でがらし
2022-05-23 22:27:56
4644文字
Public 【吸死】ドラヒナ~全年齢~
 

【ドラヒナ】My sweets First kiss

キスの日記念ということで超吸死に一笑2022に参加させていただいたときの無配をWEB公開します。
なんやかんやあって付き合うことになる瞬間の2人のお話。
「なんやかんや」の部分は拙作「My sweets Your sweets」にて!BOOSTにて通販中!(https://degarashi2525.booth.pm/items/3817457)(ダイマ)

 さくり、ほろりと口の中で唯一無二の味が広がる。待ち望んでいたおやつの時間。目の前のローテーブルには真っ白な陶器のティーセットにダージリンの紅茶が注がれ、優雅な香りが焼きたてのクッキーの甘い匂いと混ざり合う。
「おいしい……美味しい……!」
 クッキーを飲み込む度にそう呟くと、くすりと笑う声が向かい側から聴こえてきてどうにも気恥ずかしい。けれどもクッキーを食べる手を止めることは当然できるわけもなく、無我夢中で山積みになった幸福な味を嚙みしめる。
 テーブルを挟み向かい側に座っているドラルクはティーカップをそっと持ち上げ紅茶をこくりと飲む。さっきまでのエプロン姿ではなく、ジャケットとマントをきっちりと着込んだ姿だ。音を立てずに優雅にカップを置き、もぐもぐとクッキーを頬張る私を観察するような視線を投げかけてくる。

「ヒナイチ君は本当に私のクッキーが好きだね。夕食も食べた後なのに、実にいい食べっぷりだ」
「なっ……ああ……まあ……お、美味しいからな……
 揶揄っているわけではないだろうセリフに上手く返すことが出来ず、目の前のクッキーに視線を落とす。少しいびつな丸い形をしたものは私が型抜きをしたもので、焼き目まで綺麗なハート形はドラルクが用意したものだ。同じ生地なはずなのに、やっぱりドラルクが作ったクッキーの方が美味しい。  
 
 それに……今までのクッキーよりもずっと甘く、優しく感じる。

 一週間の東京出張から帰宅し、「いつも」の監視任務を始めて早二時間。【臨時休業】の札が下がった事務所のドアの中は、いつも通り騒がしかった。脱稿テンションでダチョウの恰好で踊るロナルドを諫めたり、手作りソースがかかったハンバーグに舌鼓を打ったり、ドラルクの隣でクッキーを作ったり。最早任務ではないのかもしれないが、ドラルクの隣から離れずにいたから多分監視にはなっていると……思う。
 そんな賑やかな時間が過ぎ、現在時刻はあっという間に午後九時。すっかり疲れ果てたロナルドはドア一枚隔てたリビングのソファで大いびきをかいて眠っている。その抱き枕役と化したジョンはモフモフと腹毛を吸われながらも眠気には勝てずにヌーヌーと寝息を立て始めた。そんな一人と一匹に毛布を掛けたドラルクがにこりと笑って「さあ、おやつの時間だよ」とほほ笑んだのが五分前。
 
 クッキーの山を崩し胃袋に収め続けていると、目の前の吸血鬼がおもむろにドラルクが口を開く。
……ねぇ、ヒナイチ君」
……な、なんだ……?」
 平静を装い紅茶に口をつけるけれども、ここ数時間ずっと忙しく動いていた心臓が一際強く存在を主張し始める。一週間ぶりの新横浜、事務所への帰り道で「クッキーが焼けたら伝えたいことがある」と呟いたドラルク。あの時は確信めいた期待があったが、いざその時が来るとどうしても落ち着かない。
……そ、そんなに緊張しないで……
「い、いや……大事な話、なんだろう? ちゃんと話、聞くから……
 ぎこちなくティーカップを置き、合わせることのできなかったドラルクの瞳に視線を返す。長い脚をそわそわと組み直しもごもごと口を動かしているが、肝心の言葉が中々出てこないようだ。クッキーと、紅茶と、ドラルクの香りが混ざり合って沈黙に揺蕩う。私が「ちん!」と叫んでしまうか、ドラルクが塵になってしまうか、まるで我慢比べだ。そう思うとどこか滑稽ですらあるが……やはり私の方が気長じゃない。私だって言いたいことがたくさんあるのだ。

