でがらし
2022-12-30 12:30:39
2791文字
Public 【吸死】ドラヒナ~季節のお話~
 

【2月】クッキーは渡せない(前日談)

バレンタイン記念のお話。ドラルクが告白を決意するお話。
甘さレベル★★★
(初投稿2022年2月16日)

 日没を迎えたばかりの空は、まだほんの少しだけ薄明るい。
 普段よりも早く目覚めてしまい一人散歩に出てきたはいいが、微かに残る日の光に焼かれたせいで肌がチリチリと痛む。もう既に何回も死んでしまったが、まだ事務所に帰る気にはなれなかった。人で賑わう並木道を抜け、土手をふらふらと進みながら脳裏で反芻するのは……数日前のジョンとの会話。

……前々から思っていたのだけど」
……ヌー?」
 何気なく見ていた深夜のバラエティー番組。画面の向こうでは「バレンタイン特集!」と数々の菓子類を紹介しつつ、今時の若者の恋愛事情をコミカルに伝えていた。告白はRINE派か直接伝える派か、手作りにするのか市販の物を買うのか……などなど。そんな情報をぼんやりと目で受け取りつつ、私は隣でもぐもぐと菓子を頬張るアルマジロに話しかける。
「何故この国のバレンタインは『女性が好きな男性に告白する日』みたいに伝わったのだろうね?もっとも最近はそうではなくなってきているみたいだけどさ」
……ヌヌヌイ」
「告白されたいという気持ちは分からないでもないよ、でも……もし本気で恋を成就させたいのならば、相手を想っている側から気持ちを伝えてしまった方が、話が早く進みそうだとは思わないかい?」
 口に運ぼうとしていたポップコーンを落とし、唖然とした表情でこちらを見るジョン。
……ヌヌ、ヌヌヌヌヌヌヌイヌ?」
「私が言うセリフじゃないって……どういうことだい?」
 一気にまくし立てるマジロ語とジェスチャーに、声にならない悲鳴をあげて塵になる。

……告白、私が、ヒナイチ君に?……ジョン、本気で言ってる?」
「ヌヌ!」
 私の使い魔は可愛く、時に恐ろしい。秘めたる思いでいたはずのヒナイチ君への慕情も、進展し切らない関係性に業を煮やしつつあったことも、とっくに見抜かれていたようだ。いくら使い魔相手とはいえ、この気持ちがバレバレのまま歳月が過ぎていたと思うと堪らなく恥ずかしい。
「え……でも、私、今の関係も中々悪くないかなぁ……なんて……今のはたとえ話みたいなもので……
 三割本心、七割は嘘である言葉を思わず零すと、ジョンにペシペシと膝を叩かれる。死なないギリギリの強さが余計に痛い。
……やっぱり、ジョンには全部お見通しかぁ……
「ヌヌヌヌヌヌ!」
 隣の部屋では、終わらない原稿に頭に抱えているロナルド君のうめき声が聞こえてくる。そんな声を聞きつつ、スマホで「本命 お菓子」と検索した私も頭を抱えるのだった。


「まあ、あんな言葉が無意識に零れてしまった時点で、こういう日が来ることは判っていたのだけど」
 ジョンの好きな穴掘りスポットに辿りついた頃には、すっかり日は暮れていた。冷たい風が吹き抜け、羽織ったマントがひらりとはためく。
 今のヒナイチ君との距離感に、不満があるわけではない。でも、満足しているわけでもなくて、しかも日を追うごとに後者の感情は強くなっていって。ジョンと、ロナルド君と、そしてヒナイチ君。事務所に集う我々の関係性が、今日これからの行動で大きく変わってしまうかもしれないという恐怖心も勿論ある。けれども、手をこまねいた結果ヒナイチ君がどこの誰とも分からない相手と結ばれる方がよっぽど辛い、そう気づいてしまったのだ。
 ロナルド君にバレないようにこっそり準備したヒナイチ君用のお菓子は冷蔵庫で出番を待っている。気持ちを伝えると決めたからには、一切の誤解が生まれないようなお菓子を。そう思い今までで一番丁寧に心を込めて作り上げたのは、ヒナイチ君の瞳と髪の色によく似たマカロン達。
……喜んでくれるかな、ヒナイチ君」
 不安が滲む言葉に、思わずくすりと笑う。美味しくないわけはない、この吸血鬼ドラルクが作ったのだから。ジョンにも味見をしてもらい、太鼓判を押してもらったのだから。そう自分で自分を奮い立たせ頬をぺしりと叩くと、反動で死んでしまった。
 来た道を戻ると、いつも散歩する時間帯にはシャッターが下りていた並木道の片隅の店がまだ開いている。この街に暮らし始めて大分経つが、ここは花屋だったのか。店先に並んだ色とりどりの花たちに立ち止まると、小さなピンク色のバラが目に入る。

―――確か、花言葉は……
 今日伝えたいたった一つの言葉を意味するその花を、気づいたら衝動的に購入していた。やれやれ、菓子といい花といい、ヒナイチ君に察してほしい気持ちを捨てきれていないな。もし上手くいかなったら腹いせにこのバラを食んでしまおう。
 丁度イルミネーションが点灯し始めた街並みはいつもよりも賑やかで、美しい。きっとあと数十分後には彼女もここを通るはず。……ヒナイチ君の目には、この光景はどう映るのだろう?


「みみみ、見ろよドラルク!!ささ、さっきフ、フクマさんが来て……こんなにチョコが!!」
 感傷に浸っていた心が、ロナルド君の雄叫びで現実に引き戻される。私が散歩している間にフクマさんがやってきてファンからの贈り物を届けてくれたらしい。菓子でいっぱいになった段ボールにダイブするかの如き勢いで喜んでいるロナルド君を眺めていると、上着の中のスマホが震え、RINEの名前を見て砂になりかける。……こういう時こそいつも通り、「待っているよ」と返すべきか、それともスタンプか?あるいは……
「ヌヌ、ヌー!」
「ジョン!!ちょ、待ってウワァー!!」
 いつの間にか足元にいたジョンが硬直していた私からスマホを奪い、「今日は期待してて」と素早く返信してしまった。やっぱり君は優秀で恐ろしい使い魔だ。

……ん?ドラルク、お前なんでバラなんて持ってるんだ?」
……今日はバレンタインだからね!テーブルもお洒落にして優雅に楽しもうと思って」
「なんか腹立つ」
「ひどい!!……ん?どうしたんだい、ジョン?…………ほう、ロナルド君とドーナツを買いに行きたいのかい?もちろんいいよ、行っておいで」
 ロナルド君のズボンの裾を引っ張りニュンと首を傾げるジョン。この仕草に落ちない人間、いや生命体はいない。デレデレに顔が溶けたロナルド君は、これが自身を事務所から連れ出す口実だと気づいていないようだ。
「ジョーン!!俺とバレンタインデートしてくれるのか!?嬉しいよぉ……ほら行こう!!」
 メビヤツから帽子を受け取ったロナルド君は、意気揚々と部屋を飛び出していく。手筈通りにその後を追うジョンは、事務所のドアを閉めるついでにその小さな親指を立てて「ヌン!」と私にエールを送ってくれた。

 足音が遠ざかり、騒がしかった事務所がシンと静まり返る。緊張でもう死んでしまいそうだが、それすらも愉快で、愛おしい。
……だって、それだけヒナイチ君のことを愛しているということなのだから。