西帆
2024-12-01 00:00:00
9883文字
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そうして最期に愛が勝つ

アテ表/短編

■あらすじ
彼は道を歩いていた。宛もなく夢遊のように。
やがて彼は天を見上げて、いくか、と呟く。
もうこの体は崩れているのだからと。

時系列は劇場版後数年。アテム現世帰還次元。
大切なものを落としてしまったアテムが呼び止められるお話。
ふわっとお読みくださると嬉しいです。

■作品含有物
捏造いっぱい/不思議ワールド/アテムに不幸/ゲームもあるよ/そして最後は愛が勝つ

 


 例えばそれは十面ダイス二つを振ったら何連続も01が出たもの。
 幸運に幸運を重ねて冥界から現世へ。愛しい人と触れ合う体を携えて舞い戻った。手を繋いで、抱き合えた。
 例えばそれは十面ダイス二つを振ったら何連続も100が出てしまったもの。
 愛しい人と二人で歩いていたら暴走した車が歩道にきた。辛うじて避けた先で工事現場の資材が落ちてきた。愛しい人を庇うために、手段は選べなかった。

 確率とは何万回も施行していれば収束するものだという。運命のような強運を持つ彼は、時に取り返しのつかない一点の不運も呼び寄せてしまうのかもしれない。


 ***


 彼は道を歩いていた。ふわふわと意味もなく、宛もなく、勝手に動く足のままに。
 歩けども歩けども、ぼんやり光る足元の道と、たまに光が瞬く夜空のような周囲しか見えず、少し先すら定かで無い道行きは重力のおかしい捻れた道を描き出す。
 ぐるぐると渦を描いて捻られた道は気がつけば足が壁を歩き、気がつけば足が天井を歩く普通ではありえない空間だ。しかし、彼はこう思っていた。
(懐かしいな)
 状況に似つかわしくない、故郷の風景を眺めるような呑気さで、ゆるりと目を細めて現状観察をしていた。
(迷宮じゃないのか)
 なぜ彼がこんな風に思えているのかというと、闇に慣れているから、という理由がある。千年パズルという封印の中で永い年月、闇を隣人にして過ごしていた。彼にとって闇は即座に怯えるものではないのだ。
 そんな彼の思う通り、捻れていてもここは一本道だった。彼の記憶に染み付いた抜け出すことを許さない分岐と扉だらけの空間と違い、間違いなく送り届ける一本道。
(これはどこに繋がっているんだ?)
 把握した自分の周囲に彼は他人事のように疑問を抱き、首を傾げる。まったく。意識から離れて規則的に進み続けている足にこそ気を向けるべきなのに。
 判断力をどこかに落としてしまったような夢遊の歩みは、ぽろぽろと彼の何かを緩ませ、落としていた。
 繋がっていたはずなのに、たくさんの幸運を使ってやっとの思いで組み上げたはずなのに、体のそこかしこから崩れていく。
 それもそうだ。本来なら、もう崩れている。
 バラバラに崩れ落ちて年月の霞に消えている。
 不変の黄金とは違う。脆く崩れたら治らないまま。不可逆の人の肉など、組み上がっているほうがおかしいのだ。
……なら)
 彼は緩んだそこから湧き出た答えに思いを馳せて上を見上げた。答えに沿うように道は螺旋を描いて上へ上へと伸びている。頂点へ向かうほど円を狭くしたその先には自分の向かうべき所があるのだろうと。
(いくか)
 意識を持って踏み出した足が地を叩く前に――衣服を摘んで誘うような声があった。

