ドイツ代表の宿泊施設にて。Q・Pとビスマルクのふたりが何やら話しながら外から戻ってきた。ロビーにて会話中の手塚たちを見つけたのでそのまま話に巻き込もうとしているようである。
「だーから、それが効率的じゃねぇんだって。確かに走り込みは基本の基本だぜ?」
「しかしだな、俺としては——」
「よっ、クニミツとジーク。それにフランケンも! 楽しそうじゃねぇか」
真っ先に声の主の方に顔を向けたのはジークフリートだった。そしてすぐに隣に座っているフランケンシュタイナーへ耳打ちをした。
「おい。ミハエルの顔見ろよ。ロクでもないことを言ってきそうじゃねぇか?」
「そうか?」
首を傾げるフランケンシュタイナーに対してジークフリートはそうだ、と頷いてみせた。ビスマルクの浮かべている表情は、笑顔である。しかしながら何だか悪巧みをしていそうなものに見えたのだ。
「コソコソしてんじゃねぇーぞ!」
「おい! やめろよミハエル!」
ビスマルクがジークフリートの髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。それを何とかやめさせようとするが、上手くいかないようである。手塚とフランケンシュタイナーはと言えば、どうすべきかわからず、呆然とふたりを見ていた。
そこに切り込みを入れたのはQ・Pであった。手塚たちの方を見て、口を開く。
「今日は公園で中々興味深い出し物をやっていてね。ボクとビスマルクで挑戦してきたんだけど、クニミツたちも後で行ってみるといいよ」
「なるほど?」
「そうそう。これは景品でもらったんだけどな、お前らにやるよ」
ビスマルクの手がジークの頭から自身のポケットに移り、何かを取り出してみせた。カサカサとビニールの音がして見えたのは黄色い熊のキャラクターが描かれたパッケージの菓子である。
「おいマジかよいいのかミハエル!」
それを見たジークフリートは幼子のように目を輝かせた――のだが、全員からの視線を感じ取り、大袈裟に咳払いをする。
「う、うぉっほん。ダンケ、ミハエル。じゃあクニミツ、フランケン。俺たちにもらったんだから後で分けるぞ」
「いや、結構だ」
「ジークが食え」
「そういう訳にもいかねぇだろ」
三人が何やら揉め始めかねない雰囲気を醸し始めたタイミングでビスマルクが横やり――あるいは、助け船――を入れる。
「お前らも明日行ってみればいいだろ。明後日くらいまではやってるって聞いたぜ。なぁQ・P?」
「そうだね。先着順とも言っていたけど」
ここに来て手塚がふたりに疑問をぶつけた。
「確認ですが、そもそも一体どういったものなんですか。それは」
*
「ここ……だよな」
夜の公園をジークフリートは散策していた。点々と置かれた街頭と月明かりの下、広場に到着する。そこにはいくつかのテントが置かれていた。ビスマルクとQ・Pが言っていた催し物はここで行われているということで間違いなさそうだった。
だが、テントは暗く、周囲には自分以外誰もいない。つまりこの時間はもう終了しているとみて良いだろう。
「ま、まぁ? 変なことが行われてねぇかパトロールのつもりで来ただけだしな。興味ある訳じゃなくて」
そんなひとりごとを漏らすジークフリートの脳裏を、昼間のやり取りがよぎる。参加費無料、参加賞は菓子、簡単なクイズ、全問正解者には豪華プレゼント、明日行くか聞いてみると断ってきたクニミツとフランケン――。
ため息が出た。そう。明日は朝から晩まで練習漬けなのである。来られたとして、今と同じような時間になるだろう。
「い、いやだから別に興味なんか」
「こんばんは。参加希望者ですか?」
「!?」
不意に背後から声を掛けられ、ジークフリートは身構える。先に目線を向けてから気を緩めることなくゆっくりと振り向けば、ニコニコと絵に描いたような笑顔を浮かべる、見慣れない男がいた。
「誰だよお前」
できるだけぶっきらぼうに、そして声を低くして言い放つ。これまでの喧嘩の経験からこういったタイプの人間には油断するところを見せないに限る、とジークフリートは判断していた。
