そのパーティーは静粛に、それでいてにぎやかに行われた。ある一定の粛々とした、高貴な雰囲気が漂うかと思えば、別の一角では居心地の良さとお祭り騒ぎを重視したようなまったく正反対な雰囲気を纏っている。それを咎め水を差す輩はいなかった。今日はどう騒ごうが厳かだろうが良い理由がある。
部屋の中央には大きなケーキがある。そのまわりにはもう既に切り分けられたものと小さめの追加のケーキが置かれていて、各自が自由にそれを取り食べている。スーツを着ているもの、よそいきのきれいな服を着ているもの、普段着で来ているもの。そのどれもに共通するのは、この特別な日を楽しんでいるということだ。
今日は王……ガッシュの誕生日であった。だからこそ今、王宮は開放されていて、身分関係なく、生誕を祝うという共通の目的を持ってひとが集まっている。ガッシュ直々ににぎやかなのが良いと言ったのを尊重して行われたパーティーは盛大に、分け隔てなく開かれた。王としての素質ももちろん、人柄からも好かれているガッシュには多くのひとが集まった。兄として誇らしい。
開催したものの一人として、ケーキを取り分けたり運んだり、ナイフとフォークを並べたりと忙しなく動いている身からしても、このパーティーが良い方向に盛り上がっていることはわかる。むしろ開催したものの一人だからこそ、客観的に見れているのかもしれない。
「ガッシュ様、おめでとうございます!」
「ガッシュ、このケーキ超うまいぜ! 早く食べてみろよ!」
「王様! 誕生日おめでとう!」
わいわいと騒ぐなか、その騒がしさに負けない元気にはっきりとした声が聞こえた。ひとつひとつかけられた言葉に、丁寧に礼や返事を返している声も近づいてくる。多様に満ち溢れた祝いのかけ方は、どれにも感謝や祝福が見て取れた。その返事がどれもあたたかくてやさしいものなのを見れば、そんな態度になるのも至極同然に見えた。
「ゼオン!」
「ん? どうした、ガッシュ」
ひとびとの祝福に逐一感謝を返していた、本日の主役であるガッシュは、オレの顔を見た瞬間はっと名を呼ぶ。まるで、オレを探していて、ようやく見つけたかのように。
「来て欲しいのだ!」
有無を言わさずに手を引かれて、状況も掴めぬままについていく。引っ張られながら納得いかずにどうした、と勢いで問えば、渡したいものがあるのだ、と簡潔に伝えられた。こういう時のガッシュの力というのは計り知れないほど底抜けで、目を見張るものがある。さすが王にまでなったオレの弟、と誇らしくなる兄心。それはそれとして何なんだ、と訝しく思う探究心。
ぎゅっと手を繋がれるのにももう慣れた。それを握り返す加減のしかたもとうに覚えて身についた。風を切る頬の感触、風に引かれて揺らぐ髪の毛、目に見えては通り過ぎ去っていく視界。それが他力で起こっている事象であるということも、今までにも何度か経験したこと。
減速していって、そろそろか……と覚悟していれば思惑通り止まり、すぐ目の前に、ドア。どうやらこのドアの先に『渡したいもの』があるらしく。ここは空き部屋で、特に面白そうなものがあるわけではない。だからこそ、『渡したいもの』を隠しておけたのだろうか? そもそも何を渡そうとしているのだろうか。主役がわざわざ送りたいと申し出るのだ、相当大事なものなのだろう。
「おめでとう、ガッシュ、ゼオン!」
「……って、それどういう状態だい?」
弾がマントにぶつかり跳ねるそんな衝撃を覚悟していたが、実際かけられたのは、聞きなれた声色で放たれる祝いの言葉と疑問だった。緊張した肢体と広がりガッシュとオレの体をつつんでいたマントをそろそろと戻した。下を見れば、紙吹雪のようなものが床に散っていた。ほんのり硝煙のつんとした刺激が鼻腔に入ってきた。
ガッシュがノックをしてドアを開けてから、急に銃声に似た爆発音が鳴って、驚いてマントへと身を隠したのだった。もちろん、ガッシュもろとも守れるように広げて。油断しきっていて、中にひとがいるかもしれないという想像はついていなかった。探ればすぐわかったろうに。最近は平和ボケしているのだろう、気が緩んでいた。しかし、ティオにキャンチョメにウマゴンというメンツの魔力と声を確認した今、オレたちに危害を加えようという気がないのは明白だ。
