桐子
2024-11-30 19:48:58
2174文字
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この世界はすべて⑥(父水)



「なるほどのう」
ゲゲ郎は水木から話を聞き、顎をさすりながら思案気に呟いた。ゲゲ郎が帰宅すると、「兄ちゃんと風呂に入ろうか」といって鬼太郎が幽次郎を連れて行ってくれたので、今日の昼間のことを話したのだった。
「窖の記憶か……
「何も話してないはずなのに、どうしてあいつにそんな記憶があるんた」
水木は眉間に皺を寄せた。ゲゲ郎が帰ってくるまで不安で仕方なかった。いつまでも成長しないことだけではなく、存在しないはずの記憶を持っているなんて。
……憶測に過ぎんが、あの子が水木の腹の中におるときに、わしの霊力を注いだじゃろう。もしかすると、霊力とともにわしの記憶も流れ込んでしまったのやもしれん」
幽霊族の子どもは母体から霊力を注がれて成長する。水木には霊力がないからゲゲ郎から供給してもらっていた。それがこんな結果を招いてしまうとは。
「まだ幼いからのう。記憶も断片的じゃし、あまりよくわかっておらんようじゃが、ただ……恐ろしいのじゃろうなぁ」 
それはそうだろう。あんなに小さな子どもに、あの窖で起きた出来事はあまりにも壮絶すぎる。
「俺のせいだ」
水木はぐっと拳を握りしめた。
「俺がちゃんと産んでやれなかったから、幽次郎は……
「水木」
ゲゲ郎は険しい顔をして、水木の肩に手を置いた。
「子を望んだのはわしじゃ。お主にそばにいてほしいと願ったのも……水木は何も悪くない」
そのまま肩を引き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられた。惚れた男に抱きしめられながら、水木は罰が当たったのだと思った。
ーーーー俺が望んでしまったから。奥さんと息子を愛する優しい男に惚れて、そばにいたいなんて甘い夢を見てしまった。
だから自分のかわりに、可愛い息子が苦しんでいる。これ以上の罰など、きっとないだろう。
「水木」
ゲゲ郎は水木の頬に手を当てて上を向かせた。
「おかしなことを考えるな。大丈夫じゃ。自らのものではないあやふやな記憶なのじゃから、そのうち落ち着くと思うぞ」
「でも……
水木は不安だった。
「大丈夫、大丈夫じゃ」
ゲゲ郎はそう言って水木を抱きしめた。その体温にすがりつくようにして、水木はゲゲ郎の胸に顔を埋めた。


それから、いくつかの季節が巡ったが、幽次郎は相変わらず修行を嫌がって泣き、怖い夢を見たと言っては泣く、幼い子どものままだった。
「とおしゃん……
今日も怖い夢を見たと言って飛び起きた幽次郎を、水木は優しく抱きしめてやっていた。
「よしよし、もう大丈夫だ」
その背中をさすってやりながら、水木はゲゲ郎に向かって言った。
「ゲゲ郎、ちょっと散歩に行ってくるよ」
「ああ。気を付けて」
水木は幽次郎の手を取り、外に連れ出した。ゲゲゲの森は季節が巡ることなく、一年中同じ景色が広がっている。だが、人の世界との境界近くでは影響を受けるのか、木々が鮮やかな赤や黄色に染まり、秋の風景を織りなしている。
「綺麗だなぁ」
幽次郎は父親の手をぎゅっと握りしめている。まだ夢に怯えているのだろう。どうにかしてやりたいが、何の力ももたない水木には、ただ寄り添いそばにいてやることしかできなかった。
無力な自分が悔しくて、歯がゆかった。
それでも子どもの前でそんな姿を見せることはできない。
「あーきのゆーうーひーに、てーるやまーもーみーじ……
水木が歌うと、幽次郎は丸い目をぱちぱちと瞬かせ、いっしょに歌いはじめた。
「ゆじろ、このおうたしってる」
「そうか。お前が腹ん中にいるときに、よく歌ってやったからな」
気に入ったのか、幽次郎はふんふんと歌い続けている。
……ねえ、とうしゃん、どこにもいかない?」
「どこにも行かないぞ。どうしたんだ」
水木が優しく聞き返すと、幽次郎はうつむいて小さな声で言った。
「あのね、ゆじろ、ひとりだったの。とといなくて、とうしゃんもいなくて、つめたいの。こわい、こわいなの。みんな、おめんのひとがないないしたの」
ーーーーああ、と水木は思った。
それはきっとゲゲ郎の記憶だ。一族の者たちを殺され、ひとりぼっちで生きていたゲゲ郎の過去だ。きっと小さい頃のゲゲ郎も、幽次郎のように怯えていたのだろう。でも、寂しいと言える親も兄弟もいなくて、奥さんに会えるまで孤独なままだった。
水木は幼い息子を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だ」
そう言ってやると、幽次郎は安心したように水木の首にしがみついた。
鬼太郎にも幽次郎にも、悲しい思いは一つもしてほしくなかった。孤独もひもじい思いも、手を血で汚すこともなく、幸福に生きてほしい。自分たちのような苦しみは味わわせたくない。
それなのに、どうして、自分はこの子に苦しみしか与えることができないのだろう。
「とうしゃん」
幽次郎が水木の頬をぺたぺたと触るので、どうしたのかと尋ねると、彼は言った。
「いたいいたいなの?」
「え……
思わず頬に手を当てる。幽次郎は心配そうに見上げている。
……大丈夫だ」
そう言って笑ってやると、安心したように笑った。その笑顔が愛しくて、切なかった。
幽次郎を抱きしめながら、子どもの頃のゲゲ郎のことを思い出す。大人になったゲゲ郎が、どんなに優しい男か知っているからこそ、小さな頃の彼の孤独を思うと苦しくてたまらなかった。