torino_y
2024-11-26 21:30:01
6012文字
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『九宝のせかい』小編9

ウィリアムの魔物討伐。エドワードも出るよ。



 ウィリアムとエドワードは旅の途中で寄っていた小さな村をあとにして、次の街を目指して街道を歩いていた。あたり一面に芝生が広がり、風に揺られて黄緑色にキラキラと光っている。空は青く、一羽の白い鳥が翼を広げて優雅に旋回している。道の先には森が小さく見えている。穏やかな陽気の中でウィリアムは、旅に出てから久しく味わうことのなかった平和な時間を満喫していた。
「んー、すごくいい天気なんだぞ」
 隣を歩くエドワードが伸びをしながら言う。柔らかな日差しを受けたエドワードの金色の髪が、光を反射してきらめいていた。
「そうだな」
 眩しさに目を細めながら、ウィリアムは返事をした。
「あの先に見える森を抜けたら、次の街が見えるはずだ」
「森の先に街があるなら、けっこう歩きそうだぞ」
「まあな。でもまだ朝だし、夜までには着くだろ」
「足止めを食らわなければだぞ。この辺、魔物は出ないのかい?」
「さあ、村では何も言ってなかったけどな」
 ウィリアムは周囲を見渡してみたが、他の生き物の姿は見えなかった。見晴らしのいい、ピクニックにはもってこいの場所だが、それは言い換えれば隠れる場所がまったくないということだ。見通しが悪く身を隠す場所の多い森の方が、動物たちにとっては暮らしやすいのだろう。村を出る前に近辺の魔物の討伐依頼が出ていないか確認したときは、魔物の被害は出ていないし目撃情報もないという話だったが、森に入ったら念のため周囲を警戒しながら進んだ方がいいかもしれない。
 ウィリアムがこれからの道中について考えていたとき、突然、エドワードが立ち止まった。不思議に思ったウィリアムも遅れて立ち止まり、エドワードの方を振り向いて様子をうかがう。エドワードはその場を動かず、じっと森の方を見つめていた。
「どうした」
「あそこ、誰かいるぞ」
 エドワードが指差した方に目を凝らすが、ウィリアムには何も見えず首を傾げた。
「どこ」
「森の手前。助けてって言ってる。何かに襲われてるんだぞ!」
 エドワードはそう叫ぶのと同時に駆け出していった。ウィリアムには何も見えないし声も聞こえなかったが、急いでエドワードの後を追う。少し走ると、森の手前の街道沿いに溢れんばかりの商品を詰め込んだ大きな荷車が止まっているのが見えてきた。その傍らには尻もちをついた商人と思われる男と、スライムが何体か見える。スライムは商人の正面でせわしなく跳ね回って興奮している様子だ。
「エド! スライムだ!」
「スライムって、あのぷよぷよしてそうなヤツかい!?」
「そうだ! スライムには倒し方があって」
「とりあえず全力で殴ってみるぞ!」
「あ、待て! 話聞けっておい!」
 エドワードは後ろを走るウィリアムを待たずにグングン速度を上げていく。ウィリアムはあっという間に離れていく距離に舌打ちをしながら、少しでも早く辿り着こうと足を動かす。
 エドワードが荷車のそばへ到着したとき、スライムがまさに商人の男に体当たりをしようとしているところだった。男が怯えた表情で小さく悲鳴を上げながら衝撃に備えたところで、エドワードが走る勢いのまま横からスライムを殴り飛ばした。殴られたスライムは遠くへ吹っ飛んで、地面を転がりながら身体がちぎれて半分に分裂した。分裂した身体はそのまま二体のスライムになり、自身を殴ったエドワードのことを警戒するように睨みつけている。
