ミイ
2024-11-30 20:05:00
17455文字
Public エアリーズ政府 広報担当
 

ユキノ・クリサント回顧録(没ver.その2)

我がエアリーズ共和国大統領、ユキノ・クリサント閣下。その幼き日から大統領になるまでの道のりをこの度独占入手! 発覚すれば即削除。今ここでしか見られない姿をその目に焼き付けろ! 我らがアーミテージ准将との友情にもご注目ください! それでは始まります。ユキノ・クリサント回顧録。

 


……ガルデローべの学園長は、そろそろ一息つけた頃、かな」

 数年前。私のオトメ、ハルカ・アーミテージ准将が(当時はまだ少尉に昇進したばかりだったけれど)卒業記念舞闘を舞った時の写真を見ながらふっと笑みをこぼす。当時コーラルオトメのNo.2だったナツキ・クルーガーとNo.1の鴇羽舞衣を相手に一瞬の優位も許すこともなく、圧倒的な強さで舞った私のオトメ、ハルカ・アーミテージ。そしてその背中を預けられていたのが現在の五柱の二。シズル・ヴィオーラだった。(彼女は必死な顔で向かってくるお部屋係を軽くあしらいながら頬にキスしたりしていたけれど)

 ガルデローベの入学試験を受けに行く時、必ず一番をとってみせると胸を張ってエアリーズを後にしたハルカちゃん。次の日かかってきた電話で、電話の回線がパンクしてしまうくらいの大声で、あの人のことを話してくれたっけ。二人組の試験で偶然組んだ、亜麻色の髪の人。エアリーズではずっと学業も組み手も負けなしだったハルカちゃんが、負けを認めた相手。

……世界は広いわね』

 そう呟くハルカちゃんの声には、確かな悔しさが滲んでいた。

『ごめんなさい、ユキノ』
「え?」

 電話越しに聞こえるその声は、初めて聞くくらいに心許ないもので。いつも私の前ではシャンと伸びた背中が曲がっているような気弱な声に、私はすぐ、駆けつけたかった。誰より大切な、ハルカちゃんのそばに。

 だけどそれは一瞬のことで。グス、と少しだけすすり上げられた水音の次には気合の入った、鼓膜がブルブルと震えるくらいの大声が聞こえてきた。

『でも、次は必ず勝つわ!』

 オトメ養成学校、ガルデローベの倍率はこの惑星エアルの中で最も高い。能力だけでなく、容姿、将来性など様々なもので評価され、年若い少女たちが値踏みされていく。あるものは誇りを胸に。あるものは家、または国家のために。政治的なしがらみなんて、ない方が少ない。その只中に飛び込んだ彼女。

 真っ直ぐで、直向きに努力を重ねて、どこまでも進んでいく、いつだってかっこいい、私のヒーロー。

 まだ幼かったあの日、エアリーズ共和国を、国民みんなが幸せでいられる国にする。そう私と約束をしてくれた、ハルカちゃん。

 試験も大変だっただろうけれど、手応えはあったんだと思う。曖昧な表現を嫌う彼女が「次」を明確に宣言したのだから。それに、私のハルカちゃんが落ちるはず、ないんだもん。

『ごめんなさい、ユキノ。一番になるって約束してたのに』
「そんなの」
『ユキノが良くても私が嫌なの。次はぜっっっったいに負けられないわ!』

 きっとハルカちゃんは電話の向こうで、受話器を壊れそうなくらい、ぎゅうって握ってるんだと思った。ハルカちゃんの明るい声に、だんだんと闘志がみなぎってきて私の体も、熱くなっていくから。

「ハルカちゃん。今日はまず、体を休めてね。えっと、それから……
『ユキノ?』
「合格おめでとう、ハルカちゃん」
『ありがとう。ま、ガルデローベの教師たちがこの私に可能性を見出さないなんてあり得ない話だけど。でも、ちょっと、ユキノにしては気が早いんじゃないの?』
「だってハルカちゃんが落ちるわけないし……ハルカちゃんは私のオトメに、なってくれるんでしょう?」

 そう、確かめるように呟けば、ハルカちゃんの熱が、もう一段高くなった。

————っ! ええ、あったりまえよ! とりあえず、あのぶぶ漬け女に今度会った時は借りを返さなくちゃ……こうなったら修行よ!』
「ハルカちゃん。……無理、しないでね?」

 ガルデローベはただでさえ、優秀な子だけが集まる場所だ。いくらハルカちゃんが努力家でなんでもできるといっても、それを凌ぐ化け物級の人材が、すでに少なくとも一人はいるわけで。ハルカちゃんのことを、信じていないわけじゃない。ただちょっと、心配だっただけ。

 受話器を両手で握り、声をかける。声だけでしか繋がれないのが、もどかしくてたまらない。早く、会いに行きたい。

「ふんっ! 私に無理、なんて言葉はないわ! ユキノも頑張ってるんでしょう? それなのに、私だけ休むわけにはいかない。私はあなたにも負けたくないもの」
「うん。一緒に頑張ろうね、ハルカちゃん」

 私は小学校と中学校を飛び級で卒業。高校も必要な単位をとってすぐに卒業資格をとり、その年の大学入試を受けた。各国から政治家を目指す若者が集まるヴィントブルーム大学。倍率はガルデローベほどじゃないけどそこそこある。

