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nina_40enaga
2024-11-25 22:18:43
5410文字
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隠しがち恋心と手のひらの上の君
最悪だ、と思った。こうなる予想をまったくしていなかったと言えば嘘になるけれど、そうはならないだろうとどこか楽観的に考えてもいた。僕が育てた花は、他の誰のよりも急速に成長し、僕が育てたと思えないほど情熱的な赤色の花びらをつけ、そして今日開花した。蕾の形はチューリップによく似ている。十分に膨らんだ蕾をじっと見ていると、鉢植えを覗き込んだ僕の目の前で開花し、中からは僕の手のひらにすっぽり納まりそうなサイズの人間が出てきた。プラチナブロンドの髪に薄氷色の瞳をした美しい少年だ。誰が見たって彼がいつも僕の隣にいる僕の親友のミニチュア版であることは明白だった。小さな彼は黒いローブを身につけていて、僕と目が合うとにこ、と笑って僕が好きな形に眉を下げ、小さくて細い両腕をこちらへ伸ばしてきた。その姿を見て、きゅう、と僕の心は捩れる。
ほんのすこしだけ嫌な予感がしてスコーピウスを置いて先に教室に入っておいて本当に良かった。僕は小さいスコーピウスを手のひらに乗せ、ポケットの中に隠した。小さいスコーピウスはまるで持っていないみたいに軽く、不安になるほどだったが、なんとか本物のスコーピウスの目に止まることはなく隠しおおせたようだ。
「アルバス! 置いていくなんてひどい」
「ごめん。課題が人より遅れてるから」
「そうかな? 君薬草学の課題は誰よりも、あっ」
スコーピウスが僕の目の前の鉢植えの花が咲いている様子に目をやるのと、僕が目の前の花を片手で握りつぶしたのはたぶんほとんど同時だった。スコーピウスは僕の奇行を目にして呆気に取られ、鉢植えと僕を交互に見た。
「枯らしちゃった」
「違う、枯らしたんじゃなくて、握りつぶした、って言うんじゃないか?」
「枯らしたんだ」
「えぇ?」
スコーピウスを納得させられたとは思えなかったが、温室にロングボトム先生が入ってきたから会話はそこで強制的に中断された。僕はほっと胸を撫で下ろし、それからポケットに右手を突っ込む。小さなスコーピウスはどうやら大人しくしているようだった。彼本人に似て臆病な性格なのかもしれない。僕はロングボトム先生の講義を聞き流しながら、これから一体どう対処するべきかを考えた。
おやすみ、とスコーピウスに声をかけてベッドのカーテンを急いで閉める。やっと一人きりになることに成功した僕は小さなスコーピウスをそっとポケットから取り出した。ときどき右手をポケットに突っ込んで、そこに彼が存在していることを確認していたが、彼の姿をまじまじ見るのは初めてだった。ポケットに手を突っ込むたび、彼は小さな両手で僕の人差し指に抱きついて、そのことが僕の心を複雑に、きゅうん、と、高鳴らせた。何しろ僕はスコーピウスのことが好きすぎて、課題の花からミニチュアの彼を生み出してしまうほどなのだから。花は、開花するときに自分の好きなものを生み出す、とロングボトム先生は楽しそうに教えてくれた。先生が見せてくれた花からは、小さなサボテンのような見た目をしたミンビュラス・ミンブルトニアが生えていて、正直どうかと思う、と素直な感想を抱いたものだが、同時に自分が育てた花からは一体何が生まれるのだろう、と興味を持った。他の生徒たちも興奮した様子で騒めいた。横にいるスコーピウスも目をキラキラと輝かせて、ロングボトム先生の鉢植えを見つめていた。
「見てみたいな、君の花から鬼っ子ペッパーが生えてるの」
「僕も見たい!」
皮肉は不発して、スコーピウスはきらきらの目を僕に向けてきた。その瞳の色が、存在するあらゆるものの中で一番好きすぎて、僕は気まずくなって目を逸らした。空色のビー玉が花から溢れ落ちてしまうのを想像する。一体どうやってそれを誤魔化せばいいのだろう、と真剣に思案したものだった。そんなものよりもっと直接的でわかりやすいものが生まれてしまったことに、僕は頭を抱える。
「スコーピウス」