確認するが、火薬の匂いが四散していた。その元は三人の手元に握られ、三角錐から色とりどりの紙切れが出ていて、どうやら端のとんがりから垂れ下がる紐を引っ張ると紙切れや紙吹雪が飛び出してくる仕組みらしい。その際、パァン! という騒々しく危機感を抱かせる音が鳴り響くのだろう。
「それは何だ、目くらましみたいなものか?」
しゅるりとマントを完全に元に戻すと、問う。敵を欺くために銃を無駄打ちすることは作戦として有り得ることだ。相手の気を逸らせば勝ち筋が生まれる。油断を編み出させることは勝利に繋がる。
「違うわよ。クラッカー。お祝いの時に鳴らす道具よ」
「小さなくす玉みたいなものさ」
ティオの説明に眉を歪めれば、キャンチョメがさっと追加で説明を施した。それでようやく理解をした。これは戦略的なものではなく、パーティーの賑やかしアイテムのひとつだと。それにしては物騒な音が鳴るものだ。発火と爆発での衝撃で紙吹雪を飛ばす仕組みからとはいえ、火薬の匂いまでするのだから、身構えてしまってもしょうがないと思う。
少し照れくさい居心地の悪さを感じながら、「で、何でこんなところで祝いの言葉なんて言うんだ」と声をかける。見かけない、遅れているのか、急な用事でも入ったのか、とは思っていたものの、まさかこんな部屋で待ち伏せていたとは思わなかった。その意図もいまいち掴めていなかった。なぜわざわざ身を隠し祝う必要があるのだろうか。
「そりゃまあ、こうでもしないと聞かなそうじゃない」
「? ガッシュはそういうやつじゃないだろう」
「そうじゃなくて、アンタがよ」
「は? ……オイ、全然話が見えてこんぞ。回りくどいことをするな、はっきり簡潔に言え」
いまいち話が通じていないような気がして、確認がてらはっきりと伝える。ティオにはぁ、と重たいため息をつかれた。やっぱり、とでも言いたげな、不機嫌そうな眼差し。何が言いたいんだ、本当に。話を聞かずに跳ね除けた記憶はない。
「今日ガッシュが誕生日ってことは、双子のアンタの誕生日でもあるでしょって話!」
まったく、気づきなさいそんなこと。っていうか周りは何も言わなかったの。そんなふうにティオは悪態をついて、周りの二人がまあまあ、と落ち着かせようとしている。それでもやはり頭にハテナマークが浮かんで離れない。
「何か文句でもあるの? もう、せっかく用意したんだから受け取りなさい。かわいくラッピングできたのよ」
「誕生日の二人には特別さ、いつもはあげないお菓子だって奮発しちゃうよ!」
「メルメルメ〜!」
「ウヌ、みんなありがとうなのだ!」
置いていかれたまま話が進んでいく。ガッシュはすぐに順応して……というか、ここにオレを連れてきた時点で、共犯なのは間違いがない。呆然としたまま立ち尽くすことしかできない。眉が歪に顰められたまま固まっている。
「ホラ、アンタも」
「そうだよ、ボクだって君のためにガッシュだけじゃ食べきれない量を持ってきたんだ」
「メルメル〜!」
ティオが気丈に声をかける。それをきっかけにしたように、キャンチョメやウマゴンもオレを誘う。悪い気はしない。何て言ったってこちらに危害を加えるような気配はしないどころか、こちらを祝福する気で溢れているのだ。そう、〝誕生日〟を祝おう、と。先程言われた言葉をようやく反芻して、ようやく状況の全てを理解した。
……ああそうか、つまりこいつらは。
「オイ。勘違いをしているようだからひとつ言っておくが」
ため息ひとつ、一瞥ひとつ。そうして、眉を顰めたりしっかりとこちらに向いたりしているやつらと目線を合わせて、息を吸う。はっきりと発音ができるように。
「オレの誕生日は、明日だ」
それを聞いた一同は、面白いほどぽかんと間抜けな顔をしていた。
────少し前のこと。
「そういえば……二月の五日が近いな」
唐突にぽつりとゼオンがそう言ったのを、その場にいた四人は訝しがりながらも聞いていた。ゼオンの弟であるガッシュはもちろん、ティオに、キャンチョメに、ウマゴン。王を決める戦いの時からガッシュと仲が良い、いわゆるいつものメンバーの中にゼオンが加わるようになって日が少しは経っていて、馴染むようになってきた頃だった。いつも通り、魔界の王である前に友人であるガッシュの家──つまり王宮である──に仕事の応援がてら(そして、仕事が終わったガッシュとすぐに遊べるように)遊びに来た三人は、ガッシュとゼオンにもてなされている最中、そんな呟きをおもむろに受けた。