「ねえ、ゲームをしようよ」

 彼はすぐさま振り向いて声の主に向き直った。キリリと眉に力を入れて闘争心を見せるのも忘れない。
「受けて立つぜ!」
 即断の雄々しさに声の主が小動物のように小さく体を跳ねさせる。艷やかな指先。抜群の体幹。足先まで隅々に体全体の調和をとって伸びやかに向けられればそうもなるだろう。
 しかし、そんなカッコ良さの具現のようなポーズをした彼は、指さした相手が跳ねた拍子に揺れた見慣れぬ布に数回、目を瞬かせる。
(誰だ?)
 布はローブの形で声の主を覆い隠していた。頭部も深くフードが被られ、顔には暗い影が落ちている。フードの人物、としか言い表しようのない姿に彼の眉が疑問に歪んだ。
 何故なら一種の確信を以て彼は振り向いていた。この声は自分にとって楽しく、■■いものだと。なのに違っていたものだから、まじまじと暗い影から顔を判別しようとフードの中身を覗き込む。
「あ、……あの……
 フードの人物がワタワタと照れたように手を振る間を掻い潜って判別を粘った彼だが、
……見えないぜ……
 見ることができなかった。
………………
 フードの人物が振る手を止める。力を失くしたように指が折り畳まれて、腕が降ろされた。
 顔まで俯いたそれは、自分の言葉でフードの人物が傷ついたように見えて彼は口を引き結ぶ。
(しまった。言ってはいけなかったか)
 フードの人物と彼の身長はほぼ同じ。目線を少し下げれば口元くらい見えても良さそうだが、不思議な事に覗き込んでもただ空洞のように暗い。だから自然に口を滑った言葉なのだが、素直な物言いだとしても言葉は人を傷つけてしまう事がある。
「すまない、気に障っただろうか」
 彼は一歩下がって姿勢を正した。フードの人物はそろりと俯いた顔を持ち上げて彼を見つめる。誠意の見える表情と向き合った少しの時間を挟んで、細やかに首が振られた。
「いいよ。その代わり、早くゲームしようよ!」
……ああ!」
(よかった、…………?)
 ほっと胸を撫で下ろした安堵と共にはた、と彼は気づく。
「ルールは簡単。ボクとキミと、これを同時にフィールドのマスへ刺していくんだ」
 フードに隠れて何者かもわからないはずなのに、それも気にせず、どうしてこの人物に自分はこんなにも心を許している?/当然だ。■■を悲しませるようなことはオレはしたくない。/顔の無いような容貌。警戒するほうが自然だというのに。
「暗いマスに刺していくと、刺した所から描かれた柄の形で埋まる。マスの暗いところを埋めていって、最終ターンで埋めた所が多いほうが勝ち」
 フードの人物が刺す、と袖から何かを取り出す。それは柄の形以外、鋭角をすべて丸ませた樹脂製のナイフだった。一本一本、黄色と紫どちらかの単色で作られたそれは子供も持てるおもちゃ。僅かな光が照らす夜空の道より、蛍光灯が照らす子ども部屋が似合う一品だ。
…………
「後は星っていう要素もあって、星を使うことで相手のマスを埋め返すことも出来るし、ランダムでレアな星も……どうしたの?」
 覇気のある返答から一転。真剣な顔で沈黙した彼にフードの奥から心配の声がかかる。
 彼は思考に割居られたような/違う。オレの本心だ/異変に今更、背すじがざわつくような不穏を覚えていた。
……始める前に聞きたい。ここは、どこだ? お前は誰だ?」
 夜空の下におもちゃのナイフが落ちているような不安感。きっと落としたのは自分だ。拾って振り向いても迷子になって帰る道すら定かでない。
 彼は、自分を形作るもの、記憶の地盤がとれていないことにやっと気づいた。

