ぐるさん
2024-11-28 21:36:27
6099文字
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11.23 ふみりかワンドロ 【手紙】【名前】

ふみりかワンドロライ(@ fmrk_1draw)さんの2024.11.23 お題をお借りしました。

 最近どうにもスッキリしない。どこか浮き足だっているような、ソワソワしているような、それでいて少しだけ苦しいような。

 しかしながら、常時そうした状態にある訳でもない。むしろ特定の状況にある時、そうした感情に苛まれているような、そんな気がしてならない。

では、どういう時にそうなってしまうのか——

「それで俺の所に来たの?」
「はい……

 ここは我らがシェアハウスの二〇六号室。そして私はこの部屋の住人である伊藤ふみやさんに、最近の体調不良について相談していた。

「そういう事なら天彦とかの方が詳しそうじゃない?」
「それはそうなんですけど……

 不思議そうに首を傾げながら、ふみやさんは私をジッと見つめている。形容し難い圧のある視線に思わず顔を背けてしまうが、すぐに思い直す。
それではいけない草薙理解!お前は今、何のためにここに来たんだ草薙理解!改めて深呼吸をして、ふみやさんに向かい直す。

「えーっと、その、ですね……
「うん」
「その……症状が、ですね……
「うん」
「ふみやさんと居ると、悪化するんです」
「うん?」
「いや、その、言い難いんですけどね……症状が出た時を思い返すと、大抵ふみやさんと一緒に居る時なんですよ!」
「えぇ……

 ふみやさんはあからさまに困惑した表情を浮かべているが、これはれっきとした事実なので仕方がない。

「という事で念の為確認なんですけど、ふみやさんの身体から他者の体調に害をあたえる怪電波とか出てないですよね?」
「でてねえよ。そもそも怪電波って何だよ」
「そうは言ってもですね……

 分かりやすく不満気な態度をとるふみやさんを見ると、思わず言葉が尻すぼみになってしまう。事実は曲げられ無いとはいえ、実際に機嫌の悪そうな冷たい言い方をされると、何故だか心がキュッとなる。そのまま次の言葉が見つからず黙ってしまった私に対して、ふみやさんが口を開く。

「その、『俺と一緒に居ると症状が出る』っていうのは、具体的にどういう感じ?」
……え?」
「例えば、一緒に話をしてる時なのか、出かけている時なのか、いつから症状が出始めたとか、そういう事」
「えぇと、それは……
「何かメモとかに細かく記録とかって残ってる?」

 記録、記録……。そう言われると、確かにそうしたものはとっていない。何となく漠然とした記憶の蓄積であらぬ疑いをかけてしまった事に気づいて、途端にふみやさんに対する申し訳なさが湧き出てくる。

「あ、あの!ふみやさん……
「無いなら無いで大丈夫」
「っ!それは……
「無いなら、作れば良い」 

 ふみやさんの提案はこうだった。記録がない?なら作れば良い。実際に俺と理解が一緒に過ごして、理解の身体に症状が出たら記録する。簡単だろ?

 ただ、理解の身体の変化は理解自身が一番詳しいだろうから、記録係は必然的に理解になるけど、そこは頑張れ。

 そうやって沢山の事例やサンプルが集める事が出来れば ば、症状を抑える対策とか原因を探る為のデータとかに活用できる。

 それに、記録を元に本やネットで似た症状を調べれば、ちゃんと名前のある症状や病気かどうかも判断できる。

 人間誰しも未知の事象、もっと噛み砕いて言えば"それが何なのか分からない"っていうのは恐怖の対象になる。 

 でも、名前が分かればそれは和らぐ。例えば、昔の人が原因の分からない事に名前を付けて妖怪の仕業にしたみたいに、理解の症状もこの病気のせいなんだって分かれば、少しは不安が軽減できると思う。

 それに、調べても名前が出てこなかったりしても、それはそれで新しい症例として自分達で名前を付けてしまえばいい。とにかく、"それが何なのかよく分からない"という状況は打破しておいた方がいいと思う。

「なるほど……確かに一理ありますね!」 
「だろ?それじゃあさっそく手始めに一緒に出かけよう」
「出かけるって、今から?」
「そ、今から。善は急げ、的な?」
「え、ちょっと待って、ふみやさーん!」
 
 ◇
 
 そんな感じで私とふみやさんの症状の記録が始まった。

 ある時は共に図書館へと向かい、ある時はふみやさん行きつけのカフェへ同行し、またある時は特に何をする訳でもなく部屋でのんびり過ごす。

 とにかく時間が見つかれば、可能な限りふみやさんと一緒に過ごすようにした。それこそ、文字通り朝皆さんを起こしてから夜寝る時まで、ぴったりと寄り添い長い時間を共に過ごした。こんなにずっと一緒に居たのはシェアハウス開始以来初めてかもしれない。

