でがらし
2022-12-30 14:44:29
5999文字
Public 【吸死】ドラヒナ~季節のお話~
 

【3月】その瞳に恋をする

2022年3月20日開催「キミとダンシングトゥナイト」の展示作品(ヒナイチ視点)。
「花束の君に」の2週間後、春のダンスパーティのお話。タイトルはpixiv公開時から変更しました。
オンシジュームはドラルクの誕生花でもある。
甘さレベル★★★
初投稿2022年3月20日

「こちらヒナイチ、西エリア異常なし。引き続き警備を続ける」
「了解。東エリアも異常なしです」
 東側の警備に当たるサギョウと定時連絡を終え、スマホを隊服のポケットにしまいながらぐるりと会場を見渡す。今日は吸血鬼、人間、ダンピールが種族関係なく一堂に会し朝まで踊り明かすダンスパーティーの当日。普段から新横浜の住民にとっての憩いの場として親しまれている広々とした公園には、日没から多くの人々が詰めかけ賑やかさはどんどん増していく。まだ葉が茂っていない枝ばかりの木々は色とりどりのランタンで鮮やかに飾り付けられていたが、これは町内会と退治人ギルドの面々が準備してくれたらしい。

 人間も吸血鬼も一同に会する空間だ、浮かれ騒ぎの末にトラブルが起きる可能性があるからと、我々吸血鬼対策課は退治人たちと共同で会場の警備を行っていたのだが、今のところは拍子抜けするほどに平和な時間が流れている。きっと元人間・現吸血鬼の月光院希美さんが目を光らせているおかげだ。かつて夏祭りの混乱を収めた実績のある彼女にヒヨシ隊長が吸血鬼側の風紀の見守りを打診したらしい。快く応じてくれた彼女に先ほど挨拶した時には、「アダムっぴと会場の平和を守ってみせるわ、皆が楽しめるようにね」と話していたし、今頃もパートナーの吸血鬼と共に会場の中心で力強く踊り続けているのだろう。
 念のためもう一度周囲を見渡すと、ラフな格好をしている家族連れや、お洒落をした吸血鬼の女性などが私の前を通りすぎていく。吸血鬼対策課の隊服のベルトを整えながら、今の光景によく似た記憶が呼び起こされる。

 夏祭り、懐かしいな。あの時は浴衣で現場に潜入して、何故かドラルクと一緒に行動して。すぐ死んでしまうのに楽しいものにはすぐに首を突っ込んでしまうドラルクに散々振り回されたけれど、あんなに楽しい祭は初めてだった。一緒に金魚すくいをして、屋台の食べ物を沢山買って。……そして思い出す、仄かな温かさの残る白昼夢とドラルクの笑顔。悪巧みをしている時や、ジョンを可愛がっている時とは違ったあの笑顔は、一体何だったのだろう。
……あ」
 記憶が繋がり、小さく声が漏れる。

 ―――似ていたんだ、私に花束を渡してきた時のドラルクの表情と。
 二週間前、黄色い花々の間から見えたドラルクの微笑み。笑っていたはずなのに、その瞳は微かに潤み何かを訴えていたように思えたのは、床下に飾った花が萎れ始めた時。けれどもあの日以来パーティーの準備でお互い忙しくなってしまい、顔を合わせることなく今日が来てしまった。一昨日も何とか時間を縫って事務所に行ったのに、ドラルクに会うことは出来ず、「ヒナイチ君へ、召し上がれ」と添えられたメモ書きと少し冷めたクッキーが残されていただけだ。初めて食べた時から変わらない、いや食べれば食べるほど美味しいと感じていたはずなのに、一人で食べたクッキーは言いようのない物足りなさと寂しい味がした。そんなこと、直接ならまだしもRINEでドラルクに伝えるわけにもいかずに、「ありがとう、美味しかった」といつもと変わりない簡単なやり取りしかできず今に至る。

