だごまる
2024-11-29 01:35:08
5202文字
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穏やかな寝顔が見られるなら(オベぐだ)

レイシフト先で怪我をした立香を抱えて退避するオベロンと、焚火の前でうたた寝した立香がオベロンへと寄りかかる話。アルキャスも出るよ!

 突然発生した微小特異点に赴いた藤丸立香、オベロン、アルトリア・キャスターは現在全力で後方から迫るワイバーンから逃げていた。レイシフトの際、投げ出されて落下した先が幸か不幸かワイバーンの巣の真ん中で当然のように牙を剥き襲いかかってきたワイバーンを躱し駆け出したまま今に至る。
「はぁ、はぁ……っ」
 息を切らせた立香が足をもつれさせて転んだ。土煙に咳き込みながら涙目で立ち上がろうとして顔を苦痛に歪ませた。すぐに立ち止まり立香の傍にオベロンとアルトリア・キャスターが駆け寄る。
「マスターどうかし……ああ」
「立香、足怪我してる。いつから? もしかしてワイバーンの巣に落ちた時から?」
 オベロンが立香の左足を見て納得する隣で覗き込んだアルトリア・キャスターが選定の杖を握りしめたまま泣きそうな顔になる。
「大丈夫だよ、これくらい。すぐ立つから」
 心配をかけないように作り笑いを浮かべる立香にオベロンとアルトリア・キャスターは険しい顔をしたままだ。妖精眼を持つ二人の前では強がりも無意味だと思い出した立香が眉を下げた。
「足手まといになってごめん二人とも」
「こんな状況でも僕たちのことばかり考えてるなんて本当に僕のマスターは救いがないな~」
「オベロン」
 項垂れている立香にかけられるオベロンの言葉をアルトリア・キャスターがとがめる。ねじ曲がってしまう厄介な性質は自分では制御できない。
「早く逃げないとワイバーンの群れはすぐそこだけど?」
 ため息混じりにオベロンが指す先にはワイバーンの群れ。次第に羽ばたき音が近づいてくるけれど、立香は足の痛みで立ち上がれない。何度か地面を両手で押しているが、足が思うように動かないのか、地面に座り込んでしまう。悔しいのか、それとも足を引っ張っている申し訳なさか、立香が爪で地面を掻いた。オレンジがかったセミショートの赤毛が顔を隠しているが、地面にいくつか黒く染みを作っている。泣くまいと必死に唇を強く噛んでいるのだろうか、微かに細い肩が震えていた。それを見たオベロンとアルトリア・キャスターが顔を見合わせて互いに頷く。
「マスター、少し失礼するよ」
「え!? なに、オベロン!?」
 身を屈めたオベロンが立香の膝裏に手を差し入れて背中を支えると軽々と抱きかかえた。困惑の声を上げる立香の視線の先でアルトリア・キャスターが背を向けている。彼女の前にはワイバーンの群れ。何をしようとしているのかはそれなりに付き合いの長さから分かってしまう。
「アルキャス?」
「オベロンは立香を連れて逃げて」
 先ほどのまでの少女らしさの声ではなく、大人びた声に変わるとともにアルトリア・キャスターの姿が紺色のベレー帽から黄金の王冠へ、選定の杖から神話礼装〝マルミアドワーズ〟へと変わる。
「ここは私が引き受けますので、立香は一度安全な場所まで退避してください」
「でも」
 言い募ろうとする立香に振り向いたアルトリア・アヴァロンがニコリ、と笑みを向けた。
「問題ありません。私にはマーリン魔術がありますので」
「へぇ~、そんな魔術あったんだ」
「ええ。師の教えが良いものですから」
 オベロンとアルトリア・アヴァロンが笑みを向け合っている中、立香が交互に二人を見る。
「それなら彼女に任せるとしよう。さ、行こうかマスター」
「ちょ、オベロン!」
「動くと舌を噛むよ」
 抵抗しようとする立香に顔を寄せたオベロンが耳元で低くささやく。すぐに大人しくなった立香を抱えなおしてオベロンは駆け出した。


