鳴上
2024-11-28 21:45:50
5261文字
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タイトル未定

いなくなった夏生を助けにいく白チの話の冒頭(ナツシン)


「なーシンくん、兄貴と連絡取れなくなったんだけど。何か知ってる?」
「知らねーけど」

 暗殺科の演習中、突然真冬にそう聞かれたシンはおざなりにそう答えた。
 JCCの中にある演習場は、多伎多様に渡る。水の中での戦闘を意識したプールは海のような波を作り出すこともできるし、街の中での戦闘を意識した演習場はビルが所狭しと立っていて、中身が虚空でなければただのオフィス街のように見える。そして今、シンと真冬、それから同じチームに振り分けられた加耳がいるのは、森の中での戦闘を意識した演習場。つまり、ただの森の中だった。
 JCCは孤島にあり、その大半が森で覆われているため、場所に困ることはない。暗殺科に再度編入し、晴れて真冬たちと同級生となったシンは、三対三でのチーム戦を行っていた。
 プロの殺し屋は基本個人プレイのように思われるが、その実組織に所属する人間の方が多い。フリーランスはそれなりの実績や信頼がないと成り立たないため、多くの人間が楽な組織を選ぶのだ。その中の大半はそのまま殺連へと就職する。門戸が広く、一番身近にある存在だからだ。
 そして組織に所属するということは、他の殺し屋と組んで仕事をすることもあるわけで、その訓練のために暗殺科では三対三での戦闘訓練を行っていた。今回の班分けでは、懐かしき編入試験と同じメンバーということもあり、張り切っているところだった。相手の心が読めるシンと耳の良い加耳が相手の場所を探り、それから真冬が特攻を仕掛けるという単純かつ一番強い方法をとったおかげか、すでに二人拘束した。だからあと一人を捕まえたらシンたちの勝ちだ。そのために集中しているのだから、真冬への返事がおざなりになってしまっても仕方ないだろう。というか演習中に話しかけてくるな、という話ではあるが。
 森の中なだけあって、視界には木々や雑草、鬱蒼とした苔ぐらいしか入らない。小動物もいるのかあちこちに気配が散らばっており、うまく特定できないでいた。

「加耳、なんか聞こえるか?」
「いや……おそらく、リスが木の実を食べる音なら聞き取れたが……
「ちょっと見たいなそれ……ってそうじゃなくてよ〜」
「ねーシンくん聞いてる? 俺が話してんだけど」
「お前もちっとは協力しろ! 相手見つけなきゃ演習終わらねーぞ」

 そうやって騒いでいたからだろうか。ガサリ、近くにあった木が大きく揺れ、その間から影が飛び出してきた。ちょうど後ろを向いていたシンはそれに気がついていない。真冬と加耳が反応するも、それよりも早く手に持ったナイフが太陽光に反射し、シンの背中にそのまま突き刺さる。

「っぐあ!」

──その直前に身を翻したシンは相手の腕を掴むと身体を自分に引き寄せ、鳩尾を膝で思い切り蹴り飛ばした。
 吹き飛んだ身体は目の前にあった大木にぶつかり激しく葉を揺らす。ぴくりとも動かなくなった相手は、敵チームの最後の一人だった。
 襲いかかってきた最後の一人を難なく拘束した三人は、無事勝利という形で演習を終えた。ちゃんと見ていたのか分からない教師からは「よくやった」と褒めの言葉までもらえた。
 前回のビルでの演習では、真冬が相手チームにおり、シンはかなり苦戦した。というのも、真冬が兄である夏生の発明品である透明スーツと脳波遮断フードを着ており、思考を読むことができなかったからだ。結局晶の機転で何とか辛勝したが、やはり透明スーツは侮れない。気配消えないとは言え、いつもある声が聞こえないというのはそれだけでシンに不利なのだ。
 そんなことを思いながら、シンは二人と食堂で勝利の祝杯をあげていた。突発的に発生した休講が明けてから一週間、二日に一度のペースである演習に勝ったからといってお祝いをするほどのことでもないのだが、シンは健全な男子学生だ。ことあるごとに集まろうと言うシンに真冬が割と乗り気で付き合ってくれるし、加耳はシンに連れてこられる頻度が高い。編入試験組として晶や虎丸ともよく食堂でご飯を食べている。味わった事のない同輩たちとの時間を、シンは存分に楽しんでいた。
 食堂のメニューは食券制だ。殺し屋養成学校ということもあり、ただボタンを押すのではなくレーザー銃を使ってメニューを選ぶ。射撃が得意なシンはステーキ丼や海鮮丼を食べることが多い。JCC丼を当ててしまった某武器科のエースによく集られるのだが、今のところ自分の食事は守り切っている。
 今日もシンはステーキ丼を、加耳はアジフライをそれぞれ食べながら、昨日のテレビがどうだとか、取り留めのない話をする。真冬は食堂で食事はできないので、購買で買ったゼリーを吸っている。演習の祝杯とは口実なだけで、とにかくダラダラと楽しめたらそれで良いのだ。ジューシーな肉を咀嚼しながら、そうだ、とシンは真冬の方を見た。