「あれ、倒すつもりで殴ったんだけど、無事なうえに増えたぞ……?」
「はあ……だから言っただろ、スライムには倒し方があるんだって……!」
 困惑するエドワードに、やっと追いついたウィリアムが息を切らせながら説明する。
「スライムは物理攻撃だけじゃ倒せないんだ。物理的な衝撃を受けるとダメージを受けずに、分裂して増える」
「じゃあどうやって倒すんだい?」
「魔法で倒すしかない。スライムは魔力を吸収する性質も持ってるから、吸収しきれないほど強い魔力でだ」
「なるほど、やってみるぞ!」
 話している間に三人を取り囲んでいたスライムたちを見据えて、エドワードは拳を構える。視認できるほどに濃い黒色の魔力を込めて、正面でぷよぷよと揺れていたスライムに一気に肉薄して拳を振りぬいた。拳が当たったスライムは衝撃で後ろに大きく吹っ飛ばされ、地面に落ちる前に弾けて消滅した。
 その一瞬の出来事を目撃した他のスライムたちが慌てて逃げ出す暇もなく、エドワードは間合いを詰めてスライムたちを一掃していく。黒い魔力が残像となって、高速で繰り出されるエドワードの拳の軌跡を描いていく。次々に弾けて消えていくスライムを唖然として見つめている商人の男に、ウィリアムが近づいて声をかけた。
「あの、大丈夫ですか。怪我とかしてませんか」
「え、ええ……少し転んだだけですから。助けていただいてありがとうございます」
「気にしないで下さい。それより、スライムが人を襲うなんて珍しいですね。何かあったんですか」
 ウィリアムは商人の男に手を貸して助け起こしながら話を聞いた。男が荷車を走らせていたところ、森の方から突然スライムたちが焦った様子で飛びだしてきて鉢合わせになったのだという。ただでさえ慌てていたスライムたちは急に眼前に現れた大きな荷車に反応して、パニックのまま襲ってしまったのだろう。
「今思えばスライムたちのあの様子、まるで何かから逃げてきたようにも見えました……
「逃げてきた……森から飛びだしてきたなら、森にいる何かから……?」
 ウィリアムが目の前にある森を観察するように目を向けたとき、すべてのスライムを倒し終えて一息ついていたエドワードが弾かれるように顔を上げた。慌てた様子でウィリアムと商人の男のもとへ戻ってくる。その真剣な表情を見て、ウィリアムは眉間に皺を寄せながら問いかける。
「何かあったか」
「森の方から何か来るぞ」
「何かって?」
「姿が見えないから分からないけど、強い魔力を感じるぞ。あと、足音が大きいからきっと大きい生き物だぞ」
 人間であるウィリアムは、その特性として外部の魔力を感じ取ることを苦手としている。ウィリアムには近づいてくる強い魔力を感じることができないが、人間ではないエドワードはウィリアムよりも魔力を感じ取ることに長けている。それに加えて人並外れた五感も併せ持っていて、ウィリアムには見えない遠くの景色を捉えたり、かすかな音を正確に聞き分けたりすることができる。
 強い魔力と大きな身体といえば、まず思い当たるのは魔物だ。彼らは目の前に現れた自分以外の生き物を見境なく襲って殺してしまう。今助けたばかりの商人の男は、スライムに襲われて抵抗できずにいたところから考える限り、戦う能力はまったくないと考えた方がいい。万が一のことを考えれば、最初に取るべき行動は戦えない人を安全な場所まで避難させることだ。
「エド、荷車を持ってその人と一緒に逃げる準備をしてくれ」
「君は?」
「こっちに近づいてきてるのが魔物だったら、足止め役が必要だろ」
「それじゃ君が危ないぞ。戦うならオレが」
