いぬみ
2021-12-12 14:04:03
3003文字
Public ガ!!
 

煙に溺れる姿、もう見せられない

デュの死ネタ、ブロマンス寄りなデュゼオ
ガッツリとゼが何度も喫煙してます。薄暗い良くて黄昏な話です。

 むせ返りそうになる衝動を抑えて、そろそろと自分で取り込んだはずの煙を吐いた。……随分と慣れてしまったものだ、と自嘲を浮かべて、肺の中の空気を全て吐ききる。夜風に吹かれ煙は散った。タバコの上手い吸い方も、煙の吐き方も、その良いとはいえない匂いも、吐き出された煙がもやもや浮かびそのうち紛れて消えていく様も、何もかもに慣れきってしまった。

 未だに、心の奥の空白には、慣れる気配もないというに。

 あれから何年、何十年経っただろうか。まだ若々しい自分の姿と裏腹に老いていくパートナーの姿に危惧して、その危機感が当たってしまってから、どれだけ煙に頼っただろうか。
 忘れもしない。忘れられない。目の前で温もりが消えていった。見届けられたことは、最期に会えたのが自分で良かった、とは思うが、状況は一概に良かったなんて到底いえず、しかしどうにもならなく、無力なまま過ぎ去ってしまった。

 ──死なせたくなかった。生きて欲しかった。なぜ死んだのが自分じゃなかったのだろう。

 ぐるぐると目まぐるしく思想が変わっていく。落ち着かないのに、時間は待ってくれなかった。実感も湧かぬまま──受け入れられぬまま、弔いが終わり、気づけばぽっかりと穴が空いたまま、それ以外には何も変わらない日常が過ぎるようになった。

 半分ほどになったタバコを見て、灰皿に先端を押し付け火を消した。時計を確認して、まだくつろいでいても大丈夫そうだと判断して、新たにタバコを出した。手先に雷を纏わせて火をつける。燻され煙が上に細くたなびくのを見て、また口に含めて吸った。灰皿にはかなりの量の吸い殻と灰が放られていて、これがほんの数十分で溜め込まれたものだと知れば、常人ならぎょっとするような惨状だった。

 正直に言えば、味も香りも好きではない。むしろ苦手な方に入る。苦味も煙たさも慣れたとはいえ、身体に良いものでは無いことが伝わってくる。吸う度に胸に煙とともに澱のような淀みが奥に入り込みしまい込まれ道に逸れていくような感覚がする。肺が煙に侵食されていき、飽和していくのも、本当だったら好き好んで味わっていない感覚だった。

 それでもなぜ吸っているのか。一言で言えば、自殺だ。

 先程言ったような、なぜ自分が死ななかったのか、というどうにもならない罪悪感からではない。贖罪なんて高尚で陳腐なものではなく、オレのただの身勝手な我儘だった。……会いたい、イヤ、一目でいいからまた顔を見たい。

 どんな死に様でもいい。惨たらしく煙に殺されるとしても、自業自得と見下されるような生涯になるとしても、本来なら縁がなかったかもしれない病魔に犯され苦しみ死ぬとしてもいいと思った。そんな覚悟を決められる程度には大人で、子どもだった。

「そろそろ迎えに来ては……くれないか。お前だものな。オレを死なせたくないって、言ってたものな……

 ぽつりと独りこぼした。わかっている。こんなことは、あいつが望んでいるわけがない。怒られても仕方がない。やめた方がいい、しかしもう後戻りができないところまで深みに嵌ってしまっていて、身動きも取れずどうにもならずにいた。

 かつて彼に「死なせたくない」とも称された身体を遅効性の毒がある煙で満たすことは、同時に罪悪感が溜まっていっている。とても重い罪だとわかっている。地獄行きでもおかしくない。昔あいつは時たま、間接的なひとごろしだと自分のことをたんたんと名付けていたが、不可抗力の無理やり利用されただけの殺人行為を赦さないほど神が愚かだと信じたくない。もしそんなことがあるなら、地獄で再会した時、いるのかも知らない閻魔大王に物申して彼だけでも天国に行かせるように抗議してやろう。

 どう足掻いたって、能動的な行いの方が言い逃れができないのは明らかだ。罪がある方はこちらなのだ。

 皮肉にも、「吸う機会があってもデュフォーの前でだけは吸わない」という誓いは、否が応でも果たされるようになってしまった。吸う機会なんて、もうない。あっても拒否してやろうと思っていたのに、今は自主的に煙を取り込んでは吐いている。
 もう副流煙をあいつに吸わせることはない。しかし、酸素も吸わなくなった彼を思うとやるせなかった。

 あの時はせいぜい持ち運びに便利な煙幕に使えそうだ程度にしか思わなかったのに、こころの空白を埋めるために、たちのぼる紫煙すら飲み込んだ。香ばしくも脳を締め付けてくるような心地は顔を顰めるような味だったが、やめられなかった。……副流煙の方が有害物質が多く含まれる。かつて案外爽やかな聞いていて心地よかった低い声が自らに教えてくれたこと。そんなつもりで教えたわけでもなかろうに。

 藁にもすがる思いでまた伸ばし始めた髪。早くそちらに行けるようにと不謹慎な考えで吸い始めたタバコ。もう、あの頃の良い意味であどけない自分はいない。デュフォーはどう思うのだろうか? この荒れ果てた末路を見て、呆れるだろうか。説教でも垂れるだろうか。勝手にやったオレも受け入れて、デュフォーは何も悪いことをしていないのに謝るのだろうか。

 オレの変化に、同じくとうの昔にパートナーを亡くした弟は、良い鼻をひくつかせ戸惑うような顔をしたあと、納得とも理解不能とも、どちらも混ざった顔をした。控えめな「程々にするのだぞ」という忠告に胸が痛んだが、煙のせいだと思い込ませた。長らく生きることになる王は、何があっても千年は死なない。きっとこの柔らかな、真綿で確実に首を締めていくような自殺は彼にはできないのだろうと思うと、同情と安心の意を浮かべた。

 いくら人間よりマシとはいえ、身体に悪いことに変わりない。弟も道連れにすることがなくて良かった、と思う。もしオレの我儘が達成されたその時は、少し早めのお別れをすることになる、と考えれば思いとどまることもできたが、それに気づいた時にはもうあのベストセラーの銘柄を手に取っていた。
 ……あの時初めて吸ったタバコは、もう劣化して吸えやしないのに、取っておいてしまっている。デュフォーの足跡のような気がして。あの時捨てられたタバコを見るデュフォーの切なげな顔が脳裏に焼き付いていて。

 実のところ、この行為が自殺となっているのかはその時まで知りえないことだ。魔物とタバコの関係は研究が進み、一日に何本か程度なら特に問題がないことが判明している。さすが魔物と言うべき治癒力を舐めてかかってはいけない。そもそも魔界は、高い治癒力のせいで病気だとかには疎いのだ。生前の清麿の研究や問題提起のおかげで前より改善したものの、未だ見直しが必要な程度には根深い。

 なので、ニコチンに逃げるように何十本も吸うような事例すら、人間界ではありふれているのに、魔界では未発達で特異な例なのだった。限りなく地獄行きに近い無駄足なのかもしれない。むしろその方が弟や、天国でよろしくやってるデュフォーにとっては数少ない救いなのかもしれないが。

 ほうっと息を吐いて、ついに燃え尽きかけているタバコを手放す。そろそろ休憩も終わろう。灰皿に捨てて、蓋を閉じた。懐にしまって、こちらを軽蔑するように見据えてくる月と星を横目に王城へ戻った。

 外気温との温度差からか、息苦しさにひとつ、咳をこぼした。