「私はここの責任者です。20時には終わりにしてるんですが……わざわざ来てもらったのですから、特別にどうですか? いや、それとも単に偶然通りかかっただけですかね? でしたら引き止めて申し訳ございません」
この男の言うことが嘘なのか、本当なのか、ジークフリートは判断しかねていた。笑顔が一切動かないのだ。まるで仮面のようだとすら思える。
「責任者っつったって……証拠はないのか?」
「突然こんなことを言っても信用されないと思いますが……一応、身分証はありますよ。ホラ、これ」
男が首から下げているカードを差し出してくる。手に取り眺めてみれば薄暗い、顔写真は上から貼り付けるものではなく印刷されたものになっている。書かれている企業名はジークフリートの知らないものだったが、そんなものはこの世に無数あるし、何よりここは彼にとって異国の地であるから、余程有名な企業でもない限りは知りようがなかった。
「……」
「信用できないというなら昼に来てください。私以外にもいますからね。ただ、景品がの都合で明日には終了する見込みなんです。それでも大丈夫であれば、どうぞ」
「え!?」
男の言葉に驚いてしまう。その言葉が嘘でないのであれば、ジークフリートがこの催し物に挑戦するチャンスは今、この場限りとなる。
「……では、また明日お越しください」
「待てよ。やる。やらせろ!」
ジークフリートの返答を聞いた男の笑顔は、それまでのものから一段と深くなったような気がした。
*
テントの中に通される。真ん中に置かれた椅子に座ったところで、ジークフリートは目隠しをさせられた。男からも説明があった上だが、状況が状況だけにビスマルクたちから先に話を聞いていなかったらこの場で取りやめにしていたかもしれないな、と思う。
シンと静まった空間で視界も奪われているとなれば、自分の呼吸と鼓動とが普段のそれよりも強く感じられた。無意識下で繰り返されているものを意識するというのは何だか不思議な感覚だった。じっとしているのに、まるでひたすらランニングをしたときにも近いような、このまま放置されたら変になってしまうのではないか? とも感じ始めた頃、近くに人の気配を感じた。
「お待たせしました。それでは、簡単にクイズの説明をしましょう」
さっきの男の声がする。わずかに不安感を抱き始めていたところに多少なりとも知っている声がするというのは、安心を覚えた。もっとも、さっき会ったばかりの人物なので本当の意味での安心ではないのであったが。
「今から目隠しをしたまま、あるものをひとくちずつ食べてもらいます。あなたはその食材が何かを当てるだけ! クイズは全部で5問。すべて正解した方には豪華プレゼント! それ以外の方にはどなたにもささやかな参加賞をご用意しています。……ここまでで、何かご質問は?」
「えーっと、豪華プレゼントって何なんだ?」
「それはお教えできないんです。該当者の方だけのお楽しみです。ちなみに、昨日今日と全問正解した人はひとりもいません!」
Q・Pもそんなことを言っていたな、とジークフリートは思い返す。そこを知ることができないのであれば、他に質問はない。
「わかった。じゃあもういいから、さっさと始めてくれ」
元々その気で来たとはいえども、帰りの時間が余りにも遅くなるのは望ましくない。であればさっさとクイズに答えて帰りたかった。
「かしこまりました。では早速第一問です! どうぞ」
「あ~……」
口を開きながら待つと、すぐ舌に金属の冷たい感触が当たる。スプーンか、と思っているとすぐに異なる味わいが広がる。ドロッとした食感と、青臭さ。何かの野菜をペースト状にしているようである。
葉物野菜であろうことは瞬時に判別できた。しかし、その中でも何なのか? 特段全問正解を目指して挑んだわけでもなかったが、せっかく勝負事に乗るのであれば完全勝利を収めたい。ジークフリートはその思いでじっくりと味わった。
