いぬみ
2022-01-09 22:24:28
9242文字
Public ガ!!
 

あたりまえがありがたい

ティオ+ゼオン
ゼがモブの術からガたちを庇ってケガ(軽い火傷)して、ティに手当てされる話。

「そういえば私、イギリスでアンタを見かけたことがあったわ」
 子ども特有の高く愛らしい声が呟かれるように放たれた。普段は元気に揺らしている特徴的な濃い桃色の髪を重力のまま垂らし、きりっと吊り上げられた瞳は真剣な眼差しで自分の手元に向けられている。

 その視線の先には、ほんの少しだけ傷つき赤く爛れた、目の前の女の魔物よりも白い手があった。今ちょうど、患部に薬草で湿布をされるところだった。しかし、傷ついているとはいえど、別に手当てなんてせずとも、いつの間にか癒えていただろう。それほどの軽傷だった。本来なら、特に何も気にせずに放っておいていただろう。すぐ癒える魔物の傷の手当てなどままごとの延長のようだと、かつては心の内で馬鹿にすらしていたのに、今、その必要のないに等しい手当てを受けさせられているのだから、皮肉なものである。

 この目の前の女の魔物は、いらん、すぐ治るし慣れているから気にするな、と何度も跳ね除けるオレに対してめげず引かず、半ば無理やりオレを引きずり『保健室』とやらに移動させると、救急箱を引っ張ってきた。曰く、「慣れてようがすぐ治ろうが痛みは変わらないでしょ、いいから黙って手当てされなさい!」「王子様なのにケチくさいわよ!」だのなんだの、雑菌が入るとどうのこうのと騒いで、最終的にオレの話を完全に無視して治療具を出してきた。ただの軽い火傷と擦り傷にサイフォジオを使おうとしてきたのを「魔力は無駄遣いするな」と言ったオレへの僅かな抵抗と尊重らしい。
 普段は先生がいるらしい保健室は今は誰もいない。仕方がないわね、と一般家庭のありふれたレパートリーの救急箱をがちゃん! と目の前に荒々しく置いて患部を勢いよく晒し出されたときはどうなるかと思ったが、その治療はいたって丁寧なものだった。年齢にしては伴った技術の精巧度は高い。将来はいい医師に、もしくは王宮医官か。医療系に進むのは間違いないだろう。

 事の発端は、先程、外での出来事であった。もう学校はとっくに終わっているはずの時間、王がお戻りになられない、と従者がざわざわと騒ぎ立てていて。この前、最近帰りが遅いと思っていたら王の反逆者に王杖ワンドを取られ、危機に陥った事件があったこともあり、また何かあったのではと危惧されていた。騎士らは、大人数の仲間を引き連れ馬車で迎えに行くと、何かあってからでは遅いと立ち上がって、そこに、さすがに大袈裟すぎだとオレが名乗りあげたのだ。
 タイミングよく訓練が終わったところだった。弟は、王様扱いは好きではない、私は私のままなのに、手に入れた権力から怖がられてしまうことが悲しい、と零していたのを思い出したからだった。……弟と一緒に家に帰るというのは、ガッシュがあの記憶の中、望んでいたことでもある。年相応らしく交流させられなかったからせめて今からでも、と父上や中将がオレを学校に入学させる案を練っているという噂は聞いたことがある。一緒に帰るどころか一緒に登校する未来も遠くなさそうだが、中断される可能性だってあるし、いい機会だから。そんな下心がないとも言いきれなかった。

 そして学校に一人で向かったのだ。護衛を、との声はむしろ足手まといだという台詞で黙らした。学校には今まで行ったことがなかったから瞬間移動は使えず、そのまま足で向かった。未発達な子どもの魔力を追えば、そもそも王の気配を追えば辿り着く。思惑どおり、走り続けていれば門が目に入って、大きな建物と、その中の中庭(グラウンド、といったか)で駆け回り遊ぶ子どもらが見えた。学校の外観は、ほんの少しだけ古びていて、逆に増やされたパーツがあるのを除けば、王立図書館にあった本の写真通りだった。

