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千代里
2024-11-26 08:16:04
8398文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その14
***
「司祭様にお尋ねしたいことを示すためには、僕はまず彼女のことをあなたに話さなければなりません」
ミラベルに促され、ノエは緊張で乾いた喉をゆっくりと動かす。
ミラベルは態度こそ客人に向けた礼儀正しいものだったが、彼の瞳を見れば触れられたくない事柄に触れようとするノエへの警戒心を強めているのは一目瞭然だ。
しかし、ミラベルの警戒は全くの杞憂のはずである。ノエは、教会の不祥事を細部まで詳かにするために、この地を訪れたわけではない。彼の隣に座り、今も緊張を体に漲らせながらも自身の過去を知ろうとこの場にとどまり続けている少女のために来たのだ。
だから、その大前提をまず示す。
「数ヶ月前、僕がクルザス地方のある場所で野宿をしているときに、怪我をしている少女を保護しました。彼女は、魔物もいる寒空の下を一人で歩いていました」
一体何を話し出したのかと思ったのか、ミラベルは微かに眉を寄せる。しかし、彼は余計な言葉は挟まずに小さな首肯だけを返して、続きを促した。
「彼女はひどく憔悴していました。僕は彼女の手当をした後に、彼女にどこから来たのか、家族や知り合いはいないのかと尋ねました。彼女は
……
何も覚えていないと言ったのです」
それから、更にノエはオデットの状況について、話せる限りを話した。
記憶を失ったうえに戦う術も知らなさそうな少女を雪原に放置するわけにもいかず、ノエは彼女の持ち物に残された僅かな綴りの痕跡から少女にオデットの名前を与え、グリダニアへと連れていった。そこなら、雪原で過ごすよりも落ち着いて記憶を取り戻せるだろうと判断したからだ。
しかし、待てど暮らせど彼女はどうして雪原にいたのか思い出すことはなかった。
僅かに反応を見せたのは、グリダニアに楽団が訪れた際に演奏していたイシュガルドの曲のみ。そこから、彼女の故郷はイシュガルドであると当たりをつけたものの、イシュガルドは余所者の入国を簡単に許さない国である。そのために、すぐさまイシュガルドに向かうこともできず、オデットも現状の生活に慣れていき、記憶を失っているという現状すら半ば忘れかけていた。
「しかし、そこにイシュガルドからグリダニアに引っ越してきた親子が現れたのです。彼らは、オデットの母と面識があると言いました。オデットの母親
――
オディールさんが亡くなった後、オデットは教会の復興事業に参加する者として選ばれて、当時の家であった救貧院から引き取られたのだということも教えてくれました」
そこで、ミラベルは紅茶を淹れていたカップに触れていた指を、僅かに強張らせた。
よく見ていなければわからないほどの、些細な変化だ。だが、話がノエが面会を申し込んだ理由に近づいていると、彼も気がついたのだろう。
「その方は、屋敷に滞在しているミラベル司祭という方が、復興事業に関わっていたらしいと教えてくれました。そこで、こうしてあなたに会い、当時のオデットの状況を知らないか尋ねたいと考えたのです」
そこまで話してから、ノエは相手の様子を伺う。ミラベルは得心がいったというように頷くわけでもなく、微動だにせずにノエを見つめていた。まるで、顔が正面に向けたまま固定したかのようだ。
「僕は、その時に出会ったティエリーという方に、この件についてまとめたあなた宛の手紙を託しておきました。あなたに、届いていないでしょうか」
「
……
残念ながら。受け取ったかもしれませんが、私も多忙の身です。確認していない手紙の中に紛れてしまったのでしょう」
一拍置いてから、感情の機微を全く窺わせない抑揚の薄い声がノエへと返ってくる。
以前、香辛料店でノエと会話をした時の彼は、礼儀正しくはあっても彼自身の気持ちが表面に見えていた。
