でがらし
2022-12-30 12:50:32
4091文字
Public 【吸死】ドラヒナ~季節のお話~
 

【3月】貴方だけにチョコレートを

ホワイトデー記念のお話&「クッキーは渡せない」の後日談。
ヒナイチがドラルクに告白の返事をするよ!告白シチュはなんぼあってもいいですよね。
甘さレベル★★★★
(初投稿2022年4月24日)

 すっかり日が暮れた新横浜の街並み。その人混みと街路樹を彩るイルミネーションの中を早足で歩く。まだ寒い日も続くが、羽織った上着が暑く感じるくらいには寒さが緩んできた。この光り輝く装飾ももうすぐ取り外されて、無数の若葉が芽吹くのだろう。
 ……もうすぐ春だ。そう心の中で呟くと同時に、びゅうと強い風が通りを吹き抜けた。左手に持っていた紙袋が飛ばされないように咄嗟に抱きかかえる。
「っと、危ない……
 春を告げる風に乱れた髪を整えながら、ちらりと紙袋の中身を確認する。手のひらサイズの箱に結ばれているリボンの色は、イルミネーションの隙間からこぼれる夜の色だ。今朝買ったときと変わらず傷一つついていないことを確認し、ほっと息をつく。仕事中も何度もこうして確認してしまったせいで今日はなかなか書類仕事が終わらず、そのせいで監視任務に向かう時間が遅くなってしまった。いつもだったらあの場所でクッキーを食べ終わっているころだろう。……でも今日は、クッキーが目的ではない。もう一度紙袋を抱きかかえ、追い風に背中を押されながら光のトンネルの中を駆け抜けた。

 床下に潜み身だしなみを整えながら、走って乱れた呼吸を落ち着かせる。何度も鏡で確認して大丈夫だとわかっているはずなのに、なかなか床下から出る勇気が出てこない。この瞬間をずっと待っていたはずなのに、いざその時が来るとどうにも緊張してしまう。どう言おうか、伝えようか。そう考えながら所在なく狭い部屋をぐるぐると歩き回っていると、ちょうどひと月前に味わったマカロンの甘さを思い出す。
 こちらはこの一か月落ち着かない日々を過ごしていたというのに、当の本人はそれ以前と変わらない振る舞いを続けていた。ある時は舞い込んできた依頼に首を突っ込み、またある時はゲームに熱中し、そして変わらずたくさんのクッキーを焼いてくれる。いつも通り美味しくて香ばしくて甘くて、あの日は夢だったのではないかとすら感じていた……私の誕生日までは。
 豪華な料理で盛大にお祝いしてくれたあのパーティーの後、「来年も、お祝いできるといいな」と私にだけ聴こえるようにぽつりと呟いた小さな声。その言葉を聞き返すことはできなかったけれど、いつもの声とは違った響きで耳を撫でられた感覚も、頬が熱くなったのも、夢じゃない。
……よし」
 このまま気持ちを伝えず何もなかったかのように過ごすことは、もうできない。頭の中で伝えるべき言葉を何度も反芻し、意を決して頬をぺしりと叩く。机に置いていた紙袋の手提げ紐を握りしめ、頭上の板を押し開いた。

「おや、ヒナイチ君いらっしゃい!少し風が強いけれど、今日もいい夜だねぇ」
 床下から頭を覗かせ、蛍光灯の眩しさに目を細める。声のする方を向くと、その吸血鬼はソファに足を組んで一人で座っていた。
「こ、こんばんは、ドラルク……
 そう小さく返事をするとドラルクは柔らかく微笑む。その笑顔はいつもと同じようにも全然違うようにも見える。一気に緊張で身体が固くなってしまい、頭の中で考えていたあれこれが全部霧散してしまった。ええと、なんて話しかければいいのだろう。二人きりになったタイミングを見計らって渡そうとは思っていたけれど……辺りを見渡してみるが事務所の同居人たちは見当たらない。メビヤツも目を閉じて眠っている。
「えっと、これは……その……ロナルドとジョンは?」
……ギルドにいるよ。そちらに用事かい?」
 少しだけ目を伏せて答えるドラルク。穏やかではあるが、微かに落胆が滲んだ表情に慌てて首を振る。
「い、いや!そうじゃなくて、これはドラルクに……これ……バレンタインのお返しだ……
 しどろもどろになりながらも少し皺になってしまった紙袋をドラルクの前に差し出す。ちらりと見上げると、ぺたんと萎れてたドラルクの尖った耳がぴくりと反応する。目の前の相手の期待に満ちた表情に、とくとくと身体が脈打ち始める。
……ふうん?もしかして、『私だけ』に……?」
 強調された言葉に小さくうなずく。一瞬の間の後、袋を受け取り抱きしめるように両手で抱えるドラルク。
「ありがとう、ヒナイチ君。今開けてもいい?」
「あ、ああ……見て、ほしい」

