マァアアアアアアアアアアテリアライズ!!!!!! 圧倒的な強さ。型破りな行動。そのほか……いろーんな意味で国民に大人気のマイスターハルカ・アーミテージ准将の1週間! This week’s ARMITAGE この番組はエアリーズ政府広報、(株)BACK STAGEの提供でお送りします。今週は特別編! アーミテージ准将のご活躍を回想形式でご本人に語っていただきます。(収録方法は特殊につき、極秘となりますのでご了承ください)それではみなさまご唱和ください。オトメは力と技と……根性!!!!!
はっっっくっっしょん!
んん
……なんか急にくしゃみが
……はっ!? きっと誰かが私の噂をしているのね!? おーっほっほっほっ! 大いになさい! 私の酸辣湯(英雄譚)はいくらでもあるんですもの。くしゃみなんていくらでもしてやるんだから!
二月某日。本格的な寒期に入り、我がエアリーズも、場所によっては雪が降りつもり、厳しい寒さに耐える時期となった。惑星エアルの中でも有数の広さを誇るエアリーズは、地域での差が激しい。私たちがいる首都は雪はちらつく程度だけれど、先日救助に向かった集落は、すでに雪の壁が聳え立ち、今にも崩れそうな気配を醸し出していた。
降り積もった雪の影響で物流、そして人の流れさえも途絶え、孤立した集落。そこからの救援信号に応え、珠洲城で国民達を首都へと避難させたところ。船で近づいてしまえば振動で雪崩が起きる可能性があると大臣が厳しい顔で言っていたけれど、そんなの全く問題ないわ。
何のために私がいると思ってるのかしら?
集落に近づける限界まで艦を寄せて、甲板に一人立ち上がる。救助がきたことを知らせるために専用メガホンを手にスイッチを入れようとしたら
……。
「いぃったあ!」
後ろからどでかい石で頭を殴られた。大きな音でも雪崩が起きる可能性がある
……確かにそうね! その可能性はなきにしもあらずだわ。いやでも、殴らなくて良くない!? 他にも止め方ってもんがあるでしょーが!
がおっと叫べば、皆一様に人差し指を口元に当てる。何よ、人を子供みたいに。
『ハルカちゃん。あんまり大きな音を立てないようにね。ナビゲートはこっちでするから、国民の救助を最優先でお願い』
「まったく、わかってるわよ」
耳元で聞こえるユキノの声に応えて、私は空へと舞い上がった。
◇◇◇
大人は一回に五人まで、という制限をつけられてしまったから面倒だったけど(私としては十人でも百人でも問題なかったけれど国民が不安になるといけないからという指示)何度も集落と艦を往復してようやく全ての住民の避難が完了した。寒期が去るまでは、首都の公営住宅で暮らすことになっているらしい。
確かに上院議員の頃にユキノが通した法案で、本当に使うのかもわからないような建物をうちの会社に依頼していくつか建ててたけど
……このためだったのね。周りの反対も押し切ってこの案を通した当時のユキノ。うちとのつながりを強めるためか、なんて批判されていたけれど、私欲なんて無縁で、ずっと国民のためを思って頑張ってきたユキノの法案は、大統領になる前からいくつも国民を救い続けている。まあ、ユキノはクリサントの娘だから、なんていう輩もいるけど、そいつらは何もわかってはいないのだ。あの子が背負う重責も、あの細い腕に抱えている命の重みも。
細くて華奢で筋肉も私ほどはない。今にも折れてしまいそうな体でよく、あんなものに耐えていると思う。自分がユキノの立場に立っていたとしたら。私は、ユキノのように前を向いて、国民のためを思って、進み続けることができるのかしら。
国内で、国外で。世界中で繰り広げられる舌戦。情報戦。それにユキノはいつもの笑顔で臨み、そして勝利を重ねていく。私のライバル、五柱の二位、嬌嫣の紫水晶ことシズル・ヴィオーラさえも黙らせ交渉の席に着かせたのは、多分ユキノが初めてだろう。
情報は力になる。人と人との絆のありようも同じ。
ユキノはそう言って、日頃から私設の諜報部隊を動かしている。学生の頃からのメンバーも多いらしいけれど、おそらくはこの部隊の活躍で、私に覚えのないところで取引が終わっていたり、仕事がなくなっていたりしているんでしょうね。ユキノに問いただしてみても、にっこりと笑うだけで教えてくれない。その笑顔の奥に影が見える時、そしてその瞳に決してぶれない覚悟が映る時、私は自分が不甲斐なくてたまらなくなる。もっと自分を鍛えなきゃいけないって。
