河童の皿箱
2024-11-27 10:16:14
1985文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

微睡む

セアミンが娑楽斎の布団に潜り込むだけ

 北風がひゅうと音を鳴らしては、窓をカタカタ震わせる。隙間風など入らないはずなのに、妙に身すらも震わされ、幼い能楽師は明けたばかりの夜に、どうももの悲しさばかりがあると、布団を手繰り寄せた。だが、冷たい。昨晩は暖かかったから、夜に蹴飛ばしてそのままだったのかもしれない、と。隣で眠る片割れは、布団をしっかり被ってすやすや。もう片方も、綺麗なマロ眉が揃ってぐっすり。寝相の良さをうらやましく思いながらも、冷たい布団をスーパーヒーローの様に背負っては、能楽師は自分たちの部屋を後にした。

 昼暖かく、夜寒く、夜暖かく、朝寒く。どうにも気温は安定しないし、布団の数にも寝間着の厚さにも悩みに悩む今日この頃。夜の寒空を吸い込んだ廊下は、歩くほどに足が悲鳴を上げるほど冷たかった。出てくる前に靴下を履けばよかったと今更ながらの後悔をしながらも、能楽師は仕方がないと割り切って、一直線にとある部屋に向かう。伺いだてもせず襖を開ければ、そこで眠っていたのは仲間の浮世絵師である。化粧もサングラスもしていない顔立ちは、静かに寝息を立てていて、曇る朝日に気づいている様子もない。能楽師が躊躇することもなく、その布団と、大きな腕の中に潜り込んでいけば、浮世絵師はぱちっと、けれど寝ぼけ眼を開いては、腕の中にやってきた異物を確認した。
 「……セアミン?」。寝起きの明瞭ではない口ぶりを尻目に、能楽師は浮世絵師の胸に飛び込んで、背に腕を回す。が、回りきらない。能楽師がうんうん言いながら悪戦苦闘する間、浮世絵師は時計を見た。午前6時少し前。起きてもいい時間だ。だが、寝てもいい時間でもある。どちらかというと、寝ていたい気がするが。さてどうしようかと絵師が目をこすれば、能楽師は「寒いの」と。あぁ、なるほどな。絵師はようやく合点がいって、能楽師の背に腕を回しては、ぎゅうと抱きしめてやった。
 絵師の布団の中には、求めていた通りの、いやそれ以上の温もりで溢れかえっていた。いや、溢れさせてはもったいないと、能楽師はさらに身を寄せる。大きな手が小さな背をとん、とん、とん、と穏やかにあやすたびに、分厚い胸の奥から聞こえてくるどくん、どくんと鼓動の音が、どうにも心地よく、耳をすっとすまし続けた。かじかんでいた指先も、震えが止まらなかった足先も、あちらこちらにピタッとくっつけば、その温度を分けてもらって、ようやく血の巡りを感じ取った。
 ふと、能楽師は絵師の胸を、次に腹を触ってみた。何度も思うが、分厚い。凹凸がはっきりしている。けれど力という力は抜けきっていて、押してみれば見た目よりは柔らかい。「……ムキムキ」、と能楽師が呟くと、「そうだぞー……」と。次に、能楽師は「鍛えれば、こうなれる?」と。絵師はしばらく黙り込んだ後、「うーん……」と。絵師はそうしている間、頭の中に自分と同じような体格の能楽師の姿を想像していた。胸も、肩も、あちこちの筋肉が分厚い能楽師……いやぁ……流石に似合わないだろう……着物で隠れても流石に……。普段はしない想像ののちに、ふいに絵師は能楽師の後ろ髪に指を通しては、「お前は……お前のまんまがいい……」。そんな言葉に、能楽師は「ふぅん」と。

 そうして、触れて、温まりあって、またしばらく。時計の針が四半刻ほど進むころ、曇り空の切れ目から、わずかに日が差し込んでくる。それとともに、2人の意識もまた、日の出を迎えて来ていた。「どうする、そろそろ起きるか?」、「うーん、もうちょっと……」とうだうだしている間にも部屋が明るくなってきて、絵師の部屋の襖がスゥっと開いた。
 「あっ、居た!」。ばっちり目覚めたしゃっきり顔の能楽師が探し物を見つけては、「ずるっこ!」と、勇まし顔の能楽師は絵師の布団まで駆け込んでくる。「抜け駆けはナシだよ!」としゃっきり顔も駆け込んできては、布団の中はあっという間にぎゅうぎゅう詰めに。いくら絵師の布団が大きいとはいえ、4人も入れる大きさじゃない。
 「ひとりで抜け駆けはずるいよ!」、「いいじゃん、早起きしたんだもん」、「ずるずる、ずるっこ!」と。押し合いへし合い、布団がバサバサなればなるほど、朝のきんと冴えわたる空気がため込んでいた温もりをさらっていってしまう。「やだ、寒い」とぼんやり顔が絵師にしがみついては、さらなる2人もまた、絵師にがっしりとしがみついた。

 なんだなんだと、また別の部屋からひょっこりと顔を覗かせたのは雅楽師ワゴン。ほっそい目をこすりながら見てみれば、そこにいたのは上も左右も能楽師たちに固められて、全く身動きの取れない絵師の姿だった。
 「……朝飯、作っておくからな」。と、絵師が布団からわずかに出した助けを求める手を知らんふりして、「おーい、スパイダー。朝飯じゃあ」と、踵を返していった。