第16回 桂諷會
国立能楽堂
2024年11月24日(日) 13:00開演
能「求塚」
菜摘女/菟名日処女の霊:長山桂三
菜摘女:北浪貴裕、坂井音晴
旅僧:宝生常三
従僧:舘田善博、梅村昌功
所の者:深田博治
笛:松田弘之
小鼓:曾和正博
大鼓:國川純
太鼓:金春惣右衛門
狂言「磁石」
すっぱ:野村万作
田舎者:野村萬斎
茶屋:高野和憲
後見:月崎晴夫
仕舞「菊慈童」
観世銕之丞
能「石橋」大獅子
童子/赤獅子:長山凜三
白獅子:長山桂三
寂昭法師:野口能弘
仙人:野村裕基
笛:杉信太朗
小鼓:大倉源次郎
大鼓:大倉慶乃助
太鼓:林雄一郎
*・*・*
今回は「求塚」と「石橋」、お能の“静”と“動”という組合せで見応えあって、とても楽しめました。こういう番組も良いですね。
能「求塚」
旅僧(ワキ)の前に現れた若菜摘みの女たち(ツレ)に、有名な求塚の所在を問うと、知らぬと答えて立ち去ってしまうが、一人残った女(前シテ)は僧を求塚へと案内し、その謂れを語って聞かせる。
昔、この地に菟名日処女という女がおり、小竹田男子、血沼丈夫という二人の男に求愛された。そこで処女はどちらも甲乙つけがたい為に、鴛鴦を同時に射させ、見事射ることが出来た方を選ぶことにする。しかし二人の矢は同じ鴛鴦に当たり、結局どちらも選ぶことが出来なかった処女は、いたずらに鴛鴦の命を奪ったことを悔いて生田川に身を投げてしまう。するとその後、男たちも塚の前で刺し違えて果てたという。
謂れを語り終えると女は、僧に救いを求めて消え失せる(中入)。そして、僧が弔っていると処女の霊(後シテ)が姿を現し、凄惨な八大地獄の有様を次々と見せる。
小竹田男子と血沼丈夫が処女の手を取って引きあう。嘴が鉄、足が剣という恐ろしい姿の鴛鴦が処女の頭を突き、髄を喰らう。さらに笞を打つ獄卒に追い立てられ、逃れようにも前は海、後ろは火焔。思わず柱に縋り付けば、柱も忽ち火焔となって、どこまでも処女を責め立てるのであった。
・・・
久しぶりに観た演目でした。前回は、まだ観能を始めたばかりのころで、どうして菟名日処女がこんなに責め立てられなければならないのか
…?と思ったのですが、これ、後シテも同じこと思ってるんですよね。では、その煩悩そのものが罪なのか?
出来事を追っていくと、確かに鴛鴦を無駄に死なせてしまったのは罪だとは思うけど、まさか二人同時に同じ鳥を射貫くとは思ってなかったわけで、処女も「そ、そんなことあるぅぅ〜!?😱」という状態なわけで、もうこれは結果論でしかない。
んで、悔いて身投げしたら、男二人まで後追い自殺
…やることが全部裏目に出ちゃって😱💦
何だか観ていて、優し過ぎたことが罪なのかなと思いました😓
んで、悔いたものが地獄で全部具現化しちゃって💦
各地にある菟名日処女の伝説をバッドエンドにした、作者の意図は確認しようがありませんけれど、生きて償うのではなく、自ら死を選ぶことで、相手を選ぶことが出来ない現実からも逃げたこと、が許せないポイントだったのかしら、ネ??
てか、皮肉ですよ、地獄に落ちてから「私、どうしてこんなに責められなければイケナイの!?」と煩悩に目覚めるんですから(そして永遠に苦しめられる)。
ものすごくゾッとする話しで、それを見事に長山桂三師は表現してたと思います。観終わって、観能史上初めてストーリー的に拍手する気分になれねぇ
…と思いましたから(と言いつつ、役者は労いたいので拍手しましたが😅)
でも周りもそんな空気だったと思います。なぜなら「石橋」の時は、シテが幕に入った途端、拍手が起きましたから(拍手のタイミングは色々と言われてますけど、ブラボーな気持ちになった時は思わず拍手したくなる気持ちは分かる😌)
ということで、心にズズズズン!と、きました😅
そういう意味では、ホントに長山桂三師はお見事でした👏
ちなみにバッドエンドですけど、嫌なものを観た、という気分にはならないんですよね。むしろ、凄いものを観た、という感情に近い。お能は悲劇を描くのが得意ですから本領を発揮してるわけです。これは、なかなか興味深い演目だと思います。
狂言「磁石」
ズズズズン!となった心は、狂言で1回リセットかけて
…😅
演目自体は、9月の国立能楽堂 企画公演以来ですが、万作&萬斎コンビで観るのは、昨年の「飛鳥山薪能」以来でした!