「ドラルク」
「な、なにかなヒナイチ君?」
「改めてすまなかった。RINE、無視してしまって……
……そんな、全然気にしてな……
「実は東京でも色々お菓子を食べてみたんだが、どうにも物足りなくて……その時、気づいたんだ。やっぱり、私はドラルクの作るお菓子が、クッキーが一番好きだ! 今までずっと世界で一番美味しいクッキーを食べていたんだとこの出張で思い知った。それに今日のはもっと美味しくって……ええと、それはきっと、私が、ドラルク、お前のことを……
「うわぁーストップストップ‼」

 身体の半分を砂にしながら叫ぶドラルクに気圧され、最後の言葉を飲み込んでしまった。ドアの向こう側からロナルド達が起きてくる気配も無く、再び沈黙が落ちる。顔を真っ赤にしながら見つめているドラルクの熱がこちらにまで移ってしまいそうだ。
「そこから先は、私に言わせて。……なんて、もし君と考えていることが違っていたら確実に死んでしまうけれど……
 そう言って何度か軽く咳払いをしたドラルクが意を決した表情で立ち上がる。ゆっくりとこちらに回り込み、手を取る動きが、まるでスローモーションのように目に焼き付いていく。

―――私は、ヒナイチ君のことが好きだ。

 ちゅ、と口づけの音が微かに部屋に響く。
……こうやって君にキスした時から、ずっと好きだったんだと……思う。君が監視任務に熱心なおかげでずっと一緒にいたから気づかなかったけれど……この一週間離れ離れで、寂しくて堪らなかったんだよ? 任務なんて関係なく、ずっと一緒にいてほしい。君にずっとクッキーを焼いてあげたいし、その笑顔を、表情を一番近くで見たい。だから……私の恋人になってくれませんか、お嬢さん?」

 床に膝を付きこちらを見上げるドラルクの表情に、心臓が早鐘を打つ。座っているはずなのに身体がふわふわと浮いているようだ。何回も何回もドラルクの言葉を頭の中で繰り返し、ゆっくりと頷く。

「よ、よろしく頼む……
……ありがとう。これからよろしくね、ヒナイチ君」
 ロマンティックとは程遠い堅苦しい返事になってしまったのにも関わらず、ドラルクは微笑みながらもう一度私の手の甲にキスを落とす。次にこちらを見上げた時には、ドラルクは紳士的……というよりは享楽主義らしいニヤニヤとした笑みを浮かべていた。隣に腰掛け、楽しそうに問いかけてくる。

「さてと……これで私たちは晴れて恋人同士となったわけだけど……ヒナイチ君は何がしたい?」
……何、とは……?」
「色々あるでしょ、恋人同士になってやること。デートとか、あとは……
 耳元で囁かれた続きのセリフに叫びかけたが、すんでの所で踏みとどまった。きっと耳まで真っ赤になっているだろう、気恥ずかしいし……どうにも慣れない。だって、私がこの気持ちをはっきりと自覚できてからまだ間もないのだ。恋人となった事実にすらまだ頭が追い付いていない。それに今までこういうことがあったわけでもないから、こういう関係でどんなことをするのかも中々実感が湧かない。

 ……けれども。心の奥底からじわりと沸き上がった願望を、おずおずと口にしてみる。
「えっと、じゃあ……抱きしめて、ほしい。さっきは人前だったし、すぐ死んでしまったし……
「あ……
「ど、どうしたんだドラルク!?」
 小さく声を漏らしたドラルクはさらさらと塵になった。暫くして何とか再生したものの、手で顔を覆い隙間からは上気した頬が映る。
……何かまずいことを言ってしまったか……?」
「ち、違う違う! ヒナイチ君が可愛すぎて……。参ったなぁ。これじゃあますます死んでばかりになってしまう……ほら、おいで?」
 そう言ってドラルクは両手を広げた。そっと頭をドラルクの薄い胸に埋めてみると、ドラルクは身にまとっていたマントで私の身体を包み込む。いつか棺桶に閉じ込められてしまった時と同じ、しっとりとした優しい香りが漂う。先ほど駅で再会したときに味わってから、ずっと欲しかった、安心する細い腕の中。

