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いぬみ
2023-09-12 22:50:23
6209文字
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逆裁
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彼のホンシツ
オドキョ成立話
突然キスしてきた検事、検事の内面に惚れるおデコ
突然、検事からキスをされた。
別れ際、振り向きざまだった。
はっとして周りを気にするが、検事と自分以外はいなかった。ほっと体が緩んで、正気に戻る。
「は
……
? あの、牙琉検事?」
いや。
……
いやいやいや。おかしい。何を考えているんだ。この人は。タイミングから、何から何までおかしい。声が裏返った。
王泥喜法介は牙琉響也を、(その苗字通りの)驚きを通り越して不信感丸見えの態度で一歩後ずさった。食い入るように見つめて様子を伺う。
──そんな関係じゃないだろう! まだ!
救いなのか、検事なりの基準があるのか。この突拍子もない行動を繰り出した響也が、どうやら自分のことが好きらしいということは、知っていた。何より彼自身の口から語られるのである。
『牙琉響也は王泥喜法介が好き』要はそういう意味の言葉をかけられるようになったきっかけは何だったか。いつからか、度々告白が繰り広げられるようになった。
カッコつけた物言いの時もあれば、詩的で遠回しな表現を選ぶ時も、はたまた一周まわって直球に言われたこともあった。直接会って、電話越し、とシチュエーションまで多岐に渡る。
厄介なのは、無視しても、話を逸らしても、考えさせてもらっても、その場で乗り切れても、またあとから、やり直しのように繰り返されることだった。
仕事の好敵手に。もっと言うなら弁護士としての先生の弟さんに。突然、猛烈にアタックされたら戸惑いもする。法介は今の今まで、のらりくらりと交わし続けていた。
牙琉検事は、軽薄そうな見た目に反して、仕事に対する姿勢は真面目そのものだ。それは彼の相棒かつ元バンドメンバーが言っていた通りで、いくらプライベートで告白を繰り返そうと、アプローチを仕掛けようと、公的な場では色恋沙汰を悟らせないような、法介の知る〝牙琉検事〟のままになる。それをいいことに、反応にも変貌にも困った法介は、避け、躱し続けていたのだが。
まさか用事の終わりがけに
……
〝言葉〟で済まない手段を取られようとは。思っていなかったのである。
「おデコくん、知らないのかい」
牙琉検事は、飄々とした態度のまま、問いかける。知らないも何も検事が自分のことを好いているのは知らされ続けているけれど──それとこれはあからさまにやりすぎだ。法介は眉に皺を寄せた。
「アメリカだと、キスはアイサツなんだ。この程度でテレちゃってるのは、ちょっと心配だな」
「は?」
どんな弁明がくるのかと思っていたら、やっぱりろくでもなくて、冷たい声が飛び出ていく。予想外だった。なぜ、ここでアメリカの話題になるのか。出てくる話が突拍子のなさすぎる。
「ぼく、アメリカで検事の資格取ったって言ったろ。いつかおデコくんがアメリカに行って困らないように教えてあげようと思って」
支離滅裂なことには、気づいていないのだろうか。そんなわけはあるまいに、牙琉検事は、何らおかしなところはない、とばかりに堂々としている。
「それでもクチビルにはしませんよね? たぶん。そもそもオレ、近日にアメリカに行く予定なんてないですし
……
」
溢れているムジュンをつらつらと並べ立てて突き出してみる。あまりにもわかりやすすぎる不整合な話だ。
「もうひとつ教えてあげよっか」
途中で話を遮られた。まだ言うべきことは山ほどあると言うのに。
