥に荷物を運んだ。
「お手伝いありがとう遊戯。それじゃあ、はい。これ」
荷物や家のことが片付き終わり、遊戯がリビングのテーブルでひと休みしていると母が持ち帰った紙袋の内から何かを取り、遊戯に差し出した。
「あ、お土産?」
旅行返りに渡されるものと言えばお土産だ。何を買ったのかなと遊戯が差し出された物を楽しみに見れば、そこには普段家ではお目にかかれなさそうな艶のある質感のパッケージ。十字に結ばれた金縁リボンに彩られたそれは豪華そうな雰囲気だ。そう、『豪華そう』な。
「
…………
」
遊戯は頭を過ぎったものにビタリと動きを止めた。
昨日二度出ては消えた『豪華』なチョコレート。目の前には『豪華』な箱。類似に気安く触っていいものかという不安が頭を出してしまったのだ。
「遊戯?」
受け取ろうとする手のまま固まった姿に遊戯の母は首を傾げる。遊戯は慌てて頭の中の不安を無視し、箱を受け取った。
「あ、ごめんママ。すごく豪華で驚いたんだ」
「そう? いつもはこういうのは買ってこないものね」
「ほーう、どういうお土産じゃ?」
遊戯の横から双六が箱を覗き込む。遊戯の母も遊戯が箱を開けるのを心待ちにニコニコと待っていた。
(
……
ママが買ってきてくれたものだし、不安に思うこと無いかな)
「いま開けるよ」
気を取り直して遊戯は箱のリボンを解いた。側面の透明なシールを外して蓋を取れば、さらに中を隠す薄い保護の紙。破かないように紙止めをとってめくり上げれば薄いクッション紙が見えてくる。
(食べ物かな? こう、開けてる時って好きだな〜)
プレゼントを開けるのはいつだって楽しいものだと頬を緩ませて遊戯は順々に包装を外していく。壊れないよう中身をしっかり守ってきた最後の紙をめくりあげれば。
――
昨日見たようなうつくしい丸みのチョコレートがそこにあった。
「ハッピーバレンタイン。お土産じゃなくてチョコレートよ!」
キレイでしょー。とてもおいしそうに見えて買った高いチョコレートなのよ。当日は先だけどパパにはもうあげてきたし、賞味期限も短いから遊戯に渡すわね。おじいちゃんの分はこっち。これとは別にお土産はね
……
。
と、朗らかな母の声を遠くに聞きながら、遊戯は緩んだ頬をビシリと固くさせた笑顔で目の前のチョコレートを凝視した。
頭を出していた不安がそれ見たことかと無視されたことにケチをつけて、いやママの好意を無下にできないじゃないかと脳内討論で反論する。いや、それよりも何よりも。
(何で昨日のチョコと似てるんだー!)
遊戯はイスから飛び退きたい足を押し留めるのに必死だった。
だってそうだろう。チョコレートの形、大きさは別の商品でも似ているものも確かにある。だけど母の買ってきたチョコレートと出現して消えたチョコレートの形がそっくりなんて偶然あるのだろうか!