 油断しないように、焦らず地道に。自分のできることを積み重ねていけば私に不可能なことはないって思っていた。。だってハルカちゃんが、私を信じていてくれるから。

 試験結果は合格。最年少での受験だったけれど、無事首席の座を手にした。だけど安堵、というよりも先に焦りが募った。やっと、ここから始まる。急がなきゃ。だってハルカちゃんはすぐに私に追いついて、先へと進んで行ってしまうから。エアリーズを離れて、ガルデローベでの生活が始まって、ハルカちゃんと初めて離れてわかったの。世界は広いんだって。大人を相手に話を聞いてもらえるのがどれだけ難しいことかってことも。

 でも、挫けている暇はなかった。自分の家の看板も、親の威光も。使えるものは全部使う。そうしないと、間に合わないから。

 私のオトメになる、と言ってくれたあの人を、私は必ず迎えに行く。


 
 約束したの。


 
 幼かったあの頃。まだ、ハルカちゃんの後ろに隠れて、何もできなかった私と、そんな私にも胸を張りなさいと言ってくれたハルカちゃん。

 私たち、二人で。

……懐かしいなぁ」

 CDドラマ。舞-乙HiME ミスマリアは見てた。vol.3 ボーナストラック。ユキノ・クリサント回顧録!
 
 ◇◇◇
 
 ハルカちゃんと私が出会ったのは、お父様に連れて行かれた、少し小規模なパーティーだった。人前に出るのが怖くてパーティーなんてずっと行っていなかったのに、今日は同じくらいの歳の子もくるからって言われて、あんまり好きではないドレスにも半泣きで袖を通して。お守りがわりのお気に入りの絵本を抱いて、私はお父様の後ろに隠れたまま、パーティー会場に向かったのを今でも覚えている。

 まだ学校に通い始めたくらいのことだったけれど、あれが名のある政治家や権力者たちを集めたパーティーだってことは、私にもわかってた。だってテレビの中で見るような人たちが、当たり前みたいな顔してそこにいたから。

 私のお父様は、代々続く政治家の家系の跡取り。私にきょうだいはいなくて、次は……なんていう事情もわかっていた。わかっていて、ずっと見ないふりをしていたの。

 誰かの期待に満ちた瞳や、品定めをするような瞳は怖いから、私は物心ついた頃から絵本の世界に入り浸っていた。空想の世界では私にだってなんでもできた。お父様の跡を立派に継いで、私がいるから大丈夫だよって笑ってあげたり、困っている人がいたら、手を差し伸べて助けてあげられるようなかっこいい人にだってなれた。心のどこかでそうなりたいって思っていることからは目を逸らして、ずっと心の中で描き続けた。私だけのヒーローを。

 怖くてどうしようもなくなったとき、必ずヒーローが助けに来てくれる。そしてみんな、幸せに暮らすの。……そんなハッピーエンドのお話が大好きだったから。

「ユキノ、あいさつを」
————っ! ぁ……

 父の声で、現実に引き戻された。燕尾服の裾をギュッと握り締め、少しだけ顔を上げる。優しく笑う笑顔の奥に浮かぶ、品定めをするような冷たい瞳。

 ああ、やっぱり。私は、私じゃ、ダメなんだ。私は主人公には、ヒーローには、なれない。

 お父様を見て、そして私を見て。あからさまではないにしろ、がっかりした顔をする大人たち。この子がもっとしっかりした男子だったらよかったのにと、言外に何度言われたか……もう覚えていない。

 クリサント家の後継として自分がふさわしくないことなんて、私が一番わかってた。ただ言われたことしかできない私が、誰かの期待を背負うなんてのも、到底無理なことだってことも。

 かけられた声に震えることしかできなくて、私を見つめる冷たい目が怖くて俯いてしまって。ポロリと涙が頬を濡らした時。

 耳が痛くなるくらいの澄み切った大きな声が、私に届いたの。

「そこのあなた!! シャキッとしなさいシャキッと!」
…………え?」

 涙で濡れた視界にも、はっきりと映る明るい色。


 まぶしかった。


 まるで、絵本の中から登場人物が出てきたみたいで。

 きっと、生まれ変わったとしても忘れない。出会ったあの瞬間からハルカちゃんは……私のヒーローだった。

 薄いピンクのかわいらしいドレスを纏って、二つに結んだ金髪をひらめかせて。彼女はぷんすかと怒ったような顔をしながら私の方へとずんずん歩いてきた。私に向かってこんな顔をする人は初めてで、どうしたらいいかわからずポカンとしていたら、いつの間にか涙は止まっていた。

 ずん、ずん、ずん! 

 私の前で止まったその少女は、びしっ! と指を私に突きつけ、言葉を続けた。

「あなた、なにしにきたの」
「ぇ……

 私は、お父様に来るように言われたから。別に、来たかったわけじゃないし、こんな場所、今すぐにでも出て行きたいくらいなのに。

 どうして私、怒られてるの?

