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織音
2024-11-28 21:15:23
6484文字
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青薔薇の奇跡
「これは、敵わない恋。」
青薔薇の代償の続き。こっちだけでも読めます。
両片想いの里指が結ばれる話。
この恋に敵わないまま、幸せでいてくれますように
最近、指揮官の様子が以前と違うのは理解していた。
恐らく
…
僕が異重合塔から戻ったあと。その頃から何か言葉で言い表せない微細な
…
所謂『違和感』を抱くようになった。
最初は気の所為だろうと気に留めなかった。しかし時間が経つにつれ、その違和感は気の所為なんかではないと気付いてしまったのだ。
…
距離が以前より僅かに遠くなった。そしてほんの稀に
…
何処か思い詰めたように、苦しげな表情をしては無理やり笑ったような顔をして。しかしルシアやリーフ、よく指揮官と関わるひと達から指揮官を心配するような言動は無いことから恐らく僕に対してだけ、なのだろうと推測を立てた。
とはいえ避けられている訳ではなく、普通に会話をすることもあれば任務中はいつも通り。だからこそ、日常の中で感じる微細な違和感がどうしようもなく心を騒ぎ立てる。
違和感の正体を探る内、僕の中に1つの疑問が生まれた。
…
何故こんなにも、必死にこの違和感の正体を探っているのだろうか?
指揮官に対して、自分が過保護な対応を取っているのは良く理解している。しかし今回は任務や事務作業に影響が出ている訳でも無ければ、コミュニケーションに問題がある訳でもない。他の人から見れば至って普通。
それなのに、この僅かな違和感にどうしようもなく心がざわめくのは何故か。
数日に渡る熟考の末、ようやく導き出された1つの答えに僕は酷く動揺した。が、結果として目の前に出てきたそれを受け容れるのは思っていたよりも容易なことだった。
過程や説明を全て省いて、結論だけを言うとするのなら。
…
僕は、指揮官に恋というものをしている。
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「指揮官、オーバーワークです。ここ数日、まともに休憩を取っていませんよね」
え、と指揮官は顔を上げる。その目元にはアイメイクにも似た濃い隈が浮かんでいた。
「
………
バレた?」
それほどまでの濃い隈をつけておきながら、よくバレないと思いましたね。なんて小言のひとつでも言いたくなるが指揮官にとっては気にする余裕もなかったのだろう。ここ数日と今日の午前中だけでこなされた、驚くべき量のタスクの数々を横目に見ながらそんなことを思う。
「当然でしょう。作業ももう少しで終わるようですし、一度休憩を取られては?緊急の任務もありませんし、その作業も急を要するものではないでしょう」
そのままでは周囲の美観を損ねるので、と付け足せば指揮官は眉を下げ困ったように笑う。
「確かにそうだけど
…
今やってるこれだけ終わらせたら、今日はおしまいにするよ。これでもう全部なんだ」
「以前もそう言って結局休憩も取らないで次の作業に手を付けた挙句、栄養失調で倒れたのは何処の誰でしたっけ?」
「はは
…
今回こそちゃんと食べるし、休むから許して
…
」
リーフに怒られるから、と指揮官は苦笑を零して再び端末に視線を落とす。本音を言うならこのワーカホリックを今すぐにでもベッドに放り込んで休ませるか、栄養を摂らせるかしたいところだが、現在の作業の進捗状況は大凡九割。それに終わらせてから休んだ方が指揮官の精神的にも楽だろう。
…
しっかり休むというのなら、提出期限が差し迫っているものではないのだから後でやれば良いでしょうという言葉も飲み込んで置くことにしよう。
「本当に休むのなら言うことはありませんよ
……
最近、貴方はやけに表情が暗いので」
「
……
え?」
