でがらし
2022-10-29 21:09:34
6205文字
Public 【吸死】ドラヒナ~季節のお話~
 

【10月】トリックよりも甘い合言葉

ハロウィン記念のドラヒナ。2022年10月30日「みんなでダンシングトゥナイト」展示作品。
ロナルドのサイン会に仮装して潜入したヒナイチのお話。
甘さレベル★★★
初投稿2022年10月30日

 息を吸い込むとインクの匂いが鼻をくすぐる。新横浜駅ビルの八階、いつもより賑わう繁大堂書店。
 ある目的のためにこの本屋に潜入した私は、頭の上で揺れる飾りを手で抑えながら行列に並んでいた。

「イヤ、あっ、ほんと……ありがとうございます!!」
……、あっ、すごい、ですね、それ……へぇ手作りですか! うわぁ……アッごめんなさい手止まってて、あ……どうぞ……!」
「あ、ありがとうございました!!またお、お越しくださいませ!!」

 人の多い本屋の中でも耳慣れた大きな声が響く。いつもの赤いジャケット……ではなく、土色のトレーナーとヘアバンドを身に着けたロナルドが、行列の切れ目からちらりと見える。

【ハロウィン記念特別サイン会! ロナ戦作者:ロナルド先生に会える! 仮装して先生からサインを貰おう!】

 周囲にはそんな謳い文句が書き連ねられたポスターがいたるところに貼られており、私と同じく行列に並ぶ女性たちが楽しそうに写真を撮っている。彼女らの多くは赤い帽子や赤いジャケットを身に着け、気合十分といった様子だ。普段とは違って一見地味に見えるロナルド本人はというと、メビヤツの恰好に仮装している。トレーナーにはメビヤツのあの模様が、ヘアバンドには一つ目が描かれている。執筆中のラフな格好と仮装らしさが丁度良く合わさっていて、お客さんからの反応は上々のようだ。

「はい次の方……うわっすごい、俺そっくりですね……! ありがとうございます……え、これ……フェルトのメビヤツだ!」
 緊張と嬉しさが混じるロナルドの声と、ロナルドそっくりに仮装したファンの和やかな談笑、サインペンの擦れる音。
 そして―――

「はぁいお嬢さん、私が本物のドラドラちゃんですよ! おや素敵な仮装だねぇ。さぁ合言葉は? ……はい大正解! お菓子をどうぞ、良い夜を!」

 ドラルクだ。ロナルドとは違い、その声に緊張は一切感じられない。手慣れた様子でお客さんをにこやかに出迎え、お菓子を渡して見送っていく。先ほどから声だけは聴こえているのだが、ロナルドよりも奥にいるせいか人に紛れて中々姿が見えない。それでもじわじわと列が進んでいき、ついにその姿が映った一瞬、思わず「あっ」と息が漏れてしまった。ざわめきの中で私を気に留めるものは誰もいないのに、気恥ずかしさで顔がぶわっと火照る。