「どーしたんじゃ、遊戯」
双六が凝視を続ける遊戯へ声をかける。母からの心配の目線も感じて、遊戯は咄嗟に、
「て、テレビで見たチョコレートとすごい似てたんだ。ママありがとう、チョコ食べたい時になったら食べるね!」
素早くチョコレートを冷蔵庫にしまい、ともかくその場は、そういうことにするのだった。
【4】
電話の先で山盛りチョコ。
色んな所から、さあどうぞ。
「うーん
……
」
遊戯はカレンダーの前で唸っていた。
「2日後はバレンタインデー
……
昨日のチョコも誰かからのバレンタインチョコでいいのかな?」
現在時刻は昼過ぎ。『推定○○さんからのバレンタインチョコ』とした扉前のチョコレートは今日は出現していない。
自分の部屋に戻ってから、遊戯は映像かどうかを定めるために隅々まで扉周辺を調べていた。残念ながら収穫は無し。透明人間が置いているか、出現して消えているのが濃厚でオカルト
……
普通ではない可能性だけが増えてゆく。
悩んでいると、扉前に出現する代わりに母のチョコレートに扮した
……
なんて悪い想像を考えつき、ぱっぱと考えを振り払った。
(せめて次出てくるまでママのはいいかな
……
)
――
♪
――
「ん
……
?」
そうこうと考えを巡らせていると携帯が着信音を鳴らす。誰だろうと遊戯が携帯端末の画面を見ると、モクバの番号が見えた。
『よー遊戯! 突然の電話悪いな!』
「モクバくん、どうしたの?」
モクバの番号は知っているが、気軽に日常の雑談をする間柄ではない。どんな要件なのか遊戯が声に集中すると、
『お前宛のチョコレートどうする?』
「
…………
ええっ!」
あまりにも現状を指摘した質問がやってきて遊戯は前のめりに端末を掴んだ。この家のオカルト現象について海馬コーポレーションが何か観測したのだろうか。
「
……
な、なんでチョコレート
……
?」
『忘れたのか? 決闘王、武藤遊戯宛のバレンタインチョコレートだよ!』
「あっ、それか!」
『んん? 他に何かあるのか? 何かあからさまに安心してないか
……
?』
「ははは
……
」
安堵と残念で7:3。謎に対するの糸口があればと思ったがそうではないようだ。
モクバの話したかった内容は、決闘王にバレンタインチョコを送りたいという多く声が出ていて、そのための専用窓口と各種対応を海馬コーポレーションが用意してくれている件だった。
『それで、届いたチョコに対してお前はどーしたいんだよ』
「どうしたいって?」
『お礼をするかってのと、お礼するならどんな形で、だな。届いたチョコレートの山を見たいか? 今届いてる分でもなかなかの数だぜ〜』
「そ、そうなんだ」
高校生の時は自分には縁遠いものと思っていたチョコレートの山。それが今、現実のものになっているらしい。
聞いただけではとても想像出来なくて、遊戯は電話を繋ぎながらしばらく考え込んだ。
(バレンタインデーチョコをもらいすぎてお礼に悩むなんて、ボクの人生であると思わなかった)
チョコを送ってくれた人は、どんな思いで送ってくれただろう。遊戯はまだ、決闘王として立った時間は少ない。決闘という舞台に立つ武藤遊戯へ送られたそれは、きっとゲーム屋の息子である武藤遊戯ではなく
……
カードという剣で魅せる戦いをしてきた『武藤遊戯』に対する想いだ。
今はいなくても、人々の心に残り、変わらずに軌跡が輝いている。それは、自分のことのように遊戯は嬉しかった。
「
……
ありがとうってチョコを送ってくれた人に伝えたいな」
『
……
よーし、任せとけ。発表方法はこっちで整えっから、ありがとう以外に載せたい言葉があれば次の電話までに考えとけよ!』
プツリと切れた電話と一緒に遊戯は苦笑いした。声が少し神妙になってしまった。
(アテム、ボクはキミを忘れない。でも、ボク以外にもキミを忘れないで、好きだってチョコをくれる人がたくさんいるよ)
嬉しいことなのは間違い無いけれど、どうしようもない寂しさも滲んでしまう。ゆっくりと心が落ち着くまで、遊戯は目を閉じ続けた。
閉じた目を開け、遊戯は自室の扉へゆっくり振り向く。
(じゃあ、あのチョコは?)
出現して消える。届き方が奇抜だからどうやって、という考えばかり頭に巡らせていた。
誰かが気持ちを載せて送ったチョコレート。それに対してボクは受け取っても、お礼も言ってない。
「
……
よし」
1つ決めてそっと細く扉を開ける。そこにはこれまでと同じようにチョコレートが一粒。お皿に乗って佇んでいた。
「チョコレート、ありがとう」
扉を開けてそう言おうとして、
(
……
!?)
