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いさき
2024-11-26 22:29:02
22369文字
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モメキザ
東ブレ大捏造
「よくわかる東京ブレイド」参考にしてます
「演劇推しの子」見てません
大大大捏造。中後半くらいに原作からのセリフ引用があります。
匁はアニメ版の頭に一本角有りビジュ
一人称で進めてるくせにブレてるところがあります。
途中から解釈がブレてきてえらいこっちゃになってます
技名って刀名でいいのかなーわからん
ーーーーーーーー
世界の命運を決める二十一の刀が極東の地に散らばった。
刀を巡り、世界の王になるための戦いが幕を開けた。
“世界の王になれる”
貧困と差別、強者と弱者が明確に分かれる時代、二十一ある“盟刀”を手に入れた者はそれだけでその立場を一変させた。
弱者は強者へ、強者は更に力を手にし、それぞれが己が信念のために“盟刀”を振るった。
俺も、その一人であった。
あちこちから生活の音が聞こえてくるこの街・新宿は、そう広くない場所に多くの生活が密集している地下集落、端的に言えばスラムだ。
ほとんどが他者に生活を脅かされ、逃げるように地下に集まった。少しでも腕の立つヤツは皆を守ると声を上げ、立ち上がった。
盟刀・極楽天女の剣主であった俺は、その中でも一番強かった。
俺は強いと思っていた。
□□□
「あんなヤツいたっけ?」
見回りの最中、マントを被っている見覚えのない人影を見つけた。
皆がお互いに助け合いながら過ごしているこの場所で、新顔がいるのはそう珍しいことではなかったが、俺はここを守る者として、見ない顔を見つける度に声を掛けるようにしていた。
「ああ、アイツ。このあいだ、食べ物がないっていうんで分けてやったら礼にって荷物運びとか手伝ってくれてるヤツなんですけど、ちょっとなんていうか、不器用?というか、頼りなくて」
「ふーん」
今少し見ているだけでもまさにそうで、手に取った薪を荷車に移すだけの作業になんだか手こずっているようだった。俺はその人影に近付き、声を掛けた。
「よう、俺はキザミ。ここの頭みたいなもんだ。お前、名前はなんていうんだ?」
「
……
匁といいます」
「へえ、匁ね」
彼の返事を待つ間に薪をひょいひょいと荷車に移していく。彼は途中から手を出すのをやめた。
「すみません、あの、手伝っていただきありがとうございます」
弱々しい声がフードの中から聞こえてきた。屈み込むようにして覗き込むと、薄い緑の髪の中に八の字に傾いた眉と、伏した紫の瞳が怯えたように震えていた。その気持ちを吹き飛ばすつもりで、俺はにっこりと笑顔を作った。
「いいヤツばっかりだからさ、ここ。好きなだけいていい、気になることがあったら俺に気軽に話してくれ!」
「ありがとうございます、
……
キザミさん」
揺れたマントの下がキラリと光った。隠れてはいるが、腰に刀を差しているらしい。
匁、ね。
□
その日の晩、匁を警護番に誘った。どこで寝泊まりしているのかと尋ねると、どこかの建物の端の方を借りていると言うので、それなら、と。
街の端、といっても薄暗い地下に違いはなく、交代で火を焚べながら見張りをする。本来であれば一人ずつ行うのだが、今夜は匁と一緒に火を囲う。
「隣、いい?」
「
……
どうぞ」
今日今までのやりとりだけでも、匁は積極的に自分から話すタイプではなさそうだとわかった。しかし、話をする方が相手のことをよく知ることができる。この警護番を機会に話が出来るようになればと思った。
「匁は今まで、一人で旅してたのか?」
「ええ、そんなところです」
「ふーん、寂しくはないか?」
「いいえ、慣れているので」
「そうか」
他愛のない受け答え。初めは俺が質問して、匁が答えるだけの会話だったが、匁も少しずつスムーズに言葉を並べるようになってきた。緊張もほぐれてきたようなので、気になっていた本題へと入る。
「聞いていいことかわからないから、聞いてみるんだけどさ」
「なんです?」
「腰のソレ、盟刀だろ? どうやって手に入れたんだ?」
「これは、親の
……
」
「
……
形見か」
「
……
ええ」
それまではフードの隙間から時折表情が覗いていたのに、匁は地面を見つめるように俯いた。辛い過去を思い出させてしまったのかもしれない。俺はわざと声のトーンを少し上げた。
「ごめん! 悪いことを聞いた。形見ほど大事なモノなら持ってるしかないもんな! それにしても一人旅なんて襲ってくださいって言ってるようなもんじゃないのか?」
あんまり話題変えれてないな、と思いつつ、勢いで乗りきる。
「そういう時はまあ、
……
適当に逃げたりとか」
「ははっ、ここで皆となんとかやってる俺には、一人でどうこう、とかは考えられないから、匁は凄いな」
「仲間が多くいる貴方のような人には、例えば独りが寂しいなんてことは縁遠いでしょう?」
火を見つめながら匁が言った。そうだと肯定しようとして、なぜだか言葉が出なかった。
「
……
こんなでも俺が頭だからか、何気ない態度や言葉に距離を感じることも少なくない」
「今日ここに来るまでのやりとりしか見ていませんが、決してそうは見えませんよ」
顔を上げた匁が、俺の顔を覗き込む。昼間はあんなに怯えていた瞳が、炎を反射させながらまっすぐ俺を見ていた。
「いや、悪い、変なことを言った!」
慌てる俺に、匁ははくすりと微笑んだ。
「構いません。
……
良ければ聞かせてください、貴方の話」
□□□
煌びやかな電飾に包まれた建物が立ち並ぶ街。その中でも一等高い城の中、静かな部屋に堂々と腰を下ろした少女が呟く。
「そういえば、匁は。 最近姿を見ていませんね」
少女の隣で、三本角の青年が苛立ちを顔に表した。
「また、あの癖ですよ。アイツは本当に趣味が悪い」
「どこへ出掛けているのでしょう。危険なことはしていないといいのだけれど」
少女の声は靄掛かった街へ溶けていった。
□□□
俺たちの行動に数日も付き合わせれば、初めはおどおどと様子を伺いながら話していた匁も、周りの奴らとよく話すようになっていた。基本的に困り顔か無表情の匁が時折浮かべる微笑みを自分に向けられるかどうかが、最近の仲間内での密かな勝負事になっている。
匁の雰囲気が柔らかくなる時があるのは、ここに馴染んでくれているようで嬉しい。反面、誰にでもそんな顔をするのか、と嫉妬のような感情も抱く。
初めにアイツとあんな風に話せるようになったのは俺なのに。
