でがらし
2023-01-07 22:33:46
5081文字
Public 【吸死】ドラヒナ~全年齢~
 

【Δドラヒナ】ペンギン・デートロード

Δドラヒナで水族館デートをする話。両片思いでヒナイチ視点。
「え!?これでまだ付き合ってないんですか!?」が一言コメント、イメージソングはメル〇。
某イベントに完全にのっかったよ!!
初投稿:2023年1月7日

「ええと、待ち合わせ場所は……ああ、ここだ。間に合った……
 新横浜駅から電車に揺られること一時間、神奈川県某所の水族館入口。携帯で時間を確認すると、時刻は十二時ちょうど。これから私は特別な「任務」をすることになっている。失敗は許されない最重要任務だというのに、支度に思っていたより時間がかかって待ち合わせギリギリになってしまった。息を整えていると、建物の中に入っていこうとする家族連れの向こう側からこちらに手を振る人影が近づいてくる。
「あ、いたいたヒナイチ君!」
「おはようございます、た、隊長!」
「おはよう。……というにはもう遅いかな」
 そう笑うのは、神奈川県警新横浜吸血鬼対策課のドラルク隊長。私が所属する退治人ギルドとは連合関係にある組織の長で、高等吸血鬼が出たときにはこの人の指示で我々退治人が動くことも多い。いつもは真っ白な隊服を身にまとっているが、今日は黒いスーツ姿だ。質のよさそうな生地が線の細い身体を包み、よりスラリとしたシルエットに仕上げている。今から私は、この人と……
「おや、服に何かついているかい? さっき確認したつもりだったけれど……
「あ、いえ、その……なんでもない、です……
 とてもよくお似合いですと言いたかったのに、口が上手く動かせない。ネクタイの結び目を見るように視線をずらすと、ドラルク隊長はジャケットから二枚の紙を取り出す。
「あくまでこれは経過観察だからね、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。……まあこんな年上、しかも上司と二人で水族館なんて、緊張してしまうのも無理はないか」
「緊張なんて……
 言い淀みながら受け取った紙には、ペアチケットの文字。
 ―――そう、これから私はドラルク隊長とデートをするのだ。

 以前に高等吸血鬼が鎮圧されたという水族館の経過観察。お客さんが大勢いる中で目立つのは良くないから少人数かつ私服で潜入し確認する。ドラルク隊長からはそう説明されているが、どうしてもよぎるのは「デート」という言葉。ずっと前から好きな人と、二人っきりで水族館。緊張しないわけがない。それでもお茶の時間に隊長の好みをさりげなく聞き出し、丈の長い桃色のスカートとブラウスを買い揃え、髪の毛だってハーフアップで大人っぽくまとめてみた。……慣れないおしゃれをしようとしたせいで、待ち合わせには遅刻しかけたわけだが。
……隊長は、いつからこちらに? もしお待たせしていたら……
「いいや、私も丁度着いたところさ。ところで……今日の服、とても似合っている。これなら上手く『潜入』できそうだね?」
 スーツのジャケットの襟を正し、ドラルク隊長がくすりと笑った。歩き出す背中を追いながら、にやける頬を叩いて決意を新たにする。

