夜も更け、就寝の準備をしているときだった。くい、と服の裾が引っ張られた。はいはーい、と振り向けばりんごのように顔を赤らめた千春が弱々しく俺の服を握っていた。
「わ、私まだ眠くないんだけど……朱、もう寝る……?」
目を逸らしもにょもにょと口を動かしながら小声でそんなことを言っている。
そのビッグバンレベルの可愛さにあり得ないほど動揺した自分は反射的に質問の答えではなく情けない声をあげてしまった。──いや、だって。その顔と、問いかけからして千春の言わんとしていることはさすがにわかる。わかるが、彼女がそんなことを言い出すことは滅多にないのだ。期待と緊張で胸が高鳴る。
「ね、寝ませんケド……」
もっと他にも気の利いた返しが出来ただろうに、俺から出た言葉は何の捻りもない事実にすぎなかった。しかも何故かかしこまってしまい敬語である。
「……あの。朱、その、」
なかなか進まない彼女の言葉を最後まで聞きたいような、ここまで頑張ってくれたのだから早々に汲み取ってあげたいような、どちらがより良い選択かを脳内でシミュレーションしてみるが、結論を待たずしてショートしてしまう。そう、俺だってそんなに待てる余裕などなかったのだ。
「ちーちゃん、かぁわいいっ」
彼女の手を取り自分の方に引き寄せた。真っ赤になった頬に軽く口づければ、きゅ、と小動物のような彼女の身体がさらに縮こまる。
「どうしたの? ちーちゃんからそんなこと言ってくるなんて。俺に会えなくて寂しかった?」
大学生の春休みは高校の頃に比べてだいぶ長い。絶賛春休み中の俺はついこの間まで天文サークルの合宿に出かけていたのだ。長期休暇を利用し県外のロッジを借りて仲間たちとわいわい騒いで遊ぶのも大学生ならではの楽しみだろう。
外で星を観るにはまだ肌寒い季節だがこんな時期だからこそ綺麗に見える星もたくさんある。都会から離れた山中なら尚更。いつかちーちゃんにも見せてあげたいなぁ、と思いながら俺は星空を眺めていたのだった。
そんな合宿から帰ってきて、久しぶりに会った彼女。昼間は秋葉原で遊んで夜はそのまま俺の家に泊まるというルーチン化してきたデートプランをこなして今に至る。もちろん俺だって「そういう展開」を期待していなかったわけではない。
しかし、久しぶりに会っていきなりそういうのもがっつきすぎかな、とか彼女が隣にいるだけでだいぶ満たされたし今日はもうこのまま寝てもいいかな、とか俺なりに色々考えていたのだ。千春が泊まりにくること自体、そんなに珍しいことでもなくなってきたから最初の頃ほどの緊張感はないし。
そんなときにこの彼女からのお誘いだ。一体どうしてくれる。
「……朱が合宿楽しかったなら何より。でも、大学生してる朱を見ると、私って子どもだなって思ってもどかしくなるの」
俺と千春の歳の差は二つ。そんなに大差はないのだ。しかし彼女の言いたいことはわかる。これは高校を卒業してからわかったのだが、制服の鎧というものは案外重い。セーラー服を身に纏った彼女に手を出すときほど躊躇うときはない。
「え〜、俺ちーちゃんのこと子ども扱いしてると思う?」
「……たまにするじゃん」
む、と拗ねるように千春がくちびるを尖らせる。ほんの少しだけの歳の差を埋めたがるときの彼女は、たまに俺のことを大人だと思いすぎているところがある。俺だって恋をするのもお付き合いをするのも肌を重ねるのも全部千春がはじめてなのに。
そして、彼女にそう思わせる"原因"にみっともなく嫉妬して、その腹いせにちょっと意地悪してしまいたくなるくらいにはまだまだ子どもなのだ。
腕の中に閉じ込めた彼女のやわらかい耳たぶを指先でふにふに触った後、かぷりと食む。ひゃ、という小さな声と共に彼女の肩が震えた。
「そうだっけ。でもちーちゃんのこと子どもだと思ってたらこんなことしないよ」
ちろりと覗かせた舌で耳を舐めれば堪えるように身体を強張らせる。彼女がこうされるのに弱いことはとうに知っているのだ。
「っん、まって、あき、まっ──」
「待たな〜い。ちーちゃんから誘ってきたんじゃん?」
「ちがっ、」
「ちがうんだ?」
「……くない、けど」
ついに観念したのか千春は肯定する。可愛くていじらしくて誰よりも愛おしい彼女をさらに強く抱きしめた。
ベッドの上に仰向けになる千春を見下ろすときはいつだって緊張する。だってこれから彼女を暴いてしまうのだ。もこもこした冬用の寝間着に覆い隠された彼女の素肌を。
どこか期待するような物欲しそうな目で彼女が見上げてくる。たまらなくぞくぞくする表情だ。そのくちびるにキスをし舌でこじ開け歯列をなぞる。それだけでは飽き足らず空いている手で彼女の寝間着を少し捲くりながら差し込む。滑らかなお腹を撫でながらなぞるように上の方に這わせてゆく。
千春の舌を絡めとると必死についてこようとするところがまた可愛らしい。くちびるを離せば混ざり合ったふたりの唾液がいやらしく糸を引く。これだけでもう彼女の目は気持ちよさそうにとろんとしちゃっているし、息も上がっている。
もう我慢ならなくて衣服を大胆に捲くり上げ、そのまますっぽり脱がせてしまう。露わになった淡いクリーム色の下着。派手すぎないのに可愛らしい装飾が控えめな性格の千春らしさを感じる。こんな彼女の姿を見られるのは間違いなく自分だけだ。──優越感、独占欲。そんなどろりとした感情が頭を占める。
俺も最近よくわかってきたのだ、「恋」というものは綺麗なだけの感情ではないということを。
「あは、ちーちゃんの下着かわいいねぇ。興奮しちゃう」
こんな風に軽口をたたくといつもなら押し黙ってしまうのだが、意外にも彼女は反論してきた。
「う、うるさいな。……わざわざ可愛い下着選んでつけてきたんだからね。朱は今日、こんなつもりじゃなかったかもしれないけど」
俺の中でそれまで張りつめていた糸が、プツンと切れるような音がした。
「……あのさぁ、なんでそういうこと言うかな」
どうしてこう次々とトドメを刺しにくるのだ。恐らく彼女は計算しているわけではなさそうなのが余計にタチが悪い。思わず真顔で大きなため息を吐くと、千春は何かマズいこと言っちゃったかな、みたいな顔でおろおろし始める。それがまた可愛いのだが。
「あ、あき……?」
「もう、どうしてくれるんだよ。俺、考えることやめちゃいそう」
過去とか未来とか余計なことを考えないで、今はただ目の前の彼女だけに没頭したい。もしそれが許されるなら、彼女が許してくれるのならば。
「……ねぇ、大好きだよちーちゃん。だから、もっと愛させて? 俺のことしか考えられなくなるくらい」
少し不安げな千春がゆっくり頷く。知らない、俺もう知らないからね。──だからどうかこの時だけは。
そんな祈るようなキスを降らせ、そっと彼女に触れた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.