仲間に囲まれて話している匁を、離れた場所から、自分でも自覚のあるほどムッとした顔で見つめていたら、匁と目が合って少し困ったような顔をされた。よっぽどおかしな顔をしていたのかもしれない。
「お前らなんの話してんだよー」
「げっ、キザミ本人が来たら悪口言えねーだろ」
「はあ? おい、詳しく聞かせろって」
俺たちが戯れ合う横で、匁がくすくすと小さく笑う。
平和だなあ、なんて思っていた。
□
あの警護番の日から、飯に付き合えだとか理由をつけて、匁を家に呼んでいた。初めは遠慮していた様子だったが、毎日結局寝るまで俺に付き合わされるので、匁はやれやれなんて言いながら隣の布団で寝たりしている。
たくさん話した。ここのヤツらのこと。俺たちのほとんどが渋谷の連中に追いやられて新宿に集まってきたこと。賑やかにはしているが、皆が胸の内にさまざまな思いを抱えて生きていること。自分の生い立ちのこと。
「匁はここのヤツじゃないからかな、なんだか他のヤツには話せないこともつい口が滑る」
「賑やかな話が聞けて楽しいですよ」
家にいる時、匁はよく笑った。誰が一番匁に微笑まれているかなんて、実は勝負にもならないことを俺だけが知っている。
匁が小さく肩を揺らしながら、くすくすと笑っていた時だった。屋内でも外さないフードが少し後ろにズレて、顔がよく見えた。透けるような色の長めの髪が顔周りで揺れて、大きな瞳がまっすぐに見えた。
綺麗な顔をしている、とは思っていたが、いつも目深にフードを被っていたので、こんなによく顔を見たのは初めてだった。見惚れるようにじっと見つめる俺に、匁は小首を傾げた。
「キザミさん?」
いつもフードを被っているのには訳があるのだろう。顔が見れた嬉しさをぐっと抑えた。
「
……
フード、ズレてる」
「えっ、あ、すみません、恥ずかしいもので」
俺の指摘を受けて、匁がいつも以上にフードで顔を覆った。いつもやんわりと持ち上がったフードが引っ張られて、頭の上の角の形がわかる。
「匁」
呼びかけて、目線が交わるのを待って、恐る恐る手を伸ばした。フードの内側に手を滑り込ませて、匁の頬に触れる。
肌に触れたのは、初めてだった。
「見たい、匁」
戸惑い、迷いの目。室内を照らす蝋燭の炎が、瞳を潤ませているように見えた。
返事はない。そのままゆっくり手を上へと滑らせて、ふわりとフードを持ち上げる。左手も添えて丁寧に脱がせたフードは、ぱさりと匁の肩に落ちた。
匁の頭には、ちょうど天辺の辺りに一本の大きな角が生えていた。
目が、合う。
「触っていい
……
?」
匁は黙って目を瞑った。それが返事だと受け取って、俺はそっと、匁の角に触れた。硬くて、凹凸が時間をかけて丸くなったような、立派な鬼の角だった。聞いてはいないが、匁の方が俺より長く生きているのかもしれないと、そう思った。
知らぬ間に瞼を上げていた匁が、じっとこちらを見つめているのに気付いて、触りすぎたか、なんて内心慌てていると、「キザミさん」と名を呼ばれる。
「キザミさんにも、触れていいですか?」
匁がちらりと俺の角を見ながら言った。俺は「いいよ」と短く返事をした。
ゆっくり伸ばされた指先が、すうっと俺の角を撫でた。
「ふっ、くすぐったいな」
「ええ」
匁の指先が俺の角を一本ずつ滑っていく。普段触れられない場所を触れられるのは、なんとも言えないこばゆさがあった。匁は俺の角を上下に撫でたり、摘むように摩ったあと、その下の眼帯の紐に触れた。
「この眼帯の下を、見たいと言ったら?」
まっすぐ俺の目を見る匁の言葉を俺は拒否できない。
「
……
引くなよ」
「約束します」
頭の後ろに腕を回して、眼帯の紐を緩める。少しの躊躇いもあったためにゆっくりと眼帯を外して、両の目で再び匁を見た。
匁は黙って俺を見つめた後、少しだけ微笑んで、俺の左目に瞼の上からそっと口付けた。
柔らかな肌が触れる感触。
涙が勝手に湧いてきて、頬を伝って溢れる。
「キザミさん」
匁が、困ったように微笑んでいた。
「
……
もっと貴方に、触れてもいいですか?」
□
俺が先に眠りについた。
夢中になって、疲れ果てて、おやすみだけをなんとか伝えて、重たくなった瞼を閉じた。
匁の手が俺の髪を撫でて、細い指先に髪を掛けて遊んでいたのを、溶けていく意識の中で感じていた。
匁が静かに戸を閉めた。外の空気はひんやりとしている。戸を背に数歩踏み出したところで、匁は歩みを止めた。
匁のすぐ後ろで地面を擦る音がするよりも早く、匁は腰の盟刀・流水死命の鐺を持ち上げ、相手を牽制した。
「
……
ッ、」
「どうかしましたか、トメさん」
「、匁
……
」
匁の背後で小太刀を持ったトメが、鐺に遮られて匁に距離を詰められないでいた。トメの小太刀は鞘に納まったままで、殺意はないようだ。
「危ないですよ、女性が一人でこんな時間に」
トメに鐺を突きつけたまま、匁が涼しげな口調で問う。トメは、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「キザミは、お前のことを随分気に入っているようだが、私や一部の者はお前のことを信用していない!」
「知っています」
「出ていけとまでは言わない。でもこれ以上キザミに近づかないでもらえる? 約束してくれるなら悪いようにはしない」
トメの言葉に、匁は小さく眉を寄せた。
「あの人から寄ってくるんですよ」
「そうやって言い訳ばかり!」
トメが小太刀を振りかぶった。匁はマントを揺らしながら体勢を低くとり、流水死命に手を添えて、トメに向き合った。
ガラリ、と扉を開ける音がした。
家の前で人の話し声がして、目が覚めてしまったのだ。
「何してんだよお前ら」
「っ、キザミ
……
」
トメは小太刀を背に隠す。匁も立ち上がり、いつものように体をマントで覆った。
「少し、話していただけですよ」
匁が落ち着いた声音で告げる。俺が「そうなのか?」と聞くと、トメは小さく頷いた。トメはそのまま黙って背を向けて歩き出す。
「待っ、トメ、送ってく」
「いらない!」
小さく暗闇に消えていく背中を見送って、相変わらず凛と立つ匁に声を掛ける。
「
……
匁は何してたんだ?」
疑うような目線で問うと、匁は伏せるように視線を逸らした。
「少し体が熱を持ったままだったので、涼んで落ち着こうと思って」
「えっとそれは、
……
足りなかった、ってこと?」
「無理はさせたくありませんし」
「あー、
……
ごめん?」
「いいえ」
眠りに落ちる前のことを思い出して、顔が熱くなる。
足りない、のか、あれで。
「それより、キザミさんの体が冷えます。一応拭いはしましたが、あれだけ汗をかいたのに、」
「あー! わかったわかった!」