指揮官は端末を操作する手を止め、再び顔を上げる。その目には驚きが滲んでいた。
自覚していなかったのか?と心の中で首を傾げている間に、指揮官は自身の顔に手をあてぐにぐにと圧迫したり引っ張ったりを繰り返す。しかし何が変わるわけでもなく、どこか苦しそうな雰囲気を纏った表情のままだった。
「
…
そんな、に
…
顔に、出てた?」
「えぇ。ですが他の人は気付いてないと思いますよ」
それほどまでに微細なので、と付け加えれば指揮官は静かに目を閉じた。
「ああ
…
そうか
…………
そうだろうな」
ふとその言葉に違和感を覚える。いつの日か感じたそれと、全く同じような。
「
………
指揮官?」
「大丈夫だよ、少し
…
疲れてるだけ」
嘘だ。ただ疲れているだけならどうしてそんなに苦しそうな顔をするのだろう。僕には隠し事をしないで欲しいと言うくせに、どうして貴方は1人で抱えようとするのだろう。
「
………
やっぱり少し休憩してこようかな。心配かけたね」
僕の横をすり抜けて、指揮官は執務室を出ていこうとする。
指揮官が話そうとしないのなら、無理に聞き出すべきではないのかもしれない。そう言い聞かせるようにその背中を見送ろうとした。
…
今までだって、そうしてきたのだから。
『本当に、それで良いんですか?』
不意に心の奥から湧いた自分の声。それが全てを飲み込んで『いつも通り』に戻ろうとした心に、抗い難い衝動を生んでしまった。
「
…
待ってください、指揮官」
引き留めるだけのつもりだったが、手を掴んだのは思わず、としか言いようがなかった。指揮官は驚いたように振り向き、なんだい?と穏やかな声でこちらに問う。その薄い灰色の瞳には先程の苦しそうな翳りは無かった。
…
どうして、こうも『いつも通り』を演じるのが上手なんですか。
「貴方は、何を隠しているんですか」
ひゅ、と風が鳴るような音と共に、指揮官が息を詰めるような気配がした。
「もう一度聞きます。指揮官、貴方は
…
何を隠しているんですか」
薄い灰色の瞳が見開かれ、一歩後退する。それを逃さないように掴む力を僅かに強めると、彼は眉を寄せた。
「
…
離して、お願いだから」
「離したら、逃げるでしょう」
一頻り僅かでささやかすぎる抵抗をした後、視線を落として掴まれた手首を一瞥するとため息をついて自由な方の手を顔の近くで掲げた。降参、という意だろうか。
「
……
リー、逃げないから離して。どうせ
…
逃げる場所なんてないんだ」
君から逃げるのは至難の業だから、と諦めたように言ったのを見て掴んでいた手を離す。実際、指揮官が逃げるルートは既に演算済みだった。狭い空中庭園の中だ。何処にどう逃げたとしても、必ず指揮官のもとへ辿り着くということを、彼はよく知っている。
指揮官は目を伏せその場に立ち尽くしていた。どちらから切り出す訳でもなく、たった数秒の沈黙が場に落ちる。
「
………
このまま、隠していられると思った、のに」
超刻機体が正確な演算能力を以てして沈黙の時間を七秒カウントした頃、無音の空間を引き裂いたのは意外にも指揮官の声だった。
「何を、ですか」
不意に、指揮官は顔を上げる。普段優しい光が湛えられる薄い灰色の瞳に滲んでいたのは、どうしようもない恋慕だった。
想像もしていなかった感情。だが、そこに恋焦がれるような熱はない。
在るのは諦念の冷たさと、気付かれたくなかった
…
触れられたくなかったというほんの僅かな狼狽と拒絶の色。
「
……
結局、君相手に隠し通すなんて、無理だったん、だなぁ」
眉を寄せ、無理に口角を釣り上げた指揮官の表情は、酷く苦しげだった。
「
…
君が、好きだ。リー」
遂に告げられた言葉。しかし、やはりそこには諦念の冷たさが横たわっていた。まるで、これ以上触れてくれるなと言わんばかりに。
「何故、今まで黙っていたんですか?苦しむまで隠す必要なんて
…
」
僕が応える応えないは別として、伝えることだって出来たはずでしょう、そう言えば指揮官は力なく首を横に振る。
「
……
僕、は
……