 そんな言い訳や焦りが頭の中で渦を巻く。なにも言えないでいたら、彼女はふう、と息を一つ吐いて、また耳が痛くなるくらいの大きな子で叫んだ。

「ウジウジしたをむかない!! むねをはりなさい!! あなたも、あなたのいえをせおってきてるんでしょう。あなたがここにいるってことは、あなたにはそのしかくがあるのよ!」
「で、でも……
「でももだってもないわ! ……あなたはここにいていいの。ここにいるのはあなたなのよ。だからそんなかお、しないで」
————っ」

 初めてだった。私に、そんなことを言ってくれた人は。

 私はずっと、場違いな場所に生まれてきてしまったと思っていた。それなりに見合うようになろうって努力はしてみた。それでも。勉強は好きだし大抵のことはやればできるけど、やりたいことはあんまりない。絵本や物語は好きだけど、それを作ろうと思ったことはない。

 大人たちが望むみたいに、いつかこの国の指導者に、なんて気持ちも、恐れ多くて考えられたことすらなかった。お父様やお母様に迷惑をかけないように。ひっそりと慎ましやかに生きていければそれでいい。そう思っていた。だけど。

 大きすぎる熱量と声量を伴って鮮烈に現れた彼女は、私の中の卑屈さを、全部太陽のように暖かくそして熱く焼き払っていった。

 自然に顔が上がった。この場所に立っていて初めて、前を向けた。

 そんな私に、口元を大きく引き上げて笑いかけてくれる彼女。胸が、今までで一番大きく高鳴った。

 この子こそ、ふさわしい。この国を守る人間に。私なんかじゃない。この子が。

 私より少し年上、なのかな? きりっとした顔をしているけれど、タレ目がちで優しそうに見える。ウェーブがかった金髪は、照明を反射してきらきらと輝いている。リボンとレースがたくさんついた、愛らしいドレス。胸がそりかえるくらい張ってふんっと鼻息荒く喋るこの子はきっと、自分に自信があるんだと思った。……私とは違って。

 そんな彼女が私に話しかけてくるなんてなんの冗談だろうと思っていたけれど、彼女のまっすぐな瞳は、大人たちの目も気にせず、私だけを映し出していた。

「あなた、なまえは?」
……わた、しは」
「きこえないわよ。もっとおっきなこえで!」
……き、の」
「もっと!」
「ユキ、ノ……クリ、サント」

 大人たちに名前を聞かれても、あの目が怖くて一度も言えたことなかった。クリサントと、名乗るのさえ烏滸がましくて。だけどこの子には、知ってほしいと思った。私がここにいていいと言って、お父様の娘であることを認めてくれた。だからその綺麗な、元気一杯の声で、私の名前を、呼んでほしいと思ったの。

「ユキノ・クリサント……。よろしくね、ユキノ。わたしはハルカ・アーミテージ。エアリーズをだいひょうするけんせつがいしゃのみらいのだいしゃちょうよ!」

 まるで太陽のように、眩しく輝く笑顔とおでこ。

 これが、ハルカちゃんとの出会い。忘れることなんてできない、私が私として、始まった日。ハルカちゃんはもう、忘れてしまっているかもしれないけれど、私にとっては、かけがえのない思い出なの。誰にも教えない、私だけの大切な、宝石みたいに眩しい永遠の瞬間。

 ハルカちゃんと出会ってから、私の世界は変わった。ハルカちゃんの言った通り、胸を張ってみたら。地面だけじゃない。いろんなものが見えてきた。陰湿な部分ばかりが目についていたけれど、世界って眩しくて綺麗なところもあるんだって初めて気づけたの。

 パーティーの予定なんて自分から聞いたことがなかったのに、お父様に初めて、自分から尋ねたのは今でも覚えている。私がハルカちゃんに会いたがっていることはきっと、お父様にはバレていたけれど、お父様は少し考えて、一週間後の予定を教えてくれた。家庭教師の個人レッスンや、あまり得意じゃなかったダンスのレッスンも、いつもより楽しく感じて。指折り数えてやっと訪れたその日。

 私が会場に着いた時、ハルカちゃんはまだ来てなかったみたいで、しょんぼりとしてしまったけれど。ハルカちゃんの言葉を頭の中で呟いて、そっと顔を上げた。ハルカちゃんみたいに胸を張ることはまだできないけれど、自分の力で前を向いて、自分の名前を紡いでいく。

 私はここにいていいんだって。私は、お父様の娘なんだって。

 お父様はすごく驚いて、だけど誇らしげな目で、私をみてくれた。怖くて緊張したけれど、ハルカちゃんの言葉に導かれて、そして自分で変われたことが嬉しかった。

「いいじゃないユキノ。このまえよりずっとすてきよ」
「ハルカ、ちゃん」
「またせたわね。ふふん。しゅやくはおくれてとうじょうするものなのよ!」
「きょうはおとうさまたちのパーティーだとおもうけど……

 髪を留めている可愛いリボンが、ハルカちゃんの高笑いで揺れる。ちょっぴり自信過剰で、時々ずれちゃうこともあるし言い間違えることなんて日常茶飯事。相手が誰でも、大人でも真っ直ぐぶつかっていくから見ているこっちはヒヤヒヤしてて、だけどそんなところも……眩しくて、大好きだった。

 ハルカちゃんがいるだけで、みんなが笑顔になる。ハルカちゃんの一生懸命さが好きで、そばにいたくて。だから私は、主人公を輝かせるためならなんでもできる、脇役になろうって思った。
 
 ◇◇◇
 
 時々、お互いの家を行き来して遊ぶようになって、数年が経った。たくさんの賞状やメダル、トロフィーなんかが並ぶ、ハルカちゃんの部屋。そこで二人、紅茶を飲んでお話をしているときふと、ハルカちゃんが真面目な顔をして、私にこう聞いてきた。

「ユキノはこの先、なにになりたいか決めてるの?」
「え……
「あと一年くらいで、私は小学校を卒業するでしょ。だから、進路を考えた方がいいんじゃないかってお父様に言われたの。どうしたいか私が決めていいんだって」
「そう、なんだ」