       ♦♦♦


 立香を抱えたオベロンが逃げたのは荒野を抜けた小さな森の中。水の流れる音を頼りに歩いてようやく川を見つけてオベロンは近くの岩場に立香を下ろした。
「ありがとう、オベロン」
「マスター、ちょっと失礼するよ」
 相手の制止の声を聞かずにオベロンは膝立ちのまま立香の足に触れた。左の黒のロングブーツに手をかけてそのまま脱がす。素足になった足首は切り傷で血が滲み、捻ったのか赤紫色に変色して腫れていた。眉を寄せたオベロンが立香を見上げると、白のスカートを抑えて顔を真っ赤にしている。目をしばたたかせたオベロンが視線を少し下げると、立香の黒いグローブが隠している個所が少し見えて思わず「おっと」と声を上げてしまった。視線をそらしたオベロンが立香を盗み見ると、相手は顔を赤くしたまま太陽のような金色の瞳でこちらを何か言いたげに見ている。
「怪我の具合を確認したかっただけだよ。そんなに睨まないでくれるかい?」
……見た?」
「ううん。全然見えてないよ。だから安心して身を任せたまえ」
 笑顔で押し通すオベロンに諦めた立香が身を任せて左足を差し出す。
(傷は深くない。血も止まっている。とりあえず腫れているところを冷やして)
「痛っ」
 立香の声にオベロンが顔をあげた。涙目になりながらも痛みを堪えている顔にぞくり、とした感覚が背筋を走る。覚えた感覚を押し殺したオベロンは白い衣を手で裂いて水に浸した。濡れた布を立香の足首に当てると冷たさに驚いたのか、立香の身体が跳ねる。
「はぁ……
「え、なんでため息?」
「ううん、なんでもない。無自覚で煽ってくる誰かさんに苛立っているとかじゃないから安心して」
 笑顔を向けたままオベロンは立香の足に布を巻いた。足首を固定したまましばらくその場にいるように言い残してオベロンは木を拾いに出てしまう。しばらくして両腕に木の枝を抱えて戻ってきたオベロンは負傷した方の足を川に浸してぼんやりと流れる川を見つめている立香の横顔に何度か目をしばたたかせた。きれい? 愛おしい? いや、この感情を何と呼ぶのか。オベロンは一瞬抱いた感情に目を伏せた。止めていた足を一歩踏み出すと、砂利の音に反応した立香がこちらを見て一人不安だったのだろうか、立香がそっと安堵の表情を浮かべたのをオベロンは見逃さなかった。
(きみはそうやって覚悟を決めた顔をしていても、ふいに年相応の顔を見せるから困る)
「オベロン、おかえり」
「ただいま、マスター。いい子にしていたかい?」
「いい子って、私はそんなに子どもじゃないよ」
 子ども扱いが不満だったのか、立香は口をへの字に曲げてそっぽを向く。オベロンは「あはは」と笑い声を上げて河原に木の枝を下ろして立香の傍に立った。
「どうしたの、オベロン?」
 立香の顔に影が落ちる。不安そうに見上げてくる立香を見下ろすオベロンが笑みを向けた。
「ここだと焚火をするには向かないから、場所を移動しようか立香」
「待って。自分で歩けるから!」
 抱きかかえようとするオベロンの肩を押す立香は必死に抵抗を試みるも、サーヴァントである前に、男性であるオベロンに敵うはずもない。岩場の上で後ろに下がればどうなるか分からないはずがないだろうに、立香は追い詰められた動物のように後ろに下がりバランスを崩した。
「あ……、っ」
「立香!」
 手を滑らせて岩場から落ちそうになる立香の腕をとっさに掴んだオベロンが力強く自分の方へ引き寄せる。勢いよくオベロンの胸に顔をぶつけた立香の口から色気の欠片もない悲鳴が聞こえた。
「わ、ぶっ!」
「ははは。ほんと、手のかかるマスターだ」
 抱き寄せた立香の後頭部に手を添えているオベロンの手が微かに震えている。顔を上げた立香が金色の瞳でオベロンをジッと見つめた。
「何かな、マスター。反省でもした?」
「オベロンの心臓の音すごいね」
……ははは、誰のせいかな?」
 頬を引きつらせたオベロンが笑みを顔に貼り付けて抵抗される前に立香を抱き上げた。岩場から落ちかけたこともあり、大人しく横抱きにされた立香は何も言わずオベロンの白い外套を握っている。
「最初から大人しく僕に抱かれていれば良かったのに」
「言い方!」
 ここにアルトリア・アヴァロンがいれば無言で圧力、キャスター姿であれば立香と同じく「言い方ぁ!」と牙を剥いていただろう。オベロンは立香の抵抗がないことをいいことに枝拾いの途中で見つけた林の中へと足を向けた。