「いや、俺じゃあの大きさの荷車と一緒に素早く逃げるのは難しい。あれは商人にとってはとても大事なものだ。お前の力ならあの荷車と一緒でも逃げきれるだろ?」
……そうだね、わかったぞ。気をつけて」
 エドワードが頷いたのを確認して、ウィリアムは森の方に視線を向けた。ズシン、ズシンと鈍い振動が地面から伝わってくる。ウィリアムにもようやく、巨大な生物がこちらに近づいてきていることが感じ取れた。
 やがて木々の隙間から現れたのは、巨大なウサギのような姿をした魔物だった。発達した凶悪な後ろ足で地面を蹴って、飛び跳ねながらゆっくり近づいてくる。その巨体が着地するたびにズシン、と地面が揺れ、周囲に土煙が舞う。額に一本の短い角を持ったその魔物は、鋭い前歯をカチカチ鳴らしながら正面にいるウィリアムに狙いを定めていた。
 ウィリアムは腰につけたバッグに左手を入れながら、振り向かずに後ろの二人に声をかける。
「俺が合図したら走って」
「了解だぞ」
 魔物はしばらく様子を見ていたが、しびれを切らしたようにウィリアム目掛けて飛び掛かってきた。地面を強く蹴りつけ、一足飛びに間合いをつめてくる。その目が完全にウィリアムだけを捉えていることを確認して、ウィリアムは叫ぶ。
「今だエド!」
「オッケー! 行くぞ君!」
「は、はい!」
 エドワードは素早く荷車に近づくと、商品がいっぱいに詰め込まれた重たい荷車を片手で軽々持ち上げ、頭上に掲げたまま一目散に来た道を戻っていく。それを見た商人は現実離れした光景に唖然としつつも、置いて行かれないよう一緒に逃げていった。

 魔物は逃げていく二人には目もくれず、真っ直ぐウィリアムに突っ込んでいく。ジャンプの落下を利用して額の角を突き刺そうとしてくる。風を切って迫り来る刺突をウィリアムは冷静に見極め、後ろに飛びのいて躱す。角の攻撃がからぶった魔物はすかさず口を大きく開け、鋭い前歯を露わにしてウィリアムの身体を噛みちぎろうと試みる。しかしそれを予想していたウィリアムは横に逸れて躱すと、バッグから取り出していた短剣を魔物の頬に思い切りよく突き刺した。頬に激痛が走った魔物は異様な声で叫びながら暴れまわり始める。短剣を抜くことを諦めたウィリアムは、魔物の暴れる動きに巻き込まれないよう、素早く後退して距離を取った。
「ふう……これで戦意喪失してくれたらありがたいんだけど……
 しばらく暴れまわっていた魔物は前足を使ってなんとか短剣を抜くと、怒りの籠った目で鋭くウィリアムを睨みつけた。言葉を聞かずとも、ウィリアムを絶対に許してくれないということだけは分かる。
「まあ、魔物が敵を前にしてそう簡単に逃げ出すわけないよな……!」
 魔物は大きく咆哮を上げると、角の先をウィリアムに向けて構え、全身を踏ん張るような仕草を見せた。次は何をしてくるのか、また突進攻撃だろうか。そう考えていたウィリアムの目の前で、魔物は角から空気を切り裂く電撃を放った。
「うおっ!?」
 すんでのところで避けたウィリアムの背後で、電撃を受けた地面が煙を上げながら派手にえぐられているのが見える。万が一人間が食らったら一瞬で黒焦げになって爆発四散しそうな威力だ。その光景を想像したウィリアムの背中に冷や汗が流れる。
 だが、相手が雷属性の魔法を使うならウィリアムにとっては好都合だ。先ほどの攻撃は直撃を食らえばひとたまりもないが、雷魔法の中では実際、大して威力が高い部類の魔法ではない。魔物が再び角に電撃をため込んでいるのを確認して、ウィリアムは素早く作戦を組み立てる。