……あったかいねぇ、ヒナイチ君は。……幸せだ」
 ぎゅっと私を抱く力が強くなる。緊張のせいか、身体はまだ固い。それでも、私は自然とドラルクのことを見上げていた。
「なぁ……ドラルク? ……私は、『恋人』っていうものがまだよく分からないんだ。でも……ドラルクのことが好きだってことは、はっきり分かる。だから……こういうことも、色々教えてほしい」
 一瞬きょとんとしたドラルクが、ごくりと生唾を飲み込みながらニヤリと笑い、両肩に細い指先が触れる。まるで魅了でも使われたかのようにドラルクの表情に目を奪われてしまう。
「いいよ……色々レクチャーしてあげよう、ヒナイチ君! じゃあ……
……あっ」
 薄い唇が火照った額に触れる。マントにすっぽりと包まれた中で、私にしか聴こえないくらいに小さなリップ音が耳に響く。さらさらと髪を撫でられ、その毛先もキスを受け止める。

……もう、挨拶のキスだけじゃ足りないから」
 ほんの一瞬だったはずなのに、痛みも無かったはずなのに、触れられたところがじんじんと熱い。額を手で抑えていると、ドラルクの身体が遠のき、すっと立ち上がる。
「でも……今日はここまでにしておこう、止められなくなりそうだからね!さあ、残りのクッキーもお食べ……っ!?」
 反射的にドラルクの手首を掴み、私も立ち上がる。「私だって足りない」……なんていうことは出来ず、代わりにぐっと背伸びをしてみる。けれど、ドラルクの唇にはあと少し届かない。私の唇に触れるのは、首元で揺れるクラバットの滑らかな布地だけだ。くすぐったくて、もどかしい。

……もう、ずるいなぁヒナイチ君……これは困った恋人だ。……いいの? 続き、しても……
……ああ。私も……
頷くと同時に、唇と唇が触れ合う。体温が低いはずのドラルクの唇は、思っていた以上に熱い。

「もう一回」

水分を含んだ口づけの音が自分の唇から響く。ドラルクの舌がちろりと私の唇を舐めると、身体がかっと熱くなり、力が抜けていく。ほんの少しだけ口を開くと広がる、微かな紅茶の香り。

「んっ……
「ふふ、甘い。クッキーの味かな?」
 
 身体がふわふわして、頭がくらくらする。ねだったのは私の方なのに、あっと言う間に限界が来てしまった。わずかによろけた身体をドラルクが受け止め、細い腕が背中に回される。

「大丈夫、ヒナイチ君? ごめんね、ちょっと焦り過ぎちゃったかな」
「いや……こちらこそ、すまない……
 俯きながら応える。慣れないことへの戸惑い、恥ずかしさ、それにもっと欲しいと思ってしまう気持ちが頭の中でぐるぐると混ざり合う。
……可愛いなぁ、ヒナイチ君は。こんなに可愛い子が私の恋人になってくれたなんて……それに、こんな初心な反応を一番近くで見て、もっともっと新しい表情を見せてくれると思うと……もう……死んでしまいそうなくらい幸せだよ。でも、やっぱり勿体ないし死んでばかりではいられないな!」
 
 もう一度ぎゅっと抱きしめられた後、少しだけ名残惜しそうにドラルクの身体が離れる。
「さあ、今日はこれでおしまい! 冷めてしまわないうちに残りのクッキーも召し上がれ。私は紅茶を入れ直してくるね」
 
 軽やかにティーセットをトレイに乗せ、ドラルクはリビングに続くドアへと向かう。

「続きはまた明日、だよ。覚悟しててね?」

 ウインクを残し去ったドラルクに聴こえないように、そっと一人呟く。
 
……私だって死んでしまいそうだ」

 ハート型のクッキーを手に取り、口づけるようにしてそっと齧る。
 口の中の香りと交じりあったそれは、ますます甘い味がした。