手招きすると、匁は素直に家に入ってきた。その夜はそのまま、二人で大人しく眠りについた。
□□□
薄々感じてはいたことだった。
俺が匁を気に入りすぎていると。そのことをあまりよく思っていない連中がいることを。
俺自身、どうして匁のことをこんなに気に入っているのか、ハッキリとしたことはわからないけれど、でも。
俺はこの地下スラムで一番強い。ここで唯一の盟刀の剣主で、皆が俺を担ぎ上げて、いつしか誰かが俺を“頭”と呼んだ。
誰よりも強くなると志して村を出た俺にとって、目標の一つを叶えたと言っても過言ではなかった。この地下集落・新宿で今一番強いのは俺だという自負があった。
だがそれは、俺は一番であり続けないといけないということだった。
負けてはいけない、弱さを見せてはいけない。隣に肩を並べて立ってくれる者がいない。そんな孤独感が、少し、ほんの少しだけ、胸の奥にあった。
匁は、ここの者ではない。旅をしていて、ふらりと寄りついた。同じ盟刀を持つ、鬼だ。
見せてもらった一本角、親の形見だという盟刀、ふとした時に見せる立ち居振る舞い。彼はおそらく、きちんとした一族の鬼だ。いつもの控えめな態度からは想像し難いが、盟刀を狙ってくる敵を一人でどうにかできるほど、匁は強いのだろう。
強い鬼で、ここの者ではなく、同じ盟刀の剣主でありながら互いに争うこともない。匁はおかしなヤツだった。
仲間に見せられない弱さを、匁になら曝け出せた。甘えたことを言っても、軽口で受け流してくれる。そんな相手だった。
皆には悪いけど、隣に並んでくれる相手に出会えて、俺は嬉しかった。
でもこれが、俺の弱さでもあった。
□□□
ここにいる以上、匁には皆とできるだけ仲良くしてほしい。俺が皆にそう頼むことは簡単でも、それはまた俺が匁を贔屓していることになる。匁には自分で皆との関係を作ってもらいたかった。
匁に頼む昼の仕事は他の誰かと共同で行うものを選んだ。同じ時間を共有し、同じ仕事をこなすことで、相手のことを知り、匁のことを知ってもらえれば。そう思って。
夜は家で皆の話を匁に聞かせた。親近感を持ってもらいたかった。ここにいるヤツは皆いいヤツだと、伝えたかった。
「トメはさ、なんか渋谷に知ってるヤツがいるらしくてさ、聞いても俺には何も話してはくれないんだけど。他にも」
「キザミ」
「ん? 、ンむっ」
振り向くと、人差し指の背が唇に当たった。それを唇ではむりと軽く咥えてから押し出すと、匁はにこりと笑った。
「なんだよ、人が機嫌良く話してるのに」
「おしゃべりもいいんですけど、貴方と二人きりでしかできないことがしたいです」
「なっ、に、したいんだよ?」
匁は、ふっと口角を上げて、俺が押し返した匁の指に唇を押し当てた。上目遣いに見上げられ、熱い目線が刺さる。
「わからないほど、貴方を子ども扱いしてるつもりはないんですけど」
「
……………
」
わからないわけじゃないんですけど。
俺がジトリと見返すと、匁は俺の頬に手を添えて、額に軽く唇を当ててくる。
「キザミさん、嫌なら言って
……
?」
まっすぐ見つめてくる瞳に、俺は心の内まで見透かされているようで、堪えられなくて溜め息混じりに目を瞑った。
「
……
匁だから、許す」
「ありがとうございます」
唇への口付けを重ねながら、その勢いに押されるように背を床に落とす。俺の体温よりもひんやりした指先が肌をなぞって、慣れたように服の隙間に入り込んでくる。
匁とこうやって体を重ねるのは、もう何度目になるだろう。
□
蝋燭の柔い灯りが部屋を照らす。気怠さの残る体を布団の中に潜り込ませて、自分の腕を枕にしながら、隣に座る匁を見上げる。言い訳のように羽織を一枚だけ肩に掛け、髪を下ろした匁は、こんな時よく俺の髪の毛先に指を掛けて遊んでいる。いつからか、二人で過ごす夜は、匁はフードを被らなくなった。長い睫毛が上下に揺れる様をじっと見て、なんだか胸の奥がたまらなくなる。
匁が俺の毛先を弄っていた指の背で、角をすぅと撫で上げる。ぞわっとした感覚が体を伝った。
「ッ、匁ェ
……
」
「緊張感のない顔してるから、つい」
「そりゃあ、だって
……
」
「思い出してた? ヨかったですよ」
「おまっ、ばか」
「ふふ」
炎につられて揺れる影を目で追って、匁の枕元に置かれた刀が目に入った。
「そういえば、匁がその刀抜いているところ、見たことないな」
特に深い意味があるわけではなかった。そういえば、思いついただけだった。匁はいつも盟刀を腰に据えているものの、それを抜いたところは見たことがないな、と。
匁は遊んでいた指先を引いて、目を伏せるように俯いた。
「
……
僕はこれが好きじゃないんですよ」
「そんな大事そうにしているのに」
「ええ、まあ」
言葉が途切れる。話したくないことのようだ。
「強いか? 今度手合わせとか」
「しませんよ。好きじゃないと言ったでしょう?」
「ちぇっ」
匁の剣の腕には興味があった。太刀筋で生まれや育ちがわかる。性格も、どんな風に生きてきたのかも、その動きに現れるから。
もっと匁のことを知りたいと、気になっていたのに振られてしまった。
「触ってもいい?」
「どうぞ」
匁はあっさりと刀を俺に差し出した。仮にも盟刀。主人を持つ刀ではあるものの、こんなに迷いなく他人に触れさせるなんて。
「
……
簡単に触らせるんだな、自分の盟刀を」
「簡単に扱えないからですよ。気難しいので」
「
……
ふーん」
多少カチンとはきたもののあまり気にしないことにして、手にある盟刀を見つめた。火にかざすと、光を室内に反射させた。
「俺の極楽天女とは全然違うな、透き通るような美しさがある」
シンプルな装飾や硝子のような見た目で、品があり真っ直ぐなのに、扱いにくく気難しいという、その感じが、とても。
「匁によく似合う」
「僕に、ですか。それは、
……
ありがとうございます」
「匁は綺麗だからな」
ニッと笑うと、匁は困ったように眉を下げた。
「キザミさんは、
……
もう少し身なりに気を使った方がいいと思いますよ」
「あ、馬鹿にしてるな?」
匁はよく笑顔を見せてくれるようになった。俺の話にも相槌を打ちながら、俺に気持ちよく話をさせてくれる。
本来ならば争い合うはずの盟刀の剣主同士なのに、匁は俺の極楽天女には興味がなさそうだった。そう思っていた。
匁は仲間ではない。でも、匁の隣はどこよりも気が楽だった。
触れる指先がひんやりして、重ねる肌は熱く、相性も、悪くない。
心地良い時間だった。
そう、思っていた。
□□□
旅人が来た。
赤い長髪を高く結った人間の男と、鬼の女。二人は「キザミに話がある」と伝えてきた。
俺はここを守らなければならないと、トメとアジロとともに戦ったが、結論を言えば、負けた。