やっぱり超絶親子コンビだなーと改めて🤭
身長差の効果もあって、田舎者の萬斎さんにまとわりつく万作さんが可愛らしくて🤭
すっぱなのに、田舎者の嘘にまんまと騙されちゃうピュアさが、万作さんがやると、より輝きます✨
てか、三番叟踏み納め後に万作さんを観たのが、今回がお初でしたので、自分を激励するために踏んだなだけあって、益々パワーアップされたような気がしました😳✨
これからも、まだまだ未知の景色を魅せてくれるような予感がしました🥰
ちなみにマグネットマン🧲を蘇生させるところ(笑)、万作さんは流石にジャンプはできないので、萬斎さんの足元を跨ぐ形になるのですが、膝辺り、高さのある太もも近くを跨ぐので、2度ほど引っ掛かりそうになり、ヒヤッとしました😅
もう少し低い足元の方を跨げば良いのに、と思ったのですが、俺はまだイケる!💪という気力の現れだったんですかね😅
一方、マグネットマン🧲萬斎さんですが、口をあんぐりさせるところ、眉間にシワ寄せて表情がゴジラみたいでした!🤣
以前、飯田さんのマグネットマン🧲を観た時は、まさに何でも吸い込むカービィみたい!って思ったんですがね、萬斎さんはガオー!って感じで迫力ある感じでした🤣
あと万作さんと台詞が被るところは、万作さんの声が聞こえやすいように、ご自身の台詞の間を調整して工夫されてるような気がしました。やはり、ここ最近は一緒に舞台に立つ時は、万作さんのことを気遣ってるような気がします。
仕舞「菊慈童」
前回の總持寺能で観た演目で、その時は座席の構造上、シテの胸から上の部分しか観えなかったので😅、初めて足の動きなどの全体像を把握することができました。偶然にも記憶が鮮明な内に答え合わせ(?)出来たので良かったです😅
能「石橋」大獅子
出家して寂昭法師と名を改めた大江定基(ワキ)は入唐渡天を志し、海を渡る。仏跡を巡る旅の途次、峨々たる清涼山(中国山西省)へと至った寂昭は、身の毛もよだつ程の深さの谷に幅一尺、長さ三丈程の石橋がかろうじて架けられているのを見つける。そこへ不思議な童子(前シテ)が現れ、橋の向うは文殊菩薩の住む浄土だが、名高い高僧でも橋を渡ることは困難だと言って寂昭を引き留める。
やがて橋の向うより文殊菩薩に仕える霊獣獅子(後シテ・ツレ)が現れると、咲き匂う紅白の牡丹に勇壮に舞い戯れ、千秋万歳を寿ぐのだった
…。
・・・
初見。「大獅子」の小書が付いたときに、紅白の親子獅子による舞になるそうです。最近では後半のみの半能で上演されることも多いらしいのですが、今回は桂三師の息子さんの披キということでフルバージョン。この曲を十代で披くのは珍しいのだとか。それだけお父上の期待も、それこそ獅子の子落としのように大きいのでしょう。
実際の舞台も素晴らしいものでした。前シテの童子の部分は伸び代を感じましたし、後シテの獅子は若さならではの機敏さと力強い足拍子、そしてドン!と構えたお父上との息ぴったりな舞は、とても華やかでカッコ良かったです!✨
また、歌舞伎の「石橋」は未見ですが「連獅子」は観てますので、後半は念願の能バージョンが観れたことでワクワクしっぱなしでした(笑)
今回は脇正面からの鑑賞だったので、いつか正面からも観てみたいですなァ😊
開演前に宝生宗家展も覗いてきました。
宝生流宗家のアクスタ買ってしまった😂
萬斎さんも早く作ろーよー(笑)(੭ ˃ ω˂ )੭ु⁾⁾
過去の観劇日記はコチラから⬇️
https://privatter.me/user/mijuppa
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