でがらし
2024-08-03 01:42:12
4405文字
Public 【吸死】ドラヒナ~全年齢~
 

【ドラヒナ】100年先も愛してる【あなたに会いに来ました】

ドラルクとヒナイチが出会って100年後。ヒナイチ亡き後、とある夏の日のお話。
~注意~
・オリキャラ(ドラヒナのひ孫)が登場します。名前は出てきませんが、ドラルク視点の地の文で「お日様の子」と呼んでいます
・原作22巻264死の要素が含まれます
・100年後の妄想など色々あります

 満開の向日葵畑が、西日を受けて黄金色に輝いている。その色と同じように瞳を輝かせた麦わら帽子の少女が、きゃあと歓声を上げて向日葵をかき分け細道を進んでいく。
「あはは、はやーい! まってよジョン!」
「ヌッフフ!」
 かつて最速のアルマジロと謳われた私の使い魔。今は一線を退いているが、その速さは未だ健在だ。土埃を立ててドリフトを決める姿を、お日様の子は必死で追いかけている。まるでクルミを追いかける子リスのようにすばしっこい。
「転ばないようにね!」
「だーいじょーぶ!」
 この道にある石は取り除いているし、舗装もしていないから転んでも大した怪我にはならないのは分かっている。それにこの子は転んでもけろっとした顔で起き上がって進んでいくタイプだ。杞憂だというのについ口を出してしまうな。そう苦笑する私の顔は、日傘の影に隠れてあの子には見えない。それにしても良い傘だ。一歩影から出ればあっという間に塵になるだろう私の身体を完璧に守ってくれている。世界一黒い鳥カタカケフウチョウを参考に開発されたこの傘が発売されて約八十年。吸血鬼のQOLはグッと上がったに違いない。発明者に吸血鬼ノーベル賞をあげたいものだ。

「ねーぇ、おじいさまはーやーく!」

 思いの外のんびりと歩きすぎていたらしい。お日様の子がぶんぶんとこちらに手を振っている。麦わら帽子からはみ出ているのは、かつての私にも勝るとも劣らない艶のある黒髪。蜂蜜色の瞳に、僅かに尖った耳。私の血を受け継ぎ、そして太陽に愛された人の子。その笑顔は眩しく、どこか懐かしい。はやくこの子の姿を見てもらいたい、そう思った私は大きく一歩を踏み出す。
「ああ、今行くよ……って、スナァ!」
「おじいさまー!?」
「ヌヌヌヌヌヌー!」
 何もないところで躓いた私は、日傘という盾を手放しあっけなく日に焼かれ塵と化した。
 生まれてこの方三百年、彼女と出会って百年。相変わらず私は元気にすぐ死んでいる。


「もう、おじいさまったら!」
「あはは……
 優しい子だ。私が転んでしまってからここまでずっとバスケットを代わりに持ってくれるし、こうして手を繋いでくれるのだから。背が届かないのに日傘をさそうとしてくれた時に笑ってしまったせいで、今は少しご機嫌ななめのようだけど。

「ほら、着いたよ」
 
 目の前には、真っ白な十字の墓石。ここには、私が世界で一番愛した女性が眠っている。昨日張り切って手入れをしたから、きっと寝心地はいいはずだ。さぁと吹いた涼しい風がその証拠。
……おじいさま」
「どうしたの?」
「えっと、ええっと……どうやっておばあさまにごあいさつすればいいのかな」
 先ほどまではしゃいでいたお日様の子の顔が僅かに固くなり、ぎゅっと手を握られる。私にとってはひ孫とのピクニックのゴール地点だが、この子にとっては久々のお墓参りなのだから仕方ない。それに今までは両親も一緒だったが、今回は初めて一人で伊奈架町まで来てくれたのだ。
「大丈夫。ヒナイチ君は君に会えてとっても喜んでるよ。私に話してくれるときみたいにお喋りしてごらん。……ほら、見せるんでしょ? 張り切って背負ってきた『それ』!」
……うん!」
 こくんと頷いたお日様の子は、ヒナイチ君にぺこりとおじきをする。それからよいしょと背負っていたものを降ろし元気よく掲げてみせた。
「おばあさま、ひさしぶり! えっと……今日はね、わたしのランドセルをしょうかいします! これね、ここあけるとキラキラできれいなの……お父さまとお母さまに買ってもらった!」
「色も綺麗だよねぇ」
「ヌンヌン」
「えへへ、この色お気に入り!」
 若草色のランドセルの中からは、宝物が次々と出てくる。入学式で撮った写真、図工で書いた絵、私が買ってあげたおもちゃ。こんなに中身が詰まっていたのに駆け回っていたのだからこの子の体力はきっと私の百倍あるに違いない。体育も先生に褒めてもらってるんだぞ、と胸を張る姿はなんとも誇らしそうだ。
「すごいんだよ、この子。今日は一人で家まで来てくれたんだ」
「リニアにのるだけだもん、へっちゃら!」
 新横浜と伊奈架町まで、超電導リニアで二十分。ヒナイチ君が吸対を退職してから出来たそれは、私たちが伊奈架町に引っ越す決め手となった。私が日本で最初に暮らした土地、ヒナイチ君の故郷。新横浜で出会った私たちだったが、お互いにこの地に縁があったことになにか運命的なものを感じる。「もしかしたら昔出会ってたかもしれないね」と言ったら、ヒナイチ君にはロマンチストだと笑われてしまった。百年前に爆破された城の跡地に建てた小さな洋館。彼女にとって終の住処となったその家に、私は今もジョンと住んでいる。