私の知らないところで悩み、苦しんで、それでもこの国を守るって決めたあなたを支えたいと思ったから、私はオトメになった。
だけど私は今、あなたに守られてばかりいる。ユキノばかりが頑張ったって上手くいかないことだってある。でもそれは私も同じで。
ユキノをただの若造だと舐めてるお歴歴には、自分がぶつかってガツンと言ってやったほうがいい。だけどあのぶぶ漬け女の手のひらで踊らされるのは真っ平ごめんだし、あっちに優位に進むことが多いからヴィントやガルデローベとの交渉は大体をユキノが進めている。お互いの足りないところをお互いが補い合う。
……私たちは私たちで、一緒に頑張るって決めたから。
雪山での救助にも私がいるから来なくていいって言ったのに、せっかくの少ない休みを繋ぎ合わせてきて。一人一人に声をかけて回っていたユキノ。結局貧弱なもんだから風邪ひいて、熱も出てるっていうのに公務は続けて。今にも倒れそうなのに、笑顔を浮かべたまま、背筋をしゃんと伸ばして立ち続けていた。自分の限界を見誤って無理をする。そんな背中が見たかったわけじゃない。
幼い頃、ずっと私の後ろをついてきていたユキノ。私を慕ってくれるこの子に、がっかりした顔をさせたくない。その一心で、ずっと私は頑張ってきた。だけどいつからか、下を向いていた顔は真っ直ぐと前を向いて。いつしかユキノは私の隣に並んでいた。そして気づけば、あの子は私の先を歩いて行っていて。だから私は、がむしゃらに追いかけた。あの子を、一人にしないために。あの子の隣で、あの子を支えるために。
「風邪引くなんてまだまだね! ユキノ!」
「ハルカ、ちゃん?」
寒さのせいだけではないだろう。顔を真っ赤にしたユキノはぼんやりとした瞳で私を見つめる。
……ったく、目も潤んでるじゃない。声も変だし、こんなんじゃできる仕事もできやしないわ。
「今日の公務は全てキャンセルなさい。私ができるものは私が片付けておくから」
「でも」
「でももだってもなぁぁぁぁぁぁぁい! 私の権限でもできる仕事はある。だけどあなたの代わりはいないのよ、ユキノ。だから早く治して帰ってきなさい。あなたを支える。そのために、私がいるんだから」
「
……ありがとう、ハルカちゃん」
「ちょっ、ユキノ!」
気が抜けたのか、もたれかかってきた幼馴染を支える。あまりにも軽い体に、少し背筋が震えた。
……やっぱり筋肉つけさせなきゃね。ユキノ用のダンベルを取り寄せておかなくちゃ。
全く。あんなに雪が降るんなら先に言っときなさいよ!
……なんて恨み言を、ユキノを珠洲城の簡易ベッドに寝かせ、後処理をしながら空に向かって叫んでたら、耳元の通信機でユキノがなにやら呟いていたっけ。さっさと寝なさいって叱ってやったけど。
まあ、とりあえずこの件は解決して、予算繰りも少し苦労はしたけど上手くいって、現在ユキノは大きな打撃を受けることもなく、大統領として国の改革を進めていっている。負傷者もなく全員無事だったのも国民から高評価だった。逆に、前政権が叩かれていたくらい。ユキノみたいに、国民を守るための政治、というより、自分たち富裕層を守るための政治を行なっていたようなものだから。それこそ最初は、ユキノはクリサント家の娘、というだけで色眼鏡で見られていた。嫌がらせを受けたことも、答弁の場で心無い言葉を浴びせられたこともある。それでも、それでもあの子は。あらゆる手を使ってでも、国民を守るために動き続けてきた。それが認められて、大統領選挙では、当時現職だった相手に大差をつけて当選。晴れて史上最年少の大統領となったのだ。
誰より誇らしい、私のパートナー。あの子はこの私にこそ相応しい。そして私は、あの子に相応しいままでいたい。
だから鍛錬には予選なく(余念なく)。常に己を磨き続けていなければ、最前線で戦い続けるあの子を、支えることなんてできない。
「やっと風邪は治ったみたいだけど
……油断は禁物ね。公務後にトレーニングを追加しておきましょ」
GEMを通じてその旨を伝えると、苦々しい声で承諾した旨が返ってきた。よろしい。
それにしても
……こんな寒い日は思い出すわね。輝かしくも、苦々しい記憶。ユキノが史上最年少で上院議員に当選して、私がガルデローベを卒業して少佐になり、エアリーズ軍の階級を全速力で駆け上がっていたあの日を。
CDドラマ。舞-乙HiME ミスマリアは見てた。vol.3ボーナストラック。ハルカ・アーミテージ回顧録!
