いぬみ
2021-12-25 22:41:55
6734文字
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聖夜に想うは……のこと

クリスマスにケーキ食べる銀本組の話 愛を知らないデュ
デュの過去(デュの母親、ミス・グレース)について捏造多め

 やけにチカチカ目に痛いほどの光が街を包んでいた。赤に緑に輝く蛍光。極彩色に鮮やかに祭り上げられた街路樹。盛大に流されている何やら賑やかな歌。思い切り五感に主張してくる刺激は感じているだけで気疲れしそうだった。

 今日はクリスマスイブというものだった。キリストが誕生した日の、前夜祭。実際に言うと語弊があるが、相当信心深いか宗教マニアではない限り、だいたいそんな認識で合っている。

 ヨーロッパではクリスマスは〝家族と水入らずで過ごす〟日であり、ほぼ全ての店は休日である。道を出歩く人々も家へと、家族と共に過ごすため、向かっているというだけに見えた。

 頬に差し込んでくる冷たい風の感触は、こちらを抉ってくるようで不快だった。全身に吹きしきり、心の底から凍えさせてくるような感覚は確実に心地良いものでは無い。

 手先まで冷えていくその感覚に眉を顰めた。かと言って、いつものようにジーンズのポケットに手をしまい込むこともできない。わけがあり、無防備に手をさらけ出していた。手袋を持ってきていた方が良かったかもしれない。

 手に意識を集中してみる。手には箱を持っている。中身が崩れないように極力慎重に歩かねばならない。崩れたクリームやフルーツを掬いとる手間を増やすのはいただけない。

 中身は、この浮かれに浮かれた頭の悪い集団に似通った、ケーキというものだった。赤いイチゴと緑の食べられもしない偽物のヒイラギ、雪原を思わせる白いクリームに乗ったチョコレートプレート。テンプレートのような在り来りな甘味は、それでもどこか、心の奥を揺さぶるような心地を覚えさせた。懐かしい気がした。

 電飾こそ消されていたが、外からでも丸わかりの、見せびらかすように置かれたショーケースの中、とあるケーキに目を奪われた。気づいたら導かれるように店内へと入り込み、売りきった方がこちらとしてもありがたいが買うかい、とやる気のなさげな店員に気だるげに勧められるまま、買ってしまった。

 クリスマスだというのにその店員は家族と過ごす気がないらしい。つい出した〝答え〟には家族はいない、離れてしまったと出た。訳ありな人間らしい。没頭の末に、店しか残らなかった、頭の悪い人間。ただそれだけ出してやめ、とりあえず、言われるがまま買うことにした。

 ──なぜ買ってしまったのだろう? そこまで店員に押し切られたわけではない。いらないと突っぱねることもできた。そもそも普段のオレならば、店の中へ入ることすらなかった。

 それでもバッチリ店へ入り、金を払い、こうしてケーキを持ち歩いているのだ。……やはり、この胸の奥の不思議な感じが関係しているのだろう。今までしまいこまれていたものが少しずつ解けていくようで、自分でも戸惑っている。

 ひとまず着いた、ゼオンもいるであろう拠点に上がる。そのまま上がり込むと、窮屈そうに佇むモミの木が見えた。オレたちのアパートの、隣の部屋に住む中年ほどの女性からもらったものだ。

 アメリカではクリスマス近くにモミの木を飾るのが一般的だという。元はアメリカで生まれ育ったという彼女はお節介焼きで、おすそ分けだとこちらに押し付けてきた。せっかくだから、どうせシーズンが終われば捨てるからと特に跳ね除けることもなく受け入れて家の中へ入れてしまった。あと単純にこの寒い中捨てに行くのが面倒くさいと、装飾も何もしていないまま飾っている。

 このアパートを借りて随分と経つので、近所づきあいというのもささやかにあった。と言っても、一方的に話されて一方的に返されるような、こちらとしては印象の薄いものだ。ゼオンが──世間一般的に保護対象となる幼児がいるということで、何かと勝手に気にかけられていた。二人だけで暮らすのも大変でしょう、でもめでたい日だしゼオンちゃんも楽しみたいでしょうしお祝いしましょ、とぺらぺらよく動く口と腕と足で、こちらの静止がないのをいいことに渡された。