「アメリカだと、告白はしないんだ。だからぼくたちはもう、恋人を名乗ったっておかしくないんだよ。何も問題ないだろ?」
余裕そうな笑みに加えて、あまりにも屈託なく言うから、一瞬納得しかける。何も言えなくなって、反芻してようやく、指摘できる。
「モンダイ大ありですよ!」
大声を張る。毎日欠かさずにしている発声練習の成果が存分に発揮されている。こんな時のためにしているわけではないのに。
「だいたいここは日本だし、牙琉検事は日本人ですよね!?」
褐色肌に金髪青目と、なかなか日本人離れしたエキゾチックな見た目をしてはいるが、それでもアメリカに行ったのは〝留学〟という名目なのだ。日本に戸籍を置いているのに間違いはないし、アメリカに縁があろうと、今この地が日本である時点でまったく説得力はない。〝郷に入っては郷に従え〟ということわざを法介は思い出す。
「まったく
……
。人がいなかったから良かったですけど、こういうのはやめてくださいよ。メイワクです」
こんな強行に出るのは初めてのことだったから、窘める。牙琉響也といったら、腕のいい検事というだけでなく、かつてミリオンヒットを何本も売り上げたバンドのリーダーかつボーカルなのだ。解散した今でさえ、その名と顔を覚えている人も多く、歓声を浴びているのもよく見かけるのに。先程の行動はそれらをまったく考慮していない。スキャンダルですっぱ抜かれたらどう責任を取るつもりだろう。巻き添えで叩かれるのは御免だ。金にもならない。
「メイワク、ね
……
。」
さっきまで、叱られた子どものような拗ね顔をしていた検事は、低い声で呟く。眉にシワがよる。拗ねたというより、怒り顔になっていった。そして、言う。
「メイワクって言うんならキチンと応えてから言ってくれよ」
逆鱗に触れてしまったらしく、鋭い目線が法介を刺した。普段はしょうがなさそうに引き下がるのに。今日はことごとく様子がいつもと違う。戸惑って黙っていると、はあ、と重いため息を吐かれた。
そのまま、堪忍袋の緒が切れたとばかりに、とめどなく言葉が流されていく。
「返事がノーならノーで受け入れるさ、ぼくだって。ぼくは〝軽そうに見えてけっこう紳士〟で通ってるんだぞ。急だったし、おデコくん見るからにケイケンなさそうだし、戸惑ってたのもわかってたから、クビを長くして待ってあげてたのに!」
どんどんと白熱していく声に、言葉を挟む余裕も勇気もない。法介は、ただ、耳を傾けることしかできなかった。何やらひどくシツレイなことを言われた気がする、口を出せない代わりに、心で咎めて。
「さすがに返事が遅すぎる! いい加減ハッキリさせてくれないか、王泥喜法介!」
腕を振り上げて牙琉検事は言う。真剣な時の呼ばれ方をされて、法介は少々驚いた。ここが法廷だったら、席の壁を思い切り叩いていたのだろう、と簡単に想像がつく。
「ぼくだってキミにメイワクをかけたくってかけてるわけじゃないんだ! キミがそうやって白黒はっきりつけないから、ぼくも困ってるんだよ! どっちつかずって一番困るんだからな!」
まったくレンアイの駆け引きの基本を知らない、これだからキミはダメだ、だのと叫ぶ検事は、本当に自分のことが好きなんだろうか。それにしては発言がブシツケだ。いやそれほど自分が怒らせているということなのだろうか
……
。
勝手に告白されて、勝手にキレられて、開き直られ責任を問われているのが、どこか納得いかなかった。納得いかないなりにどうすればいいのかと考えるけれど特に何も思いつかない。気のせいか、検事の目線が痛い。後でゆっくり気持ちを整理したい、と思いついて。
「
……
とりあえず今日はもう帰っていいですか」
「またそうやって逃げるのかい! 今日はもう返事を聞くまで帰さないからな!」
頼んでみるものの却下され、恨むなら思わせぶりで丸投げ癖のある過去の自分を恨め、と吐き捨てられる。感情を爆発させて駄々をこねる牙琉検事は、大人びた容姿からは予測できないほど子どもっぽい。