「クソ、アンタら強ぇな
……
」
悔しい、と、凄え、が合わさった感情を素直に吐き出すと、男・ブレイドは上を見据えて大きく笑った。
「こんなところで躓いてたら、王になんかなれないだろ?」
剣を交えた時から感じていた。この男は、俺よりも。
ぞくり、と込み上げた感情につい笑ってしまう。
「なあ、俺も仲間にしてくれよ! お前が王になった時、俺のポジションは将軍な!」
ブレイドはいいヤツだった。
素直で、快活で、説得力のある男だった。敗れた俺が言える立場ではないが、新宿を守ってくれる力を持つ男だった。ブレイドもそれを当たり前だと引き受けてくれた。
鬼の女・ツルギも面白いヤツで、俺はすぐに二人を気に入った。
「いい街だな」
「だろ?」
「なあ、この街の者で、お前みたいに盟刀を持つヤツは他にいないのか?」
新宿の街を歩きながら、ブレイドが言った。
「
……
この街で戦えるヤツは限られてる。街の者で盟刀を持っているのは俺だけだ」
「そうか」
匁のことが一瞬頭をよぎったが、アイツはしばらくここにいるだけの旅人で、この街の者じゃない。アイツはこの街のために戦ったことはない。短刀を使っているところは見たことがあったが、腰の盟刀は抜いているところさえ見たことはない。
新宿に宿なんて立派なものはなかったから、二人を俺の家に呼んだ。匁は警護番の小屋を使うと言って出て行った。
二人と、賑やかに数日を過ごした。彼らは新宿を端から端まで見て回り、付き合わされる身としてはヘトヘトになったが、ブレイドが事あるごとに「いい街だ」と褒めてくれるのが嬉しかった。
ブレイドとツルギとも、夜通し語り合ったりした。良いことも悪いことも。街の皆が渋谷に抱えている思いも。ブレイドなら掬い上げてくれると思って。
あれ以降、家に寄り付かなくなった匁のことは、話さなかった。
街の中で一度だけ、匁を見かけて声を掛けたことがある。挨拶をしただけだったが、フードを目深に被った匁はじっと離れた場所のブレイドとツルギを見てから、「作業が残っているから」と小さく会釈して戻って行った。
ブレイドたちもまた、マントの揺れる匁の後ろ姿を見つめていた。
「ツルギ、あの刀
……
」
「うん、あれも多分そう」
「ここには他に盟刀を持つ者はいないとキザミが言っていたのに」
「誰だ、アイツ」
□□□
「盟刀・流水死命の持ち主は、渋谷の鬼だ」
ブレイドたちから告げられた時は、本当に目の前が真っ白になった。
「街で見かけた時に気になってツルギに調べてもらった。あの鬼、匁と言ったか、アイツは渋谷の
———
」
「嘘だ
……
」
嘘だ。だってアイツは。
一人で旅をしている、ただの弱気な、普通の鬼で。
————
そんなヤツが盟刀を持って一人で生きていられるか?
匁がどこから来たかも聞いてはいない。もしかしてアイツも、渋谷から追いやられて来たんじゃ。
わからない、わからないわからない。全部。
アイツは何も自分から話してはくれなかった。
「
……
俺が、匁と話してくるから、二人は待っててくれないか」
伏せた顔を上げられなかった。
笑った顔も、俺を呼ぶ声も、優しい指先も、全部思い出せるのに。
なのに、納得してしまう。
角も、刀も、立ち居振る舞いも。
そうだと言われれば、否定できない。
全部全部全部ぜんぶ。
□□□
「お前、裏切ったのか!」
自分がどんな顔をしていたのかはわからない。きっと溢れ出そうな怒りと戸惑いをなんとかギリギリ抑え込もうとした、そんな顔をしていたと思う。
匁はまるで溜め息でもつきそうなほど冷めた表情のまま俺を見つめて、「いいえ」と首を横に振った。
「僕は初めから、鞘姫率いる渋谷の鬼」
感情を表情に出さないように、顔の筋肉にぐっと力を込めた。あっさりと、認めるんだな。
匁が腰の盟刀に手を掛ける。俺も自身の盟刀を抜いて肩に置いた。
「貴方が、キザミさんが、勝手に僕に話してきたんじゃないですか。新宿のこと、ここに住む人たちのことを。聞いてしまったら僕は
……
」
目を伏せて匁が呟く。
「ねえ、どうしても戦わなきゃ駄目なんですか? 僕は、戦いたくない
……
」
匁の手が震えてカチャカチャと音を立てている。抜かれ始めた流水死命の刃がキラリと光る。
「逃げてください。そしたら、戦わずに済む。お願いです。早く逃げて、いなくなって
………
っ」
匁の目線が揺れる。様子がおかしい。俺が極楽天女を構えると、匁は眉を寄せてこちらを睨みつけた。
「ッ
……
消えろよ!」
マントが靡いて、人影が揺れる。低く迫ってくる影に、刃を向けた。
いつもの少し手際の悪そうな動きからは想像も出来ないほど、匁は素早く距離を詰めてきた。構えた刀から伝わる衝撃と鉄の擦れる高音が響く。
抜かれた流水死命の刀身は光が透けるように綺麗で、交えた刀越しに見る匁は殺意に満ちた鬼の顔をしていた。
「お前を殺して、極楽天女は我らが渋谷クラスタが戴く!」
匁は、渋谷の鬼。
盟刀・極楽天女を奪うために新宿にやって来た。そのために、剣主である俺に近付いて。
本当に俺を殺す気なんだ。
俊敏な動きで襲いくる先の読めない剣撃を受け捌くだけで余裕なんてまったくない。なのにこんな時に、胸の奥がやたら痛んだ。
こんな形で、匁が刀を振るう姿を見たかったわけじゃないのに。
匁は強いんだろうと思ってはいても、いつもの作業の様子や話している時の穏やかな雰囲気から、それでもやっぱり比べたら俺の方が強いだろうと心の中で思っていた。
匁は自身の盟刀であるはずの流水死命のことを好きではないと言っていた。旅の途中で誰かに襲われたら逃げるとも言っていたし。鈍臭そうではあるが、逃げ足なら速そうだし。刀は剣主として仕方なく持っているだけで、振るうことはないのかも。いろいろなことを適当に考えていた。すべてハズレだ。
匁は、強い。
攻撃をなんとか刀で受けた、と思った瞬間、極楽天女が後方に弾き飛ばされた。その行方を横目で追った一瞬に、匁は刀を構えて距離を詰めてきた。まっすぐ喉元を狙った突きを紙一重で躱して後方へ下がる。刀が手元になければ、立ち向かうことすらできない。
攻撃を避けながら極楽天女へと近付く。受け流しながら移動して、足元にカチャリと当たったソレを、今度は匁から視線を逸さずに上空へと蹴り上げた。匁がそれを確認する目線の動きに合わせて、逆方向に飛び込み、くるくると回る刀の落下点へと移動した。
まるで俺の元へ戻ってくるかのように落ちてきた極楽天女を受け止めるべく右手を伸ばす。極楽天女は俺の腕の回りを二回転して、するりと手の内へと収まった。馴染んだ柄を指でなぞって、刀が帰ってきたことを喜ぶ。
やっぱこのまま負けらんねえよな!
