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ちよど
2024-12-03 00:00:00
4748文字
Public
わし様など
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スーツで暴れるカウラヴァの話
スーツを着たカウラヴァが書きたかった。pixivより再掲
「わし様は舐められるのが嫌いだ」
床に片膝をついてアタッシュケースを広げていた宝石商は、足を組んだ男の靴先に目を取られた。
自然でありながら品格のある風合いの白い革靴。それを縫い込むステッチは手作業でしかありえない狂ったような精密さで並んでいた。
街の真ん中にあるこの高層マンションを突然買い上げたのは、宝石商の眼の前にいる国籍不明のこの男だった。
アポもなく管理会社に押しかけて帯封の切られていない札束を受付の顔より高く積んだというこの男が、質の良い宝石を探していると聞いて伝手を頼って売り込みに来たのだ。
通されたリビングからはこの街が見渡せる眺望が広がっている。
その絶景を背にしてカウチソファーに座る男に、宝石商は椅子に座ることすら許されず跪いて商品を掲げていた。
男の白い靴から顔を上げれば長い紫紺の髪かき上げた男がこちらを見ていた。
その体は髪よりも深いロイヤルパープルのスーツに包まれている。
柔らかく身体にフィットした生地には白いシャドーストライプが薄く入っていると思いきや、ラインにはこの距離でやっと分かる色味の異なる白が交互に使われていた。
そのため男が身体を動かす度に華やかな印象を残すのだ。
華やかといえば男の胸元のポケットチーフだろう。無造作に突っ込まれたように見えるそれは、白から薄紅のグラデーションがかかっており、まるで花のようだった。
おそらく、「そう見えるように」染められているのだろう。
明らかに財があると分かる男が宝石商が掲げるアタッシュケースに手を伸ばす。
その袖口のカフスは銀のチェーン。留め金では精緻な蛇に囚われたパライバトルマリンがネオンブルーに輝いていた。
男の手が並べられた宝石を無造作につまみ上げる。
一番価値がある卵ほどの大きさのダイヤモンドに男は顔をしかめた。
「わし様が家で使っていたものは最低でもこの倍の大きさはあったぞ」
「
……
御冗談を」
宝石商の引きつった声に、ソファーに座る男は背後を振り返った。
そこに立っていた青年のひとり。白髪の方に声をかける。
「なぁ、カルナ。わし様が持っていた宝石はもっと大きかったよな?」
「同意する。ドゥリーヨダナ、おまえが使っていたものとは大きさも色も比べ物にならない」
そう答える青年の瞳が先程のカフスのパライバトルマリンにそっくりな事を宝石商は気づいた。
思わず男の、ドゥリーヨダナのもう片方の袖口を見れば、そこには黄金のように輝くスフェーンが嵌っている。
それは白髪の青年の隣に立つ赤髪の青年の瞳の色だった。
赤と白の青年は髪型こそオールバックにしているものの、その服装からボディガードには見えなかった。
白髪の青年は黒の、赤髪の青年は白のスーツを身にまとっているが、どちらのスーツにもドゥリーヨダナと同じ意匠が凝らされている。胸元のポケットチーフも同じ。ほんのりと薄紅を帯びているシャツもお揃いだった。
彼らのカフスがそれぞれ自身の瞳の色であることを確認して、宝石商は内心首を傾げる。
「アシュヴァッターマン」
男が呼ぶと赤髪の青年が足元の頑丈そうなアルミケースを持ち上げた。
膝の高さぐらいまである正方形のそれを軽々と運び、青年はそれを宝石商の前に置く。
「わし様は舐められるのが嫌いだが。まあ初取引には相互理解も必要だ」
青年がアルミケースの蓋を開けた。
みっしりと詰まった札束に宝石商の喉がなる。
しかも、この国の紙幣ではない。安定している大国の外貨だ。