しかし、今こうして相対している彼は、すべての感情を凪としてしまっているかのように、何を考えているかが全く読めない。まるで、喋る氷像と話しているかのようだ。
「僕らの事情については、先ほど話した通りです。ミラベル司祭、あなたはオデットと
……
記憶を失う前の彼女の名前はオフェリーであったそうですが、彼女と出会ったことはありませんか」
ノエはオデットの背に軽く触れ、ミラベルへと少女の存在を示してみせる。
いまだ青白い顔の彼女は、それでも今度はミラベルから視線を逸さなかった。対してミラベルは、これまた一イルムも動かずにノエたちを見つめている。
「オデットは、あなたを『兄』と呼んでいたと言っています。彼女がうっすらと思い出せた記憶の中には、復興事業の中で小さなオデットを助けてくれた方がいたそうなんです」
寒々とした隙間風すら入り込みそうな粗末な建物の中、一人で小さくなって凍えていたときに、暖炉への薪を持ってきてくれた人。星芒祭だからと、祝いの菓子を遥々運んできてくれた人。
そして、オデットを連れ出してどこかに向かおうとした
――
あるいは逃げ出そうとして、別れ別れになってしまった人。
「あなたが、オデットの『兄』なのでしょうか」
ついに核心に迫る発言を、ノエが放つ。
オデットが、固唾を飲んで返事を待っている気配がするのは、わざわざ目で確認するまでもなく伝わってきた。
「
…………
ここに至るまで、さまざまな苦難があったのでしょう。大変な状況であったことも、心中お察しします」
まず、司祭はそのように前置きをする。その上で、数秒を置いて、
「ですが、心苦しい答えとなりますが
――
そのお嬢さんについては、私の記憶にございません」
続く静寂は、紅茶を揺らすことすら躊躇うほどに息の詰まるものだった。
誰が何を言っても場違いになってしまう。そう思えるほどの沈黙。
「
……
う、そ」
呼吸すら躊躇うほどの静けさを破ったのは、震えが明らかなオデットの声だった。
「だって、お兄ちゃん、わたしと一緒に
……
過ごして、くれました。星芒祭に、ケーキをくれて
……
それに、声を何度もかけてくれて
……
」
オデットの中に蘇っていた記憶の断片には、誰かと過ごした温かな思い出があった。
そして、今。目の前の人物の顔を目にした瞬間、彼こそが求めていた人なのだとはっきりと分かった。
それとも、それすらも自分が生み出した都合の良い妄想か何かなのだろうか。
不安に満ち溢れたオデットの声を聞いても、ミラベル司祭は困ったような笑みこそ浮かべたが、肯定はしなかった。
「確かに、私は復興事業の監査を任され、各地の施設を訪問していました。事業に参加させられていたのは、大人だけでなく子供も含まれていましたので、そちらのお嬢さんが私を目にした可能性はないとまでは言いません」
しかし、そこに特別な関係はなかったとミラベルは言い切る。
いまだに混乱の整理がつかないオデットを置いて、彼は話を続けていく。
「第七霊災の直後であった当時は、各地の寒冷化の度合いも掴めず、復興のために人手を必要とする地域がありました。そのための計画を教会が主導するのも、おかしな話ではありません。ですが、ノエさんはすでにその事業の裏側にあったことについてもご存知なのでしょう?」
「
……
はい。事業というのは名ばかりで、事業を仕切っていた一部の司祭が、支援のために教会から割り振られた金銭を着服するのが目的であったと聞いています」
復興事業という耳障りのいい言葉を隠れ蓑に、一部の司祭は教会が事業の資金として提供したお金を我が物とした。
ミラベルのような若手の司祭がそれらの事実を突き止め、証拠を揃えて件の首謀者たちの謀を白日の元に晒した、というのがノエが皇都に滞在する司祭から聞いた話である。
「大っぴらには言い難いことですが、そのような後ろ暗い事実は実際にあったことでした。ですが、結局教会はこの件を曖昧にすることで矛を収めました」
問題を起こした司祭は、地方に派遣されることになったものの、極刑にはならなかった。当事者たちは、確かに不遇な状況には置かれるが、それも十年もすればほとぼりが冷めて、再び皇都に舞い戻るだろうことは容易に想像できる。