―――この任務、絶対に成功させてみせる。たとえこの建物の中に、天敵がいたとしても。

「はい、これがパンフレット。ゆっくり一周すれば丁度イルカショーが見れると思うよ。人も多いだろうし、吸血鬼対策がされているか見ておいたほうがいいだろう」
「ありがとうございます……ひぎゃ!」
「ん?どうした、ヒナイチ君?」
「なんでも、ないです……、行きましょう隊長!」
 受け取ったばかりのパンフレット、その端のペンギンのイラストを見えないようにこっそり折りたたみ、薄暗くなっていく館内を進む。ペンギン……奴らは水族館の人気者だ、この生物目当てで水族館に行く人も多いというじゃないか。しかしその嘴の奥には恐ろしい猛毒を持つ牙が潜み、私たちを密かに狙っている。アクリルパネルで隔てられていたとしても、いつこちらに向かって突進してくるかわからないのだぞ。何でこんな恐ろしい存在が「可愛い」とされているのか、まったく理解できない。 
けれども、ドラルク隊長はこの潜入調査に私を指名してくれたのだ。隊長は私が知っているペンギンの生態を知らない。だから、奴らさえやり過ごせばあとは楽しい水族館巡りになる。ペンギンとドラルク隊長を天秤にかけたとしたら、答えは明白だった。むしろ、もしドラルク隊長がペンギンに襲われたら守れるのは私だけだ。奴らとの戦い方も頭の中で何度もシミュレーションした。普段頼っているばかりなのだから、こういうときくらいは……
「ヒナイチ君、最初の水槽は寒い海の生き物だって。アザラシとペンギンがいるらしいよ」
「ペン!!」
……?」
……すみません、潜入任務なのに大きな声を……
……やっぱり、私との任務は緊張するかい? 二手に分かれても……
「い、いや、大丈夫です! すみません、見ましょう!」
 いきなり待ち構えているとは予想外だった。いやしかし、逆にこれは好都合かもしれない。最初に終わってしまえばあとは奴らのことを気にしないで済む。……いいだろう、見てやるぞペンギン! 
覚悟を決め、たどり着いた大きな水槽に目を向ける。そこには、のんびりと寝転がったり、水槽を悠々と泳ぐアザラシが数頭。奴らの姿は一匹も見えない。ああ、これで世界の平和は守られた。
「あら、ペンギンいないみたいだね。……見たかった?」
「そんなことはないです!」
 そう返事をすると、ドラルク隊長は不思議そうに首を傾げる。いけない、このままでは任務自体に失敗してしまう。何か話題を……と思い見回すと、少し先に小さな水槽が目に入った。
……隊長、私クリオネが見たいです。ほら、あそこ……
「クリオネかぁ……いいね、見に行こう。やれやれ、海にすむクリオネは小さくて可愛いのに、何で陸クリオネはあんな風になるのか……
 よかった、上手く話題を逸らすことができた。これで心置きなく任務に専念できる。そう安堵した私は、足取り軽くクリオネの水槽へと向かった。

 それから数十分。最初の緊張もすっかり溶け、ドラルク隊長と歩くことにも慣れてきた。小魚の群れを見たり、カワウソと握手してみたり。途中マンボウの水槽の説明書きに「私といい勝負じゃないか」と自嘲した隊長が可笑しくて笑ってしまったり。今はサンゴ礁と熱帯魚の展示をゆっくりと歩きながら眺めている。
……この魚、ヒナイチ君に似てる」
……クマノミ、ですか?」
「うん。ヒナイチ君の髪と同じ、綺麗なオレンジ色。……いつもの髪型もいいけど、今日はなんだか、一段と……
 何かを言いかけたドラルク隊長が、照れた様子で視線を逸らした。スカートの皺を伸ばすふりをして私も視線を落とす。この任務に誘われたときに感じた胸の高鳴りが蘇る。……もしかして、隊長は私のことを……なんて、期待してしまってもいいの、か……? すこしは新人退治人の幼さが抜けて、隊長の恋愛対象に近づけたのだろうか。もういっそ、今日のデートの終わりに私から想いを伝えてしまっても……いや、それは早急か。そもそもこれは隊長にとっては任務の一つで、デートとは思っていないだろうし……

……
……

 熱帯魚のエリアを抜け、クラゲが漂うトンネルを二人で歩く。私たちの数歩先では数組のカップルが仲睦まじく手を繋いでいて、思わず目で追ってしまう。私もいつか、あんな風にドラルク隊長と歩きたい……いや待て、今私から一歩踏み出すべきなのではないか。ドラルク隊長はきっとまだ私の想いには気づいていない。けれども今日一日で距離を縮めることはできただろう。ここでさらに近づけば、もっと意識してもらえるかもしれない。暗くて静かな空間の中、水槽の明かりにぼんやりと照らされる隊長の指先をちらりと見やる。勇気を出して、まずは少しだけ、こっそり触れるだけでも。
 そう思い恐る恐る手を伸ばそうとしたその時。突如明るい音楽とともに、館内にアナウンスが響く。

「今から当水族館名物、ペンギンパレードを行いまーす! まずはここ、クラゲのトンネルからスタートです!」

……え」

 一瞬で脳内が凍り付く。今、なんと言った?
「お、ヒナイチ君後ろ後ろ! あれはたしかケープペンギンだったっけ。さっき見れなかったからこれはラッキーだねぇ……ヒナイチ君?」
「ペ、ペンー!! いや、いやだ!!」