       ♦♦♦



 淡いオレンジが揺らめき、時折枝の弾ける音が鳴る中、胡坐をかいているオベロンの隣に立香が座っていた。周囲は陽が落ちかけており少し薄暗い。焚火の暖かさと、疲労が合わさったのか、立香が舟をこいでいる。枝を足そうとしたオベロンの肩に重みが加わり、手を止めた。
「マスター?」
 首だけを左肩へ向ければ、オレンジがかったセミショートの赤毛が見える。自分へ寄りかかって寝息を立てる立香にオベロンは深く息を吐きだした。起こさないようにそっと身体をずらして傾いだ立香を支えたオベロンは自分の膝に立香の頭を乗せる。
「んん……
 眉を寄せる立香に脱いだ白い外套をかければ、自ら引き寄せて安らかな顔になる。その寝顔を見つめていたオベロンは人差し指で相手の頬をつついた。起きる気配はない。
……ほんと、手のかかるマスターだ」
 低く呟くオベロンの髪が影が差したように染まっていく。同時に立香を包む外套も黒く染まり、金色の王冠は青色へと変わっていた。
「このままきみと」
 いっそ奈落へと誘ってしまおうか。口にしそうになってオベロンは口を閉ざした。それはまだ彼女が望まない。強い金色の瞳で自分を射抜く少女が首を横に振るだろう。
「はぁ~」
 大きめのため息をつき、オベロンは頭を掻いた。視線は呑気に寝息を立てている立香へ向いている。左手を地面へ付いて身を屈めたオベロンは顔を寄せ、未だに起きない相手の額へ口付けを一つだけ落とした。
「ま、本物の王子様じゃない僕のキスではお姫様は目覚めな……
 シルバーグレー色の髪からシルバーブロンド色の髪変わったオベロンが眉を下げて笑ったのも束の間、立香の眉が寄せられた。瞼が持ち上がり金色の瞳がオベロンを映す。
「オベ、ロ、ン?」
 掠れた声で名を呼ばれて息を呑む。
「あー、もう。本当にきみはさ」
 困ったように眉を八の字にして笑うオベロンへと寝ぼけまなこの立香が手を伸ばした。オベロンの頬に触れる前に手を取られて胸元に戻される。疑問符を浮かべている立香へオベロンは自分の手で相手の目元を覆い隠した。
「オベロン?」
「疲れているんだろう? あいつが戻るまでもう少し眠っているといい」
……うん」
 小さく頷いた立香から再び寝息が聞こえてきてオベロンは胸をなでおろす。目元を覆い隠していた手を退かして寝顔を覗きこんだオベロンは立香の髪に触れた。
「立香、っ!?」
 名を呼んだオベロンの喉からヒュっと音が鳴る。立香を挟んだ目の前にアルトリア・アヴァロンが両膝を抱えてこちらをジッと見つめていた。
「やあ、やっと戻ったんだ」
「ええ。ところでオベロン、私の立香に何をしていたんですか?」
「君の? 冗談だろ?」
「話をそらさないでください。こっちは一人でワイバーンの群れを倒してきたというのに」
 不満そうに頬を膨らませたアルトリア・アヴァロンがキャスターの姿に変わる。
「ああ、ご苦労様。この通り疲れて眠ったマスターのお守りをしていただけだよ。膝枕だってマスターの方から寄りかかってきたんだ。不可抗力、というやつさ」
 ウインクするオベロンを見る翠眼は疑いを孕んでいる。
「ふーん。立香の額にキスしてたのも不可抗力?」
……
 いつから見ていたこの魔猪と言いたげにオベロンが笑みのまま頬を引きつらせた。
「ちなみに、オベロンの肩に立香が寄りかかった時から見てました!」
 人差し指と中指を立てて得意げな顔を見せるアルトリア・キャスターにオベロンは額を押さえる。ほぼ最初からじゃないか。
「それはそれは。お気遣いどうも。それで拗ねてたら世話ないけどね」
「わかってますよーだ!」
 図星を指されてアルトリア・キャスターが頬を膨らませる。
「ということで!」
 未だ夢の中にいる立香の隣にアルトリア・キャスターが横になった。
「疲れたので立香の隣で寝ます。オベロンは見張りでもしててください」
 じゃあ、おやすみなさいと言ってアルトリア・キャスターは目を閉じた。ちゃっかり立香の手を握って寝るアルトリア・キャスターから手を引き離そうとするけれど、睡眠が必要ない相手は狸寝入りで力を緩める気はないらしい。あまり騒げば立香が起きかねないと判断したオベロンは諦めて手を離した。
「ふふん」
 勝ち誇ったようにニンマリとしているアルトリア・キャスターを無視したオベロンは穏やかに眠る立香に視線を落として、額を撫でながら目元を緩めた。
(こんなに穏やかな寝顔が見られるなら膝枕くらいいくらでもするさ。ねえ、立香)