「真冬、そういえばさっき言ってたことだけど」
……なに?」
「お前の兄貴の話。連絡取れねーの?」
「休み入ってすぐくらいから、連絡返ってこなくてよ〜」

 シンくん兄貴と仲良いし、何か知らね〜かなって。もぐもぐと口を動かしながら真冬がそうぼやく。シンはスマホを開いてアプリを起動させる。メッセージのやり取りも電話もできるそのアプリの上の方には坂本や平助、ルーといった商店メンバーが並んでいる。件の男の名前は、二度ほどスクロールしないと出てこない。

「俺にも特に来てないや。加耳は?」
「そもそも真冬の兄と、連絡先を交換していない」
「あっ」
「加耳くん人見知りだもんな〜」
……真冬に言われたくない」
「まーまー、喧嘩すんなって! セバがどこに行ったのか俺も探してみるから」

 仲が良いのか悪いのか分からない真冬と加耳の間に入り、シンはため息を吐いた。ほんっとに、手のかかる奴だぜ、セバは。椅子に座り直しながら、シンはスマホを操作する。勢羽夏生、と端的に書かれたプロフィールに触れ、適当にメッセージを打つ。休み前のことを思い出してしまって、送ったのは「お前どこいんの」という簡素なものになってしまったのは許してほしい。すぐには既読はつかない。そもそも夏生はレスポンスがそこまで早い方ではなく、シンが送ったメッセージに対して二、三日後に返信が来ることも多い。シンは気づいたらすぐに返信するタイプなので、夏生のやる気のなさに辟易とする時もあるがまあそれも人の個性である、と特に気にしていない。
 だからまあ、遅くても三日以内には連絡が返ってくるのだろうと思っていた。JCC内に姿が見えなくても、バイトに行っているか、研究にのめり込んでいるかの二択で、今のシンにそれを確認する術はないのだから。
 そんな風に悠長に構えて二日経ち、三日が過ぎ、四日を越えて五日になった。演習はあれからさらに二回行ったし、JCC探検もやった。毒殺科に絡まれて毒を盛られそうになり無事逃げ出したと思ったら、次は諜報科に絡まれて坂本さんの情報を取られそうになったりもした。刻一刻と、シンの時間は進んでいるのに。
 ──まだ、夏生からの連絡は返ってきていない。
 意図的に無視されているのならまだ良い。だけどもし、夏生に何かあったのだとしたら。そう考えて、シンは重い腰をようやく上げた。
 とりあえず、夏生の居場所といえばあそこだろう、とシンはもうかれこれ一ヶ月ほど訪れていない研究室の扉を開けた。途端に香るオイルと金属の匂いに、ぶわっと全身の毛穴が広がった気がした。室内を見渡す。だけど見慣れたその背中がどこにもなくて、シンは首を傾げた。絶対ここに籠っていると思ったのに。
 不思議そうに入り口に立ったシンに気がついたのは、よく話しかけてきてくれる先輩だった。ちなみにこの先輩は、いつも夏生に武器を溶かされその度に怒っているのをよく見かける。

「お、アサクラじゃん。久々だなー」
「久しぶりっす。て言っても一ヶ月も経ってませんよ」
「そうか? 休み明けてからお前ここ来てねーじゃん。んでどしたの?」
「あー、セバ知りませんか?」
「ナツキ? そういえば見てないな」

 どうやら武器科の先輩も、夏生の行方を知らないらしい。いよいよ雲行きが怪しくなってきた。だって夏生は、言うなれば武器の虫だ。朝早くから夜遅くまで、夏生の頭の中の大半は武器のことで占められている。そんな男が、休み明けから姿を見せていないという。バイトしているにしても、研究室の人達には何かしら伝えるはずなのに。