◇◇◇
「
……ここは?」
喉の奥がヒュッと縮むような冷気に、私は目を覚ました。最近冷えると思ってたけどこんなに寒いのは初めてじゃない? 防弾器具(暖房器具)とかいう遺産が発掘されてからは、寒さとは無縁の生活を送ってきていたはずなのだけど
……というか、私の高級ベッドにしては背中に当たっている部分が硬すぎる気がする。それに、どうやら寝てもいなくて座らされてるみたいだし。伸びをしたいのに体が思うように動かない。
「って冷たっ!」
ピチョン、と滴が一つ。鼻先にあたり、思わずギュッと閉じた目をカッと開いた。
「え、なにここ」
視界に飛び込んできた薄暗く、陰気な場所。あろうことか、私の優秀すぎる頭脳を持ってしても、理解が追いつかない。だってここは見るからに。
「
……牢屋?」
いや、なんで?
ていうか私、拘束されてるっ!?
思い通りに動かぬ体。目だけを左右にさっと走らせて確認してみても、この場所には全く見覚えはない。エアリーズ軍管轄の刑務所や牢で知らない場所はないから、ここはおそらく他国か私有地の中にある牢だということが察せられる。
「やっかいなことに巻き込まれたわね。どこのどいつよ。こんな卑怯な真似したやつは」
私がこうやって囚われているということは、誰かが私をここに運んだということ。なんだか後頭部がじんわりと痛い気がするけど、目をギュッとつぶり、暗がりの中で、自慢の頭脳を高速で回転させていく。
思い出して。思い出すのよ、私。おそらく、ここに拘束されてからそれほど時間は経ってないはず。体内のナノマシンの感覚でそれくらいはわかる。ということはおそらくここはまだ、エアリーズ領内。そして軍の関係機関ではないということは、元貴族だか有力者だかの私有地の可能性が高い。
最後に覚えているのは
……ペンタゴンの中にある軍のトレーニングルームを出て、ユキノに今日の予定を確認しようってブリーフィングルームに向かってる途中で
……。
「そうだ、ユキノ!! いたら返事しなさい!」
大声を張り上げてみるも、どこからも返事はない。
「ここにはいない、みたいね」
自分の声にはどこからも何にも反応はなかった。もしかしたらユキノも自分のように気絶させられているのかもしれないと思って肝が冷えたけれど、神経を研ぎ澄まして五感をフルで稼働させた結果、このフロアに生体反応は私のものだけ、という結果が得られた。
少し強張りが解けてきて、体が動くようになってきた。ばっと首を上下、左右、前後にに捻って確認するけれど、やっぱりここには私しかいない。ほっと息を吐いたのも束の間、もしかしたら一緒に捕まって、別の場所に幽閉されているのかもしれない。そんな考えが頭をよぎって、ぎゅっと喉の奥が締まるような感覚があった。
恐れ、恐怖。
私からもっとも遠い、と思われるこの感情は、いつだってそう、あの子の危機と共に訪れる。自分のことだけなら自分でなんとかできる自信も経験もある。だけどユキノは。あの子は私が、守ってあげなくちゃ。たとえ各国のお歴歴を相手に一歩も引かずに交渉を持ちかけ、こちらに有利なように話をまとめてくることができたとしても
……あの子は、ただの人間だ。私のような、体内にナノマシンを取り入れて高次物質化能力が使えるようになったオトメではないのだ。もしもあの子が敵の手に落ちていたとすれば、事態は最悪だ。私がここで捕まっている以上、私以上の戦力は現在のエアリーズにはない。さっさとここを出なければ。あの子が捕まっていないという保証はない。
あの子はもうただの学生じゃない。史上最年少の上院議員で、マイスターオトメである私のマスターで。失脚を狙う政敵も多い。
幼い頃から背負ってきた期待、重責。そんなものに笑顔で応えて見せたあの子を、ユキノを誇りに思う。そして私が守るのだ。あの子を。
だって私は、オトメだから。国民による選挙で選ばれたユキノ・クリサントと契約を交わしたマイスターオトメ。私の全ては、今この国と私とあの子のためにある。
あの子を守るために、支えるためにオトメになったのにこの状況。なんてザマなの。
キッと泣く子も黙ると言われる顔で鉄格子の外を睨んでいても、人っこ一人やって来はしない。そもそも、ここ人いるわけ?