 譲り渡されたモミの木を初めて見たゼオンは物珍しそうに一瞥すると「盆栽みたいなものか」とぼやいた。盆栽の歴史は千年以上ある。それゆえ魔界にも伝来している文化らしい。それにしてもどうも日本じみている発想だった。

 冷蔵庫を開けて、先程まで自分の手で持っていた箱をしまう。そして逆に鶏肉を取り出した。クリスマスセールで安く買ったものだった。既に味付け等の下処理は済ませてあるから、このまま焼けばいい。オーブンにぶち込んで手頃な時間設定をしスイッチを入れた。

 色々な準備や手順を済ませて、食卓に適当なパンと焼きあがったチキンを上げた。一言ある名前を呼ぶと、部屋でパズルか積み木か、とりあえず何かで時間を潰していたらしいゼオンがすぐに向かってきた。

「出かけてなかったんだな、珍しい」
「こうも外が眩しくてやかましいとな。妙な赤服の年老いた人間にも絡まれた」

 おそらくはサンタ・クロース……そして、それに扮した人間のことだろう。
 ボク、親はどうしたの? 一人でうろついているとプレゼント来ないかもしれないよ。良い子にしないと。
 そんなことを言われたしなめられ、子ども扱いを受けたと認識したらしく、不服そうに眉を顰め、まさか両親は魔界で魂になりこちらを見守っていますとも言えまい、言われる度思うがやりにくい、これだから人通りの多いところは嫌だ、と苦々しく呟いた。

「あの赤服は何だったんだ。そこかしらにいたぞ」
「サンタ・クロース。一年間いい子にしていた子どもに欲しいものをプレゼントとして贈る老人だ。各地にそれぞれ、名称や細かいところは違えどそういう伝承が少なからずある」

 食卓についてチキンにかぶりつき、一口食べたゼオンに疑問を口に出されたので、一般知識をつらつらと述べる。

「クリスマスの前夜、その赤服の老人が子どもたちの家を回る。今日がその日だ」
「だからか? こんなにも周りが浮かれているのは」
「ああ。悪いことだけではないがな。おかげで鶏肉が安かった」

 手で掴んでかじりついた。肉を前歯で切り裂いて噛み砕き、喉に送る。胃にタンパク質の塊を押し込む。消化と吸収、栄養摂取のためだけの行為。ゼオンも同じように、その鋭い歯をさらしながら肉食獣のように肉を引きちぎった。

 前までのゼオンだったら、素手で肉を掴むなど、と抵抗感を隠さない様子で拒否をしていただろうが、随分と俗の食事方法に慣れたらしい。今になっては、こういうものだと割り切って、誰にも咎められないと悟った様子で食している。

「そういえば前言っていたな。クリスマスという行事が近いと。このツリーとかいう盆栽もその一環なんだろう?」

 食べて飲み込み、次の作業に移る合間、ゼオンはぽつぽつと話をこぼした。それに対してまたオレも食事の手を止め、言葉を紡いで返事をしてはまた作業に戻る。不必要なもので、煩わしく思っても仕方ないことのはずなのに、嫌ではなかった。

「馳走だった」
 ふぅ、と一息ついて静かに手を合わせられる。綺麗に食らいつくされた骨が皿に丁寧に置かれている。そのまま椅子から降りそうになるゼオンを引き止めた。

「まだ食べるものがある。大きいし消費期限が近いからお前も食べろ」
「?」

 不思議そうにこちらを見ながら、椅子に座り直したゼオンを置いて、冷蔵庫に入れて置いた白い箱を取り出す。ひんやりと冷気をまとったケーキは消費期限は今日だ。一日二日で、調子を崩すほどに悪くなることはないだろうが、一応買ったその日に食べておいた方がいい。いつゼオンが出かけて帰ってこなくなるか分からないのだ。それもどうかと思うが止めようがないからもう諦めた。

 箱を開いて、中身を出す。買う直前にも見たケーキが顕になった。
「何だ、その食べ物。甘そうだな」
「ケーキだ。分類的にはショートケーキか。イチゴと生クリームの甘味だ」

