みずあめ
2024-11-30 01:10:35
3365文字
Public brmy
 

吏恭

試し書きりきょ。セフレから付き合う話。と、これとは関係ない以前試し書きしたりきょのSS画像。

溶けた氷がグラスに当たりカランと涼やかな音が鳴った。アルコールで温まった体でやわらかなソファーに沈みかけていた俺はふと目を上げて、向かい側でグラスを傾ける吏来さんを見つめた。ん?と見つめ返してくれる吏来さんはまだ少しも酔っていなさそうだ。
「吏来さん、明日、休みですよね?」
「そうだよ。おまえも明日は休みで、だからこうしてのんびり飲んでるんだろ?」
「えぇ、そうでした」
「もう酔ってる?」
「いいえ、全然」
「全然酔ってない顔には見えないけどな」
ふ、と小さく笑う吏来さんをじっと見つめ、どうしてそんな遠くにいるんだろうと考える。ソファーはもう一人が座れるくらい空いているのに、吏来さんはテーブルを挟んだ向かい側のスツールに腰掛けていた。手を伸ばしても届かない距離はあまりに遠くて、俺はぼんやりと首を傾げた。
「恭耶? 平気?」
「え? ああ、はい。……いえ、やっぱりちょっと」
「水持ってこようか? 今日いつもよりペース早かったよな。ちょっと待ってな」
俺が答えを出す前に吏来さんは立ち上がり、ついでのように俺の頭をポンと撫でてからキッチンに向かった。遠ざかっていく背中が寂しくて、俺も立ち上がりその後を追う。すこし気が緩んでいて頭の回転は遅かったけれど酔っていないという言葉は嘘じゃなくて、自分で思ったよりもしっかりとした足取りだった。
「吏来さん」
「んぇ? どうしたの、待っててよかったのに」
「水はどうでもよくて。確認したいことが」
……なに。おまえに確認とか言われると怖いな。軽いやつ? 重いやつ?」
「うーん、両方ですかね。どっちからがいいですか?」
「えぇ…………まあ、じゃあ、軽いやつから」
「今日、泊まっていってもいいですか?」
「あ、本当に軽いやつだ……。もちろん、いいよ。最初からそのつもりだった」
「よかった。もうトクさんは帰してしまったので、帰れと言われたらどうしようかと」
「それ、俺がダメって言ったらほんとにどうしてたの?」
「駄々をこねて泊まらせてもらっていましたね」
「あはは、駄々をこねる恭耶は見てみたかったな」
吏来さんは話しながら冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、コップに注いで俺に渡してくれた。ありがとうございますと素直に受け取り一口飲むとすぅと冷たい水が体の中を巡ってく。酔ってはいなかったけれど、おかげで頭がスッキリした。
「それじゃあ二つ目」
「ん、どーぞ」
「吏来さん、今日は俺のことを抱いてくれますか?」
「っ、え」
小さなキッチンは良いな。たった一歩踏み出すだけで、吏来さんを壁際へ追い詰められる。逃げ腰の吏来さんは俺を見上げて目を丸くしていた。吏来さんの答えを求めて、もう一度口を開く。
「酔ってないとだめですか?」
「そんな……そういうことじゃ、ないけど」
「きっと今日も酔えばあなたに触れてもらえる。気持ちよくて楽しいだけの後腐れのない行為も悪くない。でも、俺はあなたが好きなんです。あなたも、俺のことが好きでしょう?」
……相変わらず、羨ましいくらいの自信だな」
「この自信は、あなたが俺に与えてくれたものですよ。心当たりがあるはずだ」
……それで、これはなんの確認なわけ?」
「吏来さんの心が欲しい。他の誰にも奪われない約束が欲しい。だから、そのままのあなたで俺のことを抱いて、俺を好きだと言ってくれませんか? ……断られたら、結構落ち込みます」
……ズルいヤツだよな、おまえは」
「褒め言葉ですか?」
「ふ、褒めてる褒めてる」
……
……このままじゃ、嫌なんだ?」
困った顔は可愛らしくて好きだ。わざと困らせて俺のことを考えさせるなんて意地の悪い俺を吏来さんは何も言わずに甘やかしてくれる。
だけど、今は困らないでほしい。
吏来さんが俺のことを好きなことは間違いない。それなのにまるでセフレのように酔った時だけ体を重ねて、それ以外では今まで通りの距離。独り占めもできない。こんなに好きなのに。