(でも、それだけ必死ってことだよな
……
)
呆れながら。そこまで牙琉検事を追い詰めたのは自分なのだ、という負い目に気づいて、いたたまれなくなる。
……
確かに今まで自分は逃げていたのではないか、返事に。癪だが、検事の言っていたとおり、法介は今まで女っ気とは程遠かったのだ。先延ばしに先延ばしにして、何も言わないでいた検事に、甘えていたのでは、と。
「
……
返事をするために、質問したいんですけど、許してくれますか」
「
……
それならなんでも答えるよ。なんだい」
激高していた熱は冷めたのか、相変わらず帰らせてはもらえなさそうだけれど、質問は許可された。見慣れた、物腰柔らかな表情を見せている。
「そもそもなんでオレのことが好きなんですか」
早速、ずっと気になっていたけれども訊けなかったことを問う。なぜアプローチをしてくるのか、理由を聞いたことがなかったのだ。だからいまいち反応に困って避けていた節もある。
大した理由もなく好かれるのは、ある種の不信感を募らせる。心当たりがないなら尚更だ。少なくとも法介自身で思いつくきっかけはない。からかわれているのでは、と最初思ったぐらいだ。
検事はそのことか、そういえば言ったことなかったね、いい機会か、と角の取れた声色で呟く。
「おデコくんが、〝あるべき法廷の姿〟をぼくに示してくれたのがキッカケかな」
なんだか予想していなかった文字列ばかりが耳をくすぐって、思わず前を向く。目に入った眼差しは今まで見たどの瞳より穏やかだった。
「今までぼくは、弁護士は大したものじゃないって思ってた。未熟で、愚直で
……
自分よりは劣ってる、って。蹴落とそうとまでは思ってなかったけど」
初めて法廷で出会った彼を思い出してみる。確かに今の姿とは全然違うのだ。七年間検事職についているだけあって彼は経験豊富で、実質ひとりで法廷に立つのは初めてだった法介とは、決して誤差で済まない実力の差が滲み出ていた。
「〝真実〟を追い求めるには、自分だけで十分だと思ってたんだけど。それは違うっておデコくんで気づかされたんだ」
弁護士と協力して、というより、弁護士を利用して、真実を暴こうとしていた、らしい。勝利より真実を求めるポリシー。検事としてのプライド。弁護士に対する一欠片の軽蔑。ムジュンした心情に目を背けていたところに、希望を見いだせる弁護士を見つけたのだ、と。
おぼつかなくてむちゃくちゃだけれど、まっすぐに真実に向かうのを、ためらわない。諦めない。確かに経験不足ではあるけれど──この弁護士なら信じられる、と。
そう信頼できたのが、王泥喜法介その人であった、ようだ。
「検事と弁護士、お互いがぶつかり合って、補い合ってようやく〝真実〟は見えてくる。ねつ造なんかが必要無くなるのは、それが前提となった法廷だ、ってね」
それが、七年思い悩んできた疑念の、答えだと言う。
「それに、弁護士を悪く思ってたのは結局、昔のアヤマチを認めたくなかっただけだったよ。今思えば。ねつ造に冤罪が自分とアニキに関わってるかもだなんて、認められなかったから」
牙琉霧人弁護士。法介の師匠であり、牙琉響也の兄である彼は、かつてねつ造の証拠を作らせ──後任の弁護士に渡し、弟に情報を吹き込むことで、一人の弁護士を法曹界から追い出した。
慕っていた兄が、まさかねつ造をするとは。冤罪を生み出すとは。しかもそれは、響也がフェアに戦いたいと善意で共有した事件の概要から作られていたという。敬愛の兄の言う通りにしたことで、兄に不信感を抱いた。けれど、兄の言うことを信じるしかなかった。信じられなくて、向かい合うことをやめた。
弁護士を邪魔をすることはしなかったが、特に干渉することもなかった。必要がないと考えた。向き合って、考えて、自分の過去を思い出すのが、兄が間違っていると気づくのが、疑念を晴らした先の真実を知るのが、恐ろしかった。