「ナツキなら今多分バイト中だぜ」
「あれ、そうなの? 実家帰ってんのかと思ってた」
「なんか割のいいバイト見つけたから休み中行ってくるって言ってたし、そっち行ってんじゃない?」
「なーる。あいつ本当報連相ねえよなー」

 わははと笑う先輩たちに、一応行き先は分かったのかと少し安心する。向こうも成人している良い大人だ。どこで何をしていようが別にそれは彼の勝手である。だけど意外だな、とシンは思う。武器科の先輩たちにはしっかりと伝えているのだろうと思っていたのに。

「あの、最近セバから連絡きた人って、いたりしますか?」

 シンの言葉に、武器科の先輩たちは顔を見合わせて、それから示し合わせたように首を振った。

「俺らよりもアサクラの方が、あいつと連絡とってんじゃねーの? お前にないなら俺らにもないよ、きっと」




 それからシンはJCCの中を歩き回った。バイトに行ったらしい、だけど連絡のつかない夏生を探すために。少しの違和感を気にしすぎだと消化できるように、可能性は潰しておこうと思った。
 研究室を出て、まずは向かったのは武器科の教授のところだ。案の定教授も何も知らなくて、逆に質問されてしまった。その次は工房へと向かう。今まで発明した武器や研究資料が所狭しと置かれているその場所は、まさに夏生のホームだった。誰も招き入れないその場所で、二人だけで過ごしたこともある。シンにとっても思い入れのある場所なのだ。だけどもちろん鍵がかかっていて中に入ることさえできなかった。ガシャン、と鳴った鍵の音がいまだに頭の中に木霊している気がする。
 その後は適当に校内をふらついた。正直なところ、夏生の交友関係をあまり把握していないのだ。だから暗殺科の教室から毒殺科の実験室まで、くまなく探り歩く。だけどどこにも夏生の存在を感じられなくて、シンは人気のない廊下で立ちすくんだ。言い表せない感情が胸の中をどんどん占めていく。先程から悪い想像ばかりが頭を回る。
 ケラケラと楽しそうな声が窓の外から聞こえる。ぼんやりと薄く幕を張ったみたいなそれに、何となく耳を傾けていると、ブル、とポケットが震えていることに気がついた。ゆっくりとした動きでスマホを取り出す。そしてシンは目を見張った。久しぶりに見る着信画面と、見慣れた勢羽の二文字。
 身体中に張り巡らされていた糸が緩んだように、シンは思わず息を吐いた。一度目をグッと瞑り、それから応答をタップする。

「セバてめー、無視とはいいご身分だな? 今どこにいんの。ってかなにしてんだよ」
……

 いつも通りの口調で、いつも通り自分が言うであろう、言いたいであろうセリフを口にする。だけど電話の向こうからは何の反応もなく、シンは首を傾げた。

「おーい、聞こえてる?」
……
「もしもぉーし!」
……
……セバ?」

 おかしい。そこでようやく、シンは異変に気がついた。夏生が電話をかけてくる時、たいてい一言目に「くそエスパー」と言われることが多い。それなのに何の反応もなし。これではただの無言電話だ。
 不審に思い、電話の向こうの音に耳を凝らす。何も聞こえないと思っていたが、誰かの息遣いに加えて、何か機械のような音、金属が床を擦るような音が微かにシンの耳に届いた。
 少しでも情報を得ようとさらに声をかけようとしたところで、ブツッという音がして通話が切られてしまった。なんだ? セバは一体何を伝えたかったんだ? 元通りのロック画面を見ながら考え込んだ。何か引っ掛かる。確か、こんな状況、どこかで。
 ぐるぐると頭を動かし、それからハッと息を呑んだ。思い出すのは随分前、シンが坂本とともにJCCに潜入したたったの数日間のこと。短い期間とは裏腹に濃密な時間だったその中のひとつに、夏生がシンたちと行動をともにするきっかけがあった。

 "あいつが無言電話かけてくる時は大抵、やばい状況で助けて欲しいけど、俺に頼むの癪だなーってときなんだよ"

……まさか」

 とある可能性に行き着いてしまい、思考が一瞬停止する。だけどもシンは一拍ののち、すぐに走り出した。廊下には誰もなくなり、フッと辺りが暗くなる。外から聞こえていた楽しそうな声の代わりに、空を覆い出した分厚い雲から低い唸り声が響いていた。