いぬみ
2021-11-28 15:25:17
4637文字
Public ガ!!
 

しろいはこのなかのおもいで

いい双子の日(大遅刻) ベル兄弟
魔界で暮らしたばかりくらいの双子がどんぐり拾いに行く話

 王宮の一室。ゼオンの部屋の机の引き出しには、白いひとつの箱があった。その中身は、とりとめのないものばかりが集められていたが、どれも暖かで優しいもので彩られ、君臨していた。

 中身は。思い出のたからばこのような、種類も入れた年数も何もかもばらばらで混雑としたそれの内容。きれいな石、押し花、切れ端のメモ、こだわりでもあったのかなぜか捨てられなかったらしきぼろぼろの羽根ペンのペン先。その中、きらきらつやつやと光り、箱の底にたまるどんぐりは、比較的新しいものだった。

 今日こんにち、最近王兄さまとなりえたゼオンが、王である弟と共に外へ遊びに出でた。彼が王宮外へ出向いたのは、久方ぶりのことであった。開放感と光で満ち満ちた空間に、弟共々に珍しくはしゃいでいるようだった。最後の方などは、夕暮れ時に近づき帰らねばならぬのに「もう少し」と先延ばしにしようとして、弟にたしなめられつつむりやり帰らされていたほどである。人間界でも外に出て三日以上帰らずにいたこともあるから慣れてるとその口から聞いて、弟は戦慄した。もしかしてゼオンが今の今まで王宮外に出ることを禁じられていたのは、この放浪癖が輪にかけて酷かったからなのではと疑りをかけてしまうほどには。

 そして、そんな楽しい時間のうちには、さまざまな微笑ましい遊び心に彩られていて、もちろんお土産も多く存在していた。形のないものから、形のあるものまでそれは広がっていて、そうした一部が、箱の底を埋めつくしていたのだ。

 王宮外の鬱蒼と茂った森の中、まるでイギリスの──わかたれた双子が再会を果たした森を彷彿とさせた森を思い出させた。昼間は明るく動物たちで賑わう森。夜間は冷え冷えと侵食するような闇に飲まれ不安を煽る森。昼夜で二面性を併せ持つ森は、ガッシュが人間界に来て初めて出会った世界。そして──初めてはっきりと顔を合わせる、兄との邂逅場所。それに対してどう思うのだろうか、少なくともゼオンは少々の座り心地の悪さとのモヤモヤと煙たがい感情を抱いていた。申し訳なさ、と言い表すことができるそれは、決して居心地の良さを孕むものではない。

 初めて会った時のことは、ゼオンもはっきりくっきりと思い返すことができる。パートナーをそうそうに見つけた(そもそも見つけねば危うい状況下ではあったが)ゼオンは、とりあえず人間界での暮らしを安定させるための準備を終えると、すぐにイギリスへと──単刀直入に言えば、ガッシュのいる森へと向かった。無気力だがアンサー・トーカーとかいうすごい能力を持つ自身のパートナーを連れ、未だパートナーも見つからず怯え惑い彷徨い、路頭に迷っていた弟に挑んだのだ。そして、術も出せなければ体術も身につけていない、ろくな抵抗もできないガッシュに、それでも友達にならないかとこの戦いでも忘れないやさしさを持って駆け寄ってきた弟に、問答無用で跳ね除けて電撃をお見舞した。

 そうして、本を燃やすだけでは物足りないと、もっと苦しませるためにと記憶を奪い、自分がどこの誰で何に参加しているのかも忘れたまま、訳も分からないまま誰かに襲われる恐怖を味わわせた。その後も、直接は手を下さずとも、ちょくちょく嫌がらせに別の魔物をそそのかし襲わせたりと、かなりの非道行為を行ってしまった。

 それについてガッシュは、ファウードでの一件でもろともすべて許し、むしろ一緒に暮らせると泣いて笑って慕ってくれた。それはゼオンにとっては、考えられもしなかった明るくてやさしい光のような提案と態度で、許されるような行為ではないと思っていたことだった。

