Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
伊予
2024-11-26 10:24:08
1986文字
Public
Clear cache
大有B 小話
大崎が元々跡を残さないタイプの人だったら…という前提
洗面所でくるくると身体を回しているものだから、踊りの真似事かと思った。暫くすれば彼は動きを止め、こちらを見
……
ふらりと横に倒れる。ただでさえ茹だる中幾度も性交した後だ。未だがくつく両足で、まして回転運動などして具合がおかしくならない訳がない。自分は慌てず手を差し出し、彼の薄い背を支えた。
彼は当然予想していたという風に腕にしなだれかかると、ついと流し目で自分を見上げる。火照った頬も潤んだ瞳も先ほどまでの熱を色濃く残していて、背が泡立つ。艶のある唇が震える。
「
……
いです」
「え?」
「跡が、ないです」
「
……
は?」
思わず頓狂な声を上げてしまう。有明さんは睫毛を震わせて自身の真白い首元を撫で上げる。
「ここを見て、どう思いますか?」
「綺麗です」
「へへ、えへへ」
間髪入れずに答えるととろけるような笑みが返ってくる。しかしすぐにぱちくりと瞬いて、「そういうことではありません」と首を振った。何やら言い分があるらしいが、何にせよこのままでは身体が冷えてしまう。着替えのシャツを手に取って彼に被せ、腕を通して着せてやる。ボタンを留めていけばその肌はどんどんと布に覆われていく。彼は極素直に従いながらも、やや掠れた声で主張を続けた。
「初めて僕の家でしたときは、歯型も、跡も、いっぱいつけてくれたじゃないですか」
「それは
……
」
それは、そのまま死ぬつもりだったからだ。
「
……
お互い明日は仕事です」
口にすることは躊躇われて、暗にそう濁す。有明さんはかけられ終わったシャツのボタンを満足そうにゆるりと撫でると、今度は自分の腕の中に潜り込んで、中途半端に途中までしめられていたボタンをひとつひとつゆっくりとかけ始めた。「お礼です」なんて笑いながら。
「僕は、あなたみたいな人が僕の伴侶だなんて、色んな人に自慢したくってたまらなくなるんです」
小さなまるい薄板を穴に滑らせ、通す。未だぼうっとしているのか指先がかすかに震えている。身体は十二分に熱いから、寒さ所以のものではないだろう。その熱の灯った指が、自分の喉元をそっとなぞった。
「でも大崎さん、一番上までぴっちりシャツを閉めるでしょう。僕が跡を付けても残ってくれません」
一番上のボタンが留められる。
「僕ばっかり
……
」
その細い首に片手をかけ、親指で浅く肌を引っ搔いた。蚯蚓腫れにすらならないそれは、一瞬彼の首元を薄赤く染めただけで、すぐに元の色へと戻っていく。驚きに見開かれた赤い瞳の瞳孔が収縮するのをただ眺めていた。
「他人にあなたのそういう仕草を想起されたくありません」
「
……
! えへへ
……
」
彼は先ほどまで尖らせていた唇を嘘みたいに弧にして、「勿論、あなただけの伴侶ですから」と妖艶に囁いた。
からかわれている。ようやくそのことに思考が至った。とはいえ本心であるから、さして問題はなかった。ただでさえ彼は秀麗な容姿ゆえに妙な好意を抱かれやすい。二人で歩いている時でさえ、彼に不躾な下心を持った視線がぶつけられることはままある。自分が彼の首元に牽制を残したところで効果があるかは五分五分である。
有明さんは先の応酬で満足したらしく、上機嫌に自分の胸元に甘えついている。
……
それに跡、跡と言うのならば。彼の左手の薬指に目をやる。そこには未だ銀色の輪が嵌っている。彼の二番目の妻、久満子とのものだろう。彼はそれを外す素振りを見せない。それどころか時折自分がそれを追う視線を目ざとく見つけて、嬉しそうに微笑んだりさえする。
ほら、また。
「大崎さん? どうしました
……
?」
「いいえ」
わざとらしく、彼が手と手を絡めてくる。指輪が持つひんやりとした触感はケロイドでよく分からない。
彼に意図的に、深く、消えない跡を残すのならばその指輪の下だろう。永遠に残り続けるよう彼の薬指に輪を描いて、確かにあったはずの前妻の愛で蓋をする。そこまで考えてから、やはり自分の胸に燻り続けていたたのは嫉妬であったのだということを知った。いつか彼が自分から指輪を外してくれないか、真正面から「ください」と乞うてくれないかと浅ましく願っていたのだ。幼稚な当てつけだ。醜い。
「いたい、おおさきさん」
知らずのうちに彼の手をきつく握り締めていたらしい。小さな声で彼が呻く。慌てて力を緩めれば、彼は今度は嬉しそうに「いたい」ともう一度呟いた。そこにある喜びがどうしても理解できなくて、それでいて、狂おしいほどに理解できてしまった。
醜くもうつくしくも生きていかなければならないのならば、せめて誠実さは必要だろうか。
そう思い直す。一体給料何か月分で彼と揃いの新しい指輪を買えるのだろう。実現の是非は置いてゆっくりと脳内で試算を始めた。彼はまだ自分の胸元で、ふわふわとした笑みを浮かべている。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内