でがらし
2022-12-30 12:15:28
2258文字
Public 【吸死】ドラヒナ~季節のお話~
 

【2月】幸福な食卓

節分の日のドラヒナ。第15話のヒナイチの想像から妄想を膨らませた。
寒い中あったかい空間で美味しいもの食べるって幸福ですよね。
甘さレベル★★★
(初投稿2022年2月3日)

 耳がちぎれてしまいそうな冷たい風が吹き抜ける夜。ほどけかけていたマフラーを首の後ろで結び直しても、布の隙間からひやりとした空気が入ってきてしまいぶるりと肩を震わせる。明日は暦の上で春が始まる日のはずなのだが、この様子では冬はまだまだ長そうだな。
 寒さのせいかそれとも昼の仕事で体力を使ったからか、いつもよりも切実な空腹を覚えていた私はロナルド吸血鬼退治事務所に急ぎ足で向かう。そういえば、職場から寮に経由せず真っ直ぐに事務所に向かうようになって大分経つ。確か最初は……あのクッキーを食べた翌日だったかな。


「おかえり、ヒナイチ君!今日は遅かったね、お仕事大変だったの?」
 当たり前のように「ただいま」と返事をしてから、私がここにいるのも職務なのだと思い出す。今やほぼ毎日事務所で過ごしているせいで、私はそもそも「吸血鬼ドラルクの監視任務」のために通っているのだということをすっかり忘れていた。気を緩めてはいけない、目の前にいるのは監視対象なのだぞ。
……いい匂いがする」
 理性とは裏腹の言葉が零れてしまいあっと口元を抑える。仕方ないじゃないか、こんな美味しそうな匂いがしたら。そんな胃袋の主張が聴こえてしまったらしく、ドラルクはくすくすと笑う。
「今日は節分でしょ?だからスペシャル仕様なのさ。ささ、手を洗ってきて、あと少しで出来るから」

 コートを床下にしまい、いそいそとダイニングに向かう。キッチンカウンターには甘酸っぱい香りを漂わせた酢飯が桶の中で艶々と輝き、その傍には綺麗に細長く切られた具材が並べられている。
「ついつい張り切って作り過ぎてしまったよ!酢飯を混ぜるのってけっこう大変なんだねぇ、重すぎて何回も死んでしまった。ロナルド君に手伝ってもらえなかったらどうなっていたことやら……
 ロナルドとジョンは切らした牛乳を買いに出かけたらしい。ドラルクは喋りながら器用に恵方巻を作っていく。私も手伝うことにしたが、巻きすの扱いが思っていたよりも難しく、結局巻く前の酢飯の上に具材を乗せる役割に落ち着いた。
 二人で恵方巻を量産しながら、たわいのない話を続けていく。今日の仕事……節分行事を兼ねた防犯教室を保育園で開いたことや、園児と一緒に豆まきをしたことを話すとドラルクは楽しそうだねぇと相槌を打つ。

「そうだヒナイチ君、冷蔵庫開けてみて」
 ふと思い出したようにドラルクがこちらを見るので、作業の手を止めて冷蔵庫を開ける。ラップ越しでも判るふんわりと甘い香り、柔らかそうなスポンジ、真っ白なクリームにくるまれたフルーツ。今日一番の嬉しさに思わず飛び跳ねる。
「ロールケーキだ!!」
「恵方巻に似ているなと思ってね、折角だから作ってみたんだ。……ヒナイチ君は本当に私の作るお菓子が好きだね」
そう言って少し照れくさそうにドラルクは笑う。無意識に皿を取り出そうとしていた私の手は、「ご飯の後のお楽しみだよ」とドラルクに止められてしまった。ロールケーキとしばしの別れを惜しんでいると、丁度ロナルド達が帰ってくる。

「あー腹減った!!もうメシ出来たか、ドラルク?」
「ああ、もうすぐ出来るよ!手を洗っておいで」
 外遊びから帰ってきた子供に声をかけるようなドラルクの声色が何だが可笑しくて、思わず笑ってしまった。もっともこの吸血鬼にとっては、私も似たり寄ったりの子供なのだろう。

「いただきます」
 いつもより豪華な料理が並び、皆で手を合わせる。ロナルドとジョンは意気込んで恵方巻にかじりつき始める中、ふと脇に添えられた汁物に目が留まる。
「これは……味噌汁か?」
「いや、味噌は使っていないんだ。けんちん汁っていうらしいよ?」
 私も今日検索しながら初めて作ったんだ、とドラルクが答える。これも節分の日に食べるものらしい。そういえば昔給食で出たことがあったようなと思い出しながら口をつける。親しみがありつつもどこか品がある出汁を飲み込めば冷え切っていた身体が芯から足元までじんわりと温まっていく。
さっきみたいにドラルクと話しながら料理を作るのも、こうしてご飯を食べるのも、いつの間にかすっかり私の日常になっていたのだと実感する。寮で一人過ごしていた時には想像もできない騒がしさで、それが愛おしくて。

「美味しい。毎日これが飲めたらいいのにな」

 一瞬の静寂の後、身体をコンパスのようにぐるぐる回転させながら恵方巻を頬張っていたロナルドとジョンが一斉にむせだした。全く同じタイミングでむせるなんて兄弟みたいだなと言いかけてドラルクの方を見れば、なんと死んでいる。……一体どこに死ぬ要素があったんだ。まさか、むせた音が大きくてびっくりしたとか?

「げほっげほっ……おい、ヒナイチ、お前今なんて言った?」
 血相を変えたロナルドが顔を真っ赤にして私に詰め寄る。
「お、美味しい……?」
「その後!!」
「毎日これが飲めたらいいのに……?ってドラルク、何でまた死んで…………あ」
 言ってしまったことの重大さにようやく気付いた私は、恵方巻を口に頬張りドラルクから背を向ける。方位がどちらなんて、関係ない。ただ、この顔を見られたくない、目を合わせられないだけだ。
この日常がどうして好きなのか、誰を想っているのか、気づいてしまったから。

 ひときわ強い風が窓を揺らす。きっと木枯らしだろうが、今の私には何故か春一番のように思えた。……案外すぐそこまで、春は来ているのかもしれない。