……一か八か、やるしかないわね。
「ちょっとおおおおおお!! 誰よこんなことしたやつは!!!!!!!! さっさと出て来なさいこのすっとこどっこい!!!!!!! 弱虫ーーーー!!!!!!!」
はあ、はあ、はあ
……。
まだまだ修行が足りないようね。上がった息を肩で整えていれば、上の方からバタバタと慌てたような足音が聞こえてきた。やっぱり。見張りか何かいたのね。というか私がおとなしく捕まっておくとでも思ったの? ユキノの無事がわかればこんなとこ、すぐにでも出てってやるんだから。
鉄格子の向こうに目を凝らしてみれば、薄暗い中に階段があり、そこを誰かが降りてきているのが見えた。としたらここは地下? 外が見える窓もないし、その可能性は高い。
自分をここに拘束しただろう人間たちが到着する間、私は自分の状況を再確認した。手は後ろ手に鎖で何重にも縛られている。足にも
……これ、猛獣用の枷よね? 金属製のすぐには壊れそうにない特注かと思わしき枷が嵌められていた。
うら若きオトメになんてもの嵌めてんのよ。ほんっとにやることなすこと全部最低な連中ね。さっさととっちめてやるわ。
試しに少し力を込めて引っ張ってみたけれど軋みはすれどあまり動く感覚はない。今の段階じゃユキノがどうなってるのかわからないし、下手にでるつもりはないけど、へたに動くとユキノの命に関わる。
とりあえずは大人しく相手の顔を拝んでやろうじゃない。牢の中心にどっかと座り、私は相手が現れるのを待った。
……しかし待てども待てども現れない。きっと私の額にはいくつもの筋が浮かび上がってるんだろう、なんてどこか遠いところで思った時、ようやく、ほのかなあかりと黒い影が、私の足元に入り込んできた。
「遅いのよあんた! いつまで待たせんの!」
「ひいっ
……」
現れたのはヒョロっちい、いかにも間に合わせの鎧を着た兵士みたいな男。あんまりにも細すぎて、鎧の重みで潰れてしまいそう。
……私の頭に石をぶつけたのは、たぶんこいつじゃない。私が気を失うくらいの強さで、尚且つすぐにナノマシンが修復できるくらいの強さで叩けるあいつらとは多分違って、本当に私が怪我をしても構わない、とでもいうような意思を今日の後頭部の調子から感じた。
「あんたたち何者? なにが目的なの? 私が誰だか知っての蝋燭(狼藉)!?」
「
…………」
矢継ぎ早に質問をしても、何も返答はない。そもそもこいつはどうも下っ端らしいし、私が欲しい回答は得られないだろうけど。それでも。一刻の猶予もない。今は、情報が欲しい。ユキノが無事だという、それだけが。
「黙ってちゃ話にならないのよ! あんたが話せないなら上のやつ連れてきなさい! 声が出ないんなら、その口叩き割ってあげましょうか!?」
「囚われの身でもこうも活きが良いとは。やはりデストロイアーミテージの名は伊達じゃないな」
「誰よあんた!」
会話にもなっていなかった私たちの間に突然割り込んできたのは、耳にこびりつくような、ぬめりを帯びた声。軟弱そうな兵士の後ろからぬるりと現れたのは細身の、明らかに戦い慣れしてなさそうな男。ジロジロと無精髭(不躾)にも程がある視線で私を上から下へと舐め回すように見つめる。こちらも負けじと見つめていれば、少したじろいだように男は視線を逸らした。
あまり巷じゃ流通していないような宝石をあちこちに嵌めてるし、旧時代の技術を使った端末のようなものを持ってるから羽振はよさそう。でもそんなのガルデローべ以外じゃほとんど見たことないし、この共和国では階級の差は表向きはなくなっているはずだけど