 ドラルクは今どこにいるのだろう。空を見上げると、薄曇りがかかり滲んで見える月が真夜中の空に浮かんでいる。春の始まりとはいえ流石に冷えるな。そう思い始めたころ、私と同じ白い隊服姿がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。物思いにふけっていた意識を現実へ慌てて引き戻す。

「おーお疲れ様、ヒナ!」
「隊長」
 このパーティーの警備責任者であるはずのヒヨシ隊長は、両手に紙コップを持ってへにゃりとした笑顔を見せ る。会場全体の見回りをしつつも、道行く女性たちに声をかけながらパーティーを楽しんでいたのだろう。……仕事はしていたはずだ、多分。
「どうやら特にトラブルも起きてないようじゃな、平和でなにより!……ほれ、差し入れじゃ。あったまるぞ」
 そう言って手渡された紙コップは温かなトマトスープで満たされている。
「ありがとうございます……これ……ドラルクの」
「なんじゃ知ってたのか!ドラルクがゴウセツ……ギルドマスターに教えたレシピらしいな?吸血鬼も飲めるからって結構人気みたいじゃ」
 火傷に気を付けながら口を付けると、じんわりと広がる温かさと共に、少し前に事務所の皆で夕食を食べたことを思い出す。それから、「簡単だけど美味しいんだ」と胸を張るドラルクの顔も。何故だかちくりと痛む胸を抑えながらゆっくりスープを飲み続けていると、早々に自分の分を飲み干したヒヨシ隊長がこちらにウインクしてくる。
「さ、そろそろ交代じゃ。ゆっくりパーティーを楽しんでくると良い」
「いや、交代時間にはまだ少し早いですが……
「いいんじゃよ、特に問題も無いようだし。それにそろそろ日付が変わる。警備にあたっていないと女の子たちが可哀相じゃからな!一人を選ぶなんて酷じゃ」
……?」
「なんじゃ知らないのか!てっきりドラル……いや、何でもない。ええっとな、このダンスパーティーにはあるジンクスがあってな……


 楕円状の芝生広場を縁取るように設けられた遊歩道を、人にぶつからないように早足で歩く。夜遅い時間なのもあって、吸血鬼の数はパーティーが始まってから随分と増えてきた。時折棚引くマントについ振り返ってしまうが、奴の姿は見当たらない。なにか手がかりがないかと広場の中心を見やると、視界の端に赤いジャケットが写り込む。

「ロナルド!」
「どうしたヒナイチ、そんなに慌てて……何かあったか?」
 私の呼び掛けにロナルドが立ち止まり、一緒に見周りをしていたらしいサテツ、ショットと顔を見合わせる。何か事件か?と険しい顔をする退治人たちに、しどろもどろになりながら首を振る。
「いや、特に問題は……ド、ドラルクは一緒じゃないのか?」
……ドラ公?そういや姿が見えねぇな、どこ行ったんだ?ジョンもいないし……
「『しばらく一人になりたい』ってどこかへ行ったぞ?」
「ああ、さっきお前があの吸対のダンピールに絡まれている時に」
「はぁ!?あのクソ砂、なんか企んでるんじゃないだろうな?」
「そうか……ありがとう」
「会えたらドラルクさんに何か伝言しましょうか?」
「いや……大丈夫だ。大した用じゃないから」
 小さく礼を言って、ロナルド達に別れを告げる。西側から東側の端の方へ広場を横切ってみたが、やはりドラルクは見つからない。行く当てもなく歩みを進めるうちに、心の奥底の霧が少しずつ広がっていく。

 もともと私はドラルクを監視する任務のために通っていたにすぎない、吸血鬼対策課の一警察官だ。本来の立場なら敵対すらしていたかもしれないドラルクと、騒動に巻き込まれながらも賑やかに過ごした奇跡のようなひと時。今日はどんなおやつだろうと思いながら事務所へと向かい、ロナルドとジョンと一緒にドラルクの作った夕食を食べたり、皆で映画を見ながら寝てしまったり。全部、大切でかけがえのない時間だと分かっていた、はずだった。今までも、これからも、ずっと続いていくのだと、そう思っていた。
―――けれどヒヨシ隊長からあのジンクスを聞いた時、自分自身が「それ以上」を望んでいることに気づいてしまった。どうしてあの笑顔が頭から離れないのかも。