返事するかのように、極楽天女が熱くなる。刀身が炎を纏う姿に思わず口角が上がった。
刀を大きく振りかぶる。避ける匁を追うようにもう一撃。相手は手練れだ。当たるだなんて思っていない。今を凌げればそれでいい。
俺の感情に呼応した極楽天女が纏う炎に気力を持っていかれて、体の方は正直感覚がほとんどない。高揚した気持ちだけで刀を振るった。
振り翳される攻撃を避けるだけで精一杯、躱し損ねた刃が皮一枚を何度も切り裂く。
もうどれくらいやりあったか。体中に躱しきれなかった切り傷がいくつもできた。足も支えが効かない。上手く力が入らない腕で、刀を握った。構えもあってないようなものだ。
信用しすぎだと誰かが言った。大丈夫だと笑ってみせた。仲間の意見に耳を貸さなかった。その結果がこれだ。
匁の正体を見抜けなかった自分に。皆を、仲間を危険に晒している自分に。下に見ていた相手に歯が立たない自分に。
クソッ、何が頭だ! ここで勝てなくてどうする!
「俺は、誰にも負けねぇ!!」
言うことを聞いてくれない手足に無理矢理力を込めて、一歩でもいいと匁に詰め寄る。何度も何度も刃が交わり、引いて、また振り下ろした。
揺れ始めた視界で、匁も息を切らして刀を構える。音もなく距離を詰められて出される突きをなんとか躱した。
匁が振り回す刃は、何度も俺の鼻先を掠っていく。
あ、と思った。実力差は明らか。勝てないのはわかっていた。それでも立ち向かっていた。
目の前で匁が刀を振り下ろす。それがなんだかとてもゆっくりに見えて、その綺麗な動作に魅入ってしまった。
肌の上を刃が滑る。痛みを感じたのは、斬られたと頭が理解した後だった。
「
……
、っ!」
後ろによろめいて倒れる寸前、フードの奥の匁と目が合った。
なあ、どうしてお前がそんな傷付いた顔をしているんだ。
眉を顰めて、まるで今にも泣き出してしまいそうな匁の顔を一瞬だけ見て、俺はそのまま倒れ込んだ。どくどくと傷口が痛む。
「キザミ!」
「よくやったわ! あとは私たちに任せなさい!」
ツルギの声がした。耳元でブレイドの声もする。
二人とも待って、あと少しだけ待ってくれ。
匁に、その表情の理由を、聞きたいんだ。
俺が聞かなくちゃいけないんだ
「
……
流石に二対一は分が悪いですね。また日を改めてお会いしましょう」
お前の全部が嘘だったなんて、信じられなくて。
信じたくなくて。
匁
——————
。
□□□
その後、新宿・渋谷の抗争中に匁とは何度か刀を交えたものの、匁は狂ったように刀を握り、見ていて痛々しいと感じてしまうほどだった。俺が知る匁とはまるでスイッチが入れ替わったかのように途切れなく吐き出される罵りを受けながら、一撃一撃が重く鋭い剣撃をなんとか捌く。実力差は変わらず、いつも押され気味で、あと一息でやられると覚悟したその時に、匁は必ず一瞬動きを止めた。饒舌だった唇は動かなくなり、目の前の俺を見ているはずなのに視線の定まらない瞳を隠すように左手で顔を覆い、そのままマントを翻すこともあった。
そして俺たちはきちんと話をすることもできずに、状況は進展した。ブレイドが渋谷を押さえたのだ。
ブレイドは渋谷を率いていた鞘姫を討ち、刀鬼を倒した。その後、鞘姫の持つ盟刀・桜花を使い、その場にいた全員を救ってみせた。
結果的にこの抗争では両クラスタに一人の死傷者も出なかった。とはいえ、それまでの諍いで命を落とした者も多い。ブレイドの指揮の下、新宿と渋谷は一つに統合はしたが、わだかまりがすぐになくなることはなかった。元両クラスタの者たちは、互いに距離を取りながら、もたらされた平和に少しずつ馴染もうとしていた。
それは俺たちも、例外ではない。
ブレイドは畏まったことが好きではなかったが、統一後に一度だけ俺たちを集めた。新宿からはツルギと俺、渋谷からは鞘姫、刀鬼、匁を呼び出した。一堂に会した場の空気はなんとも言えないものだったが、ブレイドはそんなもの気にも留めていないかのように話しだした。
「俺は王様になってみたいんだ! だが政のことはてんでわからねえから、基本的には今まで通りにしてくれて構わない。ただし、皆仲良く、だ。それだけは覚えておいてくれ」
ニカッと笑ったブレイドの言葉に対する反応もそれぞれのようで、受け取り方が各々の表情に表れていた。匁も無表情のようでいて、こっそり眉を寄せていた。
しかし、盟刀・風丸の剣主である大将・ブレイドに、揃う盟刀の剣主である俺たちはどう感じようと従う他はない。
会議というほどではない会はすぐに解散となり、皆が口々に話を振り合っている中、一人静かに部屋を出ていく匁の背を、俺は慌てて追いかけた。
「匁っ」
後ろ姿に声を掛けると、フードの奥からジロリと細められた目が覗いた。
「
……
何です」
「いや、話がしたいと思って」
「話すことなんてないでしょう?」
「いや、俺は」
「僕の顔なんてよく見れますね」
匁は冷たく言い放った。
「どういう意味だ?」
「貴方、本当に馬鹿なんですか。僕が貴方や、貴方たちに何をしたか、覚えていないわけではないでしょう?」
「終わったことだろ?そりゃあ、何も感じてないわけじゃないけど、今度こそ仲間だ」
「
……
ここまで馬鹿だとは思いませんでしたよ」
わざとらしく溜め息をつく匁に、言い返す言葉を探していたら、出てきた部屋からどっとブレイドの笑い声とツルギの叫び声が聞こえて、がやがやと足音がこちらへ向かってきているのがわかった。
「
……
まだ何か?」
「いや、その
……
」
話したいことはある、けど人の気配のするところでは。
歯切れの悪い俺に匁はもう一度溜め息をついて、フードを目深に被った。
「
……
今夜行きます。戸の鍵を開けておいて」
匁が背を向けて歩き出したのと同時に、皆と一緒に部屋を出てきたブレイドに「何か言われたか」と心配そうに肩を叩かれたが、「なんでもない」と首を振った。
□
カタン、と小さな音が鳴った。耳を澄ましていなければ聞き逃してしまいそうなその音を待っていた俺は、瞑っていた目を開けた。
「
……
そんなところで何してるんですか」
「来るって言ってたから、待ってた」
「はあ、」
戸を開けたすぐ目の前に座っていた俺を見て、匁は呆れたようにまた溜め息をついた。
「もっと警戒心を持ってください。まだ貴方を殺してもいいんですよ」
「仲良くって言われたろ?」
「そんな簡単に仲良くなんてなれるわけないでしょう? 理想論すぎる」
「まあ俺も、渋谷の連中とそんなすぐに仲良くできるとは思っていないけど」
渋谷の連中のことは、正直まだ許せない。皆過去を捨てることはできない。わかっている、ブレイドは余所者で、何も知らないからそんなことを言うんだって。
