ストームボーダーには大浴場がある。ちまちま個別に入浴されるよりはまとめて入ってもらった方が水と燃料の節約になるという理由からだが、スタッフとサーヴァントには好評だった。
日本人である藤丸立香にとっても大浴場は懐かしいものであり、彼は毎日のように通い詰めていた。
今日も、お気に入りのバスケットに入浴セットを入れて大浴場ののれんをくぐった藤丸は、珍しい三人組を見かけて片手をあげた。
「へいよー!かるでらっくす!」
「へいよー!かるでらっくす」
「……なんだその奇っ怪な挨拶は?」
「旦那、いちいち言ってたらキリがないぜ」
施しの英雄と、地獄周回の要と、怒れるインテリヤンキー。カウラヴァの三人組である。
アシュヴァッターマンはよく見かけるが、ドゥリーヨダナは周回が忙しくてほとんど見かけない。カルナに至っては
「カルナはお風呂が嫌いなんだと思ってた」
入浴せずに、汚れたら霊基を毎回編み直しているカルナを知っている藤丸の言葉に。カルナは自分の身体に視線を落とした。
「入浴は好きだ。……だが、」
カルナの身体には脱げない黄金の鎧が貼り付いている。
「……もしかして、錆るの?」
藤丸の質問に、ドゥリーヨダナが爆笑した。
「ほら、言っただろう。カルナ。おまえのそれは誇られるこそあっても、気にする奴なんかおらん!」
ばしばし背中を叩かれて、カルナの口元がわずかに綻ぶ。
「ドゥリーヨダナ。おまえはいつもオレに光をくれる」
「そうだろう?そうだろう?」
カルナの激重感情に気づいているのかいないのか、豪快に笑うドゥリーヨダナの声は脱衣所の端まで届いているようだ。
奥にいたふたりの黒髪のサーヴァントのうちひとりが肩をわずかに揺らしたのを藤丸は気づいてしまった。
彼らふたりの名前はアルジュナ。
最近入ったオルタにアーチャーのアルジュナが入浴の仕方を教えてあげていたのだろう。
(カルナさんの鎧かぁ。……アルジュナは別の意味で気にしそうだよね)
アルジュナの父親はカルナを騙してその鎧を剥ぎ取らせた。アルジュナをカルナに勝たせるために。
後で声をかけておこう、と藤丸は思いながら入浴セットを棚に置く。
詰めれば二十人程は入れる広い脱衣所は、両側と中央に着替えを置く棚が並んでいる。身なりを整える洗面台などは別室にまとめられていた。
今の脱衣所はそこそこ空いており、彼らを含めて十人程のサーヴァントで賑わっていた。
藤丸の隣の棚にアシュヴァッターマンが大きなバスケットを置く。
「……三人分?」
ボトルなどの入浴セットがわんさか詰め込まれたそれに藤丸が聞くと、アシュヴァッターマンは苦笑してもう片方の手で持っていた小さなバスケットを見せた。
「こっちがふたり分だ」
「ドゥリーヨダナは何時間風呂場にいるつもりなの??」
「まあ、飽きたらあがるだろ」
飽きるまで付き合うつもりのアシュヴァッターマンと、ちょっと呆れた藤丸の視線がドゥリーヨダナに向かう。
彼はちょうど服を脱ごうとしているところだった。そこに横から白い手が伸ばされる。
色の薄いカルナの手がドゥリーヨダナの服をそっと掴み、ドゥリーヨダナ本人に代わって脱がし始める。
「?」
きょとん、としてなすがままのドゥリーヨダナに、藤丸は駆け寄った。
「ストップぅ!!カルナさん!何をしているのか説明してください」
制止されたカルナは不思議そうに藤丸を見た。
「浴室に入る前は友の服を脱がしておくものだろう?」
「……念のために確認します。犯人の予想はついてますが、……カルナさんにそれを教えたのは誰ですか?」
「ドゥリーヨダナだが?」
会話が聞こえる範囲にいたサーヴァントの視線が一斉に諸悪の根源に向かう。
「わし様知らん!!」
ぶんぶんと首を振るドゥリーヨダナにカルナが目を伏せた。
「そうか。おまえは忘れてしまったのか。ドゥリーヨダナ。……オレにとってはこの上なく甘美なひと時だったが」
「……カルナさん、ドゥリーヨダナにそれを教えてもらった時の状況を詳しく話してもらっていいですか?」
入浴前に自分の服を脱がすように教え込む、甘美なひと時。
限りなく状況はギルティだが、カルナ語の難解さを知る藤丸は最後の確認を行う。
皆の視線を一斉に集めてカルナが口を開いた。
「あの時。オレとドゥリーヨダナはふたりきりだった。ドゥリーヨダナはオレの衣類を全て脱がし、自分も服を脱ぐと、オレを浴室に連れていき、オレの身体を洗い、オレの鎧に触れた。ーーーそして」
「そして?」
「その後の事は口にすることを禁じられている」
容疑は真っ黒だった。
要約すると、風呂場で裸でふたりっきりで口止めをしなければならない事をした、と?
