いぬみ
2022-12-10 12:36:15
5340文字
Public ガ!!
 

行き着く先は晴れ

ガ2軸のガ清の告白話。思い悩む少年王と男前受けな教授麿。

 夜、しんと静まる部屋。どこかの窓が開いているのだろう、気温より温度の低い夜風がひやりとガッシュの頬を撫でていった。しかし、血流が巡るわりに全身に回りきっていないような感覚は、単に寒いだとかの単純な理由ではない。もっと精神的でどうにもならない要因である。
 気休めに重い重い息を吐く。ゆるゆると体が弛緩しては、またきりりと引き締まる。その繰り返しだった。夜が耽けるたび、彼を待つ時間が経つたびに、顕著に主張してくる。
 緊張からか、訓練の賜物なのか、感覚がやけにはっきりとしている。ぱたぱたとこちらに近づく、十三年越しの変わらぬ足音を過敏に聞き取った。
「悪い、ガッシュ。ちょっと遅れた」
「イヤ、こちらこそ時間を作ってもらった側なのだ。忙しいろうに、スマナイ」
 パッと向いて、彼を見る。用を終わらせて、急いで来たのだろう。息こそ荒らげていないが、彼の特徴ともいえる黒い髪が少し乱れていた。焦らせてしまった負い目と、自分を優先してくれた特別感。抱きながら、感謝の意も含ませて謝罪を口にする。
「それで? 話したいこと、あるんだろ」
 崩れた前髪に少しの違和感を感じたのだろう、さっと適当に直した清麿が、さらりと本題を出す。おもむろで躊躇のない言葉に、ごくりと唾を飲む。
 清麿と、待ち合わせを──話す時間を作ってもらったのは、他でもない、ガッシュ自身が理由だった。どうしても話さねばならない事柄が二人の間に存在していて、さらに、本人にそれを気づかれてしまったのだ。清麿の、切羽詰まっているわけでないが、こちらを慮るような顔は、こちらの想いを悟っていると確信するに相応する。魔界の事態のことでも、王としての悩みでもない。ただ『ガッシュ』の問題なのだと、わざわざ知らせずとも、察したようであった。そこまで知られたなら……悟られてしまったなら。放っておくこともできなかった。ならば。真正面から、向かうだけだった。
「清麿、私は──」
 スウ、と息を吸った。血が巡っている感覚が薄いのに、心拍数は大胆に感じる。体温も上がっているのか、吸う息が冷えているように感じて、思わずぎゅっと片手に力を入れた。噤みかける口を鼓舞して、動かす。それだけでも体力と勇気が必要った。私は。
「──……お主のことを好いておる。親愛よりも、深くだ」
 溜め込んでいたものを吐き出すように。壊れやすい砂糖菓子を渡すように。相手に誕生日プレゼントをサプライズで差し出すように。勢いよく、丁寧で、緊張混じりに周りを窺ってしまいながら、ガッシュは舌で送り出した。緊張もする。やっと再会した想い人に告白したのだから。躊躇いもする。身分、種族差、文化差、同性同士、かつての関係、今の事態……と、様々が折り重なっているのだから。
「こんな大変な時に、王として……言うべきでないと。……思うべきでない、とは分かっておる。それでも、伝えずにいられ、なかった」
 清麿が黙っているせいか、おかげか。言い訳のように積み重ねて言った。もう誤魔化しも消去もできないのなら、隠す必要はない。それは覚悟であり、無謀自棄であり、激情だった。
「お主にこれを、ずっと黙っておくことができなかった。もう子どものように、かつてのような私ではないと……お主に隠し通す自信がなかったのだ」
 清麿は変わらなかった。誰よりも正義感が強く、誰よりも勇気があって、誰よりも──聡い。あの頃とは変わった感情を持った、もしくは気づいた自分のことも、お見通しだ。隠したところで、そのうちにバレてしまうのが想像に容易くて、そして何より、抑えられる気が、しなかったのだ。
 想いを告げて、その後。場合によっては、清麿も困ってしまうだろうとは、気が回った。今まで一番の友達だ、パートナーだ、かけがえのない存在だと信頼を向けてくれていたのに、それをひっくり返す力を持つ感情で、塗りつぶしてしまったのだから。最悪の場合、拒否……嫌悪を向けられても、おかしくない。
 それでもやさしい彼は、跳ね除けない。戸惑いはしても、自分のこれを否定はしないだろう──嫌われるのではという不安の中、そんな自信を持ったのもまた事実だ。期待、とも言い換えられるのかもしれない。都合のいい、楽観的な想像。
 抑えきれなかった、彼に隠し事をしたくなかった……。だからといって、直接、伝えるというのは如何なものか。そう思うところがないわけではない。告白するということは、つまり、自分の抱えている感情が友情以上であると、時に性愛さえも含む恋愛だと言い切る、宣言の意も含む。あわよくば叶わないかという下心があることを、相手に伝える、ということ。聞くまでは『疑惑』に収まっていた、堪えきれていなかった仕草や目線が、途端に、言い逃れの道を無くす。そんな行為をしたのである。