 ホウ、と興味深そうに、心做しか目を輝かせながらゼオンはケーキを見つめた。甘味は好みらしい。この様子なら、ホールケーキだが、一日で食べきれそうだ。

 皿とフォークを二人分机に置く。持ち出したナイフで食べやすい等分で切り分け、皿に移した。ゼオンは釘付けになるようにケーキを見ていた。そのままフォークを手に取り、上品に掬うと、口に運んだ。甘い、と一言呟いて二口目へ移行する。

 それを見て、またオレも自分で取り分けたケーキを口に入れた。白くて口どけ豊かな生クリームの感触と、ふんわりとしつつも柔らかな弾力のあるスポンジ、そこに入り込むイチゴの甘酸っぱさが加わって良いコントラストを編み出していた。一言で言うなら、
……おいしい」
 素直にそう思えた。それを聞いたゼオンは少し目を見開いてこちらを向いて、小時間こちらを見つめた。珍しいものを、想像もしていなかったことに直面した、とでもいう表情だった。しかしゼオンはすぐになおると、
「そうだな、おいしい」
 と口に出し、すぐにまたフォークを動かした。取り繕うように見えた。──しかし、オレはそれどころではなかった。

 思い出したのだ。買った時。このケーキを買った時、前にした時、感じていた懐かしさが何だったのかを、フラッシュバックでも起こしたのか、一部分ではあるがはっきりと思い出すことができた。脳に送られた味覚の刺激がきっかけとなって、よみがえった。このケーキは似ている。かつて食したケーキに似ている。

 昔に、本当の家で暮らしていた時に、母さんが焼いてくれたケーキに似ていた。真っ白なクリームに覆われたスポンジケーキ。上に乗せられた真っ赤に熟れたイチゴ。市販のものを長方形に割って入れられたチョコレート。母さんと二人で取り分けて、ありがとうと言いながら口に含んで笑っていた。おいしかった。ケーキだけでなく、幼い子どもには十分豪勢に見えたチキンと、同じく手作りのスノーボールクッキーも添えられていた。しあわせだった。残念ながらその時に送られたはずの贈り物は忘れてしまったままだが、ただひたすらに嬉しかったことは覚えている。

 体は覚えていたのかもしれない。母との遠くなってしまった思い出を。いつの間にか過去になりもう戻ってこない、幼き日の思い出を。

 そしてふと、芋づる式にあの施設でのクリスマスについても思い出した。あの施設ではイベントもへったくれもなく平常に実験を繰り返された。日にち感覚も狂ってしまいそうだったが、何の日なのかがわかる、伝えられる時期があった。

 ミス・グレース。かつてオレに情を抱き、接してくれた、あの施設の中で自分にとって信頼がおけた女性。彼女があの博士に辞めさせられるまでの間、クリスマスや出会った日や、自分ですら忘れかけている誕生日に、記念日に……クッキー一枚をこっそりと渡されていた。見つからないように、と念を押されながら手渡す彼女の顔は優しくて、母を思い出した。おめでとうと小さく囁かれる声で、いつもは単なるデータのひとつとしか認識されない自分の産まれた日が、ほかの意味を孕むようになるように感じた。ほろりと崩れるクッキーの味はやけに鮮烈で、しばらくは残って、反芻していた。

 ──あのクッキーをもう一度食べたい。今度探すか、と思い至るが、あのクッキーと同じような味はないと分かりきっていた。このケーキですら、あくまで〝似ている〟だけでそのものではない。

 唐突に思い出した情景に放心して、何かあたたかくて切ないような気分に見舞われた。ケーキを食べるどころじゃなかった。今、この状態で食べれば、何かが溢れ落ちてどうにもならなくなりそうだった。ひとまず手を止めてほうと息を吐き吸いを繰り返した。

 ゼオンはそれを訝しげに見据える。先程までの、ケーキを無心で口に入れては飲み込んでいた顔から一転、何か懸念でもあるかのように眉を歪ませた。
「どうした。気分でも悪くなったか? 食べきれないなら無理に食わずにオレによこせ」
 スッ、と既に空になっている皿を前に出し、促すように左右に揺らす。
「オレは魔物で、この程度腹八分目にもならないんだ。侮って遠慮なんてするんじゃないぞ」
 そうして黙っていると、フン、と鼻息を鳴らされながら気丈に振る舞われる。オレの食の進みが止まったのが満腹だからだと思ったらしい。あの劣悪な食環境だった施設から抜け出しまともなものを食べだして、遅めの成長期が到来しているらしいオレの身体もまだ舐めてはいけない。ゼオンの胃袋に比べれば劣るが、それでもこの皿の上の量が食いきれないほどではなかった。