突如、前からの圧迫感。咄嗟に壁に手をついて勢いを殺したものの尻もち寸前までバランスが崩れ、苦しい体勢で周囲を見るも誰もいない。
それどころか、独りでに扉が閉まってしまった。
立ち上がり、もう一度扉を開ける遊戯の前に当然のように広がるいつもの通路。左右上下見回してもどこにもない。
「そんな
……
」
チョコレートは甘い香りすら残さずに姿を消したのだった。
【5】
扉を開ければ、チョコ一箱。
さあ、どうぞ。
また一日が過ぎ、バレンタインデー前日。
遊戯の部屋の前に現れたチョコレート。受け取ろうとしたものの弾かれるように拒まれてしまったそれから、チョコレートが再び出てくることはなかった。
遊戯が冷蔵庫の扉を開けると、自分が入れた通りに母からもらったチョコレートの箱がある。一つ一つ仕切られて並ぶ中身のチョコはつつくと少しだけ指先にコーティングの粉がついて、触れるだけでは溶けないような肌触りだった。
「
…………
」
食べる気にはなれず、遊戯はそのまま箱を閉じて冷蔵庫にしまい直す。
「
……
遊戯、どうしたの。一度手で触ったら食べないと駄目よ」
「ホホ、心配させとるぞ、遊戯」
「
……
ママ、じーちゃん」
声に遊戯が振り返ると、ありありと心配の色が見える遊戯の母とその隣の祖父の姿があった。
大丈夫、何でもないよ。
誤魔化してきたこの数日。遊戯は今度もそう言おうとしたが、口をつぐむ。バレンタインデーまで後1日の時間の無さが次の言葉を後押しした。
「チョコレートの、幽霊?」
息子の言葉に遊戯の母は何度も目を瞬かせた。
「うん。チョコレートの幽霊がボクの部屋に出てきたんだ。お礼を言うのにもたついてたら消えちゃって」
「そーかそーか」
どうしたらいいと思う、と遊戯は二人を見る。
遊戯の母は相談に乗ろうとしたものの、息子のオカルト全開な発言とそれを当然のように不敵な笑みで受け止めている双六についていけるか図らずも試されていた。
「なら、バレンタインデーチョコいつも作ってくれとるママさんじゃな」
さらに助言を促され、遊戯の母は必死に考える。
「そ、そうね
……
ママ、この旅行行けなかったらチョコの幽霊作ってたかもしれないわ」
息子の力になりたいと全力で回した頭が咄嗟に出したのは先日の旅行だった。
「帰国は難しいけどパパの予定が空いたって聞いて、とってもパパにバレンタインチョコあげたくなったのよ」
「じゃあ、もしママがチョコの幽霊作って、パパが怪しんで受け取れなくて、でも後になってお礼をくれるとしたらどうして欲しい?」
ただし、携帯端末で言葉をもらうのは難しい。直接会うことも難しい。
息子は不思議な制限を質問に加える。それには触れず、それなら、と前置いて遊戯の母は息子に答えた。
「
……
パパからも、何かお礼の物を送ってくれたら嬉しいわ」
「そっか
……
」
息子の寄せられていた眉がゆっくりと解ける。瞳にも元気が戻った気がして母は微笑んだ。それと共に、
「あら、もしかしたら遊戯、誰か良い人いるの? ママにとってのパパみたいな人」
チョコレートの幽霊、とカバーをかけて本当の相手がいるのかもしれないと、遊戯の母は聞いていた。
「えっ、いや、そんな
……
そんな」
「ホホ、ならお礼は頑張らんとなー」
遊戯と言えば、そんなことを聞かれ、誰かとまでしか考えてなかったそこに初めて向こう側の実像を色づけられた。
幽霊チョコレートを作ってまで、チョコレートをあげたいと願ってくれる人は。
「
…………
!」
そこまで考えて、遊戯は頬に朱色を溶かした。
自らの内から思考にぱっと湧き出た鮮やかな姿。自分と似ていながら全く似ていない、力強さのある瞳と立ち振る舞いを持つ彼。忘れるはずのない、アテム。離れた今も変わらず目標で憧れで。
そんな彼はバレンタインのチョコレートは貰う側だと思っていたから、ずっと『チョコレートをくれる相手』からは無意識に除外してしまっていた。なのに、まさか。ボクに渡してくれた?