 ペンギンの群れが、こちらに近づいてくる。我が物顔で、この真っ直ぐな通路を、私の方へ。今は麻酔弾もない、近づかないと巴投げもできない。……もう駄目だ、逃げるしかない。怖い、噛まれる、助けて。とにかくこのトンネルを抜けて、どこか遠くへ。そう思い通路を抜けようとするが、周囲の人間は立ち止まってペンギンパレードに夢中になっているせいで、上手く抜けられない。どうしよう、どんどんペンギンたちが近づいてくる。もうあきらめてペンギンの餌食になるしかないのか。

……ヒナイチ君、こっちだ」
 不意に右手が細い指先に包み込まれた。見上げると滲んだ視界に映るドラルク隊長の背中。人混みをかき分け進んでいくその手に引かれ、前へ進む。一歩、また一歩と進むごとに恐怖心が薄れていく。周囲の騒めきが遠くなっていき、凪いだ海を歩いているかのように静かになっていく。

……たい、ちょう」
 呟くように呼び掛けると、ぎゅっと手を握り返される。
心臓の鼓動だけがうるさい中、やがて私はトンネルの向こう側の光を浴びた。


「ふう、もう大丈夫かな。……うわどうしたのヒナイチ君そんなに泣いて!?」
 振り返るドラルク隊長が慌てたように声をかけるが、涙がボロボロと零れるのを抑えられない。パニックが収まると同時にどうしようもない不甲斐なさが私を襲う。結局、いつものように隊長に助けられてしまった。今日くらいは、完璧な自分でいたかったのに。これじゃあデートどころではない、そもそも任務も台無しじゃないか。さっき逃げようとした拍子に、髪の毛もぐしゃぐしゃになってしまった。結びなおす気力もなく、花飾りのついたヘアゴムを頭から外す。

「ひぐっ、ご、ごめんなさい……わたし……任務、上手くできなかった……
……おやおや、新進気鋭の退治人さん、もうこれでリタイアかな? 私はまだ『失敗』なんて言ってないよ」
……でも、あんな醜態……
「醜態かどうかは私が決めよう。……そうだな……ちょっと貸してごらん、それ。代わりにこれを」
 そう言って隊長は懐から白いハンカチを差し出し、私の持っていたヘアゴムと交換する。促されるままに涙を拭いていると、背中から隊長の声が聴こえ、隊長の指が櫛のように私の髪に触れる。
「髪の毛、触るね……さっきと同じ髪型にはできないけれど……。この花はマーガレットかな? ヒナイチ君の髪によく映える。……ヒナイチ君。ご存じの通り私は貧弱だ。それこそさっき見たマンボウと同じくらい」
「でも、隊長は強いです。いつも我々に的確な指示をくれて……吸血鬼の気配にもすぐ気づくし」
「貧弱であることには変わりない。日光にも弱いし、能力を使えばすぐに頭が痛くなる。血液錠剤なんて使ったら翌日使い物にならない」
「だとしても……ドラルク隊長は、強いです」
「ありがとう。……じゃあ、同じ言葉を自分にもかけてあげて。ペンギンが苦手なくらい可愛いものじゃないか、君は十分強い。情けなく思う必要なんて、これっぽっちもないんだ……はい、できあがり」
 隊長の手が離れ、毛先がうなじをくすぐる。乱れていた髪の毛は高い位置で一つに纏められていた。あんなにいっぱいだった不甲斐ない気持ちがすっと引き潮のように引いていき、代わりに温かいものが心を満たす。
「ありがとう、ございます……
「それにね、私はちょっと嬉しいんだよ。なんというか、新しい一面を見れたというか……あんな風にヒナイチ君は泣くんだなぁと思って……今日の報告書に書こうかな?」
「わ、忘れてください!」
 気恥ずかしさでいっぱいになり思わず叫ぶと、「少しは元気が出てきたかな?」と隊長が笑う。そうだ、私は今日この笑顔を一番近くで見たかったんだ。泣いてばかりで隊長の顔を見られなかったら勿体ない。……それに、この任務はまだまだ終わらないのだから。

「よし、では任務を続けようじゃないか! ヒナイチ君、次の予定はどうだったかな?」
……ええと、イルカショー、です。まだ数十分時間がありますが」
「では向こうのお店でクレープでも食べようか! それともパフェがお好みかな?」
……両方、食べます!」
 そう返事をして、隊長と歩き出す。弾む心と一緒に、ポニーテールもふわりと揺れた。