僕はきっと、君を置いて逝くから
…
」
指揮官は躊躇いがちに口の開閉を繰り返す。催促せず、言葉が出てくるのを待っていると指揮官は諦めたように秘めていたであろう言葉たちを並べだした。
「人間、と
…
構造体の寿命は違いすぎる。適切なメンテナンスがあれば理論上、構造体は不死だろう?それに
…
僕達は一秒後だって生きている保証なんて無い戦場にいる。脆い人の身で、いつ死ぬかなんて分からない
…
そんな状態で君に想いを伝えても
…
君の重荷になるだけだ」
違う。重荷になんてならない。そう否定したくても言葉が喉につかえ空気だけが吐き出される。呼吸など既に必要なんてないのに。
「
…
僕たちはグレイレイヴンの指揮官と、隊員。それ、で
…
それで十分だよ」
どうして勝手に決めるんですか。勝手に、勝手に線引きしないでください。そう、言いたいのに。
言葉にならない想いも全て込めるように、指揮官へ手を伸ばした。
「指揮官」
しかし伸ばした手は振り払われ、指揮官は一歩ずつ後退する。
「やめて、リー、触らないで」
はっきりと告げられたのは、拒絶。
彼が後退するのに合わせて、一歩ずつ距離を詰める。その度に指揮官は逃げるようにまた一歩と後退し、互いの距離は縮まらないままだった。
「やめて
…
やめてくれ、リー」
先程より語気を強めた拒絶は悲痛で静かな叫びの色を帯びていた。
「お願い、見ないで
…
こんな、こんな、正しくない
…
君に向けるべきじゃない想いを、見ようとしないで」
その言葉と同時に指揮官の背中が執務室の扉にぶつかる。顔は手で覆われ、そこにある表情を見ることは叶わない。
「
…
お願、い、だから」
弱々しく響いたそれは、懇願にも似ている。
「指揮官じゃない、僕を、見ない、で」
一つ、二つと引力に従って感情が形を持ち落下していく。
「
………
君、にとって
…
この想いは不要、な、はずだ」
涙の色が滲んでいく声。それは普段、『首席』と呼ばれ讃えられる彼からは想像のつかないほど、弱く脆いただの人間の姿だった。
「
…
僕にとって
…
君の近くにいられるだけで、奇跡なんだ。もうこれ以上
…
何も、望まない、から」
だからお願い。もうこの想いに触れないで。君に向けるべきでないこれに。指揮官はそう言いながら指揮官は崩れ落ちた。
「君の近くに、いたいだけ、だから」
好意や愛、恋と呼ぶにはあまりにも自己犠牲的すぎる想いに、人間の心臓を模した部分が締め付けられるような錯覚を覚える。
彼は想いという一輪の薔薇を花瓶に生け美しい花を愛でるのではなく、その棘を掴み、流れる血を代償にして花を愛でることを選んだ。
そんなに苦しく痛い方法を取らなくても花を愛でることは出来たはずなのに。いや、彼を苦しめていたのは僕自身か。
…
それならば。
「その想いが不要かどうかは僕が決めます」
彼に苦しみを与えたのが僕ならば、その苦しみを解き、癒すのも僕がすべきことだ。
棘を掴んで血を流し続けた手を取り、柔らかく包む。今まで数字として記録に刻んで来た指揮官の温度はとても温かかった。
「
…
どうして、君、は
…
」
「僕のことを考えてくださるのはありがたいですが、僕の気持ちまで勝手に決めないで頂きたいですね。それに、僕は諦める為の言い訳が聞きたいわけじゃありません」
「っ、言い訳、なんかじゃ」
「とにかく。僕が聞きたいのは、貴方の本心です
…
それ以外に興味なんてありません」
僕がどうこうではなく、貴方が抱き続けた本当の言葉。それを教えてくださいと、指揮官に問う。
「
………
っ、好き、だ」
遂に抑えつける必要の無くなった、たった一言の言葉。それが溢れたことで、指揮官の中で何かが崩れ落ちたのかもしれない。
「君が好きだ、どうしようもなく。ずっと、好きだったんだ、気付いたときから、ずっと
…
怖かった」
今まで指揮官が抱え続けた、凍てついた恋心。それはリーという光の下に曝け出されたことで融解し、言葉という形で溢れ出した。