「相手が、地位のある司祭だからこそ、彼らが公に吊し上げられることはなかった。そういうことですか」
「ええ。ただでさえ人心が不安に満ちているときに、人々の心のよすがである信仰の根幹を危うくするような事件を、大っぴらにはできなかったのです。着服に参加した司祭の多くが、貴族の縁戚であったというのも関係があったのでしょう」
「
……
既に貴族としての地位もある方が、なぜそのような」
思わず、といった様子でノエが呟く。
ノエにとって、イシュガルド正教は生まれたときから、尊いものとして教えられてきた存在だ。無論、杜撰な異端審問にかけられた経験もあるので、手放しに全てを受け入れる気持ちにはなれないが、司祭といえば崇高な理念を掲げて神に仕える者であるという先入観はまだ残っている。
だからこそ、当事者から改めて高位の司祭が犯した罪を口にされると、ノエは「どうして」と呟いてしまう。
しかし、ミラベルはいっそ純粋とも言えるノエの言葉に対して、温度のない声で応じた。
「旅人のあなたには、わからないことかもしれませんね。地位があったとしても、彼らはそれだけしか持っていなかった。それが理由です」
どういうことかと視線で問いかけると、ミラベルはカップを置いて、膝の上に手を下ろし、凪いだ瞳で続けた。
「ハルオーネ神に仕える司祭の門戸は、貧しい者にも広く開かれている。そのような者には平等に立身出世の機会を得ることになります。それは喜ばしいことではあります。ですが、その中には貴族の三男や四男の方も多く含まれています」
貴族の長子にまつわる問題は、既にノエは父から聞いている。先だってグリダニアにやってきたティエリーも、亡くなった前妻から生まれた長子として、跡目争いに苦慮していた。
だが、貴族の三男、四男といった長子から離れた存在の社会的立場までノエは想像したことがなかった。
「彼らにとって、教会の司祭になるというのは、社会的な死を意味します。司祭は、貴族の世俗的な問題に直接関わることはない
……
建前としては、そういうことになってますから」
実際は、長男の急死に伴って相続が繰り上がり、世俗に戻る者もいるが、それはかなり稀な例だ。
「長男や次男に分け与える土地はあれど、三男や四男には取り分がないような小さな家の場合、彼らは厄介払いとして司祭という社会的な墓場に押し込まれるのです」
「どこにも行き場がない人だからこそ、自分も自由になるお金が欲しかった
……
ということですか」
「虚飾を外して申し上げれば、そういうことになります。お金さえあれば、司祭の中でもより高位の地位を得やすいというのも理由にあるのでしょう」
たとえ神に仕える身であると表明していても、富がもたらす利益はいついかなるときも重要視される。賄賂とそれによる地位の向上は、いついかなるときでも切り札として用いられるというわけだ。
「とはいえ、たとえそのような暗黙の了解があったとしても、教皇様から賜った貴重な財産を、私利私欲に用いるなど言語道断。事業に従事させられた方々からは、劣悪な環境と寒冷化による気温低下が重なり、多くの犠牲者が出ていました。これらの事情を証拠を添えて突きつけられてしまったら、さすがに教会の上層部も放置はできなかったようです」
救貧院や孤児院のように、行き場のない身寄りのない
――
死んでも誰にも文句を言われない人々を充てているあたりに、首謀者の狡賢さが透けて見える。だが、彼らの狡猾な企みも、より強い権力の前では無意味だったようだ。
「私も彼らと同じような立場でありますが、さすがにこれを許してはイシュガルド正教会の名が汚れます。中には、監督役の名目を使って、事業の参加者に暴力を振るう者もいたようですから、そのような卑怯者を許すほどイシュガルド正教そのものが腐敗しておらずよかったと、当時は思ったものです」
すでにある程度予想はしていたものの、当時の劣悪な状況をさらに知ることになり、ノエは思わず顔を歪める。当事者であるはずのオデットの方は、幸か不幸か当時の記憶が曖昧なおかげで、ノエが想像しているほどに辛い思いはしていなかった。
