ねむねもね
2024-11-28 17:07:49
4277文字
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あなたの誕生日

こーぐ維新の夢小説。💎の誕生日を夢主が祝おうとする話。

 何時ものように目覚め、何時ものように起き上がり、何時ものように布団を出る――前に隣で寝ている我が夫、ダイヤモンドカッターさまを揺り起こす。眠たげに開く灰と碧の瞳は、暗闇の中でも煌めいていた。
「お早う御座います、ダイヤモンドカッターさま」
「ん……
「誕生日、おめでとう御座います」
……ん」
 今日が自分の誕生日であると気付いたダイヤモンドカッターさまは、満足げに目を閉じた。
 我が国には無いが、南蛮にある概念のひとつに誕生日なるものがある。我が国では新年と共に全員一つ歳を取るが、南蛮では生まれた其の日を誕生日とし、誕生日を迎えたら一つ歳を取るようになっていると云う。ダイヤモンドカッターさまの誕生日は十一月二八日であり、今日が其の日であった。故に、盛大に祝わなければならぬ。何せ、ダイヤモンドカッターさまは私にとっての神様であり、愛おしい存在であり、大切なひとなのだ。年に一回の祝い事を全力で祝わなければ罰が当たる。とは云え、十一月十一日にあった私の誕生日にダイヤモンドカッターさまがケーキを作って祝ってくれたし、十二月二五日の耶蘇降誕クリスマスの日にもケーキのような洋菓子を準備する予定ではある。なので、洋菓子系を夕食後に出すのは避けなければならない。夕食は和食にするとしたら、食後の甘味も和にした方が良いだろう。和菓子ならば何が良いだろう。やはり、私とダイヤモンドカッターさまが出逢った初めての日に食したおはぎであろうか。
 そんな事を考えながら何時ものように朝食を用意し、ダイヤモンドカッターさまを起こしに行く。すると、珍しい事に、本当に珍しい事にダイヤモンドカッターさまが何時も通りの真っ白な服を着た状態で立ち上がって、金色の腰紐を結んでいた。
「あら……朝餉の準備が出来たので、落ち着いたら食べに来て下さいな」
 顔を上げたダイヤモンドカッターさまは、何を考えているか分からない面持ちをしていた。
……今夜は、レストランを予約している」
「え……
 呆然と立ち尽くす私の隣をのっそりと通り抜けたダイヤモンドカッターさまの袖を慌てて掴み、視線をダイヤモンドカッターさまの目に合わせる。
「あ、あの! 私の手料理は食べたくないのですか!」
……汝は、汝の誕生日も料理を作っていた。今日は、手間を煩わせたくない」
「そんな……! 今年は去年のようにジグソーさんやノコギリさんもいない分、せめて私だけでも何とかして盛大にお祝いしようと思っていたのに!」
 ダイヤモンドカッターさまと初めて逢った年の秋、南蛮にてダイヤモンドカッターさまの誕生日をジグソーさんとノコギリさんと共に祝ってから、ダイヤモンドカッターさまの誕生日は盛大に祝ってきた。去年も南蛮の地にて祝ったのだが、今年は此方も向こうも色々と忙しく、南蛮にて祝う事は難しかった。だから、夕食は豪華に牛鍋でも作って祝おうと思っていたのに。ダイヤモンドカッターさまの心配りは嬉しいが、其ではダイヤモンドカッターさまにおもてなしをしたいと云う心の行き場が無くなってしまう。
「其に、私の手を煩わせたくないと思っているのなら、毎日のように自分で起きて身支度をして下さいな!」
……む」
 正論を云ったからか、ダイヤモンドカッターさまの眉間の皺が不機嫌そうに刻まれる。
「あっ、御免なさい、誕生日の朝なのに……
……案ずるな」
 そう云うと、ダイヤモンドカッターさまは私の方に体を向け、両肩に手を置くと、顔を覗き込むようにして唇にそっと口を付けた。
……豪勢な料理も、贈り物も必要ない。只、汝が隣で笑ってくれれば其で良い」
 吐息が唇に掛かる程の近さで呟いたひとの顔は、真剣其の物で冗談を云っているようには見えなかった。失う事を知った灰と碧の瞳は、雨雲のような憂いを帯びていた。此のひとは、私を自分の手ずから破壊したいと云いながらも、私を喪う事を恐れているのだろうか。人の身を得たからこそ生じた矛盾した想いを、愛と呼ばずに何と呼ぼうか。其の事を教えても、ダイヤモンドカッターさまの事だから突っぱねるか無視するかもしれぬが。
「ダイヤモンドカッターさま……
 体を近付けて抱き締めようとすると、其よりも早くダイヤモンドカッターさまの手が動いて胸元に下げていた円盤状の刃を背中側へと回した。嗚呼、此のひとはどれだけ私の事を愛していて、どれだけ私を傷付ける事を恐れているのだろう。其の手で何もかもをも破壊しているのに、こんなちっぽけな存在を破壊する事を何よりも恐れているなど、誰が知ろうか。否、誰も知らなくても良い。此は私だけが知っているダイヤモンドカッターさまの秘密なのだから。
「では、あなたへの贈り物は、レストランから帰ってきてから渡しましょうか」
……今が、良い」
「今ですか?」
 ん、と真顔で縦に頷くので、私は潔く今渡す事にした。金剛石の刃を持つ我が夫は、金剛石のように堅い意思を持っていて動いているのである。此と決めたら梃子でも何でも動かないダイヤモンドカッターさまへの対処法は、今のところ潔く諦める事しか無かった。