「おっといけない、大事なことを忘れていた」
 私もバスケットの中から宝物を取り出す。透明な袋にオレンジのリボン。中に入れたのはナッツクッキー。そっとヒナイチ君の側に置いて、微笑みかける。
「ひまわりの種も入っているよ。召し上がれ、私の愛しいハムスター」
……おばあさま、ハムスターなの?」
「ああ、とっても食いしん坊なハムスターさ。お皿いっぱいに乗ったクッキーをぜーんぶ独り占めしちゃうんだから!」
「えー! おばあさま、ひとりじめはダメだよ。みんなで分けっこしないと!」
「そうだねぇ、ロナルド君とジョンとどれだけバトルを繰り広げたことか……おっと、続きはお家に帰ってからにしよう。ここでお喋りしたらヒナイチ君に怒られてしまう」
「ヌフフ……
 
 楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。墓石の影が長く伸び、東の空が紫色へと変わり始めた。逢魔時だ。そろそろ帰ろうかと立ち上がった私のマントの裾を、お日様の子はきゅっと掴む。

「ねぇねぇ、おじいさま。もっとおばあさまとおはなししないの?」
……いいの?」
「『大好きって言葉はいくら贈っても無くならないプレゼント』なんだって。お父さま言ってた!」
……じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 日傘を閉じ、眼を瞑る。瞼越しにも眩しいオレンジ色に輝く太陽。
 身体は焼かれ、塵となる。空気と身体が混ざり合う感覚。
 幾度となく味わってきた死。
 けれど、この場所では死は喜びへと変わる。

「ヒナイチ君。……おはよう」

 ヒナイチ君を抱きしめた時と同じ、甘い匂いがする。
 ヒナイチ君が私を呼ぶ声が聴こえる。
 見える。ヒナイチ君の笑顔が。
 百年前に出会ったあどけない顔も、想いが通じ合った時の泣き笑いも、子を撫でる柔らかい微笑みも。幾度となく市民を守った頼もしい顔も。皺くちゃの手でクッキーを食べる茶目っ気のある笑みも。ヒナイチ君が見せてくれた全ての笑顔が、閉じた瞳に映る。

「大好きだよ、ヒナイチ君」

 返事はない。それでも君の愛情は伝わっている。
 塵の一つ一つで、ヒナイチ君と抱きしめ合う。

 人として生まれ、人として死んだ君。
 吸血鬼として生まれ、吸血鬼として生きる私。
 今この時は、死の向こう側にいる君と触れ合える。
 
「美味しいかい? ふふ、それは良かった。明日も楽しみにしててね」
……そろそろ帰るね。愛してるよ、ヒナイチ君」


 陽に焼かれヒリヒリとする身体を起こす。僅かに残る日光から守ろうと、ジョンが日傘をさしてくれていた。
「ヌヌヌヌヌヌ」
「おかえり、おじいさま」
……ああ、ただいま!」
 
 お日様の子が差し伸べてくれた手をとる。ヒナイチ君に似た、けれど違う小さい手。それでいい。君が大人になるのもきっとあっという間だ。繰り返される命のバトンを見守れるように。願わくば少しでも幸せが増えるように。

「戻ったら晩御飯にしようか。それから一緒にクッキーを焼こう」
「うん! いっぱい作って、いっぱいたべよう!」
「ヌン!」

 東の夜空に輝く一番星に向かって、私たちは歩き出す。この道は今日も、君と私を繋いでいる。