「わし様現金での買い物など慣れておらん。もしかして、これでは足りんかもしれんなぁ」
カルナ、と呼ばれて白髪の青年が少し離れたテーブルから両の手のひら程の大きさのジュエリーボックスを持ってくる。
宝石商の眼の前で開かれたそれには、拳よりも大きなスピネルが鎮座していた。
ドゥリーヨダナの髪と同じ紫であるだけでも希少だというのに、この大きさ。
ごくり、と宝石商の喉が鳴る。
ぱたりとジュエリーボックスは閉じられてカルナは何の表情も見せずにそれを元の位置に戻した。そして何のためらいもなくドゥリーヨダナの背後に戻ってくる。
まるでドゥリーヨダナがその宝石よりも価値あるものだと言わんばかりに。
そのカルナの耳飾りが動きに合わせて揺れた。
先程からまさかまさかと思っていたが、ドゥリーヨダナの財力を知るとありえるのかもしれない。
あの耳飾りはもしかして純度の高い金ではないだろうか。
宝石商の視線に気づいたカルナが少しの戸惑いを乗せてこちらを向いた。
ドゥリーヨダナが低く笑う。
「強請るな。わし様のカルナは優しいからなぁ。乞われればなんでも与えてしまう。ーーーカルナの全てはわし様のものだというのに」
「俺の全てはおまえのものだ。ドゥリーヨダナ」
目を伏せて同意するカルナ。その一方ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンと呼ばれた青年に体を向けた。
「もちろんおまえもわし様のものだぞ。アシュヴァッターマン」
「分かってらァ」
少し荒っぽい口調は照れ隠しなのだろうか。
宝石商は三人の関係性が読めず、話を変えた。
「あれほどの逸品を手放すとおっしゃるのですか?」
確認にドゥリーヨダナは退屈そうにソファーに体を預けた。
「飽きたからな」
あんまりな返答に硬直した宝石商に、ドゥリーヨダナはひらひらと手を揺らす。
「先祖伝来だろうがどうでもよい。問題はわし様が飽きたらソレは必要ないということだ」
薄い紫水晶の瞳が宝石商を見た。浅黒い手が伸ばされる。頬に触れられた手の熱さに宝石商は息をするのを忘れた。
ゆったりと視界全てに広がる瞳が微笑む。
「せめてわし様を楽しませるものを持って来い。ーーー出来るだろう?」
どこからともなく花の香りがした。
◆
街並みは夜に沈もうとしていた。
人気のない高層マンションのエントランスを十数人の男達が気配を殺して進む。日中、仲間の宝石商が下調べをしたとおりに監視カメラを無力化し、最上階の部屋を目指す。
ターゲットはたった三人。重武装をしているわけでもないのに、この街で財を見せびらかすなど愚かすぎた。
彼らはこの街を支配している。街にあぶれた子供を捕らえては売り飛ばし、大人は暴力と薬で従えてきた。それだけではなくーー。
ふいにエントランスの奥にあるエレベーターのホールランプが灯る。
降りてきたエレベーターの出口を囲むように男達は広がった。その半数は銃を持たない。
開いたドアから無防備に出てきた人物に向けて、銃弾と研ぎ澄まされた魔術が放たれた。
そう。彼らは魔術師。街を支配することで巨大化した魔術の一派である。
暴力装置としての魔術を研鑽した彼らの攻撃対象として、何の魔術的防御もしていない青年などひとたまりもない。はずが。
「
……
思ったより少ねぇな。舐めてんのか。オイ」
アシュヴァッターマンには傷ひとつついていなかった。
日中の白いスーツのままエレベータから出てきたアシュヴァッターマンに魔術と銃弾が雨のように降り注ぐ。
しかし、どの魔術もアシュヴァッターマンに触れるより早く消え失せ、銃弾はその服を汚すことすら出来なかった。
アシュヴァッターマンは舌打ちする。
「鶴の姉さんに織ってもらって助かったぜ。せっかく旦那に仕立ててもらったんだ。汚したらもったいねぇからな!」
次の瞬間、男達の視界から青年が消える。
ゴキリ、と硬い音が聞こえたのが彼らの最期の知覚だった。
「殺すな、ってマスターがいれば言うだろうからな」