でも、頭だった俺がそう振る舞わなければ、皆はついてこれないだろうから。
続きの言葉を飲み込んだ俺に、匁はゆっくりと告げる。
「僕も渋谷の鬼です」
「でも匁は」
「キザミさん、貴方は僕を恨むべきです。殺したいほど、憎んだっていい」
「そんな、」
言いかけて、口を噤んだ。匁の指先が頬に触れたからだ。ひんやりとして、さらりとした感触が頬を撫でる。
「
……
こんなふうに、簡単に触れさせたりしちゃ駄目です」
「俺がいいと思っても?」
見上げると、まるで匁に差し出すように首が伸びた。その柔らかい場所に、匁は爪の先を押し当てる。痛みはするが、それが肌を破ることはないだろうと、俺はそのまま匁を見上げた。匁は眉を顰めた。
「
……
いいと思っちゃ駄目なんですよ。突き離して、罵って、刀を向けて、
……
斬り捨ててください」
ぐっ、と爪が肌に食い込む。
俯く匁のフードの中が、ここからだとはっきり見えた。そんな苦しそうな顔が見たいわけじゃないと、つい言葉が力む。
「そんなこと、絶対しない」
まっすぐ目を見て伝えた。匁に気持ちが伝わればいいと思いながら。
「
……
馬鹿な人だな、本当に」
眉を寄せてつらそうに笑う顔を見て、これが匁なんだと、そう思った。
押し当てられた爪が離れて、指の腹が痕を撫でる。
「すみません、痛みますね」
「大したことじゃない」
そのまま掻き切ってしまってもよかったのに。
残念に思った自分がいた。
「匁は、俺を殺せる?」
「
………
殺されたいんですか」
匁が目を伏せた。
俺を切ったあの時の匁の表情は、きっと。
「いや、聞いただけ」
匁の手に自分の手を重ねて、手のひらに頬擦りする。見上げた匁は眉を下げて、手のひらが頬を撫で返してきた。指先が、形を確かめるように顔の輪郭をなぞって、顎を持ち上げると、親指が唇を柔く押してくる。それを唇で挟んでみせると、親指は口の端へ逃げて、ふんわりとした毛先が顔に降ってきた。触れるだけの口付けも、気持ちが昂る。
「貴方が知っている僕ほど、今夜は優しくないですよ」
「
……
匁なら、いい」
見つめられてたまらず瞳を逸らす俺に、匁はゆっくり目を細めて口元を緩ませた。
「本当に、馬鹿な人」
□
静かな物音で目が覚めた。安心と疲れで泥のように沈んだ意識から引き戻された重い瞼をなんとか持ち上げると、隣で眠ったはずの匁が着物を着直しているところだった。
「
……
おきたのか?」
声を掛けると、匁は黙って俺の髪を撫でた。毛束を手に取って、そっと口付ける。その様子をぼうっと受け入れていたものの、匁がマントを手に取ったのを見て、慌ててそれを掴んだ。
「どこ行くんだよ」
「寝てていいですよ」
「どこ行くんだ」
子どもでもあやすように俺の頭を撫でた匁は、問い詰める視線を送り続ける俺に、ふうと溜め息をついた。
「新宿の前にお世話になった友人のところへ。ちょっと、縁を切りに」
「
……
お前、ホントに危ないことしかしてないな」
「失礼ですね。それにこれは僕なりのけじめです」
匁はマントを握った俺の手に手を重ねてゆっくりと開き、するりとマントを抜き取る。めげずに続けた。
「一人で何かしようとしてるなら、俺も一緒に」
「貴方には関係ないでしょう? 来られても邪魔ですし、足手纏いです」
「う
……
っ」
「貴方は、ここにいて」
マントをひらりと羽織る匁の突き放す言葉が胸に刺さる。
「
……
俺は弱い。匁より弱いってこともわかってる。でも俺だって少しくらいはお前の力に」
「キザミ」
名前を呼ばれて、隣に腰を下ろした匁に顔を覗き込まれる。真っ直ぐに見つめられて、動揺している自分が見透かされているようで恥ずかしかった。
「渋谷も、
……
新宿だって貴方がいるなら、僕にとって大切な場所なんですよ」
だからここは貴方に任せますね、と呟く匁の唇を見ていた。
匁の白い手が伸びてきて、頬を撫でる。俺を見つめるその表情だけで、俺が何を言っても俺は置いてかれるんだって、わかった。
匁の指は頬から首を伝ったり、顎や耳なんかを辿って、髪を梳かした。
「キザミさん」ともう一度名前を呼ばれて、くすぐったさで瞑った目を開けた。
「無事に帰ってきたら、貴方に気持ちを伝えてもいいですか?」
躊躇うように震える瞳が様子を窺いながらこちらを見ていた。
「えっ、あ、
……
今じゃ、駄目なのか?」
「駄目です。けじめだと言ったでしょう?」
その態度も声音も、触れ方も、全部がそうだと伝えてくるのに。
これが、匁の本当だとわかるから。
「
……
ここで、待ってる」
「はい」
ふわりと引き寄せられて、眼帯の上に唇が触れた。
目が合って、惜しむようにゆっくり離れていく匁の指先を、もう少しだけと引き留めてしまいたくなった。
匁は立ち上がるとフードを被って、その端に手を添えた。
「では」
「またな」
匁は少しだけ微笑んで、静かに出て行った。
一人になった部屋は、ひどく静かで、随分と広く感じた。
□□□
初めは少し寂しさもあった。
そんな時間も十日ほど経てば、これがいつもの生活のようで、そういえばどこに行くのかちゃんときいてないなと気付いた。場所次第では行って戻るだけでもそこそこに時間がかかる。顔が見れるのはまだ先だろうかと、そう思った。
もう一月も経とうかという頃、ついに心配になってきて、風が戸を揺らす度に期待で振り返ってしまうほどだった。
そんな日がさらに数日続いたある日、ブレイドから招集がかかった。向かうと、以前と同じように盟刀の剣主たちが並んでいた。匁の姿はなかった。
ブレイドの話では、池袋が盟刀を集めて力をつけているらしい。こちらもこれだけ盟刀と剣主が集まっているので、警戒しつつ、攻める準備も必要になるかもしれない、とのことだった。
刀鬼に匁のことを尋ねると「池袋から連絡が一度来て、それきり」だという。
お前のことだから、上手くやっているんだろうと思った。そう、言い聞かせた。
□
「なんだよ雑魚しかいねぇじゃねぇか!」
新宿の端、警護番で常に見張りを置いている新宿の入り口を敵に突破された。相手は図体のデカい大鬼で、見せびらかすように大刀を振り回して物を壊しては火をつける。恐らく、アレは盟刀だろう。ガラクタの寄せ集めのスラムで火をつけられたのはまずかった。火の回りが早く、避難に人手を割くと戦闘要員は限られる。
とりあえず住民に被害は出ていないが、コイツにこのまま進まれるとそうも言ってはいられない。共に立ち塞がった何人かは怪我をしている。応援はいつ来る? ブレイドに伝令はきちんと送れているか?