「わし様は友に無体を働いたことはない!」
ドゥリーヨダナの主張をその場にいたサーヴァントたちが口々に否定する。
「加害者はいつもそう言うんですよねぇ」
「権威勾配って知ってるか?」
「ろくでなしだろくでなしだと思ってたが……」
「ぷららや?」
「必要ありません。ーーー私が仕留めます」
真顔で弓を取り出したアルジュナにドゥリーヨダナは震え上がった。
「ちょっと待て!ちょっと待て!ほんとーに!心当たりがないっ!カルナにいくつか質問させてくれ!」
アルジュナが弓を持ったままマスターを見た。
「最終弁論を認めます」
藤丸の許可を得て、ドゥリーヨダナはこの騒ぎの意味が分かってないだろうカルナに顔を向けた。
「カルナ、それはいつのことだ?」
「あの御前試合の後だ」
それはカルナがアルジュナと一騎打ちを望み身分を理由に断られた試合。その時、ドゥリーヨダナはカルナの友情を請いアンガ王に取り立てている。
アルジュナは弓の弦に指をかけた。
「確かに、あの時あなたはカルナを連れて会場を出ていきましたね」
第三者の証言に場が騒めく。
反対にドゥリーヨダナは静かに考え込んだ。
「カルナ。わし様はおまえをどこに連れて行った?」
「王宮の奥、王族の沐浴の場だ」
「……ドゥリーヨダナ。それが本当なら。いや、カルナは偽りを口にしない。……ならば、それは許されない」
部外者を王族のプライベートな部分に連れ込んだのか、と責めるアルジュナにドゥリーヨダナは鼻で笑う。
「こいつはアンガ王だ。王族として扱って何が悪い」
「ドゥリーヨダナ。その時もおまえは同じ事を言った」
そうだろう、そうだろう。当たり前の事だからな。と胸を張るドゥリーヨダナに何人かのサーヴァントが眩しそうに目を細めた。
王族と庶民の壁は厚い。それが古代で身分制度がはっきり分かれていた頃ならなおさらだ。
昨日まで御者の息子だった男に王位を与えただけでなく、表向きではない場所でも王族としての扱いをするなど、破格の対応という言葉では表しきれない。
後世、法であるダルマの破壊者とまで称された男はどこか楽しそうに友に質問を続けた。
「わし様がおまえの服を脱がした時、なんと言ったか覚えているか?」
「数秒前の事のように覚えている。おまえは、オレが着ていた衣類が襤褸で汚れが酷くオレにふさわしくないと言った」
「わし様はおまえの下着を脱がしたか?」
「いや?……その必要があるのか?そうしなければならないのなら」
「しなくていいよ!!」
マスターが遮るとカルナは目を瞬かせる。
その横でドゥリーヨダナが拳を振り上げた。
「わし様無実ーっ!」
確かに。服を脱がせた理由も分かり下着も剥いでいないなら無体を働いた可能性はかなり低くなる。
「第一なぁ。服を脱がした程度でガタガタ言われたら。わし様パーンダヴァの連中も手籠めにした事になるわ」
ドゥリーヨダナの言葉にアルジュナがキュッと弓弦を引いた。
彼とその兄弟はドゥリーヨダナが仕掛けた骰子賭博で身ぐるみを剥がされたのだ。文字通り、衣類の全ても。
黒歴史である。
「アルジュナ、落ち着いて」
マスターが抑えるようにぱたぱたと両手を上下させる。それが微笑ましくてアルジュナは弓を降ろした。
だが
「口止めをしなければならないことをしたのは事実でしょう?」
アルジュナの追求に、ドゥリーヨダナは何故かアシュヴァッターマンを見た。
心当たりが全くないアシュヴァッターマンが困惑しながらその視線を受け止めると、ドゥリーヨダナはため息をついた。
