みがきにしん
2024-11-25 19:26:25
3166文字
Public アラン君のお話
 

このあと全員ぼこぼこにした

近接戦闘が得意な癒し手が大好きです、というお話です。
名有りの冒険者モブが出てきます。

「やっぱり、見えない」
 弓術士のベルモントが嘆く。巴術士のヨヨモはちらりと背後を見やり、やはり目を覚まさないシャイニング・スネークを見て肩を落とした。
「そりゃそうだよ、あいつらはああしてれば悪いことなんてないんだから」
 外から見えにくい藪の中から遠隔職二人が眺めているのは、黒衣森の中で放置していたにしてはそこそこに立派な廃屋だ。窓はひび割れ、屋根と壁は少し崩れているが、人の手が入り切っていない場所で、壁とある程度の屋根があることは十分に贅沢である。
 だからこそあの盗賊たちはあそこを根城にして出てこないのだ。外をうろついていなければ、弓や魔法の的になることもない。盗賊の敵対者である自分たちにはひどく都合が悪いことに、だが。
「シャイニングさんしんどそうだから、できたら引きたいけど
「ここから出て逃げたら、それこそこっちを一網打尽にするつもりだろうな。向こうからしたら、逃がす理由はない」
 剣術士のルガディンは盗賊たちをあの廃屋に追い詰める過程で、腹に大きな怪我を負った。すぐに傷は塞いだが、流れた血が多すぎた。だが回復魔法では血を補充することはできない。町に帰って医者に見せる以外ない。
 だが、動けない剣術士の大きな体を引きずってここを離れれば、廃屋に逃げ込んだ盗賊たちがすぐさま追ってくるだろう。相手は少なくとも四人いる。負傷者を庇ったまま戦えば、当然不利になる。
「でも相手が見えないんじゃ攻撃できないし、だからってあの家に飛び込んでいったらそれこそいいカモだよぉ」
 ヨヨモは頭を抱えてぶんぶん振る。がさがさと自分たちの姿を隠してくれている藪が揺れ、ベルモントが馬鹿!と彼女を羽交い締めにした。
 相手が見えなければ矢を射かけても意味がないし、魔法は着弾地点が分からなければ使うことはできない。廃屋自体もここから攻撃をしたくらいですぐに崩れるほど軟ではなさそうだ。ということは、廃屋を壊すなりして相手をおびき出すことはできない。
……どうすれば……
 攻めることもできず、ここから動くことも難しい。それを改めて認識した弓術士の腕から力が抜け、巴術士が解放される。へなへなとそのまま座り込んだベルモントは、肩を抱いてぶるぶると震えだしてしまった。ヨヨモが慌てて駆け寄って、必死になだめようとしているが、彼女の顔も青ざめている。
 そしてそれらを眺めながら、アランは固焼きのクラッカーにチーズをのせて口に放り込んだ。ヨヨモがそれに気付いて唖然としているが、弓術士の絶望に付き合う気はないし、巴術士の諦念に同調するつもりもないから無視した。二人分のまん丸になった目を放置して食べ進めれば、体は正直なもので、エネルギーを得て熱を持つ。
「俺が突入してくる」
「え?」
「ええ?」
 目どころか口までまん丸にしたベルモントとヨヨモが言葉にならない音を出す。気にせず、鞄からポーション類を取り出してポケットに移し替え、軽く腕を伸ばす。身を潜めるためとはいえ、藪の中でずっと屈んでいたから本当は足も伸ばしたい。
「怪我人を抱えたまま来るかもわからないチャンスを待つよりは、俺が突撃した隙に離脱する方がいいだろう」
 シャイニング・スネークの怪我はすぐさま命に関わるほどではない。が、なるべく早く落ち着いた場所に連れて行かなければそれだけ復帰するのも難しくなる。膠着状態を脱することを考えれば、何かしらの攻撃行動は必要だ。
「ど、どうやって戦うのよ?!」
「君は癒し手なんだよ?!」
 ヒューランとララフェルの口から、言葉自体は違うものの同じ意味を持った言葉が飛び出す。が、問われた意味が分からず、アランは首を傾げた。
「殴る」
「殴る!?」
「本で」
「馬鹿じゃないの!?」
 ヨヨモが悲鳴を上げ、すぐに慌てて口を押える。
「素手よりマシだし、近接戦闘はそこそこ得意なんだ」
「いやいやいやいや……
 ベルモントが手と首を同時に振った。明らかに信じられないといった顔をしているのが不思議で、青年は目を瞬く。
「逆に君たちは何が不満なんだ? 負傷者も含めて安全に撤退できる、恐らくただ一つの策だ」
「僕たちに仲間を犠牲にしろと?!」
 弓術士がアランに掴みかかる。胸倉を締め上げられて、けれどアランはただ静かにベルモントの目を見つめた。
「どの道、安全に撤退するなら、シャイニング・スネークを見捨てるほかはない。君も分かっているんだろう?」
 気弱なヒューランの唇がわなわなと震える。そこに至って、漸くアランは得心がいった。ああ、そういうことか。つまり彼は心配しているのか。
 青年はぽんとベルモントの腕を叩く。もうその手には何の力も籠ってはいない。縋りつくような腕が、ただアランの服を掴んでいるだけだ。
「心配しなくとも、犠牲になるつもりはない。乗り込んでいって、全員伸せばいいだけの話だ」
 今度こそ二人は口さえ動かなくなった。アランは弓術士の腕から抜け出し、自身に守りの魔法をかける。食事はした、薬もすぐ出せる位置に動かした。自分に魔法もかけて、少々の攻撃ならば受け流すことができる。
「じゃあ、負傷者のことは頼んだ。終わったら、依頼を受けた集落で落ち合おう」
 ああ、あと、と青年は付け加える。
「上手くいったら報酬の八割は俺が貰うけれど、いいだろう?」
 返事もなく、未だに固まっている弓術士と巴術士をアランはちらりと見て、むしろ彼らがきちんと動いてくれるといいのだが、と思いながら走り出した。

