いぬみ
2021-11-07 15:56:34
3017文字
Public ガ!!
 

まどろみに溶ける

ほのぼの子ガ清
一言で言うなら強がり中学生とスパダリの片鱗が垣間見られる幼児

 日曜日。少し暖かくて、過ごしやすい日だった。──この目の前の子どもが、昼下がり、オレのベッドのシーツに伏せて寝こけるのも頷けるほどには。

 今日は休日、宿題も昨日には終わらせていたし、先約もなかったし、読みたい本があるわけでもなかった。一言で言うならば、暇だった。だから、恒例のように遊んで欲しいとねだる子どもに普段なら跳ね除けるところを快く承諾したのだ。午前、九時頃のことだった。「いいぞ」と言うオレの一言に、大げさなほど喜んでいたのが印象的だった。

 その後、砂場でトンネルを開通したり、ブランコの背を押してやったり、ガッシュが滑り台を滑るところを見届けたりと、いち保護者として付き合ってやった。……こちらも少し本気になって楽しんでしまったが、たまには童心に帰るのも大事だ、という言い訳をしておく。何せ中学生になってから公園で思い切り遊ぶ機会などてんでなくなってしまっている。〝ガッシュの遊びに付き合ってやっている〟という建前は、小学生とは違うという見栄を張り出し、子供らしさに恥じらうようになった中学生の強がりを誤魔化してはしゃぐのにはもってこいだった。
 そこでオレと一緒に遊ぶガッシュの姿は、学校帰りの公園で見かけるようないつもの姿以上にはしゃいでいた様子だったから、午後三時の今、眠りに落ちてしまったのも仕方ないのかもしれない。

 それにしても、綺麗な寝顔だな。そんな照れくさいことを思った。普段まん丸い、どちらかというと可愛い印象を持たせる大きな瞳は閉じられ、その顔の端整さを自覚させられる。あどけなさと美しさの調和が取れた顔は見慣れなかった。毎日見えるといえば見えるのだが、暗い部屋では寝顔はぼんやりとしか見えなかったし、朝はだいたいガッシュの方が起きるのが早い、というかガッシュは恐ろしいほど寝起きも寝付きも良くて、こんな風にまどろむ姿は珍しかった。普段やかましい幼児だとは思えない、静かな寝顔だ。気づく度意外に思うが、ガッシュは大人しい寝姿をしている。

 帰ってきて、手を洗って、昼飯を食べて、部屋に入って。疲労をとるためにとオレはベッドに寝転がって、ついさっきまではうとうとと今の子どもと同じようにまどろんでいた。数十分かそこらだろうか、それくらいして起きた時には、いつの間に金色が傍で添い遂げるように伏せて寝こけていた。寝ぼけながらも当初はこの子どもをたしなめるように「風邪引くぞ」「お前の布団に行くか、オレのベッドに登れ」と声をかけていたものの、レム睡眠に入っているらしく、起きる素振りがなかった。
 仕方なく起こさないように部屋を見渡すと、ちょうどよく毛布があった。また風邪を引かれて、学校に連れて行ってくれ云々と騒がれても面倒だしな、とまた誰に言うわけでもない言い訳を心に秘めながら、毛布を寄せた。

 ちらりと様子をうかがうと、平和の体現のような顔をして微笑みながら目を閉じていた。緩い口元からブリとこぼしている。夢を見ているようだ。金糸がふわふわと舞って跳ねている。毛布をかける前に触れてみたい、と瞬間思った。……ガッシュは熟睡している。きっととうぶん起きやしない。起きないでくれ。祈りつつ、手を伸ばす。触れるまで、あと二十、十五、十センチ──
「ヌ……?」
 しくった、と思った。不格好に手が固まる。撫でるためにとベッドから少し起こした体もかちこちに硬直する。ああ、どうして気づけなかった高嶺清麿。微笑んでいたのなら、寝言を言っていたのならばガッシュは多分夢を見ていたはずだ。夢を見ている素振りを見せていたというのなら、ノンレム睡眠に、浅い眠りに移行している可能性が高かったというのに。
もぞり、と身じろぎしたガッシュは、眠そうながらに目を開けた。大きくて、まん丸い、可愛らしい目が開かれる。そっと顔も動かして、こちらを見やった。