……。軍の将校の中でこんなやつみたことないし、やっぱり部外者みたいね。
「名前を聞いてやるって言ってるの。さっさと名乗りなさい! というか、私が誰だかわかっているんでしょう? ええ、そうよ。私はエアリーズ共和国軍少佐、ハルカ・アーミテージよ! そこに直りなさい。あんたのその捻じ曲がった根性、叩きなおしてやるんだから!」
優しくもこちらの方から名乗ってやれば、その男はいかにもわざとらしく肩をすくめ、目を瞑ってから呆れたような声で言葉を紡いだ。あまりにもゆっくりと閉じられる瞼に、隣にいる兵に共感を求めるように向けられた侮蔑の眼差し。その全ての動きが癇に障って、怒りのボルテージが沸々と上がっていく。
「誰、なんて聞かれて正直に答える奴がどこにいるんだい」
「なぁにを偉そうに! あんた何様のつもり!?」
平常心だよ、ハルカちゃん。相手の挑発に乗っちゃダメ。なんて声が頭の中で聞こえたような気がするけど、そんなの知るもんですか。こーゆー奴には、正面切ってぶつかったが早いのよ。オトメってのは、力と技と根性! なんだから。
「でも君の質問には部分的にだけど答えてあげよう」
「その上から目線、本当に気に障るからやめてくださる?」
「この状況でもその態度とは、本当に恐れ入るよ。僕は、そうだねえ。簡単に言えばテロリストさ。君の愛するエアリーズに仇なす、ね。どういうつもり、という質問に答えるけど、簡単にいうと君を人質にとって、クリサント上院議員に今交渉を持ちかけてるんだ」
「はあっ!? ゲロリスト(テロリスト)ですって!? あなた大丈夫? 病院行ったほうがいいんじゃない?」
「残念ながら、突っ込んでくれる彼女はここにはいないから、一人でボケているといい。さて、あと数時間で約束の時間だ。そんなに悠長にしている暇はないと思うけどね」
「あんた馬鹿じゃないの? そんな取引、ユキノが応じるわけないでしょ!」
ばっっっっかじゃないの。ユキノがこんなやつの言うこと信じるわけないし、第一ユキノに連絡が行く前にボーマン中将あたりが止めてくれるはずで。
「いや、彼女は血相を変えて応じてくれたよ。君に必要以上に怪我を負わせない代わりに、こちらの要求通り身代金を用意するとね」
「はぁっ!?」
頭を殴られた時の衝撃が今になってやってきたか、と思うくらいにぐらりと視界が揺れた。顔をあげれば、カビ臭い部屋の中から見上げたほの明るい方に浮かび上がる顔は、ニヤリと楽しげに笑顔まで浮かべている。私が誰かを知っていて、そしてユキノにまで手を出してこの余裕。悔しいけど、嘘をついてるとは思えない。
でもまさかあの子が。常に冷静な目で周りを見て、非情だと言われるような判断ですら、顔色ひとつ変えないで下してしまうようなあの子が、こんな奴の口車に乗るなんて思えない。
確かにあの子は小さい頃からずっと繊細なままだ。どういう経緯で、こいつがユキノとコンタクトを取れたのかはわからない。だけどこいつが言ってることが事実で、そしてユキノが、私が捕まってしまったと言うことを聞いて、正常な判断を失っていたとしたら?
ありえない話じゃない。自分のことが情けなくなるけど、でも、ユキノ、あの子が
……本当に?
もう、あの子ったら。私は誰にも負けないって口酸っぱく言ってたのに、もう忘れたってわけ!?