「今年の誕生日プレゼントは、贈り物と云うよりもお願い、でしょうか」
 居間にて、朝食に一切手を付けていないダイヤモンドカッターさまの前に、万年筆と手紙の用紙と封筒の一式を差し出す。
「一通だけでも良いので、旅に出た時、旅先から文を出して下さい」
……善処する」
 書いて出す気は全く無い顔をしているが、手紙一式は受け取って貰えたので良しとしよう。
「其では、朝餉にしましょう」
……ん」
 無言で食べ始めたダイヤモンドカッターさまに、あなたが旅に出ている間の私の気持ちも考えて下さいな、とは云えなかった。
 ダイヤモンドカッターさまも私も、互いが居なくても生きていける性格をしている。だが、私の場合ダイヤモンドカッターさまが居ない日々は色褪せたものになってしまう。きっと、私は生きる屍のように過ごしていくのだろう。でも、ダイヤモンドカッターさまの方はそうではない。きっと、私が居なくても今迄通りに暮らしていくに違いない。何せ、向こうは怖がっているとは云え私を壊せる事が出来る存在である。私が居ようと居まいと変わらぬ。
……旨く、無かったか」
 真正面から声がして慌てて意識を眼前に戻す。目の前には、平らげた後のカツレツの皿が有った。そうだ、今は夕食を食べにダイヤモンドカッターさまが予約したレストランに来ているのだった。
「い、いえ! とても美味しかったです!」
 用意したプレゼントも、豪勢な料理を準備しようと云う気持ちも全てが空回って届いていないような気がする。否、届いていても受け取って貰えているかどうか怪しいものである。良い伴侶として振る舞おうとしているが、其の努力でさえ実っているかどうかも分からない。
「デザートのおはぎとなります」
「おはぎ……えっ?」
 年配のウェイターの落ち着いた声と共に、片付けられたテーブルにおはぎが乗った小皿が置かれる。西洋料理店には似つかわしくない和の雰囲気を持つ菓子は、高貴な紫色をして済まし顔で座っていた。
「どうしておはぎが……
「ダイヤモンドカッター様より、おはぎがお二方にとって大切な菓子なので用意してほしいとの要望を承った次第で御座います。シェフの奥方の実家が京にあり、京の老舗和菓子屋から取り寄せたものとなっております」
 有難う御座いますと頭を下げると、ウェイターはにっこりと笑ってテーブルを後にした。
「まさか、レストランでおはぎを食べるだなんて、ふふ……何だか可笑しいですね」
……そうか」
 私からして見れば西洋料理店でおはぎだなんて奇妙奇天烈な光景なのだが、ダイヤモンドカッターさまからして見れば差程可笑しく無いらしい。何時もの不機嫌そうな真顔でそう云うと、皿と一緒に出された黒文字を手に取った。一口大に切り分け、真ん中を容赦なく刺すと下に手を添えて私の前に差し出してきた。
……ん」
「ん、って……此処はお店なのですよ?」
……今日は、我を祝うのであろう」
「そうですよ」
「ならば、我が喜ぶ事をするのは当然であろう」
「もう……そんな屁理屈云って」
 自分が喜ぶ事をするのが祝福になるのだから、自分が喜ぶ事――今回の場合は手ずからおはぎを食べる事――をするのは当然だととんでもない理論を繰り出しているが、ダイヤモンドカッターさまの口から出ると正論のように聞こえてしまうのだから恐ろしいものである。
 しかし、此処で折れなければダイヤモンドカッターさまは何時迄も構え続けたままでいるだろう。其も其で外見が悪い。しょうがない、今回も諦めて受け入れるしかない。
 ええい、と口を開いておはぎを迎え入れる。
……んんっ!」
 優しい甘さのおはぎは、くどくなく、しっとりとしている。もっちりとした餅米も美味しい。流石京の都の老舗が作る事だけはある。小豆の柔らかさも丁度良く豆の感じが残されていて、噛み応えもある。
「此のおはぎ、美味しいですね……! ダイヤモンドカッターさまも一口食べてみて下さい」
 そう云うと、ダイヤモンドカッターさまは無言で口を「あ」の形に開けた。今度は此方が手ずからおはぎを食べさせる番、と云う訳か。
「んもう……
 ごねるのも時間の無駄なので、早々に折れて切り分けたおはぎを色素の薄い唇の前に持って行く。
「はい、あーん」
……ん」
 おはぎを頬張ったダイヤモンドカッターさまは、満足げに目を閉じながらおはぎを味わっている。余程美味しかったのか、何度も頷いているではないか。
……ね、美味しいですよね!」
 こっくり、とゆっくり首を縦に振ったダイヤモンドカッターさまは、漸くおはぎを飲み込むと口を開いた。
……ぎん」
「はい」
……何時も、有難う。此からも共に、互いの誕生日を迎えよう」
――
 ほろり、と熱い物体が右目から頬を転がり落ちる。其の様子を見たからか、灰と碧の瞳が見開いて丸くなっている。御免なさい、嬉しくてと言い訳を云っている間にも涙はぼろぼろと零れ落ちて、止む気配を見せない。
 指先で目を拭っていると、白いハンケチが目の前に現れた。
……我は、汝を傷付けてばかりいるな」
「其は……御互い様ですよ」
……汝は、優しいな」
「あなたもですよ」
 微笑みあいながら食べたおはぎは、ちょっとだけしょっぱかった。