演練が終わった後の自由時間、又の名を懇親会。普段は他本丸の面々と顔を合わせる機会などあまりないため、演練を終えてもほとんどの本丸はすぐに帰らない。うちの本丸も同様で、皆思い思いの場所で歓談やら手合わせやらを繰り広げている。
俺も他本丸の一期一振と話をしていたのだが、伽羅坊が他本丸の鶴丸国永と歓談しているのがふと視界の隅に入った。あそこの本丸とは練度が同じくらいだから、演練場で度々顔を合わせている。俺も親しくしている者が何人かいたし、自分の同位体とも話をしたことがある。
伽羅坊は人見知りというわけではないが、かといって自分から積極的に交流を持とうとはしない。いくら相手が俺の同位体とはいえ、他本丸の刀剣男士とあんな風に親し気に話すのは珍しかった。大変喜ばしいことだ。
俺はそれを大変誇らしい気持ちで見つめていた。けれど、俺の視線の先を確認した一期は、すぐに顔を曇らせた。
「あれ、いいんですか?」
「えっ何がだ?」
本気で意味がわからず、きょとんとしてしまった。何に対する話題だろうか。伽羅坊と自分の同位体に気を取られていたが、何かそんな風に言われることが起こっていたのだろうか。
きょろきょろと辺りを見回していると、一期と同じ本丸の乱藤四郎が「いち兄ー!」と手を振りながら近づいてきた。そして俺たちの視線の先に気づくと、如何にも不味いものを見た、とでもいう顔で俺の腕を引いた。手招きされ、素直に顔を近づける。
「あれ、いいの!?」
「あれ、とは?」
「大倶利伽羅さん! あれ浮気じゃないの!?」
「まさか。ちょっと話してるだけだろう」
「そうかもしれないけど、でも、すごく仲良さそうだよ!?」
「ん? 仲が良いのは良いことじゃないのか?」
俺は本当に何を言われているのかわからなかった。それに気づいたのだろう乱が、不思議そうに首を傾げる。
「鶴丸さん、嫉妬とかしないの?」
「嫉妬?」
言われて初めて、なるほどと理解した。そんな感情、俺の中にはまるで浮かんでこなかったが、確かに一般的にはそういう状況かもしれない。
「こら、やめなさい、乱」
俺と乱の会話を聞いていた一期が小さく嗜める。
「そういうのは他人が口を出すことではありません。第一、鶴丸殿は大倶利伽羅殿とラブラブですから、あれくらいのことはいちいち気にしないのでしょう。私も先程は失礼しました」
「ラブラブって……」
そういうわけではなかったが、否定するのもなんだか違う気がして、俺はただ苦笑いを溢した。
「確かに大倶利伽羅さんが他の刀とほいほい浮気するはずないよね。ごめん、鶴丸さん。余計なこと言って」
乱は納得したようで、素直に謝った。俺はその謝罪を素直に受け取ったが、何となく腑に落ちないままだった。
それから数日後のことだった。デートに行った主が、玄関口でぼんやりと立ち尽くしていた。どうやら今帰ってきたところのようだが、どうにも様子がおかしい。
「どうした? ぼんやりして」
「え、あ、いや、なんでも」
主は要領を得ない言葉をもごもごと吐きながら、じわじわと頬を赤らめた。主がしばしの片想いを成就させ、今の恋人と付き合い始めたのは1ヶ月程前だ。付き合いたてほやほや。まだデートの回数も数えるくらいのはずだ。俺は数えていないが、きっと長谷部辺りに聞けば正確な数字を教えてくれるだろう。
となると、何があったかは大体ピンとくる。揶揄ってやろうと思うと、顔は自然とにやついてしまう。
「ははーん、上手くいってるようで何よりだ。何を言われたんだい?」
「もうっ教えるわけないでしょう!」
主は揶揄われているのに気づくと俺に背を向け、足早に自室へと消えていく。その背中に「大事にしろよー」と声を掛ける。照れているのは明白だった。
その様子はあまりにも世の恋人像そのものだ。
後日、本丸で酒盛りをしている時のことだった。BGMとして流していたバラエティ番組が、気づけば恋愛ドラマに変わっていた。
彼氏に別れを切り出されたヒロインが「別れたくない」と涙をポロポロ溢している。ヒロインだって、頭では別れるしかないとわかっているはずだった。彼氏の夢を他の誰よりも応援していたのはヒロインだからだ。
俺はそれに食い入るように見入ってしまった。
もしも伽羅坊に別れを切り出されても、俺はきっとそれに足掻こうとはしない。もちろん多少の寂しさはある。もしかしたら涙を溢すかもしれないし、別れてしばらくは無気力に過ごすかもしれない。
けれどそれが仕方がないことであれば、俺はすんなりと受け入れるのだ。伽羅坊との別れは既に1度経験があるから、なんとなくわかる。
恋人ではなかったあの時と、俺の気持ちは何ひとつ変わっていない。俺は伽羅坊のことが好きで、大事で、特別だ。小っ恥ずかしくて口にはしないが、愛している。それは胸を張って言える。誰にも否定などさせやしない。
けれど、もしかすると。
俺のこの感情は、一般的には恋愛感情とは言わないのかもしれない。
1度気にし始めると、もう止まらなかった。伽羅坊と過ごしている間も、そればかりが気になってしまう。そうしてそこに注目してみると、伽羅坊の様子は漫画やドラマや、刀だった頃に見聞きした数多の人間たちの恋愛に綺麗に当てはまるのだ。
例えば伽羅坊は、俺が早朝に部屋を訪れると、すぐには部屋に入れてくれない。入れてくれるのは、身支度を整えた後だ。「共に朝を迎えたことだって1度や2度じゃないのに何を今更」と揶揄ったら、渋い顔をしながら「あんたに寝起きのだらしない姿を見せたくない」と言っていた。あまり納得はいっていないが、伽羅坊の嫌がることをしたいわけでもない。すぐに引き下がったが、あれはもしかして、恋人によく見られたいという奴ではないのだろうか。
例えば伽羅坊は、俺の言動に時折動揺を見せる。色黒でわかりづらいが、顔を紅くしている時もある。俺が「君に似合いそうだったから」と装飾品をプレゼントした時だとか、「遠征先で見た夕陽があまりにも綺麗で、せっかくなら君と見たかった」という話をした時だとか。きっかけがよくわからない時もあるが、あれは所謂〝ときめいた〟という奴ではないのだろうか。
例えば伽羅坊は、俺との接吻が好きだ。そりゃあ俺だって嫌いじゃないが、伽羅坊程ではない。周りに人がいる時はしないが、それ以外なら何の脈絡もなく突然口付けられてこの俺が驚かされてしまうことも珍しくない。
こうして挙げ出したらキリがないくらいだった。
伽羅坊に好かれている自覚はあった。もちろん俺だって伽羅坊が好きだ。でも伽羅坊のそれは、光坊や貞坊に向けるものとも、火車坊に向けるものとも違っている。
俺はきっと、伽羅坊に同じ気持ちを返してやれていない。伽羅坊は、こんな俺に不満はないのだろうか?