 たかがジンクスと人には笑われるのかもしれない。
 私は今とてもワガママなことをしているのかもしれない。
 だってきっと、ドラルクが踊る相手は、私じゃない。
 クッキーモンスターだと揶揄われているくらいだ、この想いが叶うことはない。
 
 それでも、伝えたいことがある。それなのに残された時間はもう、ない。

 視線を落とし歩いていると、広場の片隅でひときわ大きな歓声が挙がる。もしかしてと人混みをかき分けると、その中心ではジョンがブレイクダンスを楽しんでいた。丸めた甲羅を器用に使って華麗にターンを決める度、周囲のギャラリーからは大きな拍手と声援が飛び交っているが、ここにも主人の姿は見えない。
「ジョン!……ドラルク、どこに居るか知らないか?」
「ヌ?ヌーン……ヌッヌ!!」
 ポーズを決めたジョンが少し考えたのち、小さな手で遠くの方を指さす。陽気な音楽に合わせてジョンと踊り出す人々の笑い声に背を向けて、私は全速力で駆け出した。


 ランタンの灯りが遠ざかり、月明かりだけがぼんやりと辺りを照らしている。遠くの方から微かに音楽が聴こえるだけで、周囲には誰もいない。そんな桜の木が植えられた公園の片隅、12時10分を指し示す小さな時計塔の下に、ずっと探していた吸血鬼はいた。

「ドラルク!」
 後に続く言葉を考える間も無く叫ぶと、ドラルクがこちらを振り向き面食らった顔を見せる。
「や、やあ、ヒナイチ君!ここは暗くて落ち着くねぇ、蕾を痛めないようにランタンは付けなかったとマスターから聞いたけど、確かに今にも咲きそうな蕾ばかり・・・・・・」
「どうして私を避けたんだ!!」
「え、あ、どうしたの、ヒナイチ君・・・・・・?わ、私は・・・・・・」
「私は焼き立てのクッキーが食べたかった!今日のことだってお前と話したかったのに、全然会えなくて、報告書は真っ白なままだ!それに、それに・・・・・・誰かと踊るのなら先に言ってほしかった!私は・・・・・・ドラルク、お前と・・・・・・」
 堰を切ったようにあふれ出した言葉と共に、涙がぽろぽろとこぼれていく。癇癪を起こした子供のように、一方的に気持ちをぶつけてしまったことが情けなくて、悔しくて。泣き止みたいと思っているのに、どうしても涙が止まらない。

「ヒナイチ君」

 芝生を踏みしめる足音と共に、低い声が私の名を呼ぶ。身体がひんやりとした布で覆われ、弾かれたように見上げると、ドラルクの顔がすぐ近くにあった。涙を袖で拭う。滲んだ視界の中に映るドラルクの表情は、優しく微笑んでいるのに今にも泣きそうな顔をしている。
「本当にごめん、ヒナイチ君。私は……怖かったんだ。もし君にこの想いを伝えて、断られてしまったらどうしようって。今日は大丈夫、RINEで伝えればいい、何なら当日に……って。そうやって自分に言い訳しているうちに、どんな顔をしてヒナイチ君に会えばいいのか分からなくなってしまって。勝手に雁字搦めになって、そして君を傷つけてしまった。ねぇ、ヒナイチ君……あの花束に込めたメッセージ、今度こそちゃんと伝えるから聞いてくれる?」
 無言のまま頷く。目の前の吸血鬼は大きく深呼吸し、私を抱きしめる細い腕にぐっと力をこめてから、そっとひざまずいた。

「オンシジュームの花言葉は『一緒に踊って』……ヒナイチ君、私と踊っていただけますか?」

 ドラルクの真剣な眼差しと静かな声が、私の心にかかった霧を晴らしていく。瞳孔の奥の小さな赤い煌めきから、目が離せない。破裂しそうな程に心臓がドキドキして、身体が熱い。