信じたいものを信じきれなかった響也にとって、ただひたすらに突き進む新人を見て。裁かれる兄を見て。真相を知って。ようやく、希望を見いだせたのだ。
「ラブソングは何曲か書いたこともあるけど、まさか検事としての想いが個人としての想いにもなったなんて、予想外だったな」
期待と信頼は、そのうち、すぐ隣で見守っていたい、という欲求にだんだん置き変わった。置き変わった、という表現はミスマッチかもしれない。存在はそのままに、新たな、もっと熱っぽくて不純ないわゆる〝動機〟が、生み出された。
「でもほら。少しでも叶うかもしれないなら諦めたくないだろ? たとえそれで生まれた真実が、苦々しいものであろうとも」
だからハッキリさせておくれよ──と続く。揺るぎない目は、じっと待っている。自分が抱えた欲求が、無罪なのか有罪なのか裁かれるのを、逃げもせず、
……
むしろ乞うて。
(
……
まっすぐなヒトだなぁ
……
)
言ってしまえば何度も裏切ってしまっているのに、真摯なまなざしを、彼は何も臆せずに向ける。
〝うっとうしいほどマッスグなヤツ〟。
彼の元バンドメンバーは、今や密輸と殺人の罪を抱えている刑事は、牙琉響也をそう称した。その表現がふと、法介の頭をよぎる。
世間一般の常識にも、自分の中の欲にも、何もかもが一直線で、曲がっていない。嘘偽りも演技もないまっさらな彼は、コドモっぽくて、とてもオトナだ。感情を爆発させはするが、決して自分の思うままに相手を動かしたいわけではない。世界の真実を純真に信じ、苦い現実を覚悟して飲み込む。それを、やってのける人。
きっとあのキスだって、嫌われるという覚悟の上で行動して、いやむしろ、相手ならこの件をぞんざいに処分しないだろうという事実まで見越した動きなのかもしれない。触れたら逆にこちらが傷つくような、清らかな信頼がそこにあるのかもしれない。
「これで納得できたかい? わからず屋のおデコくん」
腰に手を当てて、屈んで。身長差を否応なく実感させられるポーズは、コシャクだけれど、同時に、目線を合わせてくれる誠実さでもある、のだろう。
「はい、大丈夫です!
……
ヒトコト余計ですけど」
真摯に返事をしなければ、失礼な気がした。
実の所、恋愛に関しては疎くて、答え方も何もかも分かりゃしない。友愛と信頼と恋愛の違いなんてもっとも、法介に見分けさせるのは酷なことだ。牙琉検事にさえ、予想がつかなかったことなのだから。
ただ、恋愛感情の基準が、嫌悪感や忌避感の有無ならば。
「オレは、今、
……
牙琉検事とそういう関係になってもいい、と思いました。少なくとも、嫌ではないです」
これだけは答えなければ、とだけ思った。どんな結末でも受け入れると覚悟した、牙琉響也に、対して。
「
……
この答え方で満足ですか?」
響也を見上げて、目を合わせた。青い瞳を一瞬、ぱちくりと瞬かせて。すぐ、微笑む。
「感想の聞き方が気に食わないけど。
……
頷いておくよ。ぼくはおデコくんの判断を信じてるから」
お互い様だとは言え、ああ、やっぱり一言多い。けれど一言多いのは、愚痴っぽいのは、オレを信じているからなんだろうか──と自惚れる。存外はっきりと主張される信用の存在も、その自惚れを加速させた。
根負けしたともいえるし、絆されたとも解釈できるかもしれない。それでもいざ、今までおくびにも出されなかった好意の理由を直接知ると、悪いように思えなくなるのも事実だった。
外見とは裏腹な、彼の〝マッスグ〟さの本質に、見惚れてしまった。触れてみたいと思った。
裏切りたくなかった。むしろ応え続けたいと思った。
王泥喜法介の返事の理由は、ただ、それだけだ。
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