「それ、どうしても言わないとダメか?」
「後ろめたいことがあるということですか?」
「ごめんね、ドゥリーヨダナ」
こちらを拝む仕草をするマスター。そしてアルジュナをじとりと見て、ドゥリーヨダナはカルナに体を向けた。
「我が友。わし様が許す。あの時何があったか語ってくれ」
「承知した」
そうしてカルナは語り始める。ふたりきりの沐浴場で何があったかを。
◆
王族の沐浴場に湛えられた水は清く。そこにオレのようなものが踏み込んでいいものかと躊躇わせた。
だが、オレの手を取ったドゥリーヨダナは何の気負いもなくオレを水の中に導いた。
ドゥリーヨダナはオレを立たせると、王族だというのに奴隷のようにオレの体を流してくれた。
下着しか纏わない姿でもオレとドゥリーヨダナの貧富の差は歴然だった。ドゥリーヨダナはそれを嘲笑うことなく、オレの体の汚れを落とし、オレの鎧に触れ、その価値を喜んだ。
今までオレの鎧は異形だった。とても価値のあるものではなかった。
だが、ドゥリーヨダナはそれが勇士にふさわしいものだと。オレが黄金の鎧にふさわしい勇士だと……。
話がそれた。すまない。
口止めされていたのはこの先だが。本当にいいのか。そうか。ならばオレは語ろう。友との友情を。
ドゥリーヨダナは言った。この先様々な者がオレを否定するだろうと。だが、自分がいる限りそれを気にすることはないと。
オレの友は、水をすくい、オレの頭に注ぎ、告げた。
「クル族の正当な後継者、ドゥリーヨダナが神々に代わって宣言する。比類なき勇士カルナをアンガ国王に任命する。これは我らが友情に誓い永遠である」
頭上から伝い落ちる水の温度にオレは分かったのだ。オレは二度とオレを否定する言葉を受け入れることはないのだと。
◆
心なしか満足げに語り終えたカルナを見て、藤丸は首を傾けた。
「ごめん、なんで口止めしたのかよく分からない」
カルナの横ではドゥリーヨダナが思春期の日記帳を親に見られたような顔をして座り込んでいる。
アルジュナが弓を消した。
「マスター。我々の生きていた頃、即位の儀式はバラモンの仕事でした。我々クシャトリヤは彼らの仕事に触れることはタブーだったのです」
「俺の親父もバラモンの息子だったが。クシャトリヤみてぇな事をしてるからっていろいろ言われたからなー。そりゃ口止めするわ」
アシュヴァッターマンのどこか暖かい眼差しに、ドゥリーヨダナは唇を尖らせた。
「はっ!カルナの価値も分からん者が口先だけで祝福するより、わし様が祝福した方がいいに決まっているだろうが!」
「そうだな」
即答して頷いているカルナに、藤丸は思った。
自分を肯定するためだけにタブーを侵してくれた友達って、……裏切れないよね。
ギャラリーのサーヴァント達もその話と解説を聞いて過半数が納得したかのようにカルナを見た。
そこまで肯定してもらっていたら、そりゃ言葉足らずになるだろう。
言葉にならない複数の視線を受けて、カルナは微笑んだ。
「本当に、この上なく甘美なひと時だった」
「言い方ぁ!!!」
思わず叫んだ藤丸の近くで、冤罪をかけられかけたドゥリーヨダナは笑った。
「我が友はそれでいい。口達者のカルナなどカルナではないからな」
カルナの甘美な時間は今も続いている。
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