伽羅坊と2人きりの部屋。髪を梳かれ、真っ直ぐな視線に射抜かれる。何を請われているのか一瞬で理解して、目を閉じる。体温がゆっくりと近づいてきて、唇に温かな熱が触れる。
明日は2人して非番だ。今夜は当然、閨事に発展するだろうと準備してある。だからより深い交わりを求めて唇を開いて待っていたのに、伽羅坊はすっと離れていってしまった。
不思議に思って視線で問いかけると、伽羅坊が珍しく迷うように視線を泳がせた。けれどそれもすぐに消え去って、真摯な瞳が向けられる。
「あんた、最近何かに悩んでいるだろう。俺ではあんたの力にはなれないか」
気づかれていたとは思わなかった。不安にさせてしまっていたようだ。それは俺の本意ではない。しかしこんなことを相談すれば、間違いなく伽羅坊を傷つける。かといって、このまま俺が1人で悩み続けていても、解決するとはとても思えない。こういうのは、結論を先延ばしにしても良いことはないのだ。しばし悩んで、俺は重い口を開いた。
「君は、俺との交際に不満はないのかい?」
「? 特にないが」
「本当かい? 俺からの愛が足りないと思ったことはないのか?」
「十分好かれていると思っているが」
どうやら不満がないらしいのは良いのだが、遠回しすぎたのか、伽羅坊に俺の真意が伝わっている気がしない。けれど、あまりストレートに聞くのも憚られる。不満がないならそれでいいと思うべきなのだろうか。
俺はうーん、と首を傾げる。それを、伽羅坊が不安そうに見つめている。まだ問題の本質に辿り着いていないことは伝わっているのだろう。
「もしかして、俺と別れたいのか?」
「まさか!」
「なら、俺との交際に不満があるのか?」
「俺じゃなくて君に不満がないか心配しているんだが……」
「さっきも言ったように、俺は特に不満はない。けど、あんたはその返事じゃ不服なんだろう。何が気掛かりなんだ?」
手を握られ、じっと見つめられる。腹の奥まで見透かされそうな視線が痛い。結局俺は、諦めて白状することにした。
「俺は確かに君のことが好きだが、これは恋愛感情ではないかもしれない」
言葉にしてみると、とてもじゃないがそこそこ長く付き合っている恋人に言うべき台詞ではない。やっぱりこんなこと、言わない方が良かったかもしれない。俺が1人でどれだけ思い悩もうと、伽羅坊には知らせるべきではなかった。
けれど予想に反して、伽羅坊は呆れたような小さなため息を溢した。顔には笑みが浮かんでいる。
「なるほど、あんたもようやく気づいたのか」
「ようやく?」
「あんたのそれが恋愛感情じゃないだろうことは、俺は最初から承知の上だ」
思ってもみなかった台詞に、俺はあんぐりと口を開けた。何か言おうとするが、言葉が出てこない。
「あんたが俺のことを可愛い弟分くらいにしか思っていないのは知っていた。それでも俺はあんたがほしかったから、あんたの好意につけ込むことにした。案の定、あんたは何の疑いも持たず、俺の好意をあっさりと受け入れた」
そうして俺の額にそっと口付ける。
伽羅坊は悪戯の種明かしをしているようだった。楽し気に、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「あんたは俺が好きだろう? 俺は最初から、あんたの〝特別〟で〝唯一〟になれればそれで良かった。恋愛かそうじゃないかなんて、端っからどうでもいい。当然、不満なんてあるはずがない」
「君、でも、付き合おうって……!」
俺はようやくそれだけを絞り出した。そんなこと聞いていない。俺のここ数週間の悩みは一体何だったのだ。
「あんたに俺以外の恋人ができるのは許し難いからな。手っ取り早く恋人の座をもらうことにした」
しれっと付け加えられて、頭を抱えてしまった。けれど不思議なことに、嫌悪感は一切湧いてこない。それどころか、そこまでして俺を欲してくれたのだという事実に、喜びが込み上げてくる始末だ。
どうやら俺は、このまま伽羅坊と付き合っていてもいいらしい。であればやはり、別れたくなどないのである。
Dozen Rose FES. 2024 右鶴ゆるペーパーラリー
酸化ナトリウム/夜明 奈央
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.