真っ赤になって顔を逸らしてしまった遊戯は母から暖かく見守る瞳を送られ、いたたまれずに目を閉じて勢いよく立ち上がる。
「ねえ、ママお願い! ボクにチョコレートの作り方を教えて!」
ショーケースの高級なチョコには足元にも及ばないだろう。
お菓子を日常的に作るわけでもない。母がいないと方法もわからない。
それでも、バレンタインデーに気持ちに報いるというのなら、これしかない!
そんな冷蔵庫で気落ちしていたのとはまるで違う真剣な遊戯の勢い。また試される母は、今度は得意分野だと不敵に笑って袖をまくりあげた。
「とびっきり美味しく作らせてあげるわ!」
【6】
扉を開けたら、チョコ一粒。
お皿に乗ってさあどうぞ。
バレンタインデー当日。
自分の部屋から通路に出ようと扉を開けたら、浮遊した黄金の器の上にチョコレート一粒がありました。
「
……
!」
部屋の主、遊戯は2、3回ゆっくり目を閉じてゆっくり開く。そこにはとても馴染みのある千年パズルと黄金櫃と同じウジャトが彫られた器。そこに、うつくしい丸みと繊細な甘さを思わせるパウダーの化粧を施された高級感溢れるチョコレートが鎮座していた。
遊戯は開きかけだった扉を大きく開け、噴き出した嬉しさの勢いに乗せて近寄り、器に触れる。艷やかに黄金の光る曲線を捉えた指先から伝わるのは間違いなく暖かく懐かしい気配だった。
――
アテム。
会えたら嬉しくてどんな時でも迎えたい。そんなキミなのに。
「気づかなくてごめん
……
! ちょっと待ってて、すぐ戻る!」
バタバタと階下に降りて、目指す先は冷蔵庫。一息に開けて、一息に目的のものを引っ張り出し、リビングで茶を啜る背中へ声をかける。
「じーちゃん! ボクの部屋の前にしばらく来ないでね!」
「な、なんじゃいきなり
……
よーわからんがわかった」
遊戯の祖父、双六はそう言って見ている最中だったTVに目線を戻した。
流れている街中紹介ニュースがバレンタイン当日の豪華なチョコレート売り場を映し、楽しげにチョコについて語る声が流れていく。それは、階段を駆け上がる遊戯の背中にも届いていた。
「お待たせ!
……
キミにこれを渡したいんだ!」
遊戯が冷蔵庫から取り出したのは、母と作り上げたチョコレート一粒。
出来上がった姿はとても美しいとは言えない。百貨店のショーケースには並ばないし、材料だって子供のお小遣いで買えてしまうチョコから作り、包装だって市販の個包装材料で包んだものだ。それでもあげたいと、報いたいと思って作り上げた。
扉の向こうから想いをくれるというのならボクだって。
遊戯は指先でそっと器の上のチョコレートをつまむ。代わりに自分のチョコレートを置いた。しっかり置かれている。
そして、遊戯は満面の笑みで指先のチョコレートを口に含んだ。
(ん
……
、わ
……
うわー
……
!)
最初に舌を撫でるのはパウダーの苦味。すぐにさらりと消えて次に舌に溶けだすのは滑らかな甘み。口内の体温で転がせば唾液と溶けて混ざり、香りが口いっぱいに行き渡る。
それは一粒から伝わる幸せ。香りで味で食感で。喜ばせるために練り上げられた味覚のカーニバル。
歯で挟めばふにゃりと形を変える柔らかさ。徐々に溶けて小さくなるも、最後に少しだけ甘さを主張する。舌へ残るその主張は溶けきった後にも余韻で味を振り返させる、そんな至福の組み合わせだった。
ほぅ、と無意識の吐息が落ちる。体にじんわり溶けていった味覚の余韻にただただ遊戯は頬を緩ませていた。
そんな遊戯の姿を黄金に映した器がするすると虚空に消えてゆく。
「
……
アテム、美味しかったよ。チョコレート、ありがとう!」
その言葉を消えゆく器に乗せて遊戯は自分の部屋に入り、そっと扉を閉じた。
【7:とある顛末】
少し重い冥界の、扉を開けたらチョコ一粒。
器に乗せて、
――
召し上がれ、もう一人のボク!