信じて、くれなかったの? 私を。
……ってか私がこんなやつにやられるって思ってることも腹立たしくなってくるわね。まあ、捕まってしまってるわけだけど
…
「
……交渉の日時は?」
「今日の日没。場所はエアリーズの最も北の外れの街。そこで君の身柄と引き換えに身代金を受け取ることにしている」
「
……ちなみにいくらぶんどるつもり?」
「そんなに多くないさ。国家予算十年分ってとこかな」
「良い度胸してんじゃないの。あんた、何者なの?」
私の問いに、待ってました、とばかりに笑みを浮かべて芝居がかった仕草で長ったらしい前髪をかきあげる。まあ整った顔はしているみたいだけど、光の宿らない瞳が私を見つめているのに気づいて背筋に冷たいものが走った。
「この国に女性の大統領なんていらない。そもそもせっかく未開だったこの土地を開拓したっていうのに、ひとつの国にまとまるなんて馬鹿げてる。あんなにも苦労して開拓した土地を手放したのが間違いだったんだ。民主主義なんてクソ食らえだね」
怒りと憎しみの滲んだ声。握りしめられた拳には筋がいくつも浮かび上がり、小刻みに震えていた。この国の成り立ちくらい、生まれた時から知っている。今のエアリーズになるまでにどれだけ多くの血が流れたのかってことも。だから、私たちはここを、みんなが笑顔でいられる国にしようって誓ったはずなのに。
それなら、私はここでうずくまっているわけにはいかない。あの子の隣に立って支えなきゃ。あの子を支えられるのは、あの子が隣に立ちたいと望んでくれるのは他の誰でもない、私だけなんだから。
体幹を意識して頭を下げ、ゆっくりと起こす。やっぱり。関節部分は強くしばれなかったようね。ジャリジャリと鎖を引き摺りながら立ち上がり、鉄格子の前まで行って顔を勢いよく鉄の棒にぶつけて、叫んだ。
「ははぁん、見えたわ。あんたのバックステージ!」
(バックボーンだよ、ハルカちゃん)
「あんた、あれでしょ。あのUFOとかいう乗り物にやってきた、エアリーズを狙ってるエアル外生命体。じゃなきゃエアリーズの、植民地時代の統治者。でも若いから
……末裔ってところかしら。それが、現政権に不満を持つ輩にまんまと担ぎ上げられたってとこね?」
私の言葉に、男は目を見開いて息詰まらせる。浮かべていた笑みも剥がれ落ちて、残忍さをもう、隠せてもいない。
「ほら、図星じゃない。わかりやすいったらありゃしないのよ」
なんだ、やっぱり小物だわ。ユキノがこんなやつに騙されたなんて信じたくないけど、あの子もまだまだね。
「この交渉は決裂ね」
「なっ」
「だってそれは、私が捕まっていた場合にのみ有効、でしょ? 違う? 私が人質じゃなかったら、意味ないもの。それ」
「どういう」
「とりあえず私をそこまで連れて行きなさい。お説教よ。どっちもね。ほら、時間もないんでしょう?」
「いや、一応人質らしくしてもらわないと」
牢屋の戸が開かれ、及び腰になった兵士数名(いつの間にか控えていた)とその男の前をずんずん歩きながら、私はあの子にかける言葉を、頭の中で考え続けていた。
◇◇◇
「ハルカちゃんっ!」
交渉場所についてすぐに目にはいったのは、議員として公務を行うときの服ではなく、私服を纏っているユキノの姿だった。なるほど、どうやら今回ユキノはユキノ個人として脅され、取引に臨むつもりだったらしい。
冷静さを欠いていたのには違いないけれど、きちんと状況を理解していて尚且つそれに応じてしまっているユキノに、もう一段階、怒りのボルテージが上がる。
「ゆうううきいいいいのおおおおお」
「ハル
……」
「ユキノのばかあああああああああ!!」
「えっ
……」
私を拘束していた鎖や枷が弾け飛び、あたりにバラバラと散らばっていく。ああ、窮屈ったらありゃしないわ。
「ふんっ!」
やっと解放された胸を一撫でして、ずんずんとユキノの方へと歩いていく。
「は、ハルカちゃ」
「このばかっ!」
少し髪の乱れた頭に手刀を入れる。目を丸くしたユキノの瞳には涙が浮かんでいて良心が咎められたけれど、ここで引くわけにはいかない。
「ユキノ、あんた自分が何したか、わかってるんでしょうね」
「で、でも、ハルカちゃんが」
「でももだってもないわよ! あんた、自分がなんだか忘れたの!?」
「そ、れは」
「私が誰かも忘れた、とは言わせないわよ」
「私はあなたの何? ユキノ」
