キンと冷たい空気を肺に吸い込み、石畳と砂利道を踏みしめ境内の道を歩む。吐く息は真っ白に染まり、とっぷりと日が暮れた空に昇っていく。
我々吸血鬼対策課は、仕事始めの恒例行事として毎年常夜神社へ初詣をすることになっている。ヒヨシ隊長の鶴の一声がきっかけで、今年は普段から連携を取る退治人の面々と一緒に行うことになった。そんなわけで中々の大所帯での参拝となっているのだが、その中に本来我々に退治されるはずの吸血鬼までいるのが奇妙な話だ。吸血鬼ドラルクは退治人ロナルドと共に意気揚々とやってきたものの、神社までの道中の階段につまずいて砂と化し、使い魔のジョンがしくしく泣くという展開を3回は繰り返していた。やはり年が替わっても最弱の吸血鬼であるのは変わらないらしい。一方のロナルドは我々吸対と合流した5分前、出会い頭にセロリをぶつけられて以来ずっと半田と口喧嘩を繰り返している。新年とは思えない、いつも通りの光景だ。
そんな中でひときわ目を引くのがギルトマスターの娘さんだ。彼女だけいつものバーテンダーのような服装ではなく可愛らしい和装をしている。なんでもギルトマスターが着付けたそうだ。退治人の面々が口々に可愛いと褒め、彼女は照れ、その後ろでギルトマスターが圧の強い笑顔を浮かべている。
ふと、前にここに訪れた時は祭の日で、その時ドラルクが浴衣を「可愛い浴衣じゃないか」と褒めてくれたことを思い出す。もし和装をしてきたらドラルクはまた褒めてくれたのだろうか?……っと、何を考えているんだ私は。職務に集中しなくては、と隊服の上に羽織ったコートの皺を伸ばす。
「よし、じゃあ先に我々が失礼するぞ。皆整列!」
隊長の号令に合わせて、小銭の跳ねる音と柏手を乾いた夜の空に響かせる。
誰もケガや病気をしませんように。
今年も自分の職務を全うできますように。
あと、ドラルクが美味しいおやつをたくさん作ってくれますように。
……一個だけ煩悩が混ざった気がするが、きっと神様も許してくれるだろう。
参拝を無事に済ませ、賽銭箱の前に群がる退治人たちを眺める。各々のタイミングで所作を行っていたり、何かをぶつぶつ呟いている者がいたりして我々よりも長くかかりそうだ。半田はまだロナルドへの嫌がらせを諦めていないらしくセロリを振り回し始めているし、その腕をサギョウが必死に止めている。そんな様子を横目で見ていた最中、何かの気配を感じて思わず後ろを振り返る。
気配は気のせいだったらしく、振り返った先には誰も何もいなかった。植えられた木々がまるで鬱蒼とした森のように広がっているだけだ。まるで、あの先にもう一つ神社があってもおかしくないくらい。
……あれ?私はあの先に行ったことがあったような、無かったような……確かあれはあの祭の……
「随分冷えてしまっているねぇ」
不意に手を掴まれ、長い回想に入ろうとした私の意識が引き戻される。参拝を終えたらしいドラルクがいつの間にか私の隣に立っていた。
「ド、ドラルク……?」
「これじゃあ私の方が温かいかもね」
いつの間にかすっかり手が冷え切ってしまっていたようだ。……でもなぜか顔だけは熱い。それになんだろう、このどこか懐かしいような、安心するような感覚は。さらに強くぎゅっと握られる手から、あるはずの無いドラルクの体温が伝わる。吸血鬼のことを温かいと思うなんて、一体私は何を考えているんだ。そう思った瞬間、とくんと心臓が跳ね、温かい血液が全身を巡り始める。
「おっと失礼。さあ帰ろうかヒナイチ君!」
そんな私を意に介さず、おどけた表情でパッと手を離したドラルクは皆の元へと歩き出す。
「帰る……?」
「これが仕事始めってことは早速私の監視任務をするんでしょ?それに……お汁粉も用意しているよ、きっと身体が温まる」
「お汁粉!」
つい顔を輝かせてしまうが、このまま抜けてしまってもいいものか。隊長の顔を見るとどうやら会話を聞いていたらしくウインクで許可を出してくれた。いつの間にか他の退治人たちも全員参拝を終えたようだ。厳かな新年の雰囲気を吹き飛ばすかのようにあちこちで乱闘が起き、セロリが空中に飛んでいる。
「あ、あの……年越しの時も一緒にいたから今更かもしれないが……今年もよろしくな、ドラルク」
「こちらこそ、お嬢さん」
喧噪の中、私とドラルクは新年の挨拶を交わす。思いっきり吸い込んだ空気は、さっきよりも温かい気がした。
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