「あれ……私たちの……
吸血鬼らしからぬ白を身にまとうドラルク。その服は、吸血鬼対策課の隊服そのものだった。

ーーーーーー

 「ハロウィン記念のサイン会をしましょう」とにこやかに詰め寄る担当編集者のフクマさんと、引きつった笑いを浮かべるロナルドの脇で、ウキウキとタンバリンを叩いていたドラルクを見たのは確か二、三週間ほど前だった気がする。最初は他人事としてロナルドの悲鳴を楽しんでいたドラルクだったが、自身もこのイベントに参加することにしたらしい。編集者……フクマさんに自ら掛け合い、ロナルドのサインとともにお菓子を配ると言い始めたのだ。「ロナルドウォー戦記ですっかりおなじみ、ロナルドの相棒として自分が出れば盛り上がること間違いなし!」と言うと黒づくめのフクマさんはにっこりとほほ笑みドラルクの提案を快諾した。
 それからというものの、ドラルクは「いやぁ、ロナルド君のファンより私のファンばっかり来ちゃったりしたりして!」とロナルドを煽って殴られていたり、「おやおや、サインの練習はしなくていいのかなぁ?」としつこく訊いて砂になっていたりしていた。いつも通りといえばそうなのだが、当日に何をするかも分からない。お客さんも女性が多そうだし、ひょっとしたらどさくさ紛れに吸血しかけるのでは……そう思って、私は「潜入任務」をすることをしたのだ。断じて、ドラルクがどんなお菓子を渡すのか気になったわけではない。まあ、その気持ちも無い……わけでは、ない、が……
 とにかく、そんなわけで私はこの行列に並んでいるわけだ。もちろん潜入任務であるので私服だし、仮装が条件とのことだったので、かつてドラルクの祖父が新横浜中を巻き込み開催したパーティーで使ったカチューシャを部屋から引っ張りだしてきた。あの時はロナルドの事務所でのパーティーだったし、参加者も見知っている人間と吸血鬼ばかりだったので感覚がマヒしていたが、よくよく考えるとこの恰好は中々恥ずかしい。しかも今回はロナルドのサイン会だからか、周りはロナルドに似せた恰好か、あるいはハロウィンらしいかぼちゃの被り物や魔女の帽子を着けた人ばかりなのだ。なんとなく浮いているような気がしてしまい引き返そうかとも思ったが、せっかく来たのだからと自分に言い聞かせて列に並び始めてしまって早ニ十分程。

「コウモリのカチューシャなんて、まるでドラルクのファン……みたい、じゃないか……
 列から顔を覗かせ、気づかれないようにドラルクを観察する。新横浜の吸対メンバーの男性陣はがっちりした体格が多いからか、細身の人間、否、吸血鬼が隊服を着ているのは中々新鮮だ。青い襟と袖がアクセントの白いジャケットに黒い襷、胸元には吸血鬼対策課の証である十字のバッジの代わりに紫の宝石がキラリと光る。まったく、一体どこから調達してきたのだろうか。そういえば数日前に「どんな仮装をするんだ?」と奴に訊いてみたが、「ナイショ」とにやけた顔で返されていたっけ。
 もし、もしもドラルクが何かの間違いで吸血鬼対策課に入っていたらこんな風になるのか。あまり戦力にはならなさそうだが、案外奴は頭が回る。よくよく思い返してみれば、ドラルクの機転のおかげで確保できた吸血鬼も大勢いるし、もしかしたら司令塔としては才能があるのかもしれない。……トラブルメーカーになることはそれ以上にありそうだが。きっと毎日悲鳴をあげながら始末書を書いているのだろう。いや待て、奴が吸血鬼対策課にいるということは、そもそも職場が一緒になるということだ。そうなると今以上に一緒に過ごしているわけだから、デスクワークの時にもおやつを食べられる……いやいや、何を考えているんだ私は! 奴がどんな仮装をしていようが別に任務には関係ないじゃないか。変な妄想はするものじゃない。ま、まあ……報告書にはなるべく詳細に書いておかないとな! だから一挙手一投足をちゃんと目に焼き付けておいて……
……
 ドラルクは時折列の長さを確認しながらも、お客さんとしっかり目を合わせ満面の笑顔を浮かべている。「存分に畏怖したまえ!」とか、「次は血をくださいね」なんて冗談なのか本気なのか分からないセリフを吐き、その度に女性陣から拍手されて嬉しそうだ。今なんて両手で握手しながら菓子を渡している。私が潜入しているなんて、きっとこれっぽっちも気づいていないだろう。
「まったく、すっかり調子に乗っているな……
 普段は満たせない畏怖欲を満たしてご満悦といったところだろうか、ひらひらと手を振ってお客さんを見送るドラルク。人の多い会場だからだろう、少し暑くなったらしい。きっちりと締めていたネクタイを何気ない仕草で緩めると、古風な吸血鬼の恰好をしている時にはクラバットで覆い隠されていた首元が露わになる。細い首筋とわずかに見える鎖骨。
……まだ、順番は来ないのか」
 じわじわと列は動いているはずなのに、中々順番がやってこない。先に並んでいた人たちが楽しそうに話しながらサインや本を抱きかかえて去っていく。その腕の中に小袋もちらりと垣間見えた瞬間、つい視線を逸らしてしまった。どうしてだろう、他の人が奴の菓子を持っていると胸がざわつく。頭の上でコウモリの耳が揺れ、吸い込んだインクの匂いの中に甘さが混じる。
 わざわざ非番の日に潜入任務なんてする必要なんてなかったのかもしれないな。ドラルクはロナルドやオータム書店のスタッフたちと一緒だし、お客さんに何かをしようとしているわけでも……ない。ああやってお菓子を配っているだけだ。ファンサービスをしているだけだ。……なのに、なぜ目が離せないのだろう。
まあいい、ここまで来てしまったらさっと受け取って帰ろう。そう思いなおし列に並び続けて十分ほど経つと、じりじりと私とドラルクの距離が近づいてきた。あと五人、あと三人、……次は私の、番だ。まずはロナルドに挨拶して、それから……