 どうしてここにいるかがわからない。
 何故この空間を異常と思わなかったかがわからない。
 目の前の人物に懐く謎の安心感の理由がわからない。

 重い不安の問いを受けたフードの人物はゆるりと布をはためかせて両手を広げた。すう、と息を吸ったその声は彼と違い、重さに倒れない安定感を見せる。
「確かにボクは、キミがどうしてここにいるのかも、ボク自身の事も答えられる」
 朗々としたそれはまるで、場を支配する王者のように宣誓された。
「でも、そう簡単に教えられないよ! 知りたかったら……さあ!」
 /楽しもうぜ!/
 走り舞い上がる銀線幾条、夜空をパーツ分けする優雅な曲線。遥か地から天へ向けて、二人を円球で囲うように光の線が走り抜けた。天でぶつかりあった銀線達はスパークの星々を余すことなく降り注がせて夜空を一瞬の昼に染め上げる。
「ッ!?」
 眩しさで彼の両目を閉じさせたそれだけでは飽き足らず、銀線は横に円を描いて、縦の銀線と交差しながら更に夜空をパーツ分けする。交差した部分はまるで近距離の恒星。光溜まりの如く周囲を光で滲ませる。
 完成したのは半球を光の線の長方形群で象った大きな円球。何の仕組みか光を保ったままプラネタリウムのようにゆっくりと回転し始めた。
 場を一変させた光景に彼は息をするのを忘れて見入っていた。ぱちぱちとスパークの残り火が周囲を散るのを自然と目で追ってしまう。
 ここまで照らされてしまっては、歩みの頼りにしていた淡く光る道は今や何の変哲もない無機質な道。そんなことよりも、彼はフードの人物への高鳴る動悸が抑えられなかった。
「これがフィールドだよ。■■■、手札にするナイフを選んで!」
 フードの人物は何かを呼んで/これだけはオレが絶対に落とさない/金色の箱を彼に渡した。どこかで見た覚えのある1つ目が側面に装飾された高価そうな小物入れ。蓋をズラせば所狭しと詰められた黄色のナイフ。作りも甘い子供のおもちゃが高価そうな金色の箱に入っているのがちぐはぐで、なのにひどく楽しそうに誘うものだから。
(お前は、誰だ?)/■■だ/
(いや、きっとオレは、こいつを知っている)
 彼は自分の中の安心感を信頼することにした。
 舞台上のような光の中央にいるにも関わらず、フードの影で表情は伺いしれない。なのに遊戯の刃を構えて対峙する闘いの気配が不安を消し飛ばしそうなほど快い。
 彼は心の底から笑みを浮かべた。
「オレが勝てば、話してもらうぜ」
……負けないよ!」
 彼も相手も手札のナイフを選び、場が整ったなら言うことは一つ。

『ゲームスタート!』


 ***


 ――きっとそれは、彼にとって必ずしも必要では無いもの。
 本来だったら欠けていても彼は正しいところに行けた。
 ――きっとこれは、もう一人にとっても、必ずしも必要では無いもの。
 例え欠けていても、もう一人は正しく歩んでいけた。

 それでも二人足掻いた先で手に入れたものだ。
 だから、こんなにも■■いのかもしれない。


 ***


 ローブを閃かせて投げられた紫と力強く刺さった黄色のナイフ。剣が瞬く間に形を溶かしてフィールドのマスへ柄の形を刻みつける。
(これは……陣取りゲームか)
 手札としてランダムに選出された、黄色のナイフ四本のうち一本を構える。
(ナイフの情報は形と刻まれるマスの数、ナイフの持つ星の位置。フィールドを埋めた数が勝敗の要因であるなら、数が重要と思われるが……
 彼の視線は本陣と定められた1マスからフィールド全体を見定めていた。
(星が無ければ相手のマスを埋め返せないというのは相手も同じ。まずは星を使わず自陣を広げるために、相手側へ切り込む!)
 鋭く投げたナイフで、さらに紫・黄色双方が相手陣地に伸長する。
「さすがだね! このゲームの定石をすぐ理解してる」
「次のターンがお前の陣地とのぶつかり合いだ、ここからがゲームの本番、といった所だろう?」
「そうだよ。ボクのデッキでキミの陣地を埋め尽くしてみせる!」
 ターン経過で4本を保つよう支給されるナイフにはそれぞれ銘がある。闘志をぶつけ合う勢いを載せて高らかに銘が読み上げられた。
「行くぜ、『砦を守る翼竜』! 陣地への進入者を妨害しろ!」
「頼んだよ、『岩石の番兵』! 番人となって経路を保て!」
 剣が瞬間、モンスターの形を型取り、勢い良くフィールドを進行する。マス目を色彩で埋めてぶつかり合った跡地には横に埋められた黄色にナナメの形状を持つ紫が差し込む。
「ぶつかりあった場合は埋めるマスが少ない方が優先される。ボクの進行を封じきれなかったね」
「だが……どうやら星を一つ、取得だ」
 フィールド上で黄色マスの持つ1点のマスが恒星のように輝く。
「それが星の活性化。……ナイフの持つ星の周囲全てのマスが包囲されると星の活性化になる……条件は満たしているよ」
「進入路は防げなかったが、手は残ったな」
「まだまだ、どうなるかわからないよ。次のターンだ!」
(さて、これをどう使用する…………?)