「
……
っ、クッソ!」
ここまで考えて、自分の思考に吐き気がした。応援? 馬鹿言え。お前がここを守るんだろ。随分甘ったるい性格になったもんだ。お前しかいないだろ。
気合いを入れろ。大きく息を吸い込んだ。
「うおおおおぉぉぉぉ!!!」
「弱いヤツほどよく吠える!」
刀を振り上げて距離を詰めようとするも、大刀の一振りだけで間合いに入れる隙はない。それでも何度も何度も踏み切って、距離を詰めて、一撃でも入れたかった。
キン、と高い音が鳴った。今だと思って上から飛び込んだ振りも大刀で受けられてしまった。つい舌打ちをしたその時、ヤツが自身の腰へ手を回す。
コイツ、もう一本持ってるのか。
反撃に備えて後ろに引いた瞬間に、鼻先をヤツが抜いた二本目の刀の先が通っていく。
周りでじりじりと広がり続ける火の光を反射するその刃を、俺は見たことがあった。
「
……
流水死命」
思わず口に出たその名前を聞いて、大鬼は大きく笑った。
「知っているのか、コレを!いまいち使い方がわからなくて扱いに困ってるところなんだ! 」
「お前、その刀をどこで!」
「お前も盟刀を持っているのなら知っているだろう! 敗者は勝者に従うか、命を捧げるしかないってなあ!」
知っている。だから聞いてるんじゃないか、お前なんかに。そんなことあるわけないと頭の中で浮かんだ答えをすぐさま否定して。
「ああ! お前、匁とオトモダチだったのか? 悲しいよなあ、友の死ってのは! ははっ、弱いヤツは群れるっていうもんなあ!お前も仲良くくたばっちまえよ!!」
右手に握った極楽天女がじんわりと熱を纏い始めて、
静かに炎が上がる。極楽天女が共鳴していた。
振り下ろされる大刀をじっと見つめた。冷静だ。自分でも驚くほど、俺は冷静だった。
この振りは、当たらない。
俺は大鬼に視線を向ける。大刀は俺の耳のすぐ側に風を起こしながら地面にめり込んだ。
「
…………
」
「びびって動けねぇってか?」
近くで見る大鬼は俺よりもずっとデカい。
大鬼が持ち上げた大刀をまた振りかぶった。よく見ると大雑把な動きで狙いがよくわかる。
何度か避ければ、大鬼はイライラし始めたのか動きが雑になっていく。
確かに体は大きい。でも動きも大きいし、よく喋る。
一撃必殺をしっかり当ててくるブレイドや、次の攻撃が読めない匁に比べたら。
なんだ、コイツ。
「全然弱いな、お前」
「こ、のやろぉ
……
っ」
怒りに顔を真っ赤に染める大鬼に、俺は構えた極楽天女をゆっくりと動かす。無駄な動きは要らない。単純なコイツ相手なら尚更だ。
よく見て、相手の隙を突けばいい。
緩急をつけて、大鬼に一撃二撃と刀を振れば、面白いように攻撃が当たってくれる。デカい図体も大きな獲物も、手足を順に傷付ければ、自ずとバランスを保てなくなりその場に倒れ込んだ。
「お前、油断させようと騙してたのか!」
「いいや、思い出しただけだよ」
倒れた大鬼を踏みつけながら、極楽天女を鼻先に突きつける。
「匁はもっと強かった、ってな」
そのまま極楽天女を頭の横に突き刺したら、大鬼は泡を吹いて白目を剥いた。こんな雑魚に手こずっていたなんて、皆に知られたら馬鹿にされるな。
極楽天女を鞘に収めて、大鬼の腰にある流水死命を抜き取る。鞘から抜いてもその輝きは、あの夜のままなのに。
今になって、視界がじわりと揺れ始める。
今この手に盟刀・流水死命があるということは、つまりそういうことなのだと。
匁は負けて、従うことを選ばなかったのだと。選ぶことすら出来る状況じゃなかったのかもしれない。
「匁
……
っ」
流水死命を胸に抱えて、しばらく目を閉じた。
今だけ、今だけだからと。
ゆっくり息を吸って、瞼を開ける。大鬼との決着はついたが、辺りは依然火の海である。
俺の極楽天女は炎の盟刀だ、使ったところで何も出来ない。でも。
握りしめた流水死命をじっと見つめた。この盟刀でどこまでできるかわからないし、そもそも状況を変えられるかわからないけど。
流水死命を腰に据え、ゆっくりと引き抜く。鞘と擦れる重い音が響いた。形も重さも、極楽天女とは全然違う。
透き通る刀身を火に透かして、匁のことを思い出しながらアイツのやっていたように構えてみせる。
「流水死命」
呼びかけるも反応はない。もう一度名を呼んでも、流水死命は何も返してくれなかった。
やはり、俺はお前の主人にはなれないか。
最後にもう一度だけと、空気を大きく吸い込んだ。
「流水、」
「構えがおかしいんですよ」
声が、聞こえた気がして。
振り返ると、炎の陰で黒いマントが揺れていた。
「見様見真似で出来ると思ってるんですか? 貴方には扱えないと言ったでしょう?」
「
……
ッ、もんめ!」
なんで。どうして。生きていたのか。
溢れ出る言葉を喉が上手く音に変換できない。縫い付けられたように、見開いた目で匁を見た。
こちらを見て、眉を下げる匁を、動く匁を見た。
匁は右手をこちらに差し出した。
「ほら、貸して。僕も生きている相手にしか使ったことがないので、効果があるかはわかりませんよ」
匁は俺の手から流水死命をするりと抜き取ると、今にも溢れそうな俺の瞳を見て、ふっと笑った。
瞬き、ひとつ。
表情を変えた匁は流水死命を高く掲げる。煌々と燃える周りとは別世界のように辺りが黒く染まっていった。
「流水
———
」
低い声が辺りを揺らして響いた。
ここは地下のはずなのに、まるで空のように天井に稲妻が這い、空気が貼り付くように重く感じる。
「
———
死命!」
ピシャリ。まるで世界が止まったように、全ての動きが止まる。揺らめいていた炎も、音も、何もなくなって。
驚いたその一瞬のあと、空気が落ちるような感覚が肌を伝って、ふつりと炎が消えた。急な暗闇に目が慣れない。
「なに、したんだ
……
?」
「少し止めただけ。 上手くいったようで良かったです」
カチンと刀が鞘に収まる音がして、じんわりと慣れてきた目が辺りを朧げに映していく。
人影が目の前で揺らいで、頬にひんやりとした指先が触れた。目尻を軽く押されて、落ちた雫を指先が掬う。
「はっきり見えないのが残念ですね」
ぼんやりとした陰が触れていた手を引いて、口元へと寄せた。その行方を追うように動かした視線の先で、俺をまっすぐ見つめる匁の瞳が小さな光を反射させる。指先を滑らせた唇が濡れて光っていた。
「キザミ!」
「おいっ、無事か!?」
街の方を振り返ると、灯りを持ったブレイド達が駆けてきていた。知らせを受けて飛んできてくれたらしい。
ブレイドは辺りを見回した後、まだそこで倒れている大鬼を見て、ニッと笑った。
「手助けは要らなかったみたいだな」
「へへっ」
ガバッと勢いよく肩を組んできたブレイドが大口を開けて笑ったので、俺もつられて声を出して笑った。
その後俺たちはこの大鬼をどうするのか、匁は鞘姫とブレイドに池袋の報告、焼けた新宿の後処理など、多少ばたばたして、時間が過ぎていった。
□□□
カタン、と戸を開ける音がした。
その小さな音と同時に瞼を持ち上げた。ゆっくり開く戸を正面から見つめる。
「
……
また貴方はそんなところで」
いつものようにフードを被った匁が溜め息混じりに呟いた。その緩んだ表情を見て、ニッと笑う。
「おかえり!」
「
……
ただいま」
後ろ手に戸を閉める匁の正面に立ち、両の手を取った。握った手は指先が多少ひんやりするものの、手のひらや手首はしっかり温かい。
「キザミさん?」
首を傾ける匁を、今度は両腕で包んだ。ぎゅっと力を込めて抱きしめる。温かくて、柔らかくて、動いて、話している。
「ちょっと、キザミ」
「確かめたくて。ちゃんと生きてるって」
「
……
心配、しました?」
「当たり前だろ!
