Killing Time Three Hours④

お互い彼女がだいしゅきなぐだ♂マシュのぐだおくんと巌ぐだ♀のモンクリが、男同士で隙間時間にお喋りするシリーズ。
キッチンカーのパン屋を始めました。

「おまえが店の指定とは、珍しいこともあるものだ」
 と男は言い、イートインのあるベーカリーのカウンター席にトレイを置いた。
 乳白色のプラスチックトレーには、紙ナプキンの上に置かれたクロワッサンが一つ。傍らにはホットコーヒーがあたたかな湯気を膨らませている。
 隣に着席済みの青年は男を見上げ、うん、と小さく顎を引いた。視線が下り、トレーに注がれる。彼は小声でクロワッサン、と呟き、またひとつ頷く。
 妙なことをするものだと男は思い、しかし質問はしないでいた。
 それよりも此度の案件――誘いの際の妙な真剣さの方が、余程懸念だった。
「それで、どうした。また意中の後輩についての相談か」
 男が問う。青年は首を振った。
「今日はしない。あるけど」
「あるのか」
「いっぱいある。でもそれより、大事な話だと思う。お節介かもしれないけど――
 オレ、見たんだ。
 と、青年は呟いた。
「おととい、図書館から帰る途中で。キミとキミの彼女さん。遠目だったから赤毛しか見えなかったけど、キッチンカーで」
「ああ――
 男は察した。つまり彼は、営業中の自分とその伴侶を見かけたのだと。
 男が愛して止まない赤毛の娘の夢は、小さなパン屋を夫婦で営むこと。その為に彼女は勉強を重ね、資格を得、店舗を持つことに成功した。といっても物件ではなく移動式のキッチンカーだ。土地ならばこちらが、と男が提案したが、それは違うと突っぱねられた。パトロンになって欲しいわけではなく、一緒に運営したいのだ、と願われた。
 彼女の願望の成就を、男が拒むわけもなく――結果、運転や設営準備等を手伝っている。
 始めて日は浅く、まだまだ客が多いとは言えないが、決して悲観するような経営状態ではない。彼女のパンは実際に素朴ながらも味わい深く、パンにうるさい仏人の舌も納得させていた。このまま波に乗っていけると確信している。
 という話を、男は青年に説明した。
 すると、どうだろうか。青年は眉間の皺を深くし、首を振った。
「分かってない。分かってないよ」
 何がだ。
 と、問い返す間もなく、続きの言葉が放たれる。
「昨今の! パン業界がどれだけ激戦かってことを! オレ前に話さなかったっけ!?」
 確かに聞いた。男の脳裏に、ハワイアンカフェの風景が浮かんだ。
 大量のパンケーキやスパイシーなシュリンプを咀嚼しつつ彼は語ったのだ。パン屋の息子として、いかにその道が険しいかを。そして男の協力が不可欠であるかを。
「だってのに、キミは! もうぜんっぜん分かってないじゃん!」
「出来る事はしている。おまえの忠告も記憶している。あれの夢の成就こそが私の願望であるのだからな。それを――
「だったら! なんで! その顔を武器にしないんだよ!」
 どおん、と。
 まるで効果音でも付きそうな大声でもって、青年は言い放った。
 すぐさま店員がお客様、と話しかけてきたため、彼はアッハイスミマセン静かにします、と小さくなる。やや頬を赤らめ、続けて言う。黙っている――黙らざるを得ない男に向かって。
「だからさ、なんで店舗に立たないの? って話だよ。オレ一時間くらい遠くから見てたんだけど」
「一時間」
「うん。で、その間キミ、一回も出てこなかった。そりゃ一人で十分捌けるお客様数だったけど、そういう話じゃないよな。たとえばキミが看板の横とかにさ、彼女さんとおそろいのエプロンとか着けて立ってたとするじゃん。どうなると思う?」
「一八五センチの仏人が起立しているな」
「女性客がジャンジャンバリバリってことを言ってるんだけどなあ!?」
「つまりおまえは、私に客寄せをしろと言う訳か」
 男は――
 ふう、とため息を吐き、コーヒーを一口飲み下した。
 自分の顔が、一般的にどう評されるのかは知っている。愛しい娘に散々言われて身に染みている。整っている、のだろう。姿かたちに意義を見出さない男にとってそれはどうでもいいことだったが、綺麗な顔だの、格好いいだのとうっとり瞳を細める彼女が愛らしかったので、であれば良い、とだけ思っている。
 その、対外的な視覚効果のある顔立ちを表に出し、集客の武器にしろ、と青年は言っているのだった。
「あれが望まぬ。ゆえ、その選択は無い」
「彼女さんがそう言った? キミにパンダになってもらいたくないって?」
「否。しかし味で勝負したいと確かな瞳で言ってのけた。効果的であることは認めよう。であれば、見てくれの集客など意味がない」
「ほんとにぃ?」
 青年はぐっと顎を引いて、あからさまに猜疑の視線を寄越した。
 表情豊かな彼は、言葉よりも目で語る。そういうところが彼女と少し似ている、と男は内心思っている。
「オレ、彼女さんと会ったことないけどさ。話聞いてて、けっこう考え方とか似てる気がするんだよな。キミが手伝ってくれるって言ったら喜ぶと思う」
「私よりも理解していると?」
「そうは言ってないよ。でも、ちゃんと聞いてみた方がいいと思うな~」
 と、口を尖らせる青年である。
 こうなってしまえば収拾がつかない。男はスマートフォンを取り出した。コミュニケーションアプリを起動する。一番上のトークルームのオレンジ色のアイコンにメッセージを送る。