 そんなこんな、暗く、それでも忘れてはいけない悪行を思い返し、ゼオンは自らの拳に力を入れかけ、ガッシュと手を繋いでいることに気づき、反対の手の方に意識した。ガッシュからの接触は極力拒否をしないようにしている。今回も例外ではなく、それを傷つけるわけにはいかない、と思った。代わりにぎりと手のひらが痛んだが、構わなかった。

 そんな様子に、ガッシュは気づいているのか気づいていないのか、森を、周りを見渡すと、こう言った。「初めてゼオンと会った場所を思い出すのう」と、底抜けに明るく。それを明るいまま受け止めきれず、それでもその暗さを悟らせぬようにと、ゼオンはそうだなと返した。ガッシュに限って、裏の意味を含ませるようなことはないだろう。純粋に思い返したことを発言しているのだと思う。それでも、そう言われてしまえば、どきりとしてしまう。

 もし。もし──もう少し、朝焼けが早く自分の顔を照らしていたら。同じ顔に気づかれ、生き別れの存在だけを知る「お兄ちゃん」と呼ばれるのが、その時はきっと、自分はガッシュを見る目をほんの少し改めただろうなと思う。そんな風に改めたって今のように和解できたとは限らないし、きっと今までの自分の行動とその意味への齟齬に狂うのだろうし、そもそももう過ぎたことで、そんな考えは無駄に等しい。それでも、考えられずにはいられなかったし、悔いた。昔の自分に。自分のタイミングに。タイミングのせいにする自分自身に。

 そうしてゼオンがごちゃごちゃと考え込んでいる間、ガッシュは上下左右に気を配って、そして何かを見ていいことを思いついたらしく、感嘆符を浮かべて元気に提案をした。
「ゼオン、一緒にどんぐりを拾うのだ!」
 あまりにも子どもらしくて、明るくて、陳腐な提案は──ゼオンにとっても、魅力的なものだった。どんぐり。ふと周りを見ると確かに、どんぐりやら松ぼっくりやら、秋の定番ともいえる木の実がぱらぱらと落ちていた。

 どれだけ拾えるか競争だと持ち込まれれば、楽しそうなことを吹っかけられれば、本気になってしまうのも仕方がない。手を離し、躍起になって、落ち葉をかき分けて、どんぐりを握りこんだ。初めて、もしくは随分と久方ぶり、はたまた懐かしく新しい──そんな、感覚だった。

 しばらくして、お互いにお互いの戦利品を見せ合った。ゼオンの分は数が圧倒的に多かったが、ガッシュの方は丸々と肥えていたり傘がついていたりと、形が良いものが大半を占めていた。量をとるか質をとるかロマンをとるか。少々吟味しあい評価しあっている中、目と目が合うと、随分と真剣な顔つきをしていたことに笑い合い、どちらも優勝だとどちらからかも知らないが、そう言い合って、決着がついた。

 拾ったどんぐりをひとまずポケットに入れ込み、落とさないようにとしっかりとしまった。高性能なマントは便利で、ポケットもあって、頑丈ときた。しまい込んだ後、心底から楽しかったと思えば、ガッシュもまた、心底から嬉しそうに呟いた。
「お兄ちゃんと、どんぐりを拾えたのだ、仲良く、一緒に」
 しあわせを噛み締めるように紡がれた言葉はやけにあたたかく熱を持っていた。夢か現実か、それをゆっくりと確かめながら、本当のことだと気づいて、その事実をだいじにだいじに抱えしまいこみ、慈しむような、柔らかな光が孕んだ、包み込むような熱。
「楽しかったか?」
 ゼオンは、それに、確認をとるように。自分と同じか、知るために、声に出した。訊かずともわかるようなことでも、訊くにこしたことはない。
「ウヌ! ……初めて会った日から、それ以上前から、ずっと、こうして一緒に遊びたかったのだ! それがお兄ちゃんとなら、なおさら!」
 元気にそう叫ぶように、しかし苛烈さではなく真の喜びと光を持って、大声で森に響き渡った声は、まるで今までずっと思っていた、伝えるほどではないがちりのように溜まっていたとりとめのないことが、何かの拍子にぼろぼろとこぼれてしまったような意味を持っていた。

