でがらし
2022-12-30 12:23:34
3582文字
Public 【吸死】ドラヒナ~季節のお話~
 

【2月】クッキーは渡せない

バレンタイン記念のお話。ドラルクがヒナイチに告白するよ!お菓子言葉調べるの超楽しかった。
甘さレベル★★★
(初投稿2022年2月14日)

 空気が澄んでいるからか、それとも私の心が弾んでいるからか、並木道のイルミネーションがいつも以上に輝いて見える。
 数ある行事の中でも、バレンタインは心が浮足立つイベントの一つだ。何故?このイベントは、ハロウィンと同じ、いやそれ以上に街中にお菓子が溢れるから。そしてドラルクが作るおやつがいつもより豪華になるから。
いつも以上にテキパキと仕事を片付け「今から向かう」とRINEに連絡を入れると、直ぐに既読が付いて「今日は期待してて」とドラルクから返信があったのが五分前。謙遜などは一切しない性格であることは知っているけれど、わざわざこちらのハードルを上げるようなメッセージを送ってくるあたり、今日のおやつはよっぽどの自信作なのだろう。そう言われるとますます期待に胸が膨らんでしまう。
 ……やはりクッキーだろうか、それともチョコレートか、いやもしかしたら両方かもしれない。山積みになったおやつを思い浮かべてみると、その次に脳裏によぎったのはおやつを夢中で食べるロナルドとジョン、そしてその隣で得意げに笑うドラルクの姿。
 居ても立ってもいられず、小走りで事務所への道を駆け抜けていく。すれ違う老若男女の人々はそれぞれのパートナーとバレンタインを楽しんでいるようで、柔らかい笑顔が街に溢れていた。そんな光景を見ると、街の平和を守る一警察官としても心が温かくなる。今日ばかりは吸血鬼に街がかき乱されることがありませんようにと心の中で祈りつつ、私は史上最弱の吸血鬼の元へと急いだ。


「ドラルク、今日のおやつは何だ!?」
 浮足立った気持ちのまま事務所の扉を勢いよく開けると、思いの外静かな空気が私を出迎える。ビビッ、と挨拶音のした方を向くと、帽子を被っていないメビヤツと目が合う。挨拶を返すと大きな目がぱちりと瞬き、いつものように「入ってよし」と認証してくれた。……どうやらロナルドは不在らしい。まさか吸血鬼絡みの事件かと急いでスマホを確認してみるけれど、特に吸血鬼の出没情報は報告されていなかった。微かな疑問を抱きつつ、リビングへと続くドアへと足を進めると、目の前でドアノブがガチャリと回り、細長い人影が姿を現す。

……こんばんは、お嬢さん。今日も良い夜だね」
 いつも通り、古風な吸血鬼らしいジャケットとマントを身に着けたドラルクがこちらに微笑む。けれど、その笑顔はどことなくぎこちない。いつも傍にいるはずのジョンも見当たらないし、何より甘い匂いが漂ってこないのが不思議だ。
……ロナルドとジョンはどこに行ったんだ?」
「ん?……ああ、ドーナツを買いにいったよ。バレンタイン限定のチョコレートドーナツが食べたいんだってさ」
「そうか。じゃあ帰ってきたらみんなでおやつを……
「いや、待たなくていいよ」
 少しだけ低い声に驚いてドラルクを見上げる。百歩譲ってロナルドのことを待たなくていいと言うのはともかくとして、全幅の信頼を寄せている使い魔のジョンの帰りを待たずにおやつを振る舞うことを良しとするなんて、今日のドラルクはなんだか様子がおかしい。

「先に食べてもらおうと思って。ヒナイチ君用の特製……をね」

 手招きされるままリビングへと足を踏み入れる。「準備をするから待ってて」とドラルクに告げられ、ひとまず手を洗おうと洗面所へ向かう。
 鏡はいつも通り水垢一つ無く綺麗に磨かれていて、私の顔を偽りなく写している。手を洗いながらじっと自分を見つめると、少しだけ顔に疲れが滲んでいるような気がしてしまい、ついでにと顔を洗う。さっきまで書類仕事ばかりしていたせいだろうか。もう一度鏡を見て目元がすっきりしたことを確認した……と思ったが、今度は髪留めがずれていることに気づく。さっき走っていた時にずれてしまったのだろう、慌てて位置を直していく。 普段から最低限の身だしなみには気を遣っているが、こんなに鏡と睨めっこするのは警察学校の面接試験の時以来だ。さっきからのドラルクのよそよそしさが、私にも移ってしまったのかもしれない。