【質問だ。おまえは私に、集客目的の接客を望むか?】

 シュポ、とすぐさま、返信が帰ってくる。

【?】
【え、何いきなり。お店の話?】

 パンのイラストが投稿される。パン屋の話をするときによく使うクロワッサンだ。ふ、と男は頬を緩め、それから長いメッセージを送る。

【肯定だ。知人より、私が立つことで女性客の集客が見込めると勧められた】
【私は、おまえは望まぬと判断した。味で戦いたいという覚悟に対し無粋な策だと】
【だが、明確な答えを得たい。私が接客する事は歓迎か、否か】

 返信には少々の間があった。それから、連投でメッセージが表示される。

【めっちゃ接客やって欲しい】

――馬鹿な」
 思わず呟きが漏れた。何なら頬に汗すら垂れた。その間にもメッセージは続く。

【だって、キミがカッコイイからって来てくれたお客さんが買ってくれるってことだよね】

【そうだ。邪まな理由でもって】

【キミ目当ての人が、うまっ! ってなって、キミのこと忘れて頭ん中パン一色になるとこ見たい】
【すごい気持ちいい】
【すっごい見たい】
【え、見せて。見たい。絶対見たい】
【おそろの帽子とエプロン作ろすぐ作ろ】

 連投に次ぐ連投だった。返信も挟めないまま、男は黙る。
 目に浮かぶようだった。仕込みの手を止め、粉だらけの手を拭いキッチンに立つ彼女。高速のフリック入力をしながらきっと思い浮かべている。男の整った顔面を自らの味で塗り潰せた時の快感を。そして、そうなると疑わない自らへの自信を。

【キミが協力してくれて作ったパンだもん】
【絶対勝てる】
【キミの顔に勝って見せる】

 そして、勝利めいたピースサインのイラスト――
「どうだった? 彼女さんなんて?」
 見守りに徹していた青年が、笑顔で問いかけて来る。表情から察したのだろう。思惑が外れていたことを。
 男は黙り、黙り――そして、笑う。癖の強いとよく言われる笑い方で。
「どうやら、私の目算が甘かったようだ。あれの強さは知っていたが、想定以上に」
「と言いますと?」
「私の顔面に味で勝利してみせると」
「かぁっこいい!!」
 青年は思わず、と言った感じで拍手する。男もまた、眉を下げて敗北宣言をするほかない。
 そうだ、彼女は笑顔で、ポジティブに、湿り気の無い爽やかさで使えるものをすべて使う。それが愛しい男の顔面であっても、利用することを選ぶ。夢を叶える為に。
 今まで言い出さなかったのは、男が人前に出ることを嫌がると思ってのことだろう。
 だが、構わないのであればあのように、だ。
「全く、逞しい――屈強なる女だ。ああ、であれば、私も立ち上がらざるを得まい。あれの為であれば、無い愛想も絞り出そうというものだ」
「お、キミもカッコイイ。きっとうまく行くよ。あ、SNSとかの顔出しは気を付けてな。最近物騒だから、ほどほどに…… って、ごめん。なんか興奮しすぎて色々言い過ぎたかも。迷惑アドバイスの人みたいだ。ごめん! 彼女さんにも謝っといて!」
 などと、会話の途中で我に返った青年が両手を合わせる。
 迷惑ではないのだが、と言おうとしたところで、シュポ。再びメッセージが届く音が響く。
 画面に目をやれば彼女からの追記だ。でも、の後に、吹き出し型の言葉が続く。
 男は文面を読み――ふ、と、噴き出した。
 なになにと首を傾げる青年だが、このメッセージはおいそれと他人には教えられない。
 彼女の愛らしい部分は、男だけが見られる特権であるからして。

【モテモテになられたら、やきもち焼くから】
【お客さんに喋るのはメルシーだけにして】