 そして、きっと二人は思い出した。初めて会った時。ガッシュは、ゼオンに、寂しいから一緒に遊んで欲しいと、どんぐりをあげるから友達になろうと、ゼオンに差し出していたと。ゼオンはそれに対して思い切り跳ね除け、挙句に憎悪を吐き散らかしたわけだが──その頃のガッシュの要望は、今、後になって、こうして身を結んでいたのだ、とお互いに気づいた。仲良くなれたと。

 友達どころか実の兄だったわけだが、それでも、あの時のガッシュはぬくもりとつながりを求めていて。それを今になって手に入れられていたと。しかもそれは昔から何よりも欲しかった〝兄〟でもあったのだ、とガッシュは気づいた途端に、にっこりと微笑みかけて、感謝を述べた。ありがとうなのだと。遊んでくれてありがとうと、兄として共に暮らしてくれてありがとう、という意味を込めて。

 それに対してゼオンは、むしろこっちの方が言うべき言葉だというように、ありがとうとしっかりとした心のこもった発音で言って、ガッシュの手を取って、次はどこへ行こうかと声掛けた。……ゼオンが、ガッシュの手を取ったのは、遠慮も気負いもなく、ゼオンから接触を試みられたのは、戦いが終わってから初めてのことだった。

 今までは、傷つけてしまったことへの罪悪感からか、多くのひとを嬲り殴った拳を触れ合わせるのが申し訳なかったからか、そもそも慣れてなくてタイミングがわからなかったからか、今まで直接は触れてこなかった、白く強く思慮深い手である。ガッシュはもちろん、その手が初めて自分から触れてきてくれたのだと気づき、にこりと頬を緩め、手に力を入れて握った。

 許されようと思った。許されたと感じた。
 まだ足りないと思った。少しずつではあるが、確実に返せているのだと感じた。
 無理に自分を抑え込まずとも、遠慮しなくとも、きっと受け入れ救い救われてくれるのだと、理解した。戦いの場で血が上って判断が狂ったわけではない、日常に置かれておめでたく緩んでしまったわけでもない。至って普遍的な頭で、そう理解して、えもいわれぬ満足感と落ち着いた向上心が芽吹いて、咲いた。

 その後ももちろん、謳歌した。川へ、海へ。帰った(説得された)あとも遊びは終わらなかった。持ち帰ったどんぐりを持ち寄って、王宮の大人に頼み虫の処理を済まして、夕飯後の寝るまでの空いた時間、つやつやと生まれ変わったどんぐりを部屋に持ち込んで。そうして、新たにそのどんぐりで工夫を凝らし遊び尽くす、ということもした。ゼオンはその時初めて、どんぐりコマだとか、やじろべえだとか、顔を描いて遊ぶだとかのやり方を知った。今までは、どこからか入り込んで来たらしいどんぐりを拾い集めて眺めてそれきりだったから、新鮮なことであった。

 そうして遊んだものは、例の──最初に供述した、白い箱の中に詰めて、存在していた。昔からゼオンは、訓練の合間だとか、まだ自由時間があった時に手遊びしたものや気に入ったものを、なぜか捨てられずに、箱の中にとっておくことで妥協していた。それが昔からの習慣であり、せめてもの幼心の避難場所だったのだろう。

 そこへ新たに加えられた、多くのどんぐり。妥協から塗り替えられたそのひとつひとつには、そのひとつひとつだけ、違う思い出と物語が詰まっていて、それだけは色褪せずに輝くかけがえのない代物だった。

 その箱の中身に、松ぼっくりや綺麗な落ち葉や写真まで入るようになるのは、そのひとつひとつに秘められた話は、ここでは語りきれないほどの容量を持つ、別の話である。