「同じような立場っていうのは、ミラベルが悪い司祭の人と同じだったってこと?」
相槌にすら詰まったノエの代わりに、ゲルダがミラベルの放った何気ない一言を指摘する。
「立場は弱いですが、私も貴族の四男であるということです。見ての通りのハーフですので、家の跡を継ぐなどということはあり得ない者の一人であるというわけです」
ミラベルはその時初めて、わかりやすい感情を顔に表した。口元を釣り上げたそれは、笑顔の形をしているのに、苦々しいとすぐにわかるものだった。自嘲めいた笑みは、彼自身何度も浮かべ慣れてきたのだろう。
少しばかり尖った耳と、エレゼン族ではあり得ない小柄な体躯。遠目から見れば小柄なエレゼン族と言い張れても、近くで見れば種族としての骨格の差などは明らかだ。
「ともあれ、私は確かに事業に深く関わってきた人物ではありますが、そちらのお嬢さんのことを詳しく知る者ではありません」
話を本来のスタート地点に戻し、ミラベルは再度オデットと無関係であることを強調する。
「
……
でも、わたし、お兄ちゃんのこと
……
あなたのことを、覚えてます。わたしを連れて、あなたは何かから逃げようとしていました」
さりとて、オデットも大人しく引くわけにもいかない。
だが、オデットにとって、根拠となるのは己の記憶だけだ。それすらも一度は失い、こうして少しずつ思い出したものをかき集めて、これぞ自分の過去であると言えるものを見つけ出せたのは、つい最近のことだ。
その集約の一つでもある者が、今目の前にいる。オデットがやっとの思いで取り戻した思い出はそう訴えているのに、当の本人はオデットの説明を聞いても冷たい視線を送るばかりだった。
「あの時、雪崩に遭って
……
もう、死んでしまったのかと
……
思っていたんです。自分が何者かを忘れるまで、わたし、ずっと、お兄ちゃんを置いて行ったことを
……
後悔していました」
「
……
残念ですが、私はあなたの言う兄ではありません。ですから、あなたの謝罪を受け取ることもできません」
勘違いをしているのでしょう、とミラベルは付け足す。
ノエたちが根拠としているのは、オデットのあやふやな思い出だけだ。本人から違うと言われれば、そこで話は終わってしまう。
だが、だからといって「はい、わかりました」と大人しく引き下がれるわけもない。オデットが、まだ何か言えないかと言葉を探していると、
「それでは、こちらもあなたと関係がないことかもしれませんが
……
彼女は占星台でデュランデル家に連なる女性に保護されていた覚えがある、と言っていました。先の事業が頓挫した後、事業に関わった被害者の方がそのような場所に保護された、といったことはありましたか」
かの高名な四大貴族ならば、傍系の者たちが救いの手を差し伸べていてもおかしくない。
オデットはその縁で引き取られたのかと考えた末に尋ねたが、ミラベルはゆっくりと首を横に振った。
「いえ。確かに、事業の強制凍結の際に、参加させられていた者をどうするかという話は出ていました。しかし、そのほとんどが、貴族の慈善事業で運営される施設
――
要するに、救貧院や孤児院を住む場所として提供する形で纏まりました」
そもそも、占星台とは騎士や専門の星見をする学者が勤める場所であり、貧しい子供や大人を受け入れる場所ではない。ミラベルにそのように付け足され、ノエは「では、どうして」という疑問を抱く。
とはいえ、ここでその疑問を口にしたところで、ミラベルが困るだけだろう。続く話がないならと、ミラベルはちらりと外に視線をやっていた。
「お力になれず申し訳ございませんが、私がそちらのお嬢さんについて知っていることはございません。占星台の件は、私の方からも調べておきましょう。事業に巻き込まれた者が、更に何らかの事件に巻き込まれたのなら、他にも似たような事例が起きないとも限りませんから」
「
……
それは、ありがとうございます。では、僕たちも、この辺りの占星台を
――
」
「皆さんは、イシュガルドに他に用事があって来ているのでしょうか」
