桐子
2024-11-25 21:19:07
1760文字
Public
 

この世界はすべて②(父水)


ゲゲゲの森に珍しく雪が降った夜のことだった。
今か今かと待っているうちに、か細い泣き声が聞こえてきて、ゲゲ郎と鬼太郎は顔を見合わせた。
「入っていいぞ」
中から砂かけ婆が声をかけてきたので、ゲゲ郎たちは逸る気持ちを抑えられず、慌てて部屋の中へ入った。
「生まれたか!」
「ほれ」
砂かけ婆に促されて覗き込むと、布団の上でぐったりしている水木と、ふにゃふにゃと泣いている赤ん坊がいた。どちらも元気そうで、ゲゲ郎はほっとした。
「おお……水木、よう頑張ってくれたのう。坊もよう頑張った」
ゲゲ郎と目が合うと、汗びっしょりで疲れきった様子の水木は嬉しそうに笑った。
「ゲゲ郎……抱いてやってくれ……
砂かけ婆は手際よく赤ん坊を産湯につけて綺麗にすると、おくるみごとゲゲ郎に差し出した。
「ほら、落とすでないぞ」
「うむ」
ゲゲ郎はそっと赤ん坊を抱き上げた。
赤ん坊は本当に小さかった。ゲゲ郎の片手とほとんど変わらない。生まれた時から首のすわっていた鬼太郎と比べると、本当に小さくて頼りなくて、とてつもなく可愛かった。
こうして元気に生まれてきてくれたことが奇跡のようだ。
「水木や、ようやってくれた。なんとかわいい子じゃ」
ゲゲ郎の目から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「僕も抱っこしていいですか?」
「もちろんだ」
鬼太郎は緊張した面持ちで、そっと赤ん坊を受け取った。
「小さいですね……それに、父さんそっくりだ」
確かに、大きな目や白い髪はゲゲ郎譲りなのだろう。
「お前にもそっくりってことだな」
水木は鬼太郎を見て嬉しそうに笑った。最後に水木が赤ん坊を受けとると、安心したのか泣きつかれたのか、赤ん坊はうとうとと微睡み始めた。

……ずいぶん、小さく産んじまったな」

水木は赤ん坊の頬を撫でながら言った。
そこには自分を責めるような響きがあった。
「人間と同じで赤子の大きさはそれぞれじゃ。気に病むことはない」
砂かけ婆が慰めると、ゲゲ郎もそれに同意した。
「そうじゃよ、水木。お主も無事、この子も無事。それで充分じゃ」
「でも、俺が霊力をこいつに注いでやれなかったから……俺がお前らと同じ幽霊族なら、こいつだって……
青い目から涙がつうっとこぼれた。
母体から霊力を与えられないからと、ゲゲ郎が毎日のように胎児に霊力を注いでくれた。だが、それでは不十分なのではないか、もし自分がゲゲ郎と同じ幽霊族であれば、この子どもに十分な霊力を注いでやれたのではないか。水木はずっとそう考えていたのだった。
そして、生まれた子はとても小さくて、泣き声だって弱々しかった。鬼太郎は赤ん坊のときから首がすわって、大きな声で泣いていたのに。
「水木や……
ゲゲ郎は、嗚咽を漏らし始めた水木のことを、赤ん坊ごと抱きしめた。
「のう、水木や。子を産むというのは、まことにすごいことじゃ。お主は特に3年もこの子を腹に抱えておった。並大抵のことではなかったろう」
「でも、俺のせいで……
ゲゲ郎は水木の額にそっと口付けた。それから涙に濡れた頬を優しく拭う。
「わしは嬉しいぞ。やっとこの子に会えて。ーーーーこの子をこの世界に生み出してくれて、ありがとうなぁ」
水木は目を見開いた。そして堪えきれなくなったように、ぼろぼろと涙をこぼした。
……そうだな……俺も、お前に会えて嬉しいよ……
水木はようやく笑った。
赤ん坊は父たちの悲しみも喜びも何も知らず、腕の中で、安心しきったように眠っている。
鬼太郎と砂かけ婆も安堵して、お互い微笑みあった。
「名前はもう決めたんですか?」
鬼太郎がそう尋ねると、水木は涙を拭いながら答えた。
「ああ、もう決めてあるんだ。こいつの名前はーー」




表からカラコロという下駄の音とともに、わあんという泣き声が聞こえてきて、水木は洗濯物を干す手を止めた。
しばらく待っていると、案の定、ゲゲ郎そっくりの子どもが、水木の方へ駆けてきた。
「とうしゃん……
水木は苦笑して、泣きべそをかいている息子を抱き上げた。赤ん坊だった頃に比べるとずいぶん重くなったものだ。
「どうしたんだ幽次郎」
「ととが、おこったぁ……
そう言って幽次郎は、水木の着物を小さな手で掴み、胸元に顔を埋めてしくしく泣いた。