 魔力を探っていけば弟のものはそのグラウンドにあった。ちらりと覗けばわいわいと聞き慣れないはしゃぎ声で満ちていて。前までなら、やかましい、耳障りだと一蹴りしていただろうに、なぜだかもう気分を害されはしなかった。
 改めて一瞥すると、弟は知らない魔物と何やら騒いでいた。知らない魔物は、石を手に持ち、手持ち無沙汰に小さく投げるのを繰り返している。なんだか雰囲気は不穏だ。忌々しげに知らない魔物が口を動かし、それを説得するようにまた周りが動く。ガッシュは珍しく眉に皺を寄せて釣り上げていた。何やらトラブルでもあったのかもしれない。

 嫌な予感がした。その後すぐ感じたのは、炎の術の気配。石ころに術の力を込め着火し投げつけるつもりらしいと瞬時に理解をした。子供の発想というのは突飛でそれでいて俊敏で、目を見張るものがある。それは、微笑ましさと感心のみを産むのではなく、時におぞましさを編み出し、最悪の形で牙を剥く。今回が、いい例だ。炎を纏わせた石ころを気に食わない人に投げつけよう、など何があったかは知らないが残酷で単純で末恐ろしい。
 咄嗟にマントで包もうとしたが間に合わない。術耐性もそこそこな靴で蹴り飛ばしてしまおうか、とも思ったが、そうするとつぶてのように飛んだ石が周りに被害を及ばせる可能性が増す。できればこの件は穏便に済ませておきたい。修羅は制御しなければならないし、もう〝変なことをしたらゼオンに殺される〟と言われ避けられそれを見て自分のことのように悲しむ弟は見たくない。……そうなれば、取るべき行動はひとつしかない。受け止めて、流す。
 すぐにガッシュたちの前に出て、拙い手つきで投げられた焼け石数個に当たった瞬間じゅ、と焼けるような音がした。びりびりとも形容できる熱い痛みが次々に襲った。案外、弱い。先程よりかは冷えた石がぼたぼたと落ちた。まあ、七歳か八歳かそこらの魔物だったらこんなもんか。数個の石のうちひとつ程が鋭かったらしく直に当たったところの肉は少々抉れたものの、これくらいならまだ軽傷だ。

 牽制と威嚇のためにぎっと睨みつける。どうせ避けられると思っていたのか、もしくは庇われるなぞ、誰かにケガをさせるとは思っていなかったのか、自分がした行為の残虐性に今更気づいたのか、投げつけた本人は石のように固まっていた。オレの睨みを受けると、びくりと体を震わせて一目散に逃げていった。自分の罪の責任も取れない腰抜けが。まあ、術を使ってくれたおかげもありあいつの魔力はしっかりと覚えた。今度たっぷりと説教をかませばいい。

 オレが前に出たのは、そもそも皆の前へとでしゃばったのは予想外だったらしく、はたと空間が止まった。そしてしばしして状況を掴むと、感謝の声と戸惑いの声と心配と恐怖の声とそんな多くの感情の波に溢れた。やかましかった。前より同年代と接する機会が増えたといっても元が少なすぎてまだ慣れていない。周りを無視してガッシュに声をかけ、すぐに立ち去ろうとした。目的を遂行するため。そしてやかましい外野を避けるため。……したはずだった。

「ちょっと待ちなさいよ、アンタその傷放っておくつもり?」
 濃い桃色の長めの髪に、気の強そうな顔つき。盾と回復に長けた術の気配。それには見覚えがあった。……ティオ。少し位の高い家の娘。ファウードの戦いの際、オレのジガディラスを受け止め切った女の魔物。かつてゴミ女とまで称してしまったような魔物が、躊躇いもなくオレの腕を掴んで引き止め、そんなことを言ったのだ。がっちりと二の腕を掴まれる。六つか七つかの魔物にしては強いが、振り払えないこともない。