「二月の五日? ……その日に、何か特別なことがあるのかい?」
キャンチョメは、ゼオンに対してだいぶ慣れた口調で話しかける。魔界に帰ってきた当初、顔を合わせるだけで怯え震えていた日がもはや懐かしい。首をかしげ、何か記念日でもあったかと思案する。それと一緒にティオは眉にシワをよせ、ウマゴンはヒズメのついた太い手を曲げて考え込むように曲げ組んだ。ガッシュは不思議そうにゼオンの次の言葉を待つ。
「知らないのか。二月五日は王の……ガッシュの誕生日だ。」
平然と言い渡されたそれに、一人は驚き、一人はおめでたいと言うようにヒズメを鳴らし、一人はガッシュの方を見やり反応を確かめる。そうして、ガッシュは思い出したとでも言うように手を打ち、忘れていたとのたまう。意識すること自体なかったどころか、昔は知りもしていなかったから忘れていたと宣言し、それを聞いたゼオンは少し眉を顰めて、続けた。
「二月五日、王の生誕祭としてパーティーが開かれるだろう。どうなるかは未定だが、新王の初の誕生日なんだ……盛大なものになる。お前らは確実に招待されるだろうから、その心持ちでいろ」
ようは忠告というか、約束のようなものだった。プレゼントだとかは各自で好きなようにやればいいしやらなくてもいいが、パーティーの日程の予定は確認しておけ、ぐらいの軽い勧告。そんな言いぶりであることは、全員にわかった。
そうして少し経って、違和感を持った。ゼオンの言い草に対して、深追いするような、勘ぐるような、だからこそ感じたような。ガッシュとゼオンは、双子の兄弟である。双生児、ともいうその関係は、同時に生まれ落ちた子どもである。そのくらいは一般常識であるから、ティオたちも知っていた。
だから、違和感の正体に気づいた。ガッシュの誕生日ということは、ゼオンの誕生日でもある──と。しかしゼオンはそんなことをつゆほども言わずにいた。それは何でかを皆は少し察していた。
実を言えばゼオンは、ティオたちに躊躇している素振りをこれまで見せていた。ファウードを乗っ取っていた時の行い、態度に言いようのない気まずさを抱えていて、ここ最近ようやく薄れたものの、未だに遠慮している風なのだった。
だったら無理やりにでもお祝いしてやればいい。彼彼女たちは、そういった行動ができるものだった。
だからこそ、計画をした。大々的にはできなくとも、真っ当に正面からお祝いを告げることはできる。ガッシュとまとめて、各々が贈りたいものを気持ちと共に捧げて、笑い合う。ゼオン相手じゃなくたってやってきたことを当たり前にやってやる。そういった計画だった。
─────それでいて、前提が思わぬ方向に覆された、ということらしい。
「祝いたいのなら事前情報収集を怠るな、少し調べたらわかることだっただろ」
呆れたようにものを申せば、さすがに言い返せないらしく、各々黙って耳を傾けている。
まあ、気持ちはわからんでもない。我らは双子である。〝双生〟ともいうこの関係は、文字通りに二人共に同じ時期に同じ母体から生まれ出た、という意味を持つ。そんな関係なのだから、同じ誕生日だと錯覚してもおかしくない──というか、大半の双子は同じ誕生日だというか。
双子ではあるものの、時間帯の影響で誕生日が一日ズレている我らの方が特殊なのだ。魔界の〝あとから生まれてきた方が兄となる〟という慣わしに則って、オレの方が一日遅れて六日が生誕の日となっていた。人間界では逆に、今ではあとから生まれた方が弟となるという。それはそれとしてガッシュが望んでいたのは兄だし、オレとしてもしっくりくるのは兄だし、当時の慣わしとしてもこちらが兄なので揺るぎはしないが。
「お前ら揃いに揃って頭が悪いんだな」
それはそれとして、隠していたわけでもなしにこれである。思わず口についた言葉を聞いて、皆既視感を覚えたというような、やはりパートナーがパートナーなら……とでも言いたげな目線。完全に無意識下での発言だったが、思いのほかあいつの影響が強いのかもしれない。毎日のように聞いていた弊害か。しかし、今のこいつらを言い表すには、これがピッタリだと純粋に思った。