「……ほうれん草か?」
「正解!」
ホッとする。一問目から間違えてしまったのであればこの後がつまらないからだ。
「では次の問題です」
「ん……肉……シュニッツェルじゃねぇか? ……牛?」
「はい、正解です!」
二問目はすぐに答えを出すことができた。しかも、正解だ。この調子なら余裕で全問正解できるのではないか? ジークフリートは心の中でガッツポーズをする。
「それでは次は、こちら」
「あー……ゔっ!?」
口に入れた瞬間。いや、その少し前から嫌な予感が彼を襲っていた。
「ぐ……ぅ」
それを口に含んだときから唾液がやたらと分泌された。味はといえば塩気と、形容しがたい甘みが重なっている。そして食感はボソボソとしていながら弾力があった。これは、間違いなく、ジークフリートの苦手とするグミに違いない。
「どうされましたか?」
「何でも……ね……リコリス。リコリスだろ! その、グミだ!」
「おお、正解です!」
その言葉を聞いてもまだ喜べない。自分の身体が口の中に残っている物を飲み込むことを拒否しているのだ。飲み物もないこの状況ではどうにかしてこのまま飲み込むのが最適であると、ジークフリートは理解した。理解したのだが、本能がそれを拒んでいる。
こうしている間にも唾液の分泌は止まらない。そしてそれによって咥内に苦手な風味がどんどん広がる悪循環。全身が冷や汗をかいている。胃が、痙攣を始めようとしている。だが、このまま口に含んだものを出す訳にもいかない。拳を強く握って、決死の覚悟で嚥下する。ゴクリ、と喉がなり飲み込んだものが食道を通過して胃の方へ向かうのを感じていた。ここにおいてはそれすらも不快だ。
「うぁ……っく、ふう……ッ……はぁ……はぁ……」
ギリギリのところで吐かずに終えられた。ジークフリートは、安堵の息を漏らす。まだ口の中ではグミの味が残っていたが、つい先ほどまでの状況と比べれば断然マシである。さぁ早く次に行ってこの口を上書きしてくれ、と半ば願うような形で男の合図を待った。
「えぇと、すごい汗ですが大丈夫ですか?」
「何ともねぇよ、次だ、次!」
「わかりました。では、どうぞ」
ようやく次が来た! と少しがっつくような形で口に含む。勢い余ってそこまで咀嚼することなく飲み込んでしまったが、これは間違えようがない。
「鶏肉だろ?」
「その通り」
「だろうな」
繊維の解けるような感覚と、アッサリとした風味。それは迷うことなく、鶏胸肉の味わいだった。塩で味付けされているらしいそれは、普段のジークフリートであれば物足りなさを訴えていたであろうが、今回ばかりはむしろ救世主の如き美味しさに感ぜられていた。
「さぁ、いよいよ次が最後です! ついにこの時が来ましたね。心の準備はできていますか?」
男の声が今までよりも芝居がかったようなものになっている。苦手なものを食べさせられ、一時はどうなることかと思ったが、この調子なら本当に全問正解も夢ではない。そんな訳でジークフリートの心もいくらか浮かれており、男の口調も気にならなかった。
「では、召し上がれ」
「ん……ん?」
最後のひとくち。これに関しては初心へ返りじっくりと味わってみることにしたジークフリートだが、頭の上に疑問符を浮かべていた。
まず舌で転がしてみた感触と、じんわりと舌に広がってくる味からして獣の肉類には違いなさそうだ。しかし、これまでに出た牛や鶏のように即座に判別ができない。何故なら、今までに含んだことがない香りがしたからである。味付けは鶏肉と同様、塩のみでされているらしい、ということはわかった。
「ん〜……?」
飴のように舐め続けたところで正解を導けそうにないので、ジークフリートは肉を歯で噛んでみた。硬くて、噛みきれない。筋張っているようだ。どうにかこれまでの記憶を辿り、近いと思える肉の種類を思い浮かべてみる。しかし、合致するようなものを知らなかった。そうとなればあとは食べたことがないものから勘で挙げるしかないだろう。
「これ、回答は一回だけなのか?」