 魔物は再び咆哮を上げると、ウィリアムと直線上になるように身体ごと角を向け、後ろ足を強く踏ん張った。そして角の先から先ほどよりもさらに強烈な電撃を発射した。バリバリと音を立てながら迫り来る電撃を前に、先ほどとは打って変わってウィリアムは避けることなく左手を前に突き出し、その電撃を正面から受け止めた。左手にはめた特製の黒い手袋に、魔物から放たれた電流がみるみる吸収されていく。渾身の電撃をすべて受け止めてなお、余裕の表情でその場に立ち続けるウィリアムの姿に、魔物は苛立つように後ろ足をダンダンと踏み鳴らした。
「さあ、今度は俺の番ってことでいいよな」
 ウィリアムは前に突き出した左手に魔力を集中させ、頭の中で次の攻撃をイメージする。イメージに呼応するように左手の手袋から火花のような小さな電気が弾け始める。それは徐々に強さを増していき、空気が破裂するような激しい音を立てながら周囲に稲妻を走らせていく。魔物の雷魔法を吸収したことで、通常よりも強い電気を発生させているのだ。同じく雷属性を扱う魔物は本能的に身の危険を察知したらしく、長い両耳をピンと立てて警戒するようにゆっくり後退していく。だがウィリアムはニヤリと笑い、逃がすつもりはないと言わんばかりに魔物の目を真正面から見据えて、おもむろに口を開いた。
「《迅雷の矢 敵を追い詰める猟犬よ 我は汝の白銀の弓 我が命に従い敵を狩れ》」
 魔物が背中を見せて逃げ出すのと、ウィリアムの魔法が放たれるのはほとんど同時だった。構えた左手の周囲に現れた何本もの雷の矢が閃光とともに一斉に魔物の背中を目掛けて飛び出した。発射された矢は空を切り裂くように高速で駆けていく。魔物は電撃が迫りくる音に反応し、跳ねるように素早く横へ動く。柔らかな芝生の平原を強靭な脚で蹴り上げ、草花があたりに散らばった。しかし魔物がいくら横に逸れて躱そうとしても、雷の矢は空中で急激に軌道を変え、確実に獲物を追い詰めていく。魔物はまさに脱兎のごとく駆け抜けるが、雷のスピードは魔物の脚よりずっと速く、ついに標的を捉えた一本の雷の矢が魔物の背中に突き立てられた。その瞬間、空気が爆ぜる音と激しい閃光が炸裂し、あたり一面が白く染まる。魔物はその衝撃に悲鳴を上げ、身をよじるが、すぐに二本目、三本目の矢が背中に突き刺さる。そのたびに雷に撃たれたような耐えがたい衝撃に襲われる。魔物は甲高い断末魔を上げて転がり倒れると、感電したようにビクビクと身体を震わせ、やがて動かなくなった。
 あたりに静寂が戻り、ウィリアムは構えていた左手をゆっくりと下ろした。左手に残った電気の余韻を軽く振って消し去る。離れたところに落ちていた自身の短剣を拾い、適当に拭いてから腰につけたバッグに無造作に放り込んだ。そして倒れた魔物に近づき、完全に息の根が止まっていることを確認してから、来た道を歩いて戻り始める。このあとはエドワードと合流して、村で少し休んでから再び街に向けて出発しよう。
(エドの言う通りに足止めを食らったな。これじゃ夜までに次の街に着けないけど……
 たしか次の街にはトレジャーハンター協会があったはずだ。協会に今回の魔物討伐を報告すれば報酬がもらえるし、角や毛皮も良い値がつくだろう。そうすればまたしばらくはお金に困らずに済む。それに、ウサギ型の魔物は、どれも食べると美味しい。どうやら道中で一夜を明かすことになりそうだし、今日の夕食はウサギシチューにしよう。余った肉は保存食にして、いざというときのために取っておくことにする。
 確かに足止めは食らったが、どうせ行き当たりばったりの適当な旅だ。先を急いでいるわけでもなし。今回は収穫も多かったし、たまにはこういうハプニングも悪くない。ウィリアムは一人満足げな表情を浮かべ、青空を見上げた。その表情を見届けたのは、上空で悠々と翼を広げる一羽の白い鳥だけだった。