気絶だけさせたアシュヴァッターマンはめんどくさそうに倒れ伏す男達を放置してエントランスから出る。
そこに蛍火のように輝く大きな獣が襲いかかった。
構える様子も見せないアシュヴァッターマンに触れた瞬間、召喚された獣は光の粒となって消える。
潜んでいた魔術師達が思わずあげた悲鳴に、アシュヴァッターマンは憐れむように眉を寄せた。
実際、哀れんでいる。
アシュヴァッターマンの対魔力Aは現代の魔術のほぼ全てをキャンセルする。
そしてサーヴァント故に重火器の類ではほぼ傷つかない。
彼がその気になれば一方的な殺戮が繰り広げられるが、アシュヴァッターマンのマスターは心優しい少年だった。
自分の不在の時に流された血に心を痛める程に。
「
……
めんどくせぇ」
ぼやきながらアシュヴァッターマンは銃弾と魔術を浴びながらゆっくりと歩く。ドゥリーヨダナの指示どおりに時折よろめいて敵に希望を与えてのめり込ませる。逃げようとした奴だけ意識を刈り取って、彼は敵を引き付け続けていた。
戦士の仕事ではない。だが、アシュヴァッターマンがそれをする理由があった。
◆
さてその頃ドゥリーヨダナはため息を付いていた。
「屋上から侵入してくるとは礼儀がないにもほどがないかぁ?」
ドゥリーヨダナがゆったりと身体を預けているソファーの周りを武装した男達が取り囲んでいた。
破られた窓からは強い風が吹き込んでいる。
他の部屋を見てまわっていた何人かの男達がリビングに戻ってきた。
「いません」
「現金が入ったアルミケースも見当たらない」
ジュエリーボックスを片手にリーダーと思われる男がドゥリーヨダナを見る。
「金はどこにやった?」
「寄付した」
ドゥリーヨダナの答えにリーダーが拳を振り下ろそうとした。
瞬間、台風のような風が室内を暴れまわり男達はよろめく。
「トンチキ野郎。陽動は終わりだ」
彼らが破った窓の前に男が立っていた。見慣れない服装の大柄な男。手にしている槍のような武器に男達の照準が向けられる。
その瞬間、男達の意識は沈んだ。
彼らの注意が逸れたドゥリーヨダナがまとめて蹴り飛ばしたのだ。
「弱ぇ相手に不意打ちとは情けねぇな」
「わし様の繊細な手加減が分からないとは、野蛮な森育ちはこれだから」
ドゥリーヨダナの立ち姿はビーマが見ても様になっていた。
だがビーマはそんな事は口にせず、くだらない内容を交わしながらあたりをみまわす。
「アシュヴァッターマンは下にいたが、カルナはどうした?」
ビーマの問いかけにドゥリーヨダナはにんまりと笑った。
「可能な限り派手に陽動しろと言われたからな。カルナにはたっぷり施しをしてもらっている」
派手な陽動。カルナ。消えた現金。
ビーマは顔をしかめた。
「お前、施しの英雄に偽札を配らせているのか!」
「できるだけ広範囲に撒けと言ったからな。今頃街は大騒ぎだろうな」
それでこんな街中で騒ぎを起こしても野次馬のひとりも現れなかったはずだ。
そして、その騒ぎは実際さらわれたマスターの救出の役に立った。
「カルデア謹製の偽札とはいえ、わし様の役には立たん。そういうものは後腐れなく使い切っておくものだ」
ドゥリーヨダナはビーマにこの街でさらわれたマスターが無事かとは聞かない。ビーマがここに来た時点で分かり切っているからだ。
そういう所が悪どいのだとビーマは思う。
「
……
宝石は英雄王に返しておけよ」
ビーマの言葉にドゥリーヨダナは落ちていたジュエリーボックスを拾い上げた。蓋をあける。
「哀れなものだなぁ。こいつらこの程度の宝石で目の色を変えたぞ」
見せられた宝石にビーマは片眉を上げた。
「ちいせぇな」
「だろう?庶民向けって英雄王に注文したのはわし様だが、蔵にあった一番小さなものだぞ。これ」
王族の従兄弟同士は顔を見合わせた。
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