 聞いても、いいのかな。聞いてくるってことは、きっとハルカちゃんは決まってるってことだろうし。

……ハルカちゃんは、どうするの?」
「私? 私はもちろん、お父様の興した会社を継いで、もっと大きくしていきたい。だから、そのために頑張れる場所にいくつもりよ」
……ハルカちゃんは、やっぱりすごいね」

 私にはなにも、なにもない。

 ハルカちゃんみたいに大事にしているものも、目指したいものも、守りたいものも。

 ハルカちゃんの近くにいれば変われるかなって思ったけど、私は私のままだった。

 勉強や、大体のことはできるから、周りには、お父様の後継にって望まれてることはわかってる。だけど、こんな気弱な自分じゃそんなの無理だってことも、痛いくらいにわかってる。わかってるの。だから、なにも望まないように。ただ、ハルカちゃんのそばにいられれば、私は、それで。

「私も、ハルカちゃんと同じところにしようかな。そうすれば、これからも一緒にいられるし」

 へら、と力なく笑って見せたけど、ハルカちゃんは笑っていなかった。初めて会ったときみたいな、射抜くようにまっすぐな瞳で、私を見つめていた。自然と、背筋が伸びる。ごくりと喉がなり、頭の芯がキン、と冷たくなっていく。

「そうじゃなくて。ユキノ。私が聞いてるのは、あなたが何に、なりたいか。この先どうなりたいか、よ」
「私、が?」
「そう。あなたが。お父様が望んでいるとか、周りがそう言った、とかじゃなくてあなたの気持ち。ユキノはどうなりたい? どう生きていきたいの?」

 一瞬の揺らぎもない、まっすぐな声。それが鼓膜を震わせた瞬間、私の中で、何かが焼き切れたような気がした。

……ない」
「え?」
「わかんないよ! そんなの!」
「ユキノ……?」
「私にはないの。ハルカちゃんみたいに目指すものも、守りたいものも! 何にも、何にもないの! だから……せめて、言われたことくらいはできるようにならなくちゃって。お父様やお母様に迷惑かけないようにって、ずっと思ってきたのに! 私が決めていいなんて言われても、わからないよそんなの! ……お稽古も習い事も、明日着る服だって。自分で決めたことなんて、なかったんだから」
「ユキノ……

 溢れ出してしまった。

 こんなこと、言いたかったわけじゃないのに。ハルカちゃんはなにも悪くない。ハルカちゃんの足を引っ張ることだけはしたくなかったのに、私は、私はっ!

……ごめんなさい、ハルカちゃん。今日は帰るね」
「ユキノ!」
「本当にごめんなさい。今は、一人にして」

 逃げるようにハルカちゃんの家を飛び出した。迎えに来ていた車のドアが開いて、私は急いで飛び込む。少し遠くから、ハルカちゃんの声が聞こえる。「いいのですか?」って聞いてくる運転手に出してと頼むと、それはすぐに遠ざかっていった。

 あの瞳がずっと眩しくて、見つめていたかった。だけど今は。あの熱が何よりも熱く、痛いほどに身を焦がしていく。太陽のような熱に当てられてしまっては、なにもない私は、なにも残らず消えていってしまう。そんな気がした。
 
   ◇◇◇
 
 家に帰り、心配するお父様たちの声も振り切って、自分の部屋に飛び込んだ。はあはあと上がった息は、整うことなく嗚咽へと変わっていく。

 どうしよう。ハルカちゃんに酷いこと、言っちゃった。全部、全部私が悪いのに。私が、ちゃんとしてないから。怖くて、お父様の期待に応えられないから。なりたいものもなにもなくて、ただハルカちゃんに憧れて、甘えて、それだけでいいって思っていたから。

「ごめんなさい、ハルカちゃん」

 ボロボロとこぼれ落ちていく涙を手のひらで拭いながら、ハルカちゃんの顔を思い出す。初めてみたの。ハルカちゃんのあんな顔。

「傷、つけちゃった……

 いつだってキラキラと輝いている瞳はあの一瞬で輝きを失って。呆然とした顔は、いつものハルカちゃんとは別人で。そして、そんな顔をさせてしまったのは、他でもない私で。

「私、最低だ……

 なにも、望めなくてもいいから。ただ、ハルカちゃんのそばにいられればよかった。私に夢なんてないから、ハルカちゃんの夢が叶えばよかった。そしてわがままを言ってもいいのなら、ハルカちゃんの夢を叶えられるようにお手伝いできたら。それが、私の願いで、私の望み。

 ハルカちゃん以外、なにもいらないの。ハルカちゃんのそばにいられたらそれでいい。ハルカちゃんといられるなら、きっと私は、どんなことだってできる。ずっと怖かった大人たちの顔を見ることも、挨拶を返すことだって今ではできる。ハルカちゃんが躓きそうなところにはあらかじめ根回しをしておいて、そうならないようにすることだってできる。

 私が今までで唯一持ってたやりたいこと。それは、ハルカちゃんを支えること。ハルカちゃんがやりたいことが、目一杯できるようにすること。

 ハルカちゃんのお家は、開拓時代に頭角を表した建設会社。政治家や政党とのつながりいを今は一切持たず、自分の力だけでどんどんと躍進を続けている。もし、ハルカちゃんの会社と、どこかが手を組めば。それは大きな力になるはずだ。そう、代々続いている政治家の家系なんかと繋がれば、きっと。