 星に対して思いを巡らしたしたそこで、
 彼は意識が寸断した。


 ■■■■■

「会いたい、な」
 平然とした顔なのに涙を零す姿があった。
 わけも分からず溢れる透明なしずくは崩壊の警告。
「そっか。ボク……会いたいんだ」
 壊してはいけない、と声は己を宥めすかすようにそっと心情を吐露する。誰に聞かせるでもないそれは独り言だった。
……会いたい、会いたいよね」
 ひび割れそうなのは想いの水瓶だ。
 抱え込める許容量を越えて、重さで決壊してしまう前に溢れそうな中身を優しく汲み上げて外に流す。
 少しずつ少しずつ汲み上げて、そうして自分を宥めすかす。そのつもりだったのに。
「オレは、……オレも」
 遥か天から直接注がれてしまったらもう、耐えられなかった。

 ■■■■■

 水圧で心を圧搾するような感情が流れて、彼は目を見開く。
 突然脳裏を流れたのは会いたいと言葉を綴り、どうしようもなく決壊した、狂おしく蕩ける恋情の波だった。心が波に触れ合って胸を痛ませる。それに、あの声は。
……どうしたの?」
…………!」
 電撃的に合わさった答えに彼はフードの人物を凝視する。
(同じ声)
 会いたいと言葉を綴る、心を引っかく4文字の歌。
 漠然と懐いていた安心感に、たった今浴びせられた切なさが混じり合って彼は頭を押さえた。
……頭で声が流れた。二人の人物が会いたいと願うものだ」
「!」
「あれは、お前か? 応えたのは……オレか?」
「ボクは簡単には話せない。キミが……キミが、掴むものだ」
 彼は目を閉じて沈黙する。
……ゲームに勝て、か」
 振り切るように振られた黄色のナイフ。再び開いた目はゲームフィールドへ鋭く注視した。
「中断してすまない、ゲーム再開だ!」


 ***


「『暗黒騎士ガイア』突撃だ!」
「『暗黒騎士ガイアロード』敵陣を荒らせ!」
 フィールドを駆ける騎士の猛攻。同時に大型の埋め合いが発生する。1マスの隙間から進行し、対照的にマスが埋まった。
「おっと、これでお互い封じ込めは難しいね」
「なら、『エルフの剣士』回り込め!」
「来ると思ったよ。『マシュマロン』妨害だ!」
 凛々しい剣士が振る黄色の剣閃の跡を丸々としたモンスターの体がもちっとした動きでハンコのように紫色へフィールドを埋め直す。眩く紫の星が輝き、フードの人物が星を取得した。
(相手に星を取得させたのは痛いが……ここだ!)
「その陣、入り込ませてもらう!『星』の使用を宣言。『ブラック・マジシャン・ガール』、面を制圧せよ!」
……!」
 魔術師の少女が愛らしくウインクを飛ばして登場し、魔法杖の先端から広範囲を紫から黄色に染め上げる魔導波が放たれた。
 輝くマスが2つ星を得たことを主張する。
(星よ、知らせてくれ! オレはきっと大切なものを失っている)
 フィールドの星を掴むように上へ手を伸ばす。