「はい。そうなります。それでどうですか、わかりませんか?」
「……今考えてんだよ!」
つまり、当てずっぽうに列挙していくようなことは許されないということだ。どうしても分かりかねるので、一か八かに賭けてみることにした。肉を飲み込んで、声を発する。
「あ〜…………っと。く、熊?」
「——残念。外れです!」
「クソ! じゃあ何なんだよ!」
「それは秘密です」
「ハァッ!?」
ジークフリートが悪態をつく最中、男が目隠しを外す。テントの中は決して明るいものではないはずだが、今まで視野を奪われていた彼にとっては眩しく思えた。瞬きを何度か繰り返すうちにようやく目が慣れる。
「さあ、こちら参加賞です。お好きなものを選んでくださいね」
久しぶりに見る、仮面のような笑顔。外で見たときはこんなにも威圧的だったろうか? ふと、そんな疑問がジークフリートの中に浮かぶ。しかし、臆する素振りは見せずに、差し出されたカゴの中から好物のグミを取り出す。
「ご参加誠にありがとうございました。それでは、お気をつけて」
男の笑みを背に感じながら、ジークフリートは公園を後にした。
*
「こんな時間までどこに行っていたんだ」
ホテルに戻ったジークフリートを迎えたのは仁王立ちのボルクと、その斜め後ろで困ったように笑うビスマルクであった。
「ボルクプロ、これはですね……」
何とか説明を試みようとするが、これでは「言い訳」と取られかねない。上手く味方をしてくれないか、ジークフリートはビスマルクに目配せをする。すぐに察せられたのか、ビスマルクはボルクの方へ歩み寄った。
「ボルク。さっきも言ったけどさ、俺が焚き付けちまったんだよ。公園でおもしれぇことやってるってな。確かに遅い時間だが、日も変わってねぇんだぜ? なら過保護になるのも違うだろ?」
「……次はないぞ」
「はい!」
部屋に戻るボルクの後ろ姿を見送った後、ジークフリートは本日二度目の安堵の息をついた。そんな姿を見てビスマルクはニヤつきながら話しかけてくる。
「で。結果はどうだった、ジーク」
「4問正解。最後の最後で外しちまった!」
その瞬間はそこまで感情が動かなかったが、ここにきて改めてビスマルクへ報告したことでジークフリートは悔しさを覚えた。
「じゃあ明日も再挑戦するのか?」
ビスマルクの言葉にジークフリートは首を横に振る。そして、男から聞いた日中しか開催していないことと、明日には早期終了見込みとなっているらしいことを伝えた。
「なんだ、そうなのか。チャンスがあれば俺ももう一回やるつもりだったんだがな。練習をサボっていくようなもんでもねぇし、今回は諦めるか」
「だよなぁ。……それに、また苦手なもん食わされても嫌だしな……」
ぽつりと漏らしたジークフリートのひとことにビスマルクが食いつく。
「お? 面白そうだな、それ。何が出たのか聞かせてみろよ!」
「いいって……思い出したくもねぇ! そんなことよりさ、ミハエルが間違えたのってどんなやつだったんだ?」
「俺か? ……恐らく野菜だな、ありゃ。とにかく初めて食うもん出されて完敗だ。答え教えてくんねぇ分何食わされたんだよってな」
なるほど、種類こそ違えど状況は似たようなものらしい。ジークフリートは最後に出された肉のことを思い出す。
「俺は何かの肉でさ。マジでわかんなかったわ。あ〜ッ、あと1問だったのによ!」
「でもグミもらったんだろ? 結果オーライじゃねぇか」
「そうだけど……何かムカついてきた。コレ、今食っちまおうかな」
言い終わる前にグミを開封して、何粒かを口に含む。慣れ親しんだ甘みと果実の香りが心地良い。
「ちゃんと歯磨けよ?」
「言われなくてもやるって!」
部屋に戻ったジークフリートは、身支度を済ませて明日の準備をする。朝練はどこを意識して取り組もう、試合で勝つ為にはどうすべきか……そんなことを考えながら、眠りについた。
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