「ああ……特に必要性を感じん。オレはお前らと違って鍛えられている。この程度どうってことはない。……行くぞガッシュ、王城の奴らが心配してる」
 オレが負った火傷と切り傷は、放っておけば治るようなケガだった。確かにまだ少々痛みはするが、半日もせずに治るだろうと推測できるものだった。多少グロテスクな見た目の割に体感的に大したことがない。この程度──いや、これよりも大きなケガも何度も何度も飽き飽きするほど経験し慣れていたから、今更だった。優先すべきは王である。早めに帰らせると王宮騎士に伝えていた。

 ウ、ウヌゥ、とガッシュは戸惑うように唸る。オレをひっ捕らえている腕の力は弱まっていた。捕まえてしばし時間が経っていることで気が緩んで油断しているのだろう。今のうちに、とすっと素早く腕を振り上げるように動かして、二の腕を掴んでいた手を解いた。この小時間で、この程度の動きで力が抜けるとはまだまだだな。筋はいいと言うに、忍耐も敵の動きを抑える技術も足りん。
 目線でガッシュを窘めると、気圧されて動いた。そのままついて立ち去ろうとした時だった。
「待ちなさいってば!」
 また腕を掴まれる。先程よりも力は強い。今度こそ逃がすまいとしているのがわかる。忍耐はないが、粘り強くはあったらしい。……面倒くさい。チッ、と舌打ちを打つ。大人しく引き下がって欲しいものだ。舌打ちが耳に届いたらしくティオの反感を余計に買ってしまったらしい。頑固に、妥協を許さないように掴まれた二の腕をぎりと握られる。手当てをしようとしているケガ人を痛めつけかけているなど何事だ。全く気の短い女だ。

「離せ」
「手当てさせてくれたら離したげる」
「なぜそこまで治療にこだわる? 貴様に頼るほどのケガじゃない、半日もせずに治る」
「元・主要回復係の血が騒いでんのよ。それにケガ人を放っておくほど非情じゃないわ」
「言っておくがオレは魔物だ、しかも魔力が高く自然治癒力は並大抵のものじゃない。感覚が麻痺でもしたのか? オレを人間と一緒にするな。それに……もうあの戦いは終わっているんだ、ケガを早急に治す理由はない」

 主張と口答えと拒否と頑固が入り交じった、強情な応答が繰り広げられる。折れる気は一切ないが、あっちもそれは同じようで言われたら言った分だけ返してくるのだ。どちらかが諦めるまでは終わる気配がしない口論だった。

「ゼオン、ティオの手当ての腕はとても良いのだ。私はマントで王宮に帰るから、ゼオンはとりあえず手当てをしてもらった方がいいと思うのだ」
 そこを見かねて割って入っていったのは弟だった。そしてどうやら血を分けた兄弟であるオレではなく、ティオの方に加担するらしい。状況的に不利となって、どうにも収まらない気持ちを抱えて、ガッシュに声をかけようとした。

「〝お兄ちゃん〟が痛い思いをしているのは嫌なのだ」

 喉から音を伴った空気を押し出そうとして、音は漏れず息だけが過ぎ去った。本当に心配だとでもいうように眉を下げ懇願するような弟の眼差しはずるい。兄は大丈夫だ、と声のひとつやふたつを安心させるため言おうとしたが、そんな台詞を言わせてはくれないだろうとわかる強い言い聞かせるような目にこちらが気圧されて、息が詰まった。