……っ」

 ハルカちゃんは嫌がるのかもしれない。そのために友達になったわけじゃないって、優しいハルカちゃんはきっと言ってくれるんだと思う。だけど、私が頑張ることで、ハルカちゃんが自由になれるなら。私の分まで、自由に朗らかに生きてくれるなら。私は。

「私が、したいこと」

 お父様が望んだとか、周りがそう言ったとかじゃなくて、私が、私がしたいこと、私の望みは……


 ハルカちゃんを支えたい。ハルカちゃんを、守りたい。


 主人公になんてなれなくていい。ハルカちゃんが輝ける場所を確立させて、私の力で、そこを守っていく。

 絵本の主人公みたいなヒーローに、私はなれないかもしれないけれど、ヒーローを陰で支える仲間には、なれるかもしれない。ううん。ハルカちゃんならきっと。こんな私でも、笑顔で手を差し伸べてくれるの。だってハルカちゃんは、あの時からずっと、私のヒーローだから。

「ユキノッ!!」
……ぇ」

 バアンッと大きな音を立ててあいたドア。次いでもう一度大きな音。

「いったああああい!」
「は、ハルカちゃん大丈夫?」

 どうやら跳ね返ったドアが、ハルカちゃんのおでこに当たってしまったらしい。大きなたんこぶができているのがここからも見えた。

「早く冷やさなきゃ……

 氷を急いで取りに行こうとしたら、ハルカちゃんのあったかい手が、私の手首を掴んだ。

「そんなことより、私はあなたに言わないといけないことがあるの」

 ハルカちゃんの目は真っ直ぐに私を捉えて離さない。動けなくなって、私はその場に立ち尽くした。でも、どうしてここに? 私は車の音は聞こえなかったはず。よく見てみると、ハルカちゃんの可愛い洋服はところどころ汚れていて。まさか、走ってここまできたの!?

「ハ、ハルカちゃ」
「ごめんなさい」
「え」
「あなたの気持ち、なにも考えられてなかった。私、気づいてたのに。あなたが悩んでることも、困ってることも」
「それなのに、私は自分のことばかりで、あなたを傷つけてしまった。本当にごめんなさい」
「ち、違っ! 謝るのは私の方で」
「いいえ。あなたに選択を急がせてしまった。あなたにはまだ時間がある。それなのに」
「ハルカちゃん……

 力なく笑った顔はいつものハルカちゃんとは違って、まるで普通の女の子みたいに見えた。だから、私は。

「ユキノ?」

 ハルカちゃんの手を取った。あの日、ハルカちゃんが私にしてくれたみたいに。

「私ね、やっとわかったの。私が、したいこと」
「ユキノの、したいこと?」
「うん」
……教えてくれる?」
「うん」

 私はまっすぐにハルカちゃんの方を見つめて、ゆっくりと口を開いた。ずっと抱いてきたこの気持ちを直接伝えるのは、初めてかもしれない。

……私ね、ハルカちゃんのこと、大好き」
「へ?」
「ずっと、初めて会ったあの日から、ハルカちゃんはずっと私のヒーローなの。ハルカちゃんが私を守ってくれたから、私は今も、ここにいられるんだと思う。だから、ね」
「ハルカちゃんが私を守ってくれたように、私も、ハルカちゃんを、ハルカちゃんが目標に向かって突き進んでいくための場所を、守りたいって思ったの」
……え?」
「私、ずっとしたいことも、欲しいものもなにもないと思ってた。だけど、違ったの」

 そう、私にもあった。誰にも譲れない、一番、大切なもの。

「ハルカちゃん」
「なに? ユキノ」
「ありがとう。ずっと、私を守ってくれて。私の前を、歩き続けてくれて。だけどこれからは……私も、ハルカちゃんの隣を歩きたい。ハルカちゃんが頑張るなら、私も、頑張りたいって思ったの」

 ハルカちゃんのためにっていうのは、内緒だけど。

「じゃあ」
「うん。お父様、みたいになれるかはわからないけれど……頑張ってみたいの。私に、できるなら」
「いい顔になったわね、ユキノ」
「ふふ、ハルカちゃんのおかげだよ」
……ユキノは、この国が好き?」
「え?」
「私は好きよ。たくさんの人がいて、いろんな人たちがいる。みんながみんなを尊重し合ってて、それぞれに自由がある。それを作ってきたのは、あなたのお父様やお祖父様たち。そうでしょう?」
「ハルカちゃん……
「私は、その人たちのことを誇りに思うわ」

 ニッと口端が引き上げられて、いつものハルカちゃんの笑顔が私を包んでくれる。……あったかい。

「私、なれるかな」
「なれるわ。ユキノだから」

 ハルカちゃんの言葉には力がある。絶対にそうである、という力が。

 だから。私はいつだって、ハルカちゃんの隣で、前を向けるの。

……私、この国を守っていきたい。お祖父様やお父様が守ってきたこの国を、私の力で」
「ええ、あなたならできるわ、必ず」

 ハルカちゃんがそう言ってくれるなら、それはきっとそうなるんだって、思える。

「ハルカちゃんのことも、私が守ってみせるから」
「ふふ、言うようになったじゃない、ユキノ」

 それからしばらく、ハルカちゃんに会うことはなくて。寂しく思っていたある日。ハルカちゃんが私のうちにやってきた。

 澄んだ瞳を、ギラギラと輝かせて。

「ユキノ」
「どうしたの? ハルカちゃん」
「あなたの決意を聞いて、私も考えてみたの。そして、私に、もう一つ夢ができた。いえ、夢じゃないわ。必ず叶えるから目標、ね」
「ハルカちゃんの、目標?」
「私、オトメになるわ」
「え……