 手招きするドラルクに誘われるまま、二人並んでソファに座る。事務所でクッキーを食べていた時にこうして並んで座ることは何度もあったはずだ。それなのに……距離が近すぎる。顔を合わせられない代わりにドラルクの手をじっと見てみるが、小さな箱に丁寧に結ばれた紫のリボンをしゅるりと解く手つきにすらドキドキしてしまう。もしかしたらドラルクよりも私のほうが緊張しているのかもしれない。
「さあて、どんなお返しかなぁ……?」
 ドラルクがぱかりと小箱を開けると、中には小粒のチョコレートが2つ綺麗に収まっている。あちこちのお店を巡って見つけた、艶のある菱形のシンプルなチョコレート。左隣の様子をちらりと見やると、こちらを向いたドラルクと目が合う。
……嬉しいよ、ヒナイチ君……でも、ちょっと足りないなぁ」
 笑顔でぽつりと言うドラルク。しまった、やっぱり吸血鬼用に血が混ざっているもののほうが良かったのかもしれない。小粒だから血が入ってなくても食べられるかと思っていたけれど、配慮が足りなかった。そう謝罪すると、一瞬きょとんとしたドラルクはくすりと笑って小箱を置く。
……ううん?そうじゃなくって……ヒナイチ君の気持ち、ちゃんと私に教えて?」
 わずかに空いていたその距離がぐっと詰まる。近いと思っていた距離がゼロになり、いよいよ心臓の鼓動が収まらない。
……えっと……その……
「バレンタインのお返し、なんでしょ?……どうしてチョコレートにしたのかな?」
……お、お前と同じ、気持ちだから……
 床下で考えていた言葉を消え入りそうな声で絞り出す。けれどドラルクはにやにやと笑うばかり。
「うーん、惜しいなぁ!つまり、ヒナイチ君は私のことを……?」
「わ、わかっているくせに……
 返事をしようとこの一か月ずっと考えていたはずなのに。ちゃんと言わなくてはいけないのに。でも、ドラルクの顔を見ることすらできずに視線を逸らしてしまう。
……ちょっと意地悪だったかな?ごめんね、じゃあ、もう一回教えてあげる」
 くすりと笑うドラルク。ぎゅっと手を握られると、さらりとした手袋の布地がくすぐったい。手からゆっくりと視線を上げると、ひと月前の表情によく似たドラルクの顔が映る。
……好きだ、ヒナイチ君。君は私にとって特別な人だ。この一か月ヒナイチ君がそわそわしているのを見ながら我慢するの、大変だったんだよ?だって『返事はいつかでいい』なーんて、カッコつけちゃったからさ。いざこうして返事がもらえると嬉しくてたまらなくて……でもやっぱりヒナイチ君からも『好き』って言ってほしいなぁ。……ふふ、欲張りだね、私」
 そう言ってドラルクは牙を見せて笑う。手を握る力の強さから、その言葉が本心であるとわかる。
 ……ドラルクは私の言葉を待っている。それが嬉しくて、照れくさくて……温かい気持ちと一緒に、今度こそ勇気を奮い立たせぎゅっと手を握りかえす。一つ深呼吸をして、ドラルクの目をまっすぐ見る。

……私にとっても、お前が特別だ。……ドラルク、好きだ」

 ようやく口に出来た、自分の気持ち。言葉と一緒に、不思議と涙もこぼれていた。
「あれ……?なんで泣いてるんだろう、私……
 安堵と幸福が身体中を満たして、溢れてくる。滲んだ視界の中、少し驚いた表情を見せるドラルク。その顔が不意に近づいていって、薄い唇がそっと右頬に触れた。
……!ち、お前、な、何を……!?」
「涙ってちょっと甘いんだねぇ。それともヒナイチ君のだからかな?……ああゴメン!もしかしてこっちがお望みだったかな?……だってもう私たちは『恋人同士』なんだからね」
 ニコリと笑ってドラルクの顔が唇に近づく。瞬間、ここまで耐えてきていた羞恥が一気に限界を迎えた。
「ち、ちーん!!あ、すまないドラルク……
 大声に驚いたからか、拒絶されたショックからか、恋人となった男はあっけなく死んだ。こんな態度、恋人相手に失礼じゃないだろうか?けれど、なかなか「らしい」ことには慣れることができそうにない。小さく呻いていると、再生したドラルクはくすくす笑って私の頭を撫でる。
「こちらこそゴメン……ヒナイチ君が可愛くって、つい……。ゆっくり慣れていこう、時間はたっぷりあるんだから。そうだ、これ一緒に食べようよ!正直食べるのは勿体ないけれど、何も知らないロナルド君に食べられでもしたら百回は死んでしまうからね!」
 そう言ってドラルクは小箱から一粒チョコレートを摘まむ。私も残ったもう一つに手を伸ばそうとするが、何故かそっと手で遮られてしまった。意図が分からず首を傾げていると、ドラルクはにっこりと笑ってチョコレートをこちらに近づけてくる。
「じゃあ、まずは恋人初級編。ヒナイチ君、あーん?」
……っ、うぅ……
……これも、ダメ……かな?」
 そんな顔をされたら、何も言えない。小さく口を開くと、隙間から滑らかで甘い塊がゆっくりと押し込まれる。噛みしめるたびに、全身が溶けるような甘さがじわりと口に広がっていく。

「美味しい……ん、ドラルクは食べないのか?」
……ヒナイチ君に、食べさせてほしいなぁ……?」
「お前、やっぱり私をからかっているだろう!」

 来年の自分は、どんなバレンタインを過ごすのだろう。こういう事にも慣れているのだろうか。それともドラルクに振りまわされっぱなしだろうか。そんなことを想像しながら、残った一粒を手に取り物欲しげなドラルクの口元に押し付けた。
……甘いね」
……ああ、甘いな」
 呟くような小さな声に、同じように小さな声で答え、笑いあう。春の始まりとともに、私たちの恋人としての日々が新しく始まる。