「おいで、恭耶」
甘やかしてくれる時の優しい笑みを浮かべて吏来さんは腕を広げた。差し出された体をぎゅうっと抱きしめ、背中に腕が周り抱きしめてくれることにほっと息を吐く。
いつもと変わらない温かい腕の中、ズルいのはどっちだと問い詰めてやりたい気持ちが浮かんでくる。たとえ心理カウンセラーをしている吏来さん相手でも、俺はきっと吏来さんから欲しい言葉を引き出せるだろう。
だけど俺は何も言わずにただ吏来さんを抱きしめてその体温を味わった。だって俺が欲しいのは強請られて仕方なく渡されるような愛じゃない。
……可愛い後輩だったのにな」
「手を出したくせに」
「最初はお互い酔ってたでしょ」
「吏来さんは酔ってたら誰にでも手を出すんですか?」
「まさか。……おまえだから、タガが外れた。好きだよ、恭耶」
「じゃあ」
「待ちなさい。聞いて、ちゃんと」
……顔、見たいです」
「ふ、だな。ていうかキッチンの隅っこじゃ格好つかないや。むこう、一緒に戻ってくれる?」
「はい」
「ありがとう」
腕を緩めた吏来さんからそっと離れて顔を上げる。ほんのすこし、赤い顔は、アルコールのせいじゃないはずだ。思わずキスをしたくなってまた近づこうとした俺に気がついた吏来さんはくすくす笑ってペシッと額を叩いた。甘えた上目遣いで見ても唇は降ってこない。代わりにするっと手を繋がれ、自然に指が絡んだ。熱を持った肌が重なり心地良く心臓が鳴る。
吏来さんに手を引かれてリビングへ戻り、俺は元通りソファーに座らされた。手を離さずじっと見上げれば吏来さんはふわりとやわらかく微笑んで俺の隣へ腰掛けた。さっきよりうんと近い距離。わざわざ手を伸ばさなくても、すでに俺たちは手を繋いでいる。
「恭耶、まずは、ごめん」
……何に対しての謝罪ですか。場合によっては受け入れませんよ」
「酔って手を出したこと。大切な可愛い後輩だったのに、酔ったおまえに誘われて我慢できなかった。その後も同じことを繰り返したせいで今もややこしい状況にしてごめん。の、謝罪」
「それなら俺も、あなたが酔ってるのをいいことに強引に誘いましたから。すみません」
「強引だった自覚あるんだ……
「あの時は、どんなことをしてでもあなたが欲しかったので」
……好きだよ、恭耶。きっと意識しないようにしてただけで、初めてする前からずっとおまえのことが好きだった。知っての通り俺は結構、だいぶ、惚れやすい人間だけど、おまえには惚れちゃわないように頑張って目を逸らしてたんだ。でも目を逸らしても意識しないでいられないほどおまえは魅力的な男だった」
まっすぐに見つめ合って、吏来さんの言葉を心に染み込ませる。期待に高鳴る心臓の音はテンポが早くて、ゆっくりと彼の言葉を飲み込みたいのに気が急いてしまいそうだった。
指先をきゅっと握り、同じ力で握り返してくれる吏来さんに安心してそっと呼吸を整える。改めて見つめた上質なワインのような美しい瞳はゆらりと光を反射して魅惑的に輝いた。
「恭耶、酔ってなくても、おまえのことを抱いていい? それで明日の朝、おはようって言って抱きしめさせてほしい。体だけじゃなく、心も全部、おまえと繋がりたい」
……あぁ…………ふふ、すみません。あんまり幸せで、驚いてしまって。……俺も、あなたのことが大好きです。俺のことだけ、好きでいて」
「おまえだけが好きだよ。約束する」
愛おしい言葉に引き寄せられるように顔を寄せると、今度は咎められることなく吏来さんも俺に近付いた。額が触れて、視線が絡み、鼻先がやわらかくぶつかる。はっと吐き出した呼吸も混ざる距離で、吏来さんが「きょうや」と甘く俺の名前を呼んだ。
「俺のことを好きでいてくれて、ありがとう。好きを返すのが遅くなってごめんな」
……片思いの良い経験になりましたよ」
「ふ、ポジティブだな。それじゃ、今日からは両思いの経験を楽しんでくれる?」
口角を上げた俺の唇に吏来さんの唇が重なる。俺は瞼を閉じた吏来さんの震えるまつ毛を見つめていた。ピントの合わないぼやけた視界でも、きっと今この瞬間の絵を、俺は一生忘れない。