 オトメ、というのは、要人のメイド兼アドバイザー兼ボディーガードのようなもの。ヴィントブルームのガルデローベという学校に入学したものだけが手にすることのできる超人的な力。それに、誰もがなれる、というものでもないし。どうして急に。そんな、ハルカちゃん。

「そして私は、あなたのオトメになる」
「ぇ……

 よくあることだけど、ハルカちゃんがなにを言っているのか、わからなかった。だけど今までのとは、少し意味が違ってる。だって、何を意味しているかは、わかっていたから。

 でも、ハルカちゃんは私のヒーローで、ハルカちゃんは自分の夢のために、真っ直ぐに向かっていくんだって。それなのに、オトメなんかになっちゃったら、マスターと命を共にして、どちらが消えても消えてしまうことになる。ハルカちゃんの夢も、叶えられなくなるかもしれない。そんなの……

「だ、だめだよハルカちゃん。ハルカちゃんは……

 ヒーローなんだから。私なんかのために命を燃やしてほしくない。ハルカちゃんは、みんなのために、そして自分のために頑張って欲しい。

「私が、あなたを支えるわ。あなたが私を守ってくれるなら、私だって、あなたを守る。そしてあなたが守るこの国を、一緒に守っていくの。それが、私の新しい夢で目標。だから、そのために私ができることを見つけただけよ」
「でも、お家のことは? それに、ガルデローベは本当に難しいって」
「家のことはお父様に任せておけばいいし、優秀な人は私以外にもたくさんいる。それに、倍率なんて関係ないわ。私は絶対に、ユキノのオトメになるんだから」
……うん」
「私とユキノの二人で、この国を守るの。ユキノのお父様たちが守ってきたこの国を、みんなの笑顔を、守っていけるように」
「ハルカちゃん……
「私が試験を受けられるようになるまで、あと二年ある。だからそれまでに、完璧に準備をするつもりよ。だから」

 もう、涙でぐちゃぐちゃになった視界でも、ハルカちゃんが、笑ってくれてることは、わかった。あったかくて誰もを安心させてくれる、笑顔。

「私を迎えにきてね、ユキノ」
「うん、ハルカちゃん!」

 
 約束、だよ。
 

 ◇◇◇
 
 そして数年後、ハルカちゃんはヴィンとブルームのガルベローべを受験し、見事合格。だけど……結果は次席。それがすごく悔しかったらしい。出会ったその日に「ライバル宣言」をハルカちゃんがしてきたその人。

 ヴィントブルーム出身の、シズル・ヴィオーラという人の話をよく聞くようになった。

 私はハルカちゃんより少し先に飛び級でヴィントブルーム大学に進学したから、時々会えるようになったのは凄く嬉しかった。

 偶然、かはわからないけれど、ハルカちゃんと二人、カフェでお茶をしていた時、シズルさんにも会ったことがある。……底が見えない人だって思った。ハルカちゃんとは同い年で、コーラルの中ではNo.1。そんな彼女は作り慣れた外行きの完璧な笑顔で私に笑って見せた。言葉の端々から、オトメに対する情熱はあまり感じなくて、なれてしまったからトップをしている、みたいな印象を得た。

 ハルカちゃんが噛み付いてくるのが面白いと思っているんだろうけど、なんだかあまり、温度を感じない。この人ともいつか、渡り合わないといけない日が来るかもしれない。そうなると……この人だけを相手にするのは難しいって思った。この人にも誰か大切な人やものがあるのか。その辺りを、学生時代に知って置けたら、後々楽になるはず。ハルカちゃんからの情報と、エアリーズの同輩たちに、そこは頼ろうと思った。

 ハルカちゃんは昔から、敵を作りやすい。真っ直ぐすぎるところがハルカちゃんのいいところだけれど、シズルさんみたいに上手く利用する人もいれば、目の敵みたいにする人もいる。だから、ハルカちゃんが目指す秩序ある、みんなが笑顔でいられる国に向かってまっすぐ走っていけるように、私は私にできる形で、道を作っていきたい。……道がなくても、ハルカちゃんは全部、持ち前の気合いで蹴散らしていくのかもしれないけれど。

 表立って動くことはまだできない。だけど今からは。私たちは二人で、約束を叶えるの。

「なに一人でニヤニヤ笑ってるのよ、ユキノ。勉強のしすぎじゃない?」
「ううん。なんでもないよ、ハルカちゃん」

 すぐに一年が経ち、ハルカちゃんは上級生のパールオトメになった。トリアスにも入って、だけど変わらずNo.2。No.1は言うまでもないあの人だ。なかなか超えることのできない壁。だけど、シズルさんも、少しずつ変わってきているみたいで。

 今度の試験では絶対に負けないと豪語していたハルカちゃんだけど……シズルさんの様子がおかしいのよって、少し困った顔でハルカちゃんが言っていた。あの「完璧」が人の形をとったようなシズルさんにももしかすると隙ができたのかもしれない。

 一つ、借りを作れたら。きっとそれは、大きな武器になる。そんな思いでハルカちゃんにいくつか提案してみた。どうなるかは、二人次第。まさか、誰かとの人間関係で、あのシズルさんがああも変わってしまうとは思っていなかったけれど。