これから記すのは冥界で起こったとある顛末だ。
時は遡り、遊戯が最初にチョコレートと出会うより前の日のこと。冥界の住人が寝静まる頃、アテムという王様も寝所で寝転んでいた。
体を暖かくする布に包まる王様が、ぱちりと目を開けて物憂げに目を細めて幾ばくか。おもむろに指先一つで一匹のクリボーを虚空から呼び出す。
「クリッ」
呼び出され、何か御用かとふわふわ寄ってきた茶色い毛玉。そんなクリボーを両手で掴まえて王様はまん丸な瞳と目を合わせながら呟いた。
「
……
悪いな、クリボー。話を聞いてくれないか」
「クリ?」
クリボーは何だかよくわからなかったが、いつも不敵に笑うマスターが申し訳無さそうに眉尻を下げる姿にただ事じゃないぞと、きゅっと身を締まらせた。
手触りから伝わったのか王様は「そんな緊張するような話じゃないぜ」とクリボーを優しく手離して身を起こす。
ただ、聞いて欲しい、と始まった話。
黙っていられれば良かったけれど黙っていられず、かといって臣下や従者に聞かせるには恥ずかしい。
そんな、
「
……
現世は、そろそろバレンタインデーなんだ」
「クリ。」
過ぎ去り、今も愛おしい、恋心のお話だ。
「相棒は、バレンタインデー近くになるとそわそわしていたんだ」
「もらえるか、もらえないか。期待と不安で浮き沈み」
「隣で聞くにはなかなか騒がしい心だったぜ」
「今はもう不安は無いだろう」
「相棒は強い。その強さにきっと誰もが好ましく感じる」
「あの時と違ってたくさん届くだろうさ」
「クリ
……
」
ふわふわした茶色い毛並みがゆるりと撫でられる。優しい手触りと優しい声。返事を求められず続く、低くも心地良い音にクリボーはなんだか眠くなっていた。
眠くなっていたけれど、暖かいのにちょっとだけ混じるさみしさが聞こえたから頑張って起きていた。
「相棒に届くのは嬉しいが
…………
」
言葉はそこで途切れて、クリボーが王様を見上げても黙ったまま。視線が合ってもただ撫でられて、それでも見ていると王様はそっと瞼で瞳を隠す。
クリボーにはそれがなんとなく、言葉が瞳の奥へ閉じ込められたように見えた。
「クリ!」
「!」
それはいけない、とクリボーは奮起した。
手の下で力の入ったクリボーに王様は目を開けてビックリした。
茶色い毛玉が眠気とは真反対の動きで王様の周りを飛び回る。「どうしたんだ」と王様は捕まえられそうにない毛玉を目で追った。何で飛び始めたのか王様にはさっぱりわからなかったのだ。
クリボーにとっては王様こそ「どうしたんだ」だった。何故なら王様はクリボーにお願いしたのだ。
願いを叶えるためにクリボーは目を釣り上げて王様の真ん前に浮かぶ。
「クリクリ!」
寝ないぞ、起きてるぞ。言葉は告げられずとも意志を込めて鳴く。
しばらく見つめ合って、それから王様は観念した。
「
……
ああ、ありがとう、そうだったな。聞いてくれと言った」
クリボーには判断付かないことではあるが、よく王様を知るマハードやセトが見たらこう思っただろう。少し子供っぽく、年相応に向こう見ず。そんな勢いでこう言ったのだ。
「オレも遊戯に渡したい」
それからの王様はどこか吹っ切れたようだった。
「えっ、チョコをお渡しするんですか! きゃー!」
「こら、マナ!」
夢見心地な声が王様を頂点と敬うべき玉座で響き、マナと呼ばれた少女が即座に諌められた。
「マハード、いいぜ。事実だからな。それでどうなんだ、可能か?」
マナをまるで意に介さず玉座に座る王様は、威風堂々とバレンタインな要望を告げる。本来ならここ政事や裁判など社会的なことを決める場なのだが、マハードと呼ばれた神官はどこから見ても個人的なその要望に、王様に仕えるしもべぶりを素晴らしく崩さず答えた。