「ガッシュもこう言ってるし観念なさい」
 オレの弟であり現王であるガッシュを味方につけたティオは先程よりも自信満々といった風にオレを睨んだ。弱った獲物にトドメをさす時の猛禽類のような眼差しだった。
 そこでオレに天啓が訪れた。──瞬間移動を使ってしまえばいい。集中力さえかき集めて移動してしまえば良いのだ──と。最後の手段だった。ひとりで帰るというガッシュの言葉から呼び出された考えだった。
 気分を落ち着かせるためにすっ、と息を吸って行き先をイメージする。王宮。王宮のどこでもいいがひとまず自分の部屋が無難だ。マントに魔力を浸透させて、体全体にも染み渡らせて……刹那、腕に痛みが走った。
ッ、!」
 せっかく集めた魔力は散り散りに四散し、集中力は散漫した。目の前の女が、あろうことか患部の方へ手を滑らして、そのまま握りこんだのである。瞬間移動に意識を持っていっていたせいで女の動向に気を向けていなかった。おかげで振り出しに戻ってしまった。今までの苦労が水の泡というやつで、痛みを噛み殺しなんとか平静を保って、恨めしげに、そして仕返しに目の前を睨む。

 そんな睨みなんて知ったこっちゃないと「やっぱり痛いんじゃない」とひょうひょうと言うと、ティオはそのまま有無を言わさずオレを半ば引きずって、今に至る。最初からこうすれば良かった、と零したのをオレは聞き逃さなかった。



「雰囲気が違ったからすぐ別人だってわかったけど」
……それが、どうした」
 てきぱきと手と口を動かすティオに尋ねた。さっきまで無言で治療していたのに、どういう風の吹き回しだと言うのだろう。
「ただ、思い出しただけよ。そういえば、私はファウードの時よりも前からアンタのことを知ってたって」
 ……どうやら世間話だとかの、意味の無い雑談だったようだ。特に気にして話すような、真剣な話題ではない。そんな気配を察知した。相手も言いたいだけで、別段会話を弾ませたいわけではなさそうだ。無視もできた。

「まあ確かに、あのとき感じた魔力とお前の魔力は一致してるな」
 ふと気が向いて、なんとはなしに切り出した。イギリスでティオはオレを見たことがあった、と言う。その事実には、自分にも納得ができたし覚えがあった。

 魔界で暮らしていた時、城の外から出られずに訓練ばかりしていた自分が、周囲の大人の静止を気にせずに出歩けるようになったのは、戦いが始まってからだった。研究所に閉じ込められていたデュフォーも同じく久方ぶりの自由の身だったらしく、あてもなく外出することも多かった。それと、未知の地を踏むのにはどうしようもない高揚感があって、頻繁にしていたから、そのうちの出来事だろう。最初の頃、まだまだ参加者が多かった時は魔物の気配が街中にあるのも珍しくなかった。

 まさか、そのうちのイギリスでの魔物の気配が、ガッシュの知り合いだなんて思ってはいなかったが。攻撃よりも守護と回復に長けた魔物だと、その割に気性は荒く体力や身体能力には伸びしろがありそうだ、と直感したことをじっくりと考えて思い出した。そのうえで、自分にとっては驚異にもなり得ないだろうと見越し、無視をした。まさかあの時は、首絞めが切り札の握力150の女だとは思っていなかった。後に自分の最大術を防ぎ切る女、とも。

「気づいてたの?  私の気配」
「力を隠す素振りもない、そもそも隠し方を知らないような子どもが近くを彷徨いていて、オレが気づかないとでも?」
 随分と舐められたものだ、といきがるように言い放つ。魔力探知ぐらい、四かそこらの時にはもう身につけており、造作もない当たり前の行動だった。そんなオレが気づくななんて無茶な話なのだ。

「同い年なんだから、あの時もアンタは子どもでしょ」
「鍛え方が違う。一緒にするな」
 オレのふとした言い草が気に食わなかったのか、食ってかかるティオをいなす。この女は特に、オレが周りと違うと言うと、いつも揚げ足を取るかのように割り込んで言ってきた。

