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溶けかけ。
2024-11-26 22:44:34
2654文字
Public
ほぼ日刊
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水神と最高審判官の形をした飲食物は販売してはいけない
ヌヴィレットとフリーナの原神焼きがない理由がこれだったら面白いなぁ、と思いました。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 安いよー! 水神焼きお一つ如何ですかー!」
色とりどりのテントが並ぶ、賑やかなお祭り。花やハンドクラフトのアクセサリー、それに串焼きなど様々な物が売られるなかで、一際目を引く派手な見た目のテント。そこには大きく水神焼きと書かれた三角看板が立てられ、屋台の前には行列が出来ている。中では法被を着た男が一人、てんてこ舞いしていた。
「いらっしゃい! 水神焼き、そちらのお嬢さんはおいくつ? ──五つね! そっちのお兄さんは──三つ! 焼き上がりまで暫しお待ちを!」
「ふむ。その水神焼きを一つ」
「はい! 水神焼き一つね! 少々お待ち
…………
!」
人形焼
……
ならぬ、水神焼きを焼いていた男の手が止まる。彼の目の前に立っていたのは、この国の最高審判官。並んでいた人々はざわめくと蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ああっ
……
! ちょっとお客さん!」
先ほどまでの賑わいが嘘のように閑古鳥が鳴く。ヌヴィレットが男を無感情に見つめた。
「
……
焦げているようだが大丈夫なのかね?」
「やべっ
……
!」
水神焼きをひっくり返す。最高審判官が言う通り少し色が付きすぎてしまったようだ。これでは商品にならない──男は落胆しながら、型に油を塗ると生地を流し込んだ。
「すまないが
……
待っている時間はないみたいだ。そちらの物を貰ってもいいだろうか?」
ヌヴィレットは懐中時計で時間を確認すると、通常のものより少しだけ色の濃くなってしまった水神焼きの山を指差した。
「ええ〜
……
これは失敗作なんでちょっと
……
いや、でもな
……
う〜ん
……
」
男はしばし悩んだ後、パンッと膝を打った。
「しゃあねぇ
……
じゃあ、十個全部あんたにやるよ。ああ、お代はいらない。失敗作だからな」
そういうと、可愛らしくデフォルメされたフリーナの顔が描かれた袋に水神焼きを入れていく男。彼は袋の口を折り目に沿って閉じるとくるくると二回折って、テープで止めた。
「お待ち!」
ヌヴィレットの手の上に紙袋が乗せられる。焼いたばかりのフリーナは熱を持っていて、紙袋越しでも分かるほど温かかった。
「すまない。遅くなった」
執務室に戻れば、既にフリーナがお茶の用意をして待っていた。
「この僕を持たせるなんていい度胸だね、ヌヴィレット。まあいいさ、座りなよ」
フリーナに促されて席に着く。ヌヴィレットの定位置はフリーナの目の前。丁度、向かい合わせになる席だ。
「お茶の味が悪くても文句は言わないでくれよ。キミが遅かったせいなんだからな」
温かなお茶がヌヴィレットの目の前に差し出される。一口含めば、なるほど、彼女の言っていた意味がよく理解できた。
「
……
渋いな。それにぬるい」
「文句は言うな、って言っただろう? それで? キミはなんで遅くなったのかな? 返答次第では不問にしてやってもいいけど?」
フリーナの瞳がにわかに輝く。常日頃からヌヴィレットに民との交流を勧める彼女には悪いがそっち方面の話題は提供出来そうにない。
「こんな物が売られていた。この国では水神を象ったものを作ってはいけないという法律はないが、流石に神を食べるのは不敬なのではないかと思ってね。君にも見て欲しい」
ヌヴィレットは余っていた取り皿に水神焼きを置いていく。フリーナはその様子をつまらなさそうに眺めていた。
「ふぅん
……
別に良いんじゃないか?」
フリーナの意外な反応にヌヴィレットは目を丸くした。きっと、いつものように不敬だ、なんだと喚き散らすのではないかと思っていたのからだ。
「所詮、食べればなくなるものだろう? それに、案外可愛いじゃないか」
フリーナは自身の形をした人形焼きを口に運ぶ。表面はよく焼かれてカリカリとして香ばしく、一つ殻を破ればふわふわとしていてほんのり甘い。中に入っている少しざらついた食感は稲妻のあんこと呼ばれるものだろう。こちらも生地に合わせて甘さが控えられているが生地に負けていない。最初は舌触りが悪く感じていた豆の食感も食べ進めるうちに悪くないと感じてくる。
「うん。なかなか美味しいね。見た目にも手が込んでるし
……
今度、僕の公演でも売ってもらおうかな?」
腕を組んで思案し始めたフリーナにヌヴィレットは不愉快な気持ちになった。一個、また一個、と手を伸ばすフリーナから水神焼きを奪い取ると、口に放り込む。
彼女の舌に認められた物だ。美味しくないわけがない。だが、無性に腹が立つ。せめて、味が悪ければ悪しざまに罵ってやれたかもしれないものを。
ヌヴィレットは嚥下すると頷いた。
「ふむ。やはり、水神の象った飲食物の販売は禁止にした方が良さそうだ」
彼女の姿をした物が不特定多数の口に入ること──考えただけでぞっとしない。ヌヴィレットは立ち上がって抗議の声を上げるフリーナの目の前で水神焼きに手を伸ばすと、見せつけるようにキスをした。
「な
……
! ななな
……
! な、何やってるんだ!?」
フリーナの顔が瞬時に赤く染まる。彼は険しい顔で彼女を見上げた。
「
……
この菓子が広まることによって、起こる可能性を提案しただけだが?」
ヌヴィレットはもう一度、水神焼きのフリーナにキスをする。そのたびに彼女の顔は更に赤みを帯びる。やがて、耐えきれなくなったフリーナは腕をぶんぶんと振り回すと「もう好きにしなよ!」と大声で言った。
「礼を言おう、フリーナ殿。では早速だが、草案を練ろう」
ヌヴィレットが自身の机からペンと紙を取り出す。
「はぁ
……
お茶会の場で草案を練るなんてキミくらいのものだよ」
フリーナの言葉に「お褒めに預かり光栄だ」と返すヌヴィレット。その目は、既に書類に向けられ、フリーナには一瞥もくれる気配がない。フリーナは不貞腐れたよう唇を尖らせるとソファの座面にどっかりと腰を下ろした。
「だったら、最高審判官様のご尊顔を飲食物で作るのも禁止にしないとね」
先ほどの仕返しに、フリーナは冗談めかして言い放つ。彼は「では、それも入れよう」と言うと、さらさらと書き足していく。
もう、どうとでもなれ──フリーナは半ばやけくそ気味に思いながら、紅茶を啜るのだった。その後、まさか本当に議会で通るとはこの時のフリーナは想像すらしていなかったのだった。
かくして、フォンテーヌで最も変わった法律──水神と最高審判官の形をした飲食物を販売してはならない──が施行されるのだった。
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