 告白したといえども、それは、知っておいて欲しかっただけで、答えはいらない。自分にとって理想的な未来を押し付ける気はない。友達のままでいようと言われたって、考えさせてくれと待たされたって、構わない……。清麿の思うように、処理して欲しい。それは確かに本心であるはずなのに、いざとなると口が動かない。告白してしまった罪悪感と責任感、この後に及び、まだ清麿とそういう仲にまで進展したいと望むのが抜けない。
 清麿を大切にしたい。清麿を自分のひとにしたい。相反する事柄のどちらかを選んで捨てるなんて芸当はできず、挟まれ悩みうろたえることしかできない。どちらも、嘘でなく、真実だ。ぐちゃぐちゃに混ざった末に、混乱して泣きそうになる。ぐっと堪えて、清麿の返事を、待つ。表面上は、落ち着いて。内面上は、泣き叫んで乞うのを厭わないほどの激情を抱え、なんとか押し殺して。冷静な大人のふりをすることさえ精一杯だった。
 その精一杯にさらに注がれようと、表面張力ギリギリまで耐えたのは、十年以上王として君臨しているだけあったのだろう。前と変わらぬ(むしろ、歳を重ね訓練を積んだぶん、洗練されているかもしれない)鋭い嗅覚が、他人の……その中でも最も心地よく、ずっと焦がれていた匂いを、あまりにも近いところで、感じた。
 抱きつかれている。他でもない清麿に。
「清麿、?」
 思わず名を呼ぶ。それでも離す気配は見当たらず、言葉をどう続ければいいか迷い、黙ってしまう。好きな人に抱きつかれているのを、どういう理由か分からずとも、幸運に思う自分がいた。自分は浅はかだ。自分はわがままだ。嬉しいと、離して欲しくないと、思っている。
 昔と変わらない、大きい、あたたかい身体だった。厚い胸板に、自分よりも一回りほど大きな体格。自分も(兄ほど顕著ではないにしろ)成長したはずなのに、清麿もその分鍛え上げられているらしく、結果的にあのころと感覚が一緒だ。戸惑って、懐かしくて、ただ相手を感じ入る。背に手を回し抱きつき返す踏ん切りがつかず、手持ち無沙汰にさまよわせた。
「大きくなったな、お前」
 もう一度名前でも呼ぼうか、と考えあぐねて、間髪入れずに清麿がしみじみ呟く。さまよわせていた手はぴしりと固まる。それは、衝撃由来でもあって、喜びの表れでもあって、不安の具現化でもあった。今、自分は一世一代の告白をして──それを返答よりもまず先に抱きつかれ、成長を感じられている。
 成長に誇らしく思うところもあるが、まず、一抹の不安と、複雑な思いがよぎる。本当に清麿は分かっているのだろうか。先程、『子どもではない』と主張したばかりだ。自分だって恋愛感情を持つのだと、惚れた本人に告白したのだ。それにお前もそんな歳かと感慨深くなられては、警戒心の薄さに心配する。子ども扱いをされているのではとムッとする。幼子と同列にされては困るし不服だ。さて清麿の真意はいかほどか、と身構えて、清麿の背中を、掴む。ようやく手の居所が落ち着いた。少し思い切った行動だったかと思うが、清麿は動じもしない。つまりは拒否をしない。
 拒否しないでいてくれることにほっとする。あくまで、楽観的でいようと努めて彼を『信じた』だけで、最悪の事態も想定していた。少なくとも、清麿はこれを『告白』と認め、そのうえで、ハグを許してくれている。返事がYESかNOかは置いておいて、それだけでも『救い』だ。ぎゅうっとすがるように、逃がさないとばかりに手に力を入れる。こうしてほんの少しだけの言葉にムキになるところが、子どもっぽいのではと危惧するが、もう遅い。
 抱きしめる手を強めようと、清麿は受け入れ続けた。相も変わらず友達ではあると、絆があると、甘えられる。その証明のようだった。どこまでなら、清麿は甘ったれたわがままを許してくれるのだろう……。せめて、初めてを捧げたい、清麿を自分の特別にしたい、自分の唇を、その意味が何を指すかを知っている今、清麿のそれと合わせたい──。ただ本題に触れずに抱きしめてくれる清麿に甘えて、欲望が露出する。
 寛大な善意を与えられているにも関わらず、それに飽き足らず求めてしまうのが、なんとも滑稽な姿だと感じた。欲深く罪深い。無邪気なふりをして、いじらしいふりをして、自分のどうもできない気持ちを消化しようと、望みを叶えようと画作している。途方もない罪悪感に苛まれる。
 到底子どもの考えることではない。私はもうあのころのような純粋な幼子では無い──と自嘲する。