 そうは言っても、鍛え方も育ち方も環境も何もかも違うのは事実である。瞬間移動や杖術に剣術、その他の技術を物心ついた頃には指導された身と、ただ少し位の高い身分に生まれ今まで不自由なく遊んでいた子どもでは、圧倒的に熟練度が違う。クリアを倒すためにと半年は鍛えて、効率よく自身の才能を最大限活用した戦いについて会得したらしいものの、それだけではまる三年以上は訓練を怠っていない自分には追いつけていなかった。一緒にするべきじゃないのである。

「そうじゃなくてもアンタは私たちのことを子ども扱いしすぎなのよ」

 ぶすくれるように不機嫌に頬を膨らませると、テープで包帯を固定される。包帯なんて大層なもの使わなくとも良いのに。マントでくるんできつく縛ればそれで事足りた。……そんなことを言えばまた不毛な争いが起きることは明白なので、黙って受け入れたが。

「それにしても、意外ね」
「何がだ」
「私に気づいてたのに、本燃やさなかったの?」
 心底意外そうに、軽薄に言葉にされたそれ。昔から周りに比べて度胸のあるやつだと思っていたが、最近はさらに思い切りが良くなっているような気がする。こんなにも気軽に話をふっかけてくるのは、身内を除けばこいつぐらいだ。

「売られた喧嘩はその分買うが、わざわざ売るほどでもないしな。無駄な争いは避けた方が吉だ」
 どうやらなにかオレに対して勘違いをしていたらしいティオに説明のような話を返す。〝意外〟だというが、そもそもあの戦いではオレは、ガッシュに間違われあっちから喧嘩をふっかけられるだとかしなかったならば、大人しく身を隠していた。最初の頃こそバルトロを脅すだとかして間接的に暴れていたが、それを終えればあとはずっと、デュフォーと穏やかに暮らしていた。

 ……あの戦いにおいて、無駄に反感を買うことは命取りだ。喧嘩を売った相手が手練だった場合こちらの安否が危ないし、勝てたとして体力を消耗した状態で他の魔物とエンカウントしてしまう可能性だって否定できない。放って置いても消えていくような雑魚にいちいちかまけるのは無駄だ。腕を磨くなら自主練をすれば良いので、メリットはない。

 へえ、確かに私たち、恵の仕事もあってすぐにその場から去ったものね、万が一があったら私たちアンタに消されてたかも、と少々身に入らないような返事をされて、その可能性は捨てきれないと純粋に思った。特にこいつはガッシュと面識があり、いじめてもいた。そんなやつに声をかけられ、間違われていれば、当時のオレは声をかけたのを後悔させるかのように手加減もせずに叩きのめして、そのまま魔界へと送っていただろう。

 そのまま大人しくしていれば、「よし」とこぼれたような音が聞こえた。包帯を巻き終えたらしい。先程まで処置の作業を続けていた手はオレから離れ、今度は片付けの動きに移る。しばし待って、オレに一切の干渉がなくなったことを確かめてから、声にあげた。
……これで満足か?」
「ええ。満足したわ」
 ふん、と誇らしげに鼻を鳴らすティオを横目に、オレはため息をついて患部を見やる。なんだかんだ行われた処置は上手いと言えるものだった。少々きついところがあるものの、違和感はそこまでない。以前ガッシュが、「ティオの処置でミイラ男になったことがある」やらと言っていたことがあるが、その頃よりも随分上達したらしい。名乗りあげた時の周りの反応からしてないとはわかっていたが、少し安心した。

「あの時もアンタ、私の治療を断ったわよね」
 包帯の巻かれた腕を見つめて吟味していると、救急箱に目をやったままティオが呟いた。誰に言うわけでもないひとりごとのようなニュアンスだった。あの時。思いつくのは、ファウードを乗っ取っていた時、バオウに喰われたあとのことだった。