 しばらく格闘した末にリビングに戻ると、「おかえり、ヒナイチ君」とドラルクが出迎えてくれた。ダイニングテーブルの真ん中には、小さな花瓶に生けられた桃色のバラが三本。視線をずらすと、見慣れない白い皿とカトラリーが丁寧に置かれ、さながら高級レストランの雰囲気を醸し出している。
席に近づいてみれば、皿に乗っていた今日の主役は小ぶりな2つのマカロンだった。名前と見た目は当然知っていたけれど、実際にこうして目の前に出されるのは初めてだ。

……ドラルクは本当になんでも作れるんだな」
……まあね。さあ、どうぞ召し上がれ」
 手前にあった薄緑色のマカロンを口に含む。サクリとした歯触りにほろりと崩れる甘さと、濃いピスタチオの香りが鼻を通り抜けて、今まで経験したことのない美味しさで。けれどもドラルクはいつもの得意満面の笑みではなく、少し目を伏せて呟く。
……お気に召さなかったかな?」
「そんなことはない!凄く美味しい!……ただ、緊張してしまっただけだ……何というか、今日のドラルクはいつもと違うし……私はてっきり、いつもみたいにクッキーか、バレンタインだからチョコレートだと思って……
 ぶんぶんと首を左右に振り目の前の吸血鬼の誤解を解こうと必死に言葉を紡ぐ。すると納得した様子のドラルクがふっと笑って、バラの花びらを細い指先で撫でる。
……そっかぁ。でもごめんね、ヒナイチ君。今日ばっかりはクッキーはあげられなかった」
……?じゃあ、チョコは……?」
……。うーん、それもちょっと自信が無かったんだよね」
 いつも自信たっぷりに振る舞っているドラルクからそんな言葉が出てくるのが意外で、思わず吹き出してしまった。一気に切れた緊張感の反動のせいで笑いが止められずにいると、目の前のドラルクもつられて笑いだす。

「ふふっ、ははっ……どうしてここで笑っちゃうかなぁ、ヒナイチ君?」
……だって、お前が『自信が無い』なんて言うのが似合わなくて、つい……
 正直に理由を話すと、さらにゲラゲラと笑い始めた吸血鬼がさらりと砂になる。どうやら笑いすぎても死んでしまうらしい。しばらく笑いと共にうごめいていた砂山が元に戻ると、涙を拭ったドラルクが意を決したようにこちらに向き直る。
……やっぱり、こんな回りくどいのじゃヒナイチ君に伝わらないかぁ!」
……どういう意味だ?」
「ねぇヒナイチ君。お菓子にもメッセージがあるって知ってるかい?……うん、初耳って顔だ。教えてあげる」

―――クッキーは『友達でいよう』、チョコレートは『貴方と同じ気持ち』。

「日本のバレンタインではチョコレートを贈り合うのが定番みたいだけど、本来告白に使うにはちょっと弱い意味なんだよねぇ。それに最近では友チョコやら義理チョコやらが溢れているし、どうもヒナイチ君はそっちの意味にとってしまいそうで……って、聞いてるかいヒナイチ君?」
 早口でまくし立てる言葉が消化しきれず、頭の中をぐるぐると巡る。

ド ラルクにとって私は『友達』ではない。今日は、バレンタイン。ということは、つまり。

……その……マカロンはどういう意味なんだ?」
……訊いちゃうのそれ……?ワタシ、そろそろ限界なんだけど……
 吸血鬼の輪郭が砂交じりになってぼやけていく。消え入りそうな声ではあったけれど、確かに聞こえた。

―――『貴方は特別な人』、と。


 崩れ落ちた砂山を覆うジャケットのポケットから、バイブ音が聴こえる。ビクリと震えた砂山は瞬く間に復活し、スマホの通知を確認してため息をつく。
「嗚呼、ジョンの時間稼ぎもここまでか。まあ言いたいことは言えたし、及第点ってところかな?あ、ヒナイチ君、そのマカロン食べきっちゃって!ロナルド君にはナイショだから」
 促されるまま残されたオレンジ色のマカロンを一口で頬張ると、キャラメルの微かな苦みとそれ以上の甘さに全身が包み込まれる。……まるで、ドラルクが纏うマントのように。

「さあここからは『みんな』でおやつにしよう!ドーナツと、後はガトーショコラも用意しているよ。それと……
 返事はいつか、でいいよ。吸血鬼だから気長に待てるさ。ウインクと共にそう言い残し、すっかりいつも通りになったドラルクは飲み物の準備を始める。
 まったく、この吸血鬼は本当に自分勝手だ。この後どんな顔をして事務所で過ごせばいいんだ。返事はいつかでいい?……私は人間だ、ドラルクみたいに気長には構えられない。それに……ホワイトデーのお返しがもう決まってしまったじゃないか。

 だって、『貴方と同じ気持ち』、なのだから。