……
死んだと、思ったのに」
「すみません」
匁が俺の背に回した手のひらがなんだかとても熱く感じて、頭がこつんと寄りかかってきて、腕の中をより強く抱きしめた。
しばらくそうして時間が過ぎて、背を優しくとんとんと叩いたのを合図に、どちらからともなく体を離した。
「落ち着きましたか?」
「うん」
互いの手のひらが背から肩、腕を伝って、肌を滑りながら離れた。合わせた手のひらの指先だけ惜しむように重ねて、家の奥へと手を引く。
いつものように隣に腰を下ろす。灯りの蝋燭が揺れて、橙色がぼんやりと部屋を照らす。
膝を抱えて座った。匁も同じように、でも少しゆとりのある様子で寛いだ。
膝の上に腕を重ねて顔を埋める俺の様子を窺いながら、匁がそっと肩を寄せる。温かさと預けられる重さが嬉しかった。
それから、匁はぽつりぽつりと話し始めた。以前からの計画の一つとして、池袋に新宿を襲わせようとしていたこと。あのあと池袋に向かって、わざと流水死命を手離し、あの大鬼を泳がせながら身を隠していたこと。
「お前が刀に選ばれたんだと、親に無理矢理与えられた刀を手離してしまえば、いくらか気も済むのかと思ったんですがね。案外、不安でした」
そう呟いた匁の顔を見てはいないけれど、ほんの少し、俺も隣に身を寄せた。匁が肩に頭を擦り寄せてきた。
「姿を現すのが遅れたのは、少し興味があったからなんです」
興味、と繰り返すと、匁は小さく頷いた。
「こうやって盟刀と剣主が集まりつつある今、あの鬼のように一人で二本の盟刀を扱おうとする者も現れる。とすれば、逆もまた有り得るのではないか、とね」
「逆?」
「一本の盟刀が二人の剣主を認めることもあるのでは、と。例えばそれが、剣主が認めた相手なら盟刀も剣主に倣ってその相手を認めて、従う可能性があるんじゃないかと思ったんですが」
頭を上げた匁が、俺の顔を覗き込む。そっと俺の頸に手を添えて、額をとんと合わせた。
「まあ、まだまだこれからってことですかね」
間近で微笑む匁は、優しいような、何か企んでいるような、そんな笑みを浮かべていていた。
「
……
なんか悪いこと考えてる?」
「いいえ? 期待してるって話です」
楽しそうに笑ってるくせに、なんて思いながら匁の両肩に両腕をずっしり回した。今度は俺から真っ直ぐ見つめる。
「匁、俺ちゃんと待ってたんだぜ?」
「ええ」
相変わらず匁は余裕そうな顔で返事をする。話したいことがたくさんある。やっと会えた、やっと。こっちはそのことばかり考えているのに。
「続き、いつになったら教えてくれるんだ?」
「おねだりですか? 欲しがりですね」
「匁」
飄々とする匁はいつもの調子で、緊張してるのは俺だけみたいだ。期待して、そわそわして、不安になって。何をどう考えればいいかわからなくなって、もういっそ考えないようにしようとか思いながら待ってたことなんて、知らないんだろう。
どこで何やってるかもわからなくて、帰ってこなくて。やっと見つけたのは、刀だけで。
今になってまた目の奥が熱くなってきて、瞳の端にじんわり滲み出た水が溜まる。
「
……
そんな顔しないで」
「本当に、死んだと思ったんだ
……
、もう、会えないって
……
」
「ごめん」
匁の手があやすように髪を撫でる。その優しい手に頬を寄せた。
「貴方のことを、考えていました」
指先が肌を爪で撫でながら、髪を遊ぶ。
「盟刀さえ手に入れば、新宿も、鬼も、人も、どうなってもいいと思っていました。そう思っていたはずなのに」
肌を這って額を通り、そのまま角に触れた。まだ慣れないその感覚に、一瞬肩が震える。
匁は眉を下げて表情を緩めた。
「おかしいですね。こんなにも譲れないと思うなんて」
親指が目尻を擦る。促されるように視線を上げると、匁と目が合った。
夜明け前の空のような瞳に、俺の姿だけが映っていて。
「キザミさん、僕だけ見て」
まるで匁の世界に俺しかいないような、そんな錯覚に囚われて。
「僕だけ見て、一緒に生きてくれませんか」
その瞳に吸い込まれるように匁に飛びつくように抱きしめた。
控えめなようでいて、強欲な言葉も匁らしい。
わざわざ聞かなくても、返事なんて決まっているのに。
「もちろ」
「待って」
「
……
え?」
腕の中の匁が先ほどまでとは打って変わって冷静な面持ちで俺の言葉を遮った。
「もっと真剣に考えてください。返事の次第によっては貴方の一生に関わりますよ」
まるで幼子に注意するかのような冷めた口調だが、対して俺の胸はぐっと熱くなった。
匁と出会って、そう多くの時間を共有したわけではない。俺たちはお互いに、これまでどれだけの時間を生きてきたのか知らない。これから、どれだけの時間を生きるのかもわからないのに。
匁がこれからの長い時間を全部、俺と生きてもいいと思っているなら。
「そんなの、迷わねーよ」
□
世界の命運を決める二十一の刀が極東の地に集結していた。
赤い髪の男が王となり、世界に平和が訪れるのは、まだ先の話である。
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