「お誕生日……おそろいではなかったのだのう……」
ぽつりとガッシュが呟く。そういえば教えていなかった。以前「楽しみだの!」とオレに同調を委ねた言葉は、共に祝われようと張り切ってのニュアンスを含んでいたのだと思えば納得の声色だった、気がする。
「……同じ胎内から産まれ出たには変わらない、そう落ち込むことじゃないだろう?」
そう言えばウヌ! とわかりやすく明るくなった顔を上げる。それにほっとするやら、少し呆れるやら、申し訳なさを感じるやら。
体裁として『祝われる』ことはあるが、『祝う』ことは今までになかったから、こちらとしても浮かれていた。だから自分のことを言い出すのを忘れていた。あとは単純に、昔は誕生日だといっても祝福は口先だけで、むしろ年が上がった分だけ訓練の量を増やされていたので、おめでたいという実感がなかった。ああ来たか、といった感覚だった。ガッシュが自身の誕生日を聞いて、日にちが近づいていくごとに楽しみにしていることが不思議でさえあったが、そういえば普通は楽しみにするべき事柄であるのだった。
完全に出鼻を挫かれた、というように空気が落ち込んだ一行を一瞥する。気まずそうながらにしっかりと手に持ったものは、丁寧にラッピングが施されたいわゆる『プレゼント』である。たしかティオはかわいくラッピングができたと笑っていて、キャンチョメは一人では食べきれないほどのお菓子だと言っていた。ウマゴンはどうやらきれいな野花を持ってきたらしい。
どれもが、今日のために用意された代物だ、と思えば。それを無下にすることはどれほどまでに残酷なんだろう。ふぅとため息をついた。
「それは部屋に置いておけ。オレとガッシュ、共通の部屋に」
ぽつりと言い放てば、ぽかんと顔を上げられる。それほどまでに意外なんだろうか。
「仕方がないから貰っておく。……来年も祝うなら、その時は同じ過ちは繰り返すなよ」
それは忠告であり、許容であり、ほんの少しの催促であり。〝次〟があっても良いという態度を言い表しておく。こんなにも純粋に祝うために贈り物を貰うのは久々だった。──嬉しいと思えた、純粋に。明日に本格的に、父母から祝われるのだと再確認して思うとむず痒く耐えられそうになく。これがその手慣らしだと思えばちょうどいい。
「詰めは甘かったが気持ちは伝わる。……礼を言うぞ」
一応厳しくしつけられている。こういう時は礼を言うものだ。謝礼を忘れないよう口ずさんでおけば、はにかむように笑われた。
そうしてはっと我に返ってすっとドアに向かう。まだまだパーティーは続いているのだ。
「生誕祭はまだ終わらん。開催者のひとりとして色々やることがあるからオレはもう行く。……自由参加だからお前らも参加したいなら参加しろ」
くるりと背を向けたまま、首だけ振り返って促す。見たところ参加していないようだった。準備に明け暮れていたのだろう。やはり頭が悪い、と言わざるを得ない。どっちが自分のことを考えていないのだろう。幸いは、パーティーが終わる時間が、まだまだ先だということ。
あとは個人個人の問題だとドアをくぐって廊下を歩けば、後ろから気配を感じた。気づいたことがあって、「プレゼントを置くなら部屋はあっちだ」と少し止まって指をさせば、ガッシュが「私が案内した後、すぐパーティー会場に向かうのだ」と返してきた。すぐに魔力やら気配が部屋へと向かっていく。置いた後、すぐにこちらへと引き帰ってきて会場へと向かうだろう気配。
……純粋に、その気配たちに向け、言うだけではなく、感謝をした。ガッシュを祝ったこと。それに漏れずオレを祝ったことにも。こんな晴れやかな気持ちを抱くようになったことに、自分でも驚いた。自分は憎悪だけを抱く器ではないという証のように思えた。怒りや憎しみの少しも抱かずに物事を見据えるのは久しいことではあり、何とも爽快な気分であった。
生誕祭は続く。祝いの言葉が送られる。それは毎年、祝う気持ちは変わらずに行われるのだろう。その一日後に控えているやつにも、〝ついで〟を思わせない言いぶりで祝うのだろう。そう素直に思えることが、悪くないと感じた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.