 ■■■■■

 共にいるために、二人は
『パズル』をした。
 冥界と現世から片手を伸ばして。

 ■■■■■
 ■■■■■

 組み上げには年月がかかった。
 千年パズルよりパーツが多く、
 世界の壁を飛び越える力が必要だったから。

 ■■■■■

 巡るターン。フィールドが埋まり、重ねて星が光る。

 ■■■■■

 完成したパズルは形を保つにも力が必要だった。
 それは二人のどちらかが欠けた途端、
 形を崩すものだった。

 ■■■■■
 ■■■■■

 注意することだ。
 このパズルが崩れきったら、宿る中身は残留する。
 これは世界の壁を越えた代償だ。

 ■■■■■

「代償……
 星が語る声を求めた先の単語に彼は言葉を失う。
 ここは、二人が作り上げた体のパズルの中。
 現世で生きるための自身の体だ。だから周囲を異常と思わなかった。
 そして、今の自分は代償を払う身なのだろう。崩れて、残留するだけの現世の迷い子。 
 彼が惑うそれが、酷く硬い声で断たれる。
「もしそうなったらボクはキミを正しく送ると決めていた」
「正しく……
「■■■、いいの?」
「?」
 指差されたフィールドを見やる。
「星ばかり追うと、このゲームは勝てないよ?」
……しまった!)
 彼は星の語りを求めるあまり、取得できる星の数に無意識に比重を寄せてしまっていた。フィールドの一部が、星の埋め替えしも届かない位置に封じ込められている。
「ボクはキミに勝つ。そしてパズルに何も残留させない。キミが落としそうなもの全部拾い集めてキミに返して正しく冥界に戻れるように闘う」
(次の手は、……! ダメだ残りのターン数では……!)
「『星』の使用を宣言する。行くよ、『ガンドラ』」
 ナイフが形を変え、重い地響きでフィールドを震えあがらせる。現れた黒鉄のドラゴンは咆哮を一つ上げ、黄色のマスを容赦無く紫で撃ち抜いていった。
……!」
 致命的だった。半球のフィールドは黄色より明らかに紫色を光に透かせている。
「/■■/!」
 彼は/オレは/知った以上、足掻きたかった。
 勝ちが見えているはずなのに、フードの人物は硬質な気配で真っ直ぐに彼を見ていた。
 その視線は彼を通り越して先へと見送るように。
 フードの奥の暗がりから、遥かな天へ捧げるように遠く。
 それが堅牢な意志であればいい。オレもそれならば冥界へ逝こう。
 しかし、そうではなく――
……最期の、ターンだよ」

 ――また、ひび割れそうな声を零していたから。

………ああ……
 /負けられない/。
 彼はフィールドへ視線を走らせる。縦に、横に、銀線を辿ってマスを数えて剣を翳す。最後まで、最期まで可能性を探すために。もうマスは少ない。黄色と紫が光に透けて染め合い、マスを主張しながら混ざって全体を満たしていた。
「教えてくれ! 体のパズルをもう一度組み上げるためにオレが失っている物は何だ!」
 悲壮な叫びにフードの人物が目を逸らすように横向く。強く握った拳を震わせながら、それを振り切るように正面へ向き直り、声を張り上げた。

「『■』!」

「クッ………!」
 返ってきたのは判別できない単語。
 相手も理解できない言葉を発したとわかったのか、悔しそうに俯く。
(何か、何か手があるはずだ)
 暗がりを埋めた色彩。星の語り。夜空をパーツ分けして円球に囲まれたフィールド。剣と星の光が重なった今はいっそのこと、目の前のフードの中の方が暗くて。

………暗い………

 ドクン、と血潮が波打つ音がした。

 最初から不自然に見えないフードの中身。暗いマスを埋めていくゲーム、突如囲まれ、作り上げられた半球のフィールド。
『これがフィールドだよ!』
 作り上げた当人にも知らないことがあるとすれば。

………そうか)
 要素を並べ立て、彼は一つの賭けに出る。
 彼は、おもちゃのナイフを箱にしまい、蓋を閉める。そして丁寧に足元に置いた。

 ――この先に子供のナイフは必要ない。

「え……
「/遊戯/」
 彼は、判別できない思考であろうとそのまま出力して、導いた思考のまま足を一歩進める。
……っ」
 息を呑んだ気配を塗り返すようにさらに歩を進めた。
 円球のフィールドがゆるりと廻る中央で二人、正面で向かい合う。
 彼にとって、言うことは決まっていた。
「『星』の使用を宣言する。取得した4つの星全てを使おう」
 目を逸らすことを許さないような、鋭く、自信に満ち溢れた視線に射抜かれ、ぎこちなく頷くフードの頭。
……フィールドの、どこを選択するの……
 残り少ないマス目の半球を見上げた暗がりの顔。
 その暗さは、フィールドの暗さとよく似ている。
 だから、銘がオレの名前を持つ剣が埋めてもいいだろう?
「ここだぜ」
「?」
 一言で表現したわかりにくさに正面に向き直った瞬間を見計らって、

『アテム』は、遊戯へ口づけた。


 ***


 例えばそれは、ダイスの判定を加算するもの。
 自分の能力が満たなくてダイスの判定が不安だから行動した。
 不運に不運を重ねて現世から冥界の淵へ。そんな愛しい人を引き止めるために見えない体を携えてココロで飛び込んだ。

 例えばそれは、ダイスの判定を補強するもの。
 バラバラになった命の欠片達を拾い集め、渡して、元に戻すよう促した。自分のココロも滲ませて接着剤になるようにした。

 それでも最後は賭けだった。
 愛しい体は、『愛』が無ければ崩れてしまう。
 何故なら、彼が冥界から現世へ舞い戻れた理由は愛しい人への『愛』だったから。理由を失えば自然と摂理を捻じ曲げた体はたちまち壊れて霞に消える。