「ウワハハハハ!! セロリマンの登場だぞロナルドォーー!!」「ヒギャァァ!!セロリセロリ!!!」

 こちらに向かって凄まじい勢いで緑の塊が飛び込んでくる。と同時にメビヤツの恰好のロナルドがけたたましい悲鳴を上げて立ち上がり、パイプ椅子が音を立てて後ろに倒れ、椅子に掛かっていたトレードマークの帽子がポトリと落ちる。そしてドラルクはというと悪人面を浮かべてセロリマン……半田をロナルドにけしかけていた。
「さあさあここからはスペシャルタイム! セロリマンVS退治人ロナルド世紀の一戦です!」
「聞いてねぇぞこのクソ砂ァ!!」
「だって言ってないもん! ほらほら、特設ステージでレッツファイト!」
「ではご案内しましょう」
「あ!?……いやフクマさん待って待ってヒイヤァァァ」
 いつの間にか幾つか本棚が片付けられ、空いた空間にプロレスリングのようなステージが組みあがっている。オータム書店のスタッフらしき黒服がお客さんを誘導し、ロナルドは亜空間に吸い込まれたと思えばプロレスリングに吐き出されていた。流石ロナ戦のファンといったところか、私以外のお客さんはスタッフの誘導に即座に対応しリングの周りを囲い始めている。ひと際大きな歓声が上がる中、私は一人列だった場所に取り残されてしまった。

……全く、半田はいったい何をしてい」
「びっくりしてくれたかね、お嬢さん?」
「?! ド、ドラルク!?」

 いつの間にかドラルクが隣に立っていた。先ほど落ちてしまったロナルドの帽子を片手でくるくると回している。
「もう、非番の日だっていうのに……『私の』監視任務ご苦労様!」
「なっ……それは、た、たまたま、で……
「えー? 三十分くらいずっと列に並んでくれていたじゃない。ずっと前からバレバレだったよ、ヒナイチ君」
 ニコリと笑ってドラルクが一歩こちらに近づく。自分が普段着ているものと同じ白い隊服からは、微かにドラルクのマントの香りが漂ってくるような気がする。
「列からこっそり私のこと見てたのも、お見通しだったよ。可愛いコウモリがこっちを見ているなぁって」
そう言ってドラルクは私の頭で揺れる耳をつつく。その瞬間、ドラルクの姿を見つけたときと同じ、いやそれ以上に顔が熱くなって、目が合わせられなくなって思わず視線を落とす。目に飛び込んでくる小さな袋と、そこから漂ってくる甘い匂い。
……あっ! おやつ!」
「うんやっぱりそれ目当てだよね……でも、このままじゃ渡せないんだよなぁ」
「え……!?」
 せっかくここまで並んできたのに。顔を上げると、ドラルクは口角をあげて私の耳元で囁く。