「ひとの術をよけいなことって一蹴りして断って。本が燃えてたからってわかってるけど、やるせない気持ちがあったわ」

 どうやら思い当たりはその通りだったらしい。唐突に告げられる、かつての己への不満を受け取り、どういう反応をすれば正解なのかわからなくて、とりあえず口をつぐんで、話に耳を傾けた。スマナイと謝るのも、それがどうしたと開き直るのも、間違っていることだけはわかった。

「私、ずっとアンタはいけ好かなくてイヤな雰囲気纏ってて、本当にガッシュと双子なのって、思ってた」
 ポツポツ口に出される言葉が心に染み渡る。イラつかないわけではないが、反論もできない。それだけ言われる道理はあるのだ。……弟が自分という存在を糧に生きていた時、そんなことも知らず恨んで、挙句の果てに他の魔物へと飛び火し暴れたのだから。ティオはその〝他の魔物被害者〟の一人に当たるのだ。何も言えなかった。ただ座ったまま、扉の方を見つめた。

「でも話してみたら案外どうってことないわね、アンタはガッシュともキャンチョメともウマゴンとも私とも変わらない、ただの魔物よ」

 すっとそんな言葉が聞こえて、小さく振り向いて彼女を見た。先程と至って変わらない、平坦な声色に合ったいつも通りの穏やかと言える顔つきだった。こちらの目線に気づいているのかいまいのか、はたまたこちらの深読みがすぎるのか──ティオは、ただの魔物だと頑なに言った態度のまま、無常に言う。

…………そうか」

 さっきも言っただろう、オレとお前らを一緒にするな──と悪態をつくこともできたかもしれない。ただ、すべきでないと思った。したくないとも思った。ただ、染み渡った。……〝ただの魔物〟の響きが、悪いものではないと心底思えたから。

 この女は突飛だ。最初から、最後まで突飛だ。無理やり引き入れたかと思えば不満のような愚痴をこぼし、自分だけで完結させ納得したものをぶちまけてくる。そのどれも彼女自身が本当に思ったことのみだということは承知している。遠慮のない、勢いのある魔物なのだ。逆に性質が悪いと思った。

「またアンタがケガしたら、治療してやらなくもないわよ」
「そんなヘマ、オレが二度もやらかすとでも?」
「わからないじゃない。今回みたいに」

 大きな〝ひとりごと〟から、オレに向けた会話前提となった呟きに無視をせずに返せば、減らず口が投げつけられる。神経を逆撫でするような言葉なのに、嫌悪感など一切湧いてこず、どうにも居心地が良かった。……やさしさがいつも垣間見られていることに気づいたからだろうか。本人にとっては〝あたりまえ〟の平等さが、ありがたいものだと感じ入ったからだろうか。

「まあ、……いざという時は頼もう。礼を言う」

 そろそろ帰らねばならないと一起きして立ち上がり、ドアへ向かった。礼の気持ちも、頼る気持ちも本心だった。あれだけ頑なな態度で接せられ言われれば、「あれだけひどいことをした自分が誰かと仲良くする権利はない」態度を貫くことができなくなるのはあたりまえだろう。そんなことを言えばまた彼女は本心から「馬鹿じゃないの」と蹴倒してくるのが想像ついてしまって、悪くないとも思った。

「今度は最初っから素直に治療受けなさいよね! ……じゃあ、またね」
 オレの言葉を聞いた反応は、存外いつも通りの強気なティオのままで、深追いするのならば少し柔らかな声色だった。
「ああ、またな」
 告げられた〝また〟を肯定する言葉を何気なくかけて、スライド式の扉を開けて、廊下へと出た。なんだか気分は晴れやかで、重荷が外れたようだった。

 今度は邪魔も入らないし、入られる理由もない。集中をして、王宮へ帰るという意識に身を委ねた。魔力を全身に浸透される最中、腕の役目を半日足らずで終える無駄遣いされた包帯の存在が、先程よりも随分あたたかくありがたいものに感じた。