 向かう廃屋はそう大きくはない。仮にすべての部屋が使えるとして、それでも大人四人が十分に暮らせるかといえば、そんな広さではないだろう。
 狭い部屋の中で長物を振り回すのは非常に高い技巧が必要で、多少覚えがある人間程度であれば、あえて室内で大きな得物を使うことはない。ならば相手が取りまわすのもそう大きくない武器になり、一撃の重さはさほどではない。その程度なら、詠唱の必要ない妖精の魔法と、防御術式で間に合う。
 さらに大きくない部屋の中、密集して戦うのはそう簡単ではない。外のように囲って押しつぶすことはできなくもないが、武器を振り回せば、十中八九味方に当たる。つまり、四人一度に襲い掛かられる可能性は極めて低い。多くて二人といったところだろう。上手くいけば、最小戦闘数は二度で済む。
 また、突入時の罠も考えにくい。おそらく盗賊たちは、首尾よく相手の近接職にダメージを与えて、攻撃されない自分たちの根城に逃げ込んだという認識でいるはずだ。であれば、相手が突入して来ることは考えず、むしろ逃げ出した相手を背中から追いかけるつもりでいる。そんな状況でわざわざ侵入者用に罠を張るとは思えない。
――むろん、それらは可能性でしかない。だが、根拠のない提案など青年はしないし、意味もなく命など賭けない。自分が癒し手で、相手が廃屋に籠城しているからこそやれると踏んだから行くのだ。
 廃屋の扉を魔法で破壊し、アランは室内に飛び込んだ。手に短刀やナックルを持ち、慌てたように立ち上がる盗賊を見て、青年は賭けに勝ったことを確信した。

「で、本当に伸してきちゃったの?」
「ああ。殴って気絶させた後、双蛇党に引き渡してきた」
 呆れたなぁ、とヨヨモは肩をすくめた。ベルモントは少々血で濡れて帰ってきたアランの姿を見て号泣し、落ち着くまでトイレに引っ込んでいる。シャイニング・スネークは療養中だが、調子は悪くないそうだ。
 それを聞いて青年は笑った。ついでに報酬の八割も貰えて、何も言うことはない。
「ほら、上手くいっただろ?」
 ヨヨモは大きくため息を吐き、もうあなたと組むのはごめんよ、と渋い顔で呟いた。