―――ああ、ずっとこの言葉を聴きたかったんだ。私は……ドラルクのことが、好きなんだ。

 差し出された細くて冷たい指先に自分の指を絡ませもう一度頷くと、どこかで聴いたことのある音楽が遠くから流れ始める。
「さあ踊ろうヒナイチ君、十二時を過ぎても解けない魔法の始まりだ!……ところでヒナイチ君、ダンスの心得は?」
「いや、全く……昔学校でフォークダンスをしたくらいだ……
「だよねぇ。大丈夫、私の動きに合わせて……スナァ!」
 踊り始めた矢先、うっかり足を踏んでしまったせいでドラルクがあっけなく砂山と化した。
「すまないドラルク!」
……フフ、お転婆なシンデレラだ。ほらほら、まだダンスは始まったばかりだよ」
 笑いながらすぐに復活したドラルクは私の肩を抱き寄せ、小さい声でリズムを取り始めた。声に導かれるまま、ドラルクの靴の動きを見ながらそろそろとステップを踏んでみる。私のおぼつかない足取りの一方で、優雅な動きで音楽を楽しんでいるドラルク。強すぎない力でありながらしっかりと私を繋ぎとめる手からは、かつて見た白昼夢と同じ温かさを感じて言いようのない安心感に包まれていく。ドラルクと歩調が合い始めた頃には、緊張よりも楽しさが心を満たしていた。

「ドラルクはダンスが上手いな……やっぱり、経験があるのか?」
「いやぁ、昔一族の社交の場で少しね!紳士の嗜みってやつさ。でも……こんなに幸せに踊れるのは初めてだよ。だって、相手がヒナイチ君なんだから」
 そう言ってドラルクは私をくるりとターンさせる。リードが上手いからか、初めてとは思えないくらいに綺麗に回ることができた。頬に当たる風が冷たくて心地よい。
「ヒナイチ君は飲み込みが早いなぁ、もうワルツはお手の物なんじゃない?」
「そ、そうなのか?よく分からない……
「もう足元なんか見なくても踊れるさ!……ほら、私の顔を見て」
 視線を上げると、白い牙を見せて笑うドラルクと目が合う。心からダンスを楽しんでいることが分かるその笑顔に、私も自然と笑みが零れていた。もうジンクスなんて、どうでもいい。こうしてドラルクと一緒に踊ることができて、一番近くでこの笑顔を見ることが出来ているのだから。


 一体どれくらいの時間が経っただろう。時間を忘れて踊るのに夢中になっていた私たちは、曲がフェードアウトしていくのにもしばらく気付かなかった。心地よい疲労感を感じながら言葉を交わさず笑いあっていると、ポケットにしまっていたスマホの着信音が響く。
「はいこちらヒナイチ……隊長?」
「ヒナイチ!すまん、西エリアに花の生えた尻の大群が出た!応援頼む!」
……分かりました、すぐ向かいます」
 どうやら希美さんのけん制もここまでらしい。電話を切ると、液晶の画面が眩しく光りデジタル時計の表示に切り替わる。12時5分か、パーティーが始まって大分経ったな。……あれ?

 胸騒ぎを覚えて時計塔に目を凝らすと、時刻は先ほどと同じ12時10分を指していた。よくよく見ると動いている気配がない。
―――もしかして、私たちが踊ったあの曲は……

……ん?どうしたの、そんなに顔を真っ赤にして……
「いや、あの……その……な、何でもない!隊長から呼び出しがあったから、私はここで……
「待って、ヒナイチ君!面白そうだから私も行こう、それに……まだまだ踊り足りないからね!」
 そう言って笑うドラルクはマントを翻して広場の方へと歩き始めた。初めて自覚した恋心と今の幸せに心を弾ませ、私も眩い光と喧噪の中へと飛び込んでいく。

 ―――どうか、少しでも長くこの夜が続きますように。