時折他の方々から二人は本当に仲が良いねと揶揄われたりもしたが、その度にふみやさんに、原因究明には必要な事だろと諭され何とか耐えた。

 そんなこんなで約一ヶ月。様々な諸症状に悩まされながら命からがら記録をつけたノートを、今日は二人で見返している。

「不整脈、目眩、急な体温上昇……色々な症状が出るんだな」
「どれもこれもふみやさんのせいですよ!もう一回聞きますけど、本当に怪電波や害悪ビームの類を発射していないでしょうね!」
「それは無い」

 私の懸念を一刀両断しながら、ふみやさんはノートをめくり続ける。

「でもこうして見ると、本当に色んな症状が出てるんだな」
「え、えぇ、まぁ、はい……
「注意力散漫、思考妨害、集中力の低下……なるほどね」
「何か分かりましたか!?」

 ノートを片手に意味ありげに頷くふみやさんの顔を覗き込むが、いや別に?とあっさり返されてしまった。

「全く何ですかもう、紛らわしい」
「でも、確かめてみたい事はできた」
「確かめたい事?」

 ふみやさんの提案(二回目)はこうだった。確かめたい事っていうのは、次は俺と理解がなるべく会わないようにしたらどうなるのかって事。

 理解が俺と一緒に居ると症状が出るのはこれで証明できた訳だけど、それじゃあ他の奴らや一人で過ごしている時はどうなるのだろう?

 特に問題が無ければそれで良いけど、一人で過ごしている時、俺以外の奴と一緒にいる時でも症状が出たりするようなら前提条件が変わってくるし、そこが変わるなら新しく記録をとる必要も出てくる。

 だから本当に俺、つまりは伊藤ふみやと草薙理解が共に時間を過ごすと、草薙理解に何らかの体調不良の症状が現れる、という事に対する裏付けをとろうって話。

 でもだからって、全く会わない会話しないっていうのはあまりに不自然だし、多分他の皆にも心配されるだろうから、あくまでなるべく二人で過ごすように心がけていたのを今まで通りに戻す、って感じになるかな。

 それで何か症状が出たらこれまでと同じように理解に記録してもらって、一定の期間が過ぎたら今日までの記録と内容を見比べて、どういう差が出たか確認する。これでどうだろう?

「情報の裏付けをとる……確かに、より正確に現状を把握するには必要な事かもしれませんね。ちなみにいつから実行しますか?」 
「うーん、今日はもうこうして一緒にいるし、明日の朝からでどう?」
「分かりました」
「あぁ、でも……

ビリィッ!

会話の途中で急に視線を下に落としたふみやさんが、今までの記録をつけていたノートの一番後ろのページを突然破いた。

PPPPPPPPPPPP!

「ちょっと、人のノートを勝手に破るなんて器物破損罪ですよ!」
「まぁまぁまぁ」
「『まぁまぁまぁ』じゃありません!一体何でこんな事をしたんですか!」
「それは……はい、これ」

 ふみやさんは特に悪びれる素振りもなく、先程破り取った白紙の一ページをこちらに差し出す。

「は?貴方ふざけてます?」
「ふざけてないよ。これはお前の……うーん、そうだな、提出用?」
「何ですかその『提出用』って」

 せっかく丁寧に記録をつけたノートを破壊するに留まらず、意味の分からない事を言い出すふみやさんにやや苛立ちを覚える。

「なんて言うか、裏付けをとってる途中で名前が分かった時用の、提出用、的な?」
「名前が分かった時……?」
「そう。もしも理解の体調不良の原因が分かったら、これに書いて俺の部屋のドアにでも挟んでおいてもらおうかなって」
「原因が分かったらって、そんな急に分かるようなものならとっくに分かってますよ……というかそれなら別にメモとか別の紙でも良かったでしょう!」
「ハハハ、悪ィ」
「コラーー!!」

 まるで反省する気のないふみやさんに向かってまた笛を鳴らそうとすると、笛を握った手を上から掴まれ思わず固まる。

「ッ!」

 掴まれた手が熱い。体温が一気に上がる。逃げるように手を振り払うが、心臓はバクバクとうるさく鳴り続けている。

 嗚呼、まただ。ふみやさんと一緒にいるというもこうなってしまう。何でもない事にいちいち体が大袈裟に反応してしまう。

 胸に手を置き呼吸を整える私に、ふみやさんが口を開いた。

「とりあえずは前と同じ一ヶ月、様子を見てみようか」
「は、はい……
「それから念を押すようだけど、理解の方で分かったらその紙……いや、お手紙、俺の部屋によろしくね」
「分かりました……
「それじゃ、改めて明日からよろしくね」
 

 
 ふみやさんから二度目の提案に乗って、約一週間が過ぎた。恐ろしい事に、症状は収まるどころか悪化の一途を辿っている。

 具体的に言えば、ふみやさんが視界に入った、ふみやさんの声が聞こえた、偶然ふみやさんの身体の一部がこちらの身体に触れた、そういうささいな事でも症状が出るようになってしまったのだ。

