とある休日、オプティマスはふと、カレンダーを見て気がついた。
「そうか、そろそろタイヤを履き替えなければ」
思わずそう独り言ちるとD‐16はオプティマスを見上げ、じ、と黒いタイヤを見つめる。
「タイヤ、摩耗したんですか?」
小さな愛しい手が自身のタイヤを撫でるこそばゆさに耐えながら、オプティマスは膝に座るD‐16を撫でる。もちろん、タイヤの摩耗度は交換するほどではない。
だが今の季節はクインテッサとの地上での戦いに備える必要があった。
「そうか、君はまだ地上へ出たことがなかったね」
D‐16は小さな声でちじょう、と繰り返し不思議そうに黄色い瞳を瞬かせた。オプティマスはD‐16をそのまま抱き上げるとエリータ=ワンへ通信を入れる。雪道に耐えうるタイヤの履き替えの手配と、地上へ出るという連絡だ。
「私にいい考えがある」
腕に抱いたD‐16へ笑いかけると、彼ははい、と頷いてオプティマスへ微笑み返した。
***
一面に広がる、どこもかしこも白い世界。
地下に存在するアイアコンでは見られない光景を前にD‐16はオプティックレンズを輝かせ、ほう、と排気を吐いた。
「初めて見るだろう? この時期、地上はこんな風になっているんだ」
まっさらな銀世界を見下ろし、オプティマスが微笑む。D‐16はオプティマスを見上げると興奮したように何度も頷いた。
一度、オプティマスが任務で地上へ出たときの風景画像を見せてもらったことがある。その時も地上は美しいところだと思ったけれど、今日のこの、白く染め上げられた世界も驚くほど美しい。
「少し降りてみよう、おいで」
先に雪原へと降りたオプティマスが大きな手をD‐16に伸ばす。ほんの少しの勇気を出して、D‐16はその手を握った。強く、けれど優しく引き寄せられ、ふわりと白い地面に着地する。
踏みしめた地面からはさく、と小さな音が聞こえた。
「わっ、すご、い、冷たいです」
大気中の温度が低くなっているのは感じていたが、まさか着地した面がここまで冷たいと思わなかったD‐16はぎこちない動きで白い地面を蹴ると、驚いた表情でオプティマスを見上げた。
驚きに満ち溢れているD‐16にオプティマスはふふ、と穏やかにアイレンズを細めると、まだ誰も触れていない雪を掬いとる。機体の熱に雪が水となって指先を伝った。D‐16は好奇心旺盛に目をぱちぱちとさせ、じ、とオプティマスの指先を観察する。
「水ですか、これ? それじゃあ全部これは氷
……?」
「気温が下がることで大気中の水分が凍るんだ。そしてそれが一定以上に大きくなると空から降ってきて地面に積もる。雪と呼ばれる気象現象だね」
「雪
……」
小さく反芻しながらD‐16は雪に覆われた大地を眺める。その瞳は二つの月の月光を受け宝石のようにきらきらと煌めいていた。
「このあたりなら安全だから、少しくらいなら遊んでも大丈夫だ」
ぱあっとD-16の表情がより明るく輝く。そして目の前に延々と広がる雪原を眺め、慎重にゆっくりと一歩を踏み出した。
誰の足跡もない新雪にD‐16の小さな足跡が刻まれる。最初は近かった間隔が遠くに行くにつれて広くなり、点線を引くように続いていく。
「すごい! 冷たいです!」
雪を知らなかった新鮮な驚きの声。いつになく弾むように駆ける機体。嬉しそうなD‐16。
普段は大人になろうと必死で背伸びをしている彼が、年相応にはしゃいでいる姿がオプティマスには眩しかった。
今日は連れてきて良かった。
はあ、と白く染まった排気を吐き出しオプティマスは雪原を走るD‐16を見つめる。雪の中を跳び回るように駆けている姿はとても愛らしい。
ああ、しかし、そんなに走ると転んでしまう。
気を付けなさいと声をかけるよりも先、ずるりと雪に足をとられたD‐16の小さな機体が雪の中に倒れていった。
「大丈夫か?!」
雪に頭部をぶつけたところでセイバートロニアンに問題はないが、まさか雪の下に岩でもあれば怪我をする。オプティマスはあわてて雪原の中に飛び出した。
「ディー!」
「あ、大丈夫です。
……すごい、排気が白い」
雪の上に転がったまま動かないD‐16に、思わず大きな声を出すと彼はむくりと身を起こしてオプティマスを見上げた。
そしてもう一度、排気を手のひらに吐き出した。銀色の指先が雪のように白くなり、また元に戻る。
D‐16はキラキラした瞳で寒くなったこの惑星の自然現象を楽しんでいた。
「すごい、寒くて水蒸気が多いとこんな風になるんですね」
「楽しんでくれたようでなによりだ。君と一緒に来たかいがある」
雪の中に座り込んだD‐16の手をとり、オプティマスはそのまま抱き上げた。触れ合った機体の温度は驚くほどに違っている。
「すまない、君は機体が小さいから冷えてしまったね」
纏わりついた雪を払ってやりオプティマスは自身の中で駆動するエンジンの出力をあげた。じきにボディそのものの温度も上がるはずだ。
D‐16はオプティマスの肩口に顔を埋めると悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「思ったより冷えちゃいました。
……ふふ、旦那様はあったかいです」
すり、とすり寄せられる頬に残った雪を拭いながらオプティマスは黒いヘッドギアを撫でた。
「もう少し、雪を見ていこうか」
「はい」
ぴたりと二人、機体を寄せ合って静かな雪原を眺める。また、新しく雪が降り始めるまで、彼らはずっと白い地平線を眺めていた。
<おわり>
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