ノエの言葉に被せるように、ミラべルが口にした問い。それは、この話の中では、些か唐突なものだった。
「
……
いえ。僕はオデットの記憶の手がかりを得て、彼女が本来そばにいるべきだった保護者や知り合いが他にいるのなら、彼らに引き合わせたいと思って、ここまで来たんです」
実際は、ノエの父に呼び出されたから、というのも理由の一つにはあったが、今はその件は片付いている。それに、もとより呼び出しに応じたのも、オデットの記憶に関する事柄を探すためにイシュガルドに入国するには都合が良かったから、という事情もあった。
「そうですか。ですが、そちらのお嬢さんを連れ出した方は、すでに亡くなっていらっしゃるようですし、占星台にいる方が本当にデュランデル家の関係者なら、身寄りのない子供の世話など所詮は慈善事業の一つに過ぎません。たとえ、急に行方を絶ったとしても、さして気に留めることもないでしょう」
そこで、ミラベルは未だ顔が青白いオデットと、彼女を支えるようにそっと背に手を回しているノエを見やる。一方で、オデットの手は無意識にノエの服の袖を引いていた。
「
……
お二人の間には、すでにとても強い信頼関係があるように見えます。取り戻せていない記憶がないことで不安を感じているかもしれませんが、お嬢さん自身はまだお若い。過去のことなど気にされず、元々暮らしていたグリダニアに戻って、静かな生活を続けてはいかがでしょうか」
滔々と述べられる言葉に、オデットもノエもすぐに返す言葉を持ち出せなかった。
ミラベルの言う通り、オデットも過去のことを知る者が現れたとき、今までの自分が崩れていくような忌避感を覚えた。けれども、ノエにも諭され、自分の消息を知りたがっている人が他にいるかもしれないのなら、彼らを無視して自分だけ平和に暮らすのも薄情ではないかと思い直した。
ノエが、オデットの親やかつての保護者探しを諦めないのも、自分たちだけの都合で行動すれば蔑ろにしてしまう人がいると分かっているからだ。
けれども、ミラベルは言う。
オデットたちが探し求めている保護者など、もういないのではないかと。
「イシュガルドは、見ての通り問題も多い国です。長居するのはお勧めできません。お嬢さんが幸せに生きているのなら、たとえ再会はできずとも、お嬢さんを知るものにとってそれだけで十分な贈り物でしょう」
「
……
ご忠告、ありがとうございます。僕たちも、一度落ち着いて考えてみます」
ひとまず、ノエは当たり障りのない言葉でミラベルの提案を受け止めた。
どちらにせよ、まだ混乱冷めやらぬオデットに全てをここで決めろというのは酷だ。一度、場を変えて話をするべきだろう。仲間の意見も聞いた方がいいと、ノエは当面の決断を先延ばしする。
だが、せっかく失ったと思った『兄』がここにいるのなら、すぐに帰るというのも気が引ける。せめて、もう少しこの場にいられたらと思案し、
「お話はここまでで大丈夫です。ですが、もしよければ、この場を設けてくださったお礼に、ミラベルさんがやってらっしゃった作業を手伝わせてもらえますか」
「それは構いませんよ。人手が足りなかったところなので、歓迎すると言いたいところですが
……
大して面白いものでもありませんよ」
「構いません。誰かの役に立てるのなら、それで十分ですから」
これで、もう一時間はこの場所にいる口実を作れた。
ノエは、そっと横目でオデットを見やる。彼女の青い顔から察するに、彼女は与えられた情報や思い出した事柄に整理をつけられていないようだった。
それでも、ノエの袖をつまみながらも、オデットはミラベルの冷ややかな横顔を見つめ続けている。あまり見すぎるのも無作法である、などと考える余裕すらないらしい。
「そういうことでしたら、ありがたく手伝ってもらいましょう。ただし」
言葉を区切り、司祭は言う。
「手伝っていただくのはノエさんだけで構いません。流石に、そちらのお嬢さんたちに寒空の下、働いてもらうわけにはいきませんから」
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