小声で名前を呼ぶ。隣のベッドで眠っている親友を起こさないようにしないといけない。小さなスコーピウスは顔を上げて、生まれたときと同じようににこっと微笑んだ。どうやら言葉を発声することはできないらしい。良かった、と思う。僕の醜い恋心が生んでしまった小さな彼がどんな言葉を発するのか、僕は到底聞きたくはなかったから。小さなスコーピウスに人差し指を近づける。するとスコーピウスは細い腕を伸ばしてぎゅっと抱きつき、小さな頬をすりすり、と擦り付けてきた。あまりの愛おしさに、僕は固まって動けなくなる。スコーピウスはブルーの瞳で僕を見上げた。その瞳はうっとりと蕩けて、僕が好きだと全身で訴えているようだ。
「愛情を込めて育てるんだ」
とロングボトム先生が言っていた。僕は空色のビー玉が花から溢れてくるのを想像しながら、せっせと鉢植えに水を降らせる魔法をかけた。愛情を過剰に注がれた花はすくすくと育って、僕にめろめろの小さいスコーピウスを生んでしまった。はあ、とため息を吐く。小さなスコーピウスは心配そうに、僕の顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ。君は悪くない。僕がぜんぶ、悪いんだ」
スコーピウスに言葉が通じているのかはわからないが、スコーピウスはしばらくじっと僕を見上げていたかと思うと、再び僕の人差し指に抱きついて、それから指先にそっと唇を寄せた。ちゅ、ちゅっとキスされる。それは意識を失いそうなくらい愛しくて、信じられないほど虚しいことだった。
クィディッチのボール用のケースがスコーピウスの寝床にちょうどいい、と気がついた。僕はクィディッチは嫌いなのに、親戚の中には僕がクィディッチの選手に憧れているに決まっていると勘違いしている者がいるようで、ある年のクリスマスに立派なケースに入った金のスニッチが届いてしまったことがあった。数日後、スニッチをなくしたから寄越せと目敏いジェームズに言われて、半ば奪われるように譲ってやって以来、空のケースだけがトランクの奥底に残っていた。どれほど高価なものなのかはよく知らないが、豪華な箱の装飾がなんとなく気に入っていた。あまりポッター家には似つかわしくなく、どちらかといえばマルフォイ家にあってもおかしくない、と思う。だから捨てるのも忍びないと思っていたのだった。縦横十センチほどの小箱は、スコーピウスのベッドにするのにちょうどいい。冬用の手袋を引っ張り出して箱に敷き詰めると、蓋は閉まらなくなったがふかふかのベッドが完成した。スコーピウスは嬉しそうにそこに収まり、ベッドの中から僕を見つめた。きゅう、と僕の心が奇妙な音を立てる。小さくなっても彼の見た目はあまりにもスコーピウスと同じだった。ふんわりしたブランドの髪も、尖った顎の形も。
「好きだよ」
本人には絶対に言えない言葉を口にすると、小さなスコーピウスはぱっと花が咲くような笑顔を見せ、再び僕が完璧に好きな角度に眉毛を下げた。
朝、目を覚ますと同時に昨日起きた最悪の出来事を思い出し、僕の口角は自然に上がった。僕の恋心が明確に輪郭を持ってしまった憂鬱と、小さなスコーピウスがあまりにも愛おしいことは、天秤にかけることのできないことだった。僕のスコーピウスは箱の中で丸くなって寝ていた。輪郭を持った恋心は昨日より一回り成長しているように思う。僕はスコーピウスをそっと抱き上げ、ローブのポケットに大切にしまった。
「おはよう! アルバス」
「うん、おはよう」
スコーピウスは早朝だと言うのに髪の毛をぴったりセットして、溢れんばかりの笑顔を僕だけに向けてくれ、僕の好きな眉毛の形をしていた。好きだなあ、と思いながら並んで歩いて大広間へ向かう。
「薬草学の課題のレポートをやらないと」
「君だけ花を握りつぶしたから?」
「僕だけ花を枯らしたから」
スコーピウスの間違いを修正しながら、僕は羊皮紙を取り出す。ロングボトム先生は落ちこぼれの生徒に大変優しくて、罰則なんて一度もくらったことがない。今回ばかりは罰則を覚悟したけれど、花が提出できないなら、代わりのレポートを提出すればいいよ、とほがらかに笑って許してくれたのだった。
「僕の花、いつ咲くかなあ」
「さあ、もうだいぶ膨らんできてたみたいだけど」
スコーピウスの花は僕のとは対象的に、ずいぶん遅咲きだった。もう生徒の半数以上が花を咲かせ、お菓子やらアクセサリーやら、金のスニッチやら、ガリオン金貨やら、各々の好きなものが生まれていた。
「だよね。そう思ってるんだけど」
スコーピウスは心配そうな顔をして、頬杖をついた。
「僕はあまり植物を育てるのがうまくないから、生まれてこれなかったらどうしようって思うよ」
「こないだの課題のアスフォデルの花も枯らしてた」