 ふみやさんの姿を見かければ自然と鼓動が早まり、ふみやさんの声が聞こえると自ずとその方向に足が向かい、ふみやさんにと身体が当たると、勝手に身体が飛び上がってしまうのだ。

 そうして慌てて逃げ出すの束の間、今度はふみやさんが出かけたり、他の方々と話していたりすると、途端に胸の内側がキュッとしたり、モヤモヤしたりとどうにもスッキリしない。

 正直、日々の生活に支障をきたしていると言っても過言では無い。とにかくことある事に身体が反応してしまうので、めちゃくちゃ体力が持っていかれるし、その度に他の方々も不安そうに様子を窺われている。

 このままでは駄目だ!人類のリーダーたる私が己の身体ひとつコントロール出来ないばかりか、他の皆さんに不安を与えてしまうなんて!自分自身に対する歯痒さをやる気に切り替え、ひとまず図書館へと駆け出した。

「うーん、これも違うか……

 図書館から戻った私は自室で借りてきた本を広げて、似た症状の病気等が無いか調べていた。家庭の医学、人体の構造、子供向けの図鑑……とにかく手当り次第、何かしらの病気に関する記載が載った本を借りてきたが、これだ!という物は出てこない。

「こっちも、うーん……

 本の内容を確認しつつ、図書館のパソコンでいくつか出力してきた医療系の論文にも目を通すが、こちらも結果は芳しくない。これらが駄目だとすると後は……

 本と紙の束の間に置かれた、己のスマートフォンに視線を向ける。個人的な感覚で言えば、インターネット上の情報は不確かな物も多く、あまり当てにならないような気がしていたのだが、こうなっては仕方がない。少なくとも量の観点では、こちらの方に軍配が上がる。 それにもし、本当にそれらしい情報が見つかった時はふみやさんと一緒に精査すれば良い。

「えーっと、まずは……

 馴染みのブラウザを開いて、検索バーに単語を入力しては検索ボタンをタップする。急に動悸、目眩、体温が上がる、緊張する、言葉を変えて色々検索するが、どうにもピンと来ない。どれも先程確認した書籍や論文と似たり寄ったりだ。

他に何か良い単語は……"特定の人 ドキドキする"
 
……流石に抽象的すぎるな。入力を削除するためにバツマークを押す。

「やっぱり他の言葉で……ん?」

 改めて画面を確認すると、先程の単語の検索結果が出ていた。どうやら入力削除ボタンと間違えて、隣の検索ボタンを押していたようだ。せっかくなので軽く検索結果を眺めていると、衝撃的な言葉が目に飛び込んでくる。

「特定の人にドキドキする……それは『恋』の可能性!?」

 こ、ここここ恋!?あの!?いやいやまさかそんなそんな有り得ないでしょう。念の為画面を上から下までスクロールすると、それ以外の可能性を示唆する記事も出てきた。そうそうそう、そういう事何ですよええ本当に。

 混乱する頭を何とか宥めようとするが、あの一文字が頭にこびり付いて離れない。

 確かに、そう言われると思い当たるような節はある。一緒に居るとドキドキして、身体が触れると熱くなって、でも離れると今何をしているのか気になって、気付けばずっとふみやさんの事を考えてしまって。

「わあああああああ!?」

 己の思考に耐えきれなくなり頭を抱えて叫んだ拍子に、バランスを崩して椅子ごとひっくり返ってしまった。

「痛た……

 幸い後頭部は椅子の咄嗟に手で守ることが出来たが、ひっくり返る際に巻き込んでしまった机の上の本や書類がドサドサと身体の上に降り掛かってしまった。何とか身体を起こすと一枚の紙が目に入る。

 それは、一枚の紙。便箋と呼ぶには不躾でな、ノートを破っただけの、ふみやさんが私にくれた、提出用紙。思わずその紙を手に取ると、自然とふみやさんとの会話を思い出す。

 ——記録が無い?なら作ればいい」
 ——"それが何なのか分からない"っていうのは恐怖の対象になる
 ——名前が分かれば、それが和らぐ
 ——でも、途中で名前が分かったら、この紙で俺にお手紙、よろしくね

 改めて、ふみやさんに渡された紙を見つめる。
名前が分かったらこれにって、要は"私は貴方が好きです"と書いて渡せという事……!?いやそれって俗に言うラブレター!え?私がふみやさんに、ラブレターを!?書いて渡す!?というかふみやさんはどこまで想定してこの紙を私に?もしかして最初に相談した時からずっと……

「わああああああああああ!?」

 また耐えきれなくなってそのまま床に転がる。自分の動きに合わせて散らばる本や紙がバサバサと音を立てるが気にする余裕などない。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。最初はただ、体調不良の原因が分かれば良かったのに。気付けば己の中に潜んでいた感情に、こんなにも乱されている。

「名前が分かった方が、苦しいじゃないか……

これが所謂『恋の病』だなんて。