「さあ、合言葉は何かな?」
……それ、私にも言わせるのか……?」
「もっちろん! だってヒナイチ君も『お客様』だからね」

 ……ここまでのポスターにも書かれていたな。今日にふさわしいごくありきたりな、こうして仮装をした日によく似合う合言葉。わざわざ言うのは恥ずかしいが、それでも。子供に戻った時のように、とくとく動く心臓を感じながら口を開く。

「ト、トリックオア、トリート……
……よくできました! さあどうぞ、今日のための特別なお菓子だよ」

 両手で小袋を受け止める。中身はしっとりふっくらと焼けたパウンドケーキだ。ケーキの中には満月によく似た色をした栗がたくさん入っている。いますぐ開けて食べてしまいたいくらいに甘い香りに包み込まれ、知らず知らずのうちに肩に入っていた力が抜けて、ふわふわとした温かさが身体を巡る。
「ありがとう、ドラルク」
……どういたしまして。あとで味の感想を教えてね」

 歓声に視線を向けると、ボロボロになったロナルドが「うぉぉぉ! 力を貸してくれ、メビヤツ! メビヤツビームパンチ!!」と絶叫しながらセロリマンにパンチを繰り出している。熱戦にもそろそろ決着がつきそうだ。
……そういえば、その衣装はどこで……なるほど、半田から借りたのか」
「ご名答。何の仮装にしようと迷っていたのだけど、ふと思いついたんだ。一度ヒナイチ君と同じ格好をしてみたいなぁって。ふふん、ビックリしたでしょ?」
だから仮装を何にするのか聞いたときに内緒にされたのか。それに、私と同じ格好をしてみたいって、どういう……
「もし私が吸血鬼対策課にいたら、ヒナイチ君のおやつ係になってそうだねぇ、なんて……おや? どうしたんだいヒナイチ君?」
「な、なんでもない……
 気恥ずかしさが急に蘇ってきた。無事にお菓子も貰えたしもうこのコウモリの耳はお役御免だろう。カチューシャを取り外し乱れた髪を整える。
「そうだ。そのお菓子、他のお客さんには見られないようにしてね。それ、ヒナイチ君しか渡していないから」
「え」
「いやぁ、手作りをお客さんに渡すのは色々問題があるってフクマさんに止められてしまってねぇ! 他のお客さんに渡したのは市販のお菓子なんだ。もちろん私が選んだけど……
……そ、そうか、分かった」
 特別。その言葉に胸がまたざわざわする。けれどもさっきの胸のざわめきとは少し違っていて―――と考えかけた刹那、ドラルクはこほんと咳払いをしてこちらに向き直った。

……ヒナイチ君。……トリックオアトリート?」
「ちん!?」
「あっれー? ヒナイチ君、私にはお菓子を用意してくれなかったの? ……じゃあ、悪戯してもいいってことかな?」
 にやにやと笑うドラルクは私の顔を覗きこむ。……やっぱりこんな奴、吸対に居たらきっと仕事にならない。きっと落ち着いて仕事ができないだろうから。毎日振り回されて、仕事が増えて、おやつが食べれて、その笑顔が近くで見れて……いや、それは、今も叶っているのか。いや、ええと、そうじゃなくて……
「うーん、そんな顔、他の人に見られたくないし……はい、これ被ってて。今はこのくらいにしておこう」
 ドラルクが手に持っていた赤い帽子が被せられ、瞬間視界が暗くなる。

「やっぱり、君への『特別』にしてよかった。でも……後で悪戯の続き、覚悟しててね?」

 そう言ってドラルクはどこからか実況用のマイクを取り出し、ウキウキとプロレスリングの方へと向かっていった。殺気立ったロナルドと満身創痍の半田の雄叫びが聴こえたかと思えば、悲鳴を上げるドラルクの声と会場の歓声が響く。

「ハッピー、ハロウィン」

 誰にも聴かれないようにそっと呟き、コウモリのカチューシャと甘い袋をそっと胸に抱く。
 賑やかな会場の中、自分の心臓の音だけがひときわうるさかった。




~あとがき~
書き始めてから約3日後に公式に被弾しました…………びっくりした…………
参考にさせていただきました(特に紫の宝石部分とか)、ありがとう公式…………