 新入生歓迎舞闘で舞うハルカちゃんはかっこよくて。ハルカちゃんのマスターになるのなら、もっとふさわしく、隣に並べるように努力しなきゃって思った。三分は持った、かな。まあ、あんな条件を提案したのは私だけれど、これでハルカちゃんは、本気のあの人と戦えた。度々手を抜かれてるみたいでムカつくのよね! といっていたハルカちゃんが、血を流しながらたくさんのたんこぶを作りながらも何度も立ち上がる姿は本当にかっこよくて、そして何より、ハルカちゃんが嬉しそうで。いつもの涼しい顔や穏やかな笑みは鳴りを顰めて、険しい、切羽詰まった表情を浮かべたシズルさん。目では追えない速さの技の応酬に、私はただ見守ることしかできなくて。

「ハルカちゃん!」

 最後の最後まで食らいついて、立ったまま気を失ったハルカちゃん。教師陣からのストップが出て、ローブの展開が解除されるまで、本気のシズルさん相手に、ハルカちゃんは戦い抜いていた。

 そんな様子を、私の隣で見ていた青髪の、真面目そうな顔をしたコーラルオトメ。ナツキ・クルーガー。彼女が、シズルさんの心を揺らすオトメらしい。今まで、彼女たちの舞闘を見たことがあったわけではないけれど……きっと、あの日の舞闘が、それまでで一番、シズルさんの力が出せていたんだろうって、思った。シズルさんはナツキさんに出会って、さらに強くなってしまったんだと思う。その感覚は、私にも覚えがある。大切なものを、見つけた。守りたいものを、手に入れた。そのことがきっと、シズルさんにも、彼女が生まれ持った力の使い方を、教えてくれたんだと思う。

 後期に入って、マイスターオトメとしての契約の話が出るようになった頃。ハルカちゃんにもいよいよ契約の申し出が来るようになったらしい。私はといえば、学生の身ではあるけれど、すでに政界入りを果たしていた。今年、上院議員に選出されて、議会にも出席している。大学卒業のための要件は全部クリアしているから、問題はない。だけど、少し不安になることもあった。ハルカちゃんがもし、私以外の誰かのオトメになったらって。ハルカちゃんが望むなら、って思う。だけど……やっぱりいやだ。

 契約の詳細は、教師陣だけが知っているようで、なかなか情報が集まらない。そろそろ自分も名乗りをあげたほうがいいものかと迷っていた時、珍しい人から手紙をもらった。

「シズルさん、から?」

 どういう風の吹き回しだろう。不思議に思いながら、封を切って目を通していく。

「これ……

 そこにはその時の私の不安を払拭してしまうような内容が、綺麗な文字で綴られていた。

 ハルカちゃんにも契約の話が来ているけど、どれだけのお金を積まれても。どれだけ破格の条件でも、ハルカちゃんは断っていること。

 本人の望まない契約は無理には薦められないこと。

 断る時に、必ず、ハルカちゃんが相手に言っていることがあること。

「申し訳ありませんが私のマスターは、ここに入る前からたった一人。もう決まっているので」

 くしゃりと手紙が、手の中で音を立てた。

 約束、したと思っていたのは、私だけじゃなかった。覚えてくれていた。ハルカちゃんが私を支えたい。そう思ってくれただけでも嬉しかったのに。同じ思いで、これからも一緒に進んで行けるなんて。

 これ以上にない幸せだと思う。

 ハルカちゃんを疑ったわけじゃない。だけど、怖かったの。もしもハルカちゃんが私よりもいいと思える人を見つけたら。私以外がいいと言ったら。これまでも、ハルカちゃんに相応しい自分になれるようにって努力はしてきたけれど、足りなかったのかなって。

 こんなこと思ってたら、またハルカちゃんに怒られちゃうかもしれない。

 ちゃんと、自分のことを認めなさいって。

 私は、ここにいて、いいんだって。

 前を向いて胸を張って。私を待って、頑張ってくれていたハルカちゃんを、他の誰でもない私が、迎えにいけるように。

 知識はもうある。人脈だって築いてきた。あの頃みたいに怯えることだってあるけど、私にはハルカちゃんがついてるから。


 私たち、二人一緒なら、なんだってできる。そうでしょう? ハルカちゃん。


 みんなを守るヒーローの後ろで守られてるだけじゃない。ハルカちゃんの隣に、私は立つの。

   ◇◇◇
 
 ハルカちゃんと約束をしたあの日から、私には探し続けているものがあった。できればエアリーズにいる間に見つけておきたかったけど見つからなかったから、今でも探し続けている。私設の諜報部隊を作ってそこにも依頼をしているけれどなかなか進展はない。それでも。自分の資産を全部投げ打ってでも欲しいもの。

 マイスターGEM。

 ハルカちゃんとの契約に必要なもの。確かにエアリーズ政府もいくつかまだマスターのいないマイスターGEMを所持している。だけど、それじゃなくて、私と、ハルカちゃんだけのものが欲しかった。

 返還する必要のない、私とハルカちゃんを繋ぐGEM。

 私はマスターとしてハルカちゃんを迎えにいくと決めたからそれが必要だった。

 力も権力も、人望も。全て手に入れたのに、それだけが足りない。ハルカちゃんとの間に強い繋がりはあるのに、私とハルカちゃんの命を、を物理的に結び続けるためのそれだけが。ハルカちゃんがガルデローベを卒業するまで、あと数ヶ月。だけど、年が明ければあっという間のはずだ。急がなければ、と思いながらもエアリーズの実家に帰省して、持ち物を整理していたとき。不意に、心惹かれて、手に取った宝石箱。意匠が凝らされた、いかにも重厚な品だった。それを手に取り、震える手で、蓋を開ける。そこにあったのは。