……イヤ。色々思い出してそれどころじゃなくなっただけだ。食べる」
 伝えるために強めに言うと、ゼオンはすぐに納得したようだった。それでも顔はまだ歪んだまま硬直していた。そのまま気を取り直しお互いに無言で食べ進めるが、ゼオンから放たれる視線や雰囲気は、今までのとは違いどこか重たさを含んでいた。

「訊いても、いいか」
「何だ」
 耐えきれなくなったように、重々しく口に出される。直接的な了承の言葉の代わりに問いを投げつけた。

「思い出したことは、お前にとって、良かったことか」

 険しい顔で、こちらの目を、表情を見つめながらまっすぐ訊かれた。緊張感を漂わせるような、厳しくもやさしいような声だった。
「ああ。懐かしくはあるが、嫌ではない記憶だ。心配はいらない」
「そうか。……それなら良かった」
 ほっとゼオンは一息ついた。肩の力が抜かれ、深刻そうに歪められていた眉がへんにゃりと脱力する。……ゼオンは時折、自分のことでもないのにこうして感情を揺さぶられた末に安堵したり不安そうにしたりする。これもまた嫌ではないというものだった。どこかで見たような顔。前ならただそれだけで、思い出すこともなかったのに、先程まではっきり反芻していた影響で、どこで見たのかをわかってしまった。

 ミス・グレースに似ている。こちらを同じ人間とは全く思っていないような実験を受けるオレを見ていたミス・グレースの悲壮感が溢れた顔。あの博士は〝同情〟という冷たさを含んだ言葉で称した彼女の慈悲と心配が吸い込まれているような顔。

 さらに言えば、母の顔に似ていた。また突発的に、頭痛でも起きたように思い返された。昔花瓶を割ってしまった時、割れたものよりも、オレが傷ついたかどうかだけを心配して駆け寄ってくれた時の母の顔。無事だとわかって良かったと心底言った時の顔。また新しいのを買えばいいと朗らかに笑ってくれた母の顔。

 ゼオンの顔がその思い出に重なる。ずっと、穢されたくなくて抱え込んでいた思い出を、やさしく、大事に、取り出される。

 ──クリスマスは、家族と一緒に過ごす日なのよ。せっかくなんだから二人水入らずで楽しみなさい。

 活性化した脳はあのお節介焼きな隣人の言葉さえも反芻した。ヨーロッパでは一般的に、クリスマスは家族と過ごす日だ。クリスマスで机を囲んで、談笑や笑顔を交わしつつ、豪勢な料理をつつきあう日。談笑や笑顔はともかく、実際にこうしてゼオンとクリスマスを過ごした。

 ……ゼオンは家族ではない。血は繋がっていない。こちらを労わって接してくれた年上でもない。同じ種族ですらない。ただ偶然に知り合っただけの子どもだ。続柄的に言葉にすれば〝知り合い〟、せいぜい〝仲間〟程度が正しいだろう。客観的な目線から言えば、それがしっくり来て当たり前なはずなのに、なぜだかそうだと決め付けられない自分がいることに気づいた。

 いつも何かしら都合がいいからと、関係を周りに訊かれた時兄弟や親子だと誤魔化しているからだろうか? それが違和感の原因? 頭を働かせても、わからなかった。活性化していた代償だろうか。

 ぼうっとしていると視線を感じた。ゼオンがまたケーキも気にせずオレの様子を伺っていた。空になっていたはずの皿の上には新たなケーキ。ちゃっかりと二切れ目を取っている。

 ……やはり調子でも悪いのか最近は寒くなったし体調でも崩したかと騒がれて、もしそうなれば先程よりも強固になるだろう誤解を解くのにてんやわんやと面倒くさいことになる前に、フォークを動かして口に入れた。

 甘いもので動力源を摂取したはずの頭はやはり、ゼオンとの関係が何なのかは教えてくれなかった。いつか自分で〝答え〟が出せる日はくるのだろうかと考えながら、三口目を口の中に放った。