はっと見開かれた目に、怒りを浮かべた私の顔が、はっきりと映り込む。やっと、こっちを見たわね。
「答えなさい」
「
……ハルカちゃんは私の一番、大切な人で」
「そして?」
「私の、オトメ」
「そう、私はあなたのオトメ。あの日、契りを交わして私たちは一つになった。だから
……私に何かあったら、あなたにはわかるはずよね」
「
…………」
「黙ってないで答えなさい。私の無事はわかっていたはずでしょう。それなのにどうしてこんなことしたの!」
「わた、しは」
「ユキノ。あなたは」
息を一つ吸って、吐き出す。こんな言葉を、私の口から出す日が来るなんて、思ったこともなかった。
「私を、信じてはくれなかったのね」
「ちがっ! ハルカちゃんっ」
「まあ主を守る以前にこんな奴らに捕まった時点で見限られるのは当然かもしれないけど、
……でも、あなたには失望したわ」
「
……っ!」
「もう一度聞くわ。ユキノ・クリサント、あなたは誰?」
「わた、しは」
「あなたがわかってないなら私が言ってあげる。あなたはユキノ・クリサント。このエアリーズ共和国の未来の大統領。あなたが国民を守るために。あなたのお祖父様やお父様が守ってきたこの国のため、そしてみんなの笑顔のために前に進むって決めたから、私はあなたのオトメになったのよ。そんな私情で動くようなマスターのオトメになった覚えはないわ」
「ハル、カちゃ
……」
「泣いてる暇もないの。あなた、自分がしようとしたことがどういうことなのか、わかってるの?」
「
……」
「黙ってちゃわからないわよ、ユキノ。あなたの言葉で話しなさい」
「
……ハルカちゃんに、何かあったんだって思ったら、私、こわ、くて」
「
…………」
「私にできることがあったらしなくちゃって思って、私、もう」
「冷静じゃいられなくなったってわけね、あなたが」
「私のせいでハルカちゃんが危ない目に遭ったりしたら。オトメの資格を失うようなことがあったらって思ったら、私、私っ
……」
「あなたは自分が間違ったことをしたっていう自覚はあるのね?」
ユキノは頷き、ポロリと一粒、涙をこぼした。
「
……ごめんなさい、ハルカちゃん」
「ごめんじゃ済まされないわよ。これが国民に知られたら、あなたの今まで築き上げてきたものが全部台無しになるかもしれない。なかったことになんてできないし、あなたには説明する義務がある。いいわね? ユキノ。次こんなことがあったらおしりぺんぺんじゃ済まないわよ!」
「
……うん。ハルカちゃん」
「私のことはあなたが一番知ってるでしょう? 私がこんなやつにやられると思った?」
「
……ううん。思って、ない」
「そうでしょうとも。こんな奴らに私は止められないし、まあその
……拉致されちゃったのは本当に申し訳ないけれど、私は絶対、あなたのところに帰ってくる。これから何があっても、それだけは覚えておきなさい」
「ハルカちゃん
……」
ユキノは真っ赤に染まった瞳で、だけど真っ直ぐに、私を見つめてくる。幼い頃から変わらない、憧れを見つめる瞳で。あなたがずっとその目で見てくれるから、私はあなたの前に立とうと、あなたに誇れる自分であろうと思えるのよ。
「さ、認証して。ユキノ」
「
……私、いいのかな?」
ハルカちゃんのマスターは私で、いいのな。
ぽつり、とこぼれ落ちた言葉に、私はため息をついて、ユキノの小さな頭をガシガシと撫でた。マイスターローブを風に翻し、腰に手を当て仁王立ち。ユキノを真っ直ぐに見つめ、私はニッと微笑んだ。
「いいに決まってるでしょう。私のマスターは、あなた以外にはいないんだから」
「
……うん!」
その深く澄んだ濃い色の瞳に、もう迷いはなかった。すう、と息を吸ったユキノが、認証を開始する。
「ハルカ・アーミテージ。珠洲の黄玉を持つ我がオトメよ。我が名において、汝の力を解放する」
耳元のピアスに唇が触れ、体内のナノマシンがさらに活性化していく。
「マアアアアアアアテリアライズ!!」
ローブを見にまとい、愛用のエレメントを手にテロリストたちに向き直る。
「この私が直々に清正(成敗)してやるわ! 覚悟なさい! はあああぁあああっ!!」
存在すら忘れかけられていたテロリストは、コソコソと逃げ出す準備を整えていたらしい。そんなの、私が見逃すはずないでしょう? 愛する我が国とマスターを危険に晒したこと、きっちり反省してもらわないと。さあ、おしりぺんぺんの時間よ!