「チョコをお送りする遊戯様は王の器。遊戯様の部屋も千年パズルが組み上げられた場所ですから、チョコレートが弾かれることはありません。ですが、完全に冥界へ渡ったファラオ自身の降臨は千年アイテムのほか『場』が無ければ不可能です。直接手渡しすることは難しいでしょう」
「そうだな」
それでもだ、と王様は続きを促す。
「また、幻影ではなく現世に残すとなると大きい物や力のあるもの程、難易度が跳ね上がります。ですので、確実に届けられるとしたら
……
」
マハードは人差し指を一つ立てる。
「お力を練り込んで、チョコレート一粒かと」
一粒。と王様は少し残念そうな顔をした。
「それだけではなく、冥界から現世の遊戯様の部屋へ次元を越えて間違いなく届けなくてはなりません。届けるための容器、配達員、魔力が必要です」
「ム
……
いいだろう。揃えてやるぜ!」
吹っ切れた王様は活動的。やれると解ればマントを鮮やかに翻して色々と揃えたのだった。
「お師匠様っぽい帽子、いいなぁ」
「似合ってるぜクリボー。いやマジクリボーか?」
「クリクリ?」
配達員として任命されたのは、丁度いいサイズのブラックマジシャンの帽子をかぶるクリボー。
あの後寝台からどこかに行ってしまったマスターはどこかな、と探していたクリボーが、マナに手招かれた先でマハードに被せられたのだ。
「遊戯様の持つ私のカードとクリボーのカードを目印にして向かわせましょう。その帽子に込めた私の魔力を現世への推進剤にしてください」
「頼んだぜ、クリボー」
そうしたらなんと現世までの配達という大仕事の任命! クリボーは何だか嬉しくなった。不敵な笑みのマスターがそこにいて、大切なものを自分に託してくれる。ぎゅっと身を締めたクリボーの返事はこれ一つなのだった。
「クリ!」
さてさて、そんな配達員のクリボーはとても頑張った。
一回目。
「クッ
……
! 差出人名不明になっている
……
!?」
配達先の人に荷物の上を跨がれてスルーされても。
二回目。
(クリィ!?)
受け取ってくれるか心配になって
カードを動かしてしまったとしても。
二回目と三回目の間。
「そういえば、どんなチョコレートにしたんですか?」
「ン
……
現世のチョコ見繕って美味そうなやつにしたぜ」
見繕われた気配に遊戯の母が珍しくバレンタインチョコレートを買う事にしても。
三回目。
『クリーー!!』
「ファラオ。私の魔力が切れました。現世に弾かれたクリボーが戻ってきます。差し戻しです」
「
…………
」
冥界お届け便不着に王様たちが悶々としても。
四回目。
「チョコレートには俺の念を込めたが、器への配慮が甘かったな。次元を越えるうちに気配の質が悪くなって差出人名が不明になった。今回は一時的に形を変えた千年パズルの器だ
……
受け取ってくれ! 相棒!」
「呼び出されたと思ったら何を作らせているのですかファラオ
……
!」
「セト様ほか皆さんと超特急で作るのは私も頑張りましたよー!」
――
きちんと届くまで勤め上げたのだ。
そんな配達員クリボーの帰り道はお土産付き。きっとマスターが喜ぶ気持ちも載せて千年パズルの器で次元を渡る。
王様が冥界の扉を開けたら、チョコ一粒。
器に乗ってさあどうぞ。
口に入れれば苦く甘く。幸せな味。
そこに気持ちがこもっていれば、ああ、尚の事。
「
……
チョコレートありがとう、相棒!」
寝所で俯いていた王様も、
笑みがこぼれることでしょう。
――
ハッピーバレンタイン!
Fin
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