「きよまろではないか……
 寝ぼけまなこにそう呟かれると、愛おしげに微笑みかけられた──ような錯覚を受ける。ただ、眠いだけだろうに、寝起きだからなだけだろうに、なぜそんな風に思ってしまったんだろう。
「このては……なんなのだ……?」
 訝しげな顔をされながら、伸ばしかけていた腕をがしりと掴まれて、逃げ場を失った。ああ、あんな錯覚だか幻覚だかを見て変なことを思うくらいなら、手を動かして元に戻して、素知らぬ顔でおはようと言えばよかったのに。つくづく今日は判断が遅れる。朝、慣れない返事を返したからだろうか。さっき一緒に遊んだ疲れがまだ取れていないのだろうか。

 何と誤魔化せば良いだろう。素直に「お前の頭を撫でたかった手だ」なんて言えるはずもない。最初からそれを言う選択肢はない。ゴミがついていた、とでも言えばこの場は平気だろうか。今こいつの頭にはホコリひとつないが、何かを払う演技をした方がいいだろうか。そんなことしたら逆に胡散臭くなるかもしれない。慎重に行動しないといけないが、迅速に判断せねばバレかねん。頭を撫でたかったからなんて知られてもガッシュは明るく「こっそり私が寝ている間にせずとも、清麿にだったらいつでも大歓迎だぞ!」と平然と言ってくるだろうが、それも気恥ずかしいし癪だ。こいつが起きている間頭を撫でるのは、こっちが甘やかしているはずなのに、逆に甘やかされているような態度を取られそうで、癪だ。

 そうしていればもう片方の手が腕の拘束に加えられ、余計と逃げ場を失う。ガッシュは魔物なだけあってこういう時の力は人智を超えている。振り払えそうな余裕を持たせて置きながらも、全然ぴくりとも動かせないような絶妙な力加減で掴むことなんておちゃのこさいさいなのだ。自分にとって不都合で癪なポイントのひとつだった。
 ふわふわあたたかな、例えるならば太陽のような温もりに包まれて、絆されそうになる。この温もりに触れたかったのだと認めそうになる。でも、自発的に頭を撫でたかったという事実が素直にさせてくれなかった。
「きよまろのてはあったかいのう
 ふんにゃりと顔が柔らかく緩んで、そのままガッシュの元へと手が引きずられた。ぎゅっと握られる。ふにふにとした柔らかな子どもの手が、オレの大人に近づいて固く節張り始めた手を包み込んだ。絵面的には、見舞いに来た弟と、病気の兄みたいなんだろうか。お袋が見るドラマや水野たちが読む漫画でしか見ない構図だな、と現実逃避に考えた。
 何はともあれ、これ以上言及はされないらしい。再びまどろみに落ちかけている子どもを見やってほっと息をつく。

「きよまろの、て……きよまろ……
 もにゅもにゅと喃語とともに口ずさむと、ガッシュは笑顔のまま目を閉じて、そのまま寝付いた。疲れが残っていたのか、ガッシュ曰くあたたかいらしいオレの手の温もりに導かれてか、眠気に誘われるまま寝落ちた、心の底から幸せそうな寝顔に軽くため息をついた。その吐息の響きは優しく落ちていった。
 余計に立場は悪化しているはずなのに、気分は悪くなかった。……幸せそうな寝顔に免じて、ということにしといてやる。仕方がないな、という大人ぶった顔をガッシュに向けて、起こさないようにと気遣って、動かさないよう腕の力を抜いて──そのまま目を閉じた。自分がさっき見たかもわからない夢は覚えていないが、今寝たらいい夢が見られそうな予感がした。