◇◇◇
テロリストたちを軍本部と警察に突き出し、取り調べへの協力と国民への謝罪、説明が終わり、ユキノは議会にかけられ、解雇は免れたものの、数ヶ月間の減給という処分が課せられた。国民からの反応はそれほど批判もなく、どちらかというとユキノへの同情の方が多く寄せられていた印象があった。きっと、今までのユキノの頑張りが、国民たちに伝わっていたからだろう。私が捕まった件に関しても、私を止める術が軍の外部に漏洩していた、ということで少し問題にはなった。まあでもそれは、私が頭を鍛えればいいということで話がまとまったわ。
そしてあの日から一週間。ようやく二人きりで過ごせる時間が訪れ、私はユキノの私室へと足を運んでいた。
「ハルカちゃん、本当にごめんなさい。私
……何が大事か、わかってなかった」
「ええ、謝ったって済むことじゃないわよ、ユキノ。だけど
……簡単に捕まるなんて、私も不甲斐なかった。あなたを不安にさせるなんて、私もまだまだね」
「そんな
……」
「なんと言おうと、私があんな奴らに捕まったことは事実よ。もっと頭を鍛えなきゃね」
「鍛えるところ間違ってると思うけど
……」
「何か言った?」
「
……ううん。何も」
「ねえ、ユキノ」
「なあに? ハルカちゃん」
「私が間違ったとき、例えば議会に私が乱入して、相手の議員をぶっ飛ばそうとした時とか
……他国に殴り込みに行こうとしたといとかあなたがいつも止めてくれうるわよね」
「
……うん」
「その度に、私はあなたに助けられている。ありがとう、ユキノ。
……だから、もしあなたが間違ったら私が必ず止める。怒ってでも、どんな手を使ってでも止める。一人で決断しないでいい。なんのために私がいると思ってるの?」
「ハルカちゃん
……」
「今回は私が捕まっていたから話せなかったけど、迷った時はすぐに相談しなさい。あなた一人だと、変なところで悩むでしょう。普段はあんなに冷静なくせに。何かあった時は、二人でちゃんと話しあって、二人とも正しいと思える道を見つけたら、迷わず前に進むの。私が困ったときはあなたに頼る。あなたにしかできないことがあるから。だから、あなたも私を頼りなさい。いい? ユキノ」
「
……うん、ハルカちゃん」
「約束よ、ユキノ」
「うん、約束」
小指を切り結び、そしてあの日捧げた指輪に忠誠の口付けを。
「あなたが大統領になって、そして国民全員を幸せにする。その夢を叶えるまで、そしてそれがずっと続くように、私はあなたを支え続ける。だから
……あなたは私のパートナーとして胸を張って、あなたが正しいと思ったことをやりなさい」
「ありがとう、ハルカちゃん。
……やっぱりハルカちゃんはかっこいいね」
「ふんっ! 当たり前でしょ」
◇◇◇
「ハルカちゃーん?」
「ユキノ。どうしたのよそんな顔して」
「ハルカちゃんがぼーっとしてるなんて珍しいなあって思って」
「
……ちょっと思い出してたのよ。あなたとの約束を、もう一度結び直した日のことを」
「
……ハルカちゃん」
「あの日から、あなたも私も成長できたと思っているわ。あなたは約束通りに大統領になったし、国民からの支持も厚い。あなたに課せられた重責はきっと増えるばかりだろうけれど、私にも一緒に背負わせなさい。いいわね? ユキノ」
「うん。ありがとう、ハルカちゃん」
「それでこそ私のマスターね」
笑みを浮かべて手をギュッと握りしめた。真っ直ぐに見つめ返される瞳が、眩しい。私の後ろをついてきていたユキノはもういない。ここにいるのは、私の隣で、私と同じ方を向いて、迷わず前に進み続ける誰よりかっこいい、私のパートナー。
「クリサント大統領閣下、アーミテージ准将、お時間です」
「はい、今行きます」
柔和な笑みを浮かべて歩き出したユキノの隣を、背筋を伸ばして歩く。胸を張って、堂々と。
これからこの国に、この世界に何があろうと、私たちは決して、何者にも屈することはないのだろう。二人一緒なら、熱い心を持ち続け、勇気で夢を、大空に描き続けられる。
だって私は誇り高きユキノ・クリサント大統領閣下のマイスター乙女。ハルカ・アーミテージなのだから。