『愛』を自ら思い出せるかどうか。
 アテムの内側で判定ダイスが振られる。

 カチリ、とスイッチの入るような音がした。


 ***


 夜空は遠く過ぎ去り、朝の光が空を渡って訪れる。
 優しく瞼の裏を白に染めて、もっと見るといいと自慢気に佇むものだから、仕方ないなと彼は閉じた瞼を開かせた。
 ゆるりと目に映る見慣れぬ白い天井、白いシーツ。そよぐカーテン。朝の空気が鼻をしんと冷やしていた。
(ここは……病室?)
 開かれた窓の側には覚えのある長身。彼に気づいたのか、振り向いた顔。大きく大きく目を開いて、
「あ、………アテム〜〜ッッ!! 起きた、起きたんだな! このヤロウ!」
 一足飛びで彼――アテムのベッドに飛びついた。
「城之内くん……
「お前、意識不明でまっ、丸3日寝てたんだぞ! そうだ遊戯、遊戯!」
 バタバタと移動した城之内がアテムの寝台と隣合う簡易ベッドでシーツに包まる体を大きく揺らす。
 揺らされた事で自分の手の平が擦れ合う感覚がした。
……暖かい)
 アテムは遊戯と手を繋いでいた。おそらく意識不明のうちからずっと。今、城之内に荒っぽく揺らされて少しむずがるように起きながら、それでもずっと離さないくらいに。
 その暖かさに応えられるように一音一音言葉に思いを詰めて、アテムは声をかけた。
「おはよう、相棒」
 声に機敏に飛び起きた体。しっかり、ぎゅうと強く手を握られて痛みすら心地良かった。
「あ、アテム、アテム……!」
「ああ」
「ボク、ボク……!」
 声にならず、ぼろぼろと溢れた涙の雫が落ちるのをアテムは見守っていた。一滴も残さず記憶に刻み込んでいけるように。
「へへ、良かったな……! アテム、遊戯のやつ、ずっと、声かけてたんだぜ。意識が戻るように」
「ああ。聞こえた。相棒、……本当にありがとう」
……!」
 遊戯の手がアテムにそろりと伸びる。アテムは迷わずその手をとった。
 ここにいる。ここにある。命のある受け答え。
 しばらく二人、ただ固く抱き合っていた。


 不運だったとアテムは思い返す。
 あの日は二人で遠くの観覧イベントに行った帰りだった。閉場の時間となり、多くの人々が一斉に帰路に向かう中、暴走した車が人々の流れを寸断するように走ってきたのだ。
 凶器と化した車に、棒立ちでは轢かれると直感し、2人咄嗟に転がるように避けた。
 だが、不運だったのだろう。
 車に侵入され、荒らされた工事現場の資材が落ちてきた。
 鉄の塊の高所落下。避けて体制の崩れた身に起き上がって逃げる時間は無い。
 だからアテムは遊戯を降りかかる災難から守れるように強く抱き締めた。
 その結果が、丸3日の意識不明。

(いや、きっと)
 遊戯が呼び戻してくれなければ、あのまま記憶を失い、死へ向かっていただろう。
 遊戯はその手でオレの肉体を繋ぎ止め、心で現世へ留まる命である記憶の欠片を集めてくれたのだ。
 もし不甲斐なく俺が思い出せなくても、正しく冥界へ戻れるように。

「相棒」

 呼べば涙でぐしゃぐしゃにした顔でも嬉しさを滲ませて笑う表情に愛しさが募った。

 アテムは最期に自らの内で振られたダイスの音を覚えている。
 摂理を捻じ曲げた生存は崩壊しやすい。戻れない確率の方が遥かに高かっただろう。それなのに、遊戯はこうして引き戻してくれたのだ。
 その想いに、行動に応えられる判定結果となって良かったと。染み入るように感じていた。

 ああ、でもダイスの判定というのはこういうものもあったな、とアテムは微笑んだ。
 例え致命的失敗となるダイスの出目、100が出ても成功としてしまう――

「愛してる」

 ――それを、自動成功と呼ぶ。


 Fin