「惚れ直しちまうなぁ」

 ぐじゅぐじゅ考えていたガッシュの耳が、はっきりととらえた。惚れ直す──おそらく、自分に──と。
 はっとして、清麿の顔を見ようとして、ためらった。それは聞き間違いなんじゃないかという不安でもなんでもなく、ただ清麿の体温と心音が名残惜しく、離れがたかったからだ。顔をあげたら、頑張って保っていたなにかが崩れてしまいそうだった。
「ど、ういう」
 訊ねてしまう。期待してよいのかと。清麿の熱に包まれながら、待つ。
「そのまんまだよ」
 朗らかさが滲む軽快な声色だった。
「オレもお前が好き……ってこと、だよ。……なんか照れるけどさ」
 それを聞いてガッシュはついに顔を上げた。清麿は、驚きながら、一瞬目線を空虚にやりながらも、最終的にはこちらにしかと目を合わせてくれた。耳も頬も赤い。先程密着していた時あたたかかったのは、清麿も自分と同じく嬉しくて照れくさかったからなのではないか、と都合のいいことを思う。まっすぐで輝かしい言葉は、飾り気がないのに、鮮明に自分を刺す。
「す、まぬ。清麿……きよまろっ……!」
 感動なのか、衝撃なのか、歓喜なのか。正体が掴めぬ、威勢のいい激情が目頭へと駆ける。堪えきれず、雫となった感情が溢れ出す。名を呼ぶ。すがる。
「おーおー、相変わらず泣き虫だな」
 ぱしぱしと頭を軽く叩き窘める、その仕草はあまりにも懐かしい。雑ともいえる適当な手つきは、『子ども扱い』にしては乱暴だ。そう、昔から変わらない。昔から清麿は、『子ども』としてでもなく、そして今は『王』としてでもなく、『ガッシュ』として接してくれる。不安がる必要などなかったと思い出す。涙で濡れることも厭わない彼が。誰よりもガッシュを信じて、ガッシュを見て、ガッシュを導いてくれたひとが、ガッシュの感情と欲望を粗末に処理するわけがないのだ。
 ガッシュの緊張した心は安心に溶けた。流れる涙は熱く、爽やかだった。変わらないでいてくれて良かった。心からそう言える。……ギルとワイグを倒したあの戦いの後から、感謝が止まない。
 清麿は変わらなかった。何も変わっちゃいなかった。変わらない態度、変わらない声色。変わらないはずのそれらに、愛おしさが混じっていると感じるのは自惚れだろうか。イヤ、むしろ。今まで愛おしさに気づかなかったのは己ではないだろうか。『惚れ直す』という言葉は、そもそも『惚れて』いなければ成立しない。
 どうにかなりそうだった。どうにかさせてほしかった。清麿と接しているとどうも、王として知らず知らず無理をしていた自分が剥がれていく。民に涙を見せない王は崩れ、政で切り詰める疲れは解ける。しかしそれはあくまで心地よく、あくまで自然だ。ありのままを晒け出せるだけだった。
 魔界が荒れ、敵が襲い、仲間たちが次々犠牲になっていく。そのうちに積み重なり背負った責任に、表に出さずとも参っていた。その重荷を、当たり前のように共に抱えてくれる清麿に助けられている。清麿の前では『泣き虫』でいれる。清麿の前ではわがままを言える。本当の気持ちをぶつけあえる。
 ならばせめて恩返しに、自分も力を貸したい。大きくなって強くなりたい。魔界も、清麿も守るために。
 かつてと変わらぬ願いを抱き、ガッシュは清麿を抱きしめた。今はただ抱きしめていたかった。抱きしめられていたかった。ハグのその先も、伝えあった感情も、変わる関係も、きっとどう進もうが、どこに行き着こうが根っこは同じだと、知ったから。
 清麿とだったらどこへでも行ける。晴れやかな気持ちで、ガッシュは涙を拭った。その口角は、爽快に上がっていた。