……珠洲の、黄玉」

 ハルカちゃんの、太陽のような眩しさを形にしたような、美しい宝石だった。

 この世に存在するGEMの名は、あの日から全て頭に入っていた。誰が、どの宝石を冠したオトメなのか。そして、過去には存在してたものの、現在所在が不明になっているGEMのことも。

 これがここにある、ということは、何代か前のクリサント家にはオトメがいた、ということなのだろうか。思わず取り乱してしまった私を、お父様は驚きながらも優しい瞳で見つめてくれて。そしてガルデローベへと連絡をとり、交渉の末、晴れて珠洲の黄玉は、表向きはエアリーズ共和国所有。その実クリサント家のものとなった。

 これで、これでようやく、手筈は整った。 これで、ハルカちゃんを迎えに行ける。

 オトメという力を軍事利用しているのは、この惑星エアルの中でもエアリーズだけだ。だから、エアリーズが所有するGEMでハルカちゃんが私と契約した場合、ハルカちゃんがエアリーズのものになる可能性は捨てきれない。私が権力を失った瞬間に、ハルカちゃんとの繋がりを失ってしまうかもしれない。ハルカちゃんは、そんなことは許さないといってくれる気はするけれど。だからずっと、ずっと探していたの。ロストジェムという、あるはずのない、だけど賭けてみたいと思える、唯一の可能性を。

 
 私たちに不可能なんてない、だよね。ハルカちゃん。

 
「ハルカちゃん、あのね」
「ええっ!? ぬわんですってぇ!?」

 珠洲の黄玉が見つかったと伝えるとハルカちゃんは顔を真っ赤にして、すごく、喜んでくれた。

「じゃあ、私たち」
「うん。約束、叶えられるね。ハルカちゃん」
「さっすが私のユキノね!!」
「わわっ、ハルカちゃん!」

 ぎゅうっと強く抱きしめられて思わずほおが緩んでしまう。その、あの……筋肉で首が絞まって、呼吸困難になってしまいそうだけど。

 しばらく抱き合ったままで、ふと、ハルカちゃんが真剣な顔をして、私に向き直った。ハルカちゃんの真っ直ぐな瞳を見つめ返せば、ふわりと花が咲くように綻ぶ。

「ユキノ」
「なあに? ハルカちゃん」
「あなたは、私の誇りよ」
————っ!」
「二人で約束をしたあの日から、私の気持ちは変わってない。だから私はあなたのオトメとして、あなたを一生、そばで支え続ける」
「ハルカちゃん……

 こんなに、嬉しいことはない。ずっと憧れていた。ハルカちゃんみたいになりたいと思っていた。私はどうせ一生脇役で、ハルカちゃんみたいなヒーローの引き立て役で。それでいいって思ってたのに、ハルカちゃんが光の下に連れ出してくれたの。私を。だから。

「ハルカちゃんはずっと、これからも、私のヒーロー、だよ」
「当たり前じゃない! 私たち二人で、エアリーズを、エアル一、いいえ。宇宙一、幸せな国にしましょう!」
「うん。頑張ろうね、ハルカちゃん」

 そして迎えた、マイスターの叙任式の日。私は私のマイスターGEM、珠洲の黄玉を手に、ガルデローべの門を潜った。多くの要人が集まる霊廟は、静謐な雰囲気を纏っていて、いやでも背筋が伸びた。そして、壇上に上がり、彼女を待つ。

 扉が開き、彼女が入ってきた。パールオトメの制服に身を包み、堂々と胸を張った、ハルカちゃんが。

「珠洲の黄玉、マイスター、ハルカ・アーミテージ。このもの、ユキノ・クリサントを主人とし、その身を守り、命を共にし、オトメとして己の全てを捧げることを誓うならば、汝の授かりしその契約の石を主人へと捧げよ」
「迎えに来たよ、ハルカちゃん」
「ええ、待ってたわ。ユキノ」

 ハルカちゃんの手は、迷うことなく指輪にのびそしてそれは、私の指へと嵌められた。涙が溢れてしいまいそうになるのを必死に堪える。こんな場にはそぐわない満面の笑みを浮かべたハルカちゃんに応えて私も、笑顔を浮かべた。名実ともに、今日、私たちは一つになった。私はマスターとして、ハルカちゃんは私のマイスターオトメとして。命を、そして約束を共にする。

 これからもずっと一緒だよ。ハルカちゃん。

 ◇◇◇

「ユキノ! 大統領として最初の仕事よ! 気合い入れていきなさい!」
「うん。ハルカちゃん」
 
 ハルカちゃんがガルデローベを卒業した数年後、私は選挙で晴れて当選し、エアリーズの大統領となった。黄緑色のマイスター服を纏ったハルカちゃんの隣を、この国の公務服で歩く。しゃんと背筋を伸ばして、顔をあげて胸を張って。

 きっと、定められていたことではある。だけど、自分にそうなれるか、自分ではわからなかった。

 でも、ハルカちゃんが、いつだって私を照らしてくれたから。ハルカちゃんがいるから、私も強くなれる気がしたの。ただの脇役じゃない。私だって、私の人生の主人公になれるんだって。だから。

 私はずっと、あなたと共に。この国を、そしてあなたを守り続ける。だからずっと、ここにいさせてね。

 私の最高のパートナー。そして、私のヒーロー。誰より大好きなハルカちゃんの隣に。