鮮やかな花を咲かせた恋心に気付いたその瞬間から、叶わないと決めつけて。気付かれないように慎重に隠して。誰にも触れられないように、知られないようにと押し殺して閉じ込めて
…
隠せなくなり始めたとしても伝えることも出来ず。一人で凍えるように想い、不要と切り捨てることも出来ずに守り続けた
…
その一輪の青い薔薇。
「
…
拒絶されるのも、叶ってしまうのも、全部、全部怖かった。伝えてしまったら、どうしたってもう
…
元には戻れなくなって、しまうから、言えなかった
…
言わな、かった」
ずっと痛くて冷たくて
…
苦しくて。心の中だけで流すしかなかった涙が頬を伝い、滑り落ちていく雫が機械の肌を叩く。
泣いて、泣いて。ようやく落ち着きを取り戻した指揮官は涙を拭いながら静かに言葉を紡ぐ。
「
…
ごめん、リー」
「
…
何故、謝るんです?」
「君が完全な信頼を寄せてくれる『指揮官』が、こんなに
…
臆病な奴で」
一体、こんな臆病さを今までどれほど上手に隠してきたのだろう?今まで見てきた姿は『指揮官』というフィルターを通して、その隙間から覗き見ていた人物の姿の一部。そのフィルターがぼろぼろと崩れ、遮る物が無くなった向こう側にいる彼という人物本来の姿は、酷く繊細だった。
―
まるで失うことを恐れるばかりに、何かを得ることを最初から諦めているような。
「でも、もう
…
良いんだ」
そして、今も。
「伝えられないって、伝えたらいけないって思ってたこれが、君に伝えられた。それでもう十分だ」
棘を掴み血を流し続けた手が、未だ僕の手を握り返すことは無い。この想いを抱いているのは自分だけで、一方通行の想いでしか無いのだと信じ切っているように。
「指揮官と隊員という関係でいられるだけで良いから。今まで通り、近くにいてくれる?」
…
全く、この人は。どうして『相手が同じ気持ち』である可能性を全く考慮していないのだろう?どこまでも『自分へ向けられる全て』に疎いのだから。
…
そんな貴方だから、きっと好きになってしまったのかもしれないが。
「
…
それは、出来かねます」
どうして、という問わずとも答えが明白なそれがその唇から落ちてしまう前に、僕は真の言葉を
…
ただ一輪の青い薔薇という恋心を指揮官に贈った。
「指揮官。僕は
…
貴方が好きです」
余計な飾りも言葉も捨て去った端的な
…
最も真っ直ぐな告白に、涙で滲んだスカイグレーが煌めいた。
「だからもう
…
苦しまなくて良いんです」
貴方が今まで秘め続けてきたもの。これからは全部ちゃんと伝えてください。全部、ちゃんと受け止めますから。そう言えば指揮官は耳を赤く染め、拙い動きで視線を落とす。
「君は
……
本当に
……
」
擦り寄るでも抱きつくでもない。指揮官はただ、寄りかかるようにこちらの胸元に頭を預けた。
「そんなこと言われたら
…
離れられない、だろ
…
」
諦めるつもりだったのにと呟く指揮官の手を離れないように握り直す。
「それなら、この手を離さないでいてください」
諦めさせてなんてやるものか。貴方が望む限り、ずっと。
「
……
うん」
指揮官は僕の手を優しく握り返す。そこにはもう、諦念の冷たさはない。
…
ただ人肌の温もりが在った。
これから先、未来は全く分からない。いつこの手が離れ、ひとりになるかさえ。
指揮官の言うように明日、戦場で散るのかもしれないし、数十年後、ベッドの上に横たわる指揮官を見送るのかもしれない。全ては予測できない未来
…
まだ多くの苦難という暗黒色に覆われた道の先、世界という名のシナリオを描いた存在のみが知る。
…
しかし、叶うならば後者であれば良いと願わずにはいられない。
繋いだこの手が離れ、貴方が旅立つのを見送るその日まで僕は傍で、得ることを諦め続けたその手を握りながら貴方を守り続ける。
それが僕の、貴方の隣にいられる「奇跡」の代償。
「愛しています、指揮官」
指揮官の体温を感じながら、僕は一生敵わない恋をした。
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