「お世話しすぎちゃうんだよね。愛情過剰なのかも」
「ふうん」
スコーピウスは憂鬱そうな顔をしていたが、僕はまったく無関係のことを心配していた。彼の花から小さい僕が生まれてくる可能性はいったいどれくらいあるのだろう。低くない可能性だ、と思う僕と、そんなわけない、とすでに諦めている僕が両方存在していた。僕は無意識に右手をポケットに突っ込んだ。すると小さなスコーピウスがきゅ、と指先を抱きしめてくれる。彼の存在は、スコーピウスに秘密にしている。もし彼の花から僕が生まれてこなかったら、これは永遠の秘密になる。はあ、とため息を吐く。目の前のスコーピウスも憂鬱そうな顔をしていたが、彼の悩みと僕の悩みはまったく別の次元にある、とは僕だけが知っていることだった。
「僕の花、もう咲かないのかも」
スコーピウスは悲しげに、しかしせっせと僕の皿にフィッシュパイの具を移しながら、そう言った。僕は左手で小さなスコーピウスをあやしながら、右手だけで食事をしていた。この場には、好き嫌いせずに食事をしろとか、食事中に左手をポケットに入れてはいけないとか、うるさいことを言う人物は存在しておらず、いつもの喧騒に包まれた大広間だった。
「そうかもね」
とうとうクラスで花が咲いていないのは僕とスコーピウスだけになった。これがロングボトム先生のクラスでなければスリザリンは大幅減点をくらうところだった。
「君の花、クラスで一番綺麗だったのに」
「枯らしたけどね」
「もったいないなあ」
スコーピウスは魚を除け終えたらしく、やっと安心した顔でフィッシュパイに手をつけ始めた。
実際のところ、彼の花が咲かなければいい、と僕は願い始めていた。そしてその願いは着実に叶いつつある。僕じゃないものが生まれるくらいなら、その現実を突きつけられるくらいなら、もうこのまま咲かずに枯れてしまったらいい。そう願ってしまっていることの罪滅ぼしにはならないが、僕は二人分の魚が含まれているフィッシュパイを黙って食べ進めた。小さなスコーピウスは飽きることなく僕の左手にぎゅっとしがみついていた。
僕が望んだとおり、スコーピウスの花は咲かないまま、授業は次の課題、“噛み噛み白菜”へと移った。スコーピウスは悲痛な面持ちで萎れていたが、それを見た僕は、好きな人が落ち込んでいる悲しみと、輪郭を持ってしまった恋心が永劫叶わない現実を、いったんは突きつけられずに済む喜びで、複雑な表情を浮かべてしまった。深遠な悩み事で上の空の僕は白菜に右手の指をがぶりと噛まれ、夜にベッドで小さなスコーピウスに傷跡を抱きしめてもらった。それはぴりぴりと痛くて、僕の恋心と全く同じ痛みだった。
「アルバス、起きて!」
カーテンの向こうからスコーピウスの声が聞こえる。僕は眠い目を擦りながら起き上がった。枕の横に置いたスニッチの箱の中で、スコーピウスも目を擦っていた。僕は閉まりきらない箱の蓋をそっと閉じて、ベッドから降りる。
「どうしたの、スコーピウス」
「咲いたんだよ、花が!」
「白菜の花?」
「ううん! 僕が一番好きなもの」
そのとき、スコーピウスの手が不自然な形をしていることに気がつく。彼は両手で何かを覆うように持っていた。そのとき、僕は全てを理解する。スコーピウスの花だけが結局咲かなくて、彼の鉢植えは温室から自室へと引き上げられていた。スコーピウスはまだ諦めきれなそうに時折水をやっていた。それでもまったく咲く気配がなかったのに、とうとう僕が恐れていた日が来てしまったのだ。世界の色が今日で変わってしまう。彼が手を開いたら、今すぐにでも。
「なんだったと思う?」
「なんだろう。全然わからないな」
スコーピウスの手の向こうにあるものに、意識を全て持って行かれてしまって気の利いたことが何も言えない。その手の膨らみには、お菓子の箱が、ちょうど収まりそうに見える。
「びっくりすると思うよ。見て、ほら!」
スコーピウスが笑って右手をどかした。左手の上に収まっていた、くしゃくしゃの黒髪の小さな男の子を見て、僕はぼろり、と一粒、涙を溢した。いきなり泣くなんて、なんと言い訳すればいいのかわからない。スコーピウスが慌てて僕の名前を呼ぶ声が、どこか遠くに聞こえた。目の前の事態を全く理解していない、小さな僕と目が合う。彼はスコーピウスの手のひらの上で、彼の左手の薬指をきゅ、と抱きしめていた。
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