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いぬみ
2021-10-03 20:23:02
6020文字
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ガ!!
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至って平和的な定期行事である
喧嘩したベル兄弟の話。仲直り済み。
※相も変わらずガとゼの父上と母上捏造が激しい
その日、仮にも王である私の頭に、大きなたんこぶができた。
「お前それ
…
どうした」
机に突っ伏している私の姿を見て、清麿は訝しげに眉を顰めると、問うた。言わずもがな、この私の頭の上にできた、物語でしか見たことのないようなデキモノについて言っているのだろう。なぜそんなものができているのか、誰に、もしくは何をしてこんなものができたのか。
もぞりと身動きして顔を上げると、私は答えた。
「ゼオンと喧嘩したのだ」
そして、この腫れたデキモノが、暗に双子の片割れによって作られたことを示す。未だズキズキと痛みを主張する頭の負傷に顔を顰めながら、これがあと何時間も続くようならティオに診てもらわねば、と考えた。
「珍しいな
…
お前らが喧嘩なんて」
清麿は、目を少し見張って、驚いているようだった。確かにゼオンとは、口喧嘩に似た言い合いや組手こそすれど、個人的な理由による取っ組み合いの体を張った喧嘩というものは今まで数えるほどしかしていない、はずだ。あの時敵対していたとは思えないほど仲がいい、と周りからよく言われる。
実際仲はいい。なんて言ったってずっと欲しかったお兄ちゃんなのだ。そもそも私の方はゼオンのことは最初から嫌っていたわけではない。ただなぜ記憶を奪ったのか、なぜそこまで私を憎しむのか、なぜ周りに被害を及ばせるのかが疑問だっただけで。疑問が晴れ、ゼオンも心から自分の勘違いだったと納得し、記憶を返してもらい、一緒に暮らす約束をして和解したならば、もう兄弟間での問題はないのである。
「で。お前、ゼオンに何したんだよ」
気を取り直して、清麿は問いを続けた。今の答えだけでは『なぜ喧嘩をしたのか』はわかっていないから、当然だろう。ただ、その言い草に気づいた途端、私は勢いよく顔を上げて異議を申し立てた。動いた拍子にケガが痛んだ。
「何で私が何かしたこと前提なのだ!?」
納得いかないと、なぜそう決めつけるのだと、大声を張り上げて抗議した。しかも清麿は〝答え〟を出していない。のに、決めつけて言っているのである。全くもって心外だ。王に、パートナーに、生涯の親友に向かって酷い。この薄情者め。
「違ぇの?」
清麿はひょうひょうと訊く。違うのかとは訊いているが、私が何かやらかしたのだろうと疑っていない様子だった。話も聞かないで。
あまりにも、あまりにも信用がない。私を一体何だと思っているのか。私はそんなことをするようなものだと思われているのだろうか。
「
……
だいせーかい、なのだ
…
」
──まあ、今この時に置いては、その推測は当たっているのだけれど。
それでも酷いではないか。きっぱりと何も聞いていないのに私がきっかけだと確信したように話して。それもまたある種の信用と言えるのであろうが、あまりにも遠慮というものがない。
いやあっても別に困るっちゃ困るのだが。やさしすぎる清麿は違和感がある。キャンチョメと人間界で初めて出会った時を思い出すのだ。偽物ではないかと。何があったのだと、疑いをかけてしまう。やさしい清麿は私になにか気に入らないことがあって怒っている時か、私が弱っている時か、清麿自体が偽物の時かだから警戒心の方が勝ってしまう。あっちもあっちで、こちらがちょっかいを出した時に容赦がないのだからお互い様だ。
まあどうせはぐらかしても〝答え〟を出されてバレてしまっていたのだろうけど。〝答え〟をわざわざ出さずとも結局見透かされている。
そろそろ最初の問いに答えろ、とでも言うように清麿はこちらを見る。何も言っていないのに妙な威圧感というかなんというか、迫力がある。嘘なんてつけないような、つかせないような目つきだ。別にまあつく気は毛頭ないのだが、自分が絶対に悪かった事情をこの目線の中話すというのは、後ろめたさがどうにも伴う。
けれど清麿に嘘をついたってどうにもならないし、
清麿
鬼
に怒られるわけでもなし。清麿はただ『知りたい』だけなのだから。そろそろと話し出した。
「ゼオンのタルトを
…
許可も取らずに勝手に食べちゃったのだ
…
」
私用の──王族専用の冷蔵庫に美味しそうなタルトが入っていたから、つい手を出してしまったのだ。つやつや光り、丸々と太った大きないちごがたくさん溢れた、贅沢な一品だった。そんな一目で美味しいとわかるようなスイーツがお腹ぺこぺこの状態の魔物が見たらどうなるかなんてわかるだろう。自分のものではないと知りつつも食べてしまう。共用の冷蔵庫に入っていたし名前が書いてなかったのだからと言い訳をして食べてしまう。ひとくちだけ、を繰り返して食べすぎてしまい、そのまま素知らぬ顔で素通りしてしまう。後を知らずして。
今考えるとまあ、頭が悪いと思う。ひとのものを盗ったらドロボウだ。してはいけないことだ。本能には勝てなかった。理性というものを置いてきてしまっていた。でも、あんなに美味しそうな匂いのするタルトを無防備に置いておくのもどうかと思う──と、逃げ道を作ってしまう。
「親が親なら子も子だな
…
」
清麿は、呆れているようだった。
親。確かに父上と母上はまた喧嘩していた。望んでいた〝本当の家族〟は、想像よりも随分と賑やかで、想像していたよりも随分と物騒だった。父上はまだ大人しいが、母上は気性が荒いの言葉に収まらないようなひとだ。やさしげな顔つきと儚げな銀色の髪から、まさに王妃であり淑やかな母上の器なのだろうと思われがちだが、そんなことはなかった。まあ良く考えれば私とゼオンの母親なのだ。気が弱いわけないのである。
暮らし始めて数年かは、流石に取り繕っていたらしく、そんな素振りは一切見せていなかったのだが、いつだったか、隠しきれずに本性が顕になったことがあった。腕っぷしが強くて、荒っぽく大雑把で快活なひとだ。そんな化けの皮が剥がれたあとは潔く認めて、それからは普通に素のまま接している。
母上と父上は数日に一度は激しい喧嘩をしているし、その理由は案外くだらない、些細なことだ。どちらが自分のケーキを食べただの、どっちが貸したものがまだ返ってきていないだのと程度の低い言い合いから発展して肉体言語に頼り出す。数ヶ月に一度は、その勢いに飲まれて王宮は半壊する。使いらが壊れた王宮を直すその手際の良さから何十年何百年も前から当たり前の出来事となったのだろうことを幼いながらも悟っていた。最初は、私はもちろん、兄も呆れを通り越して呆然としていた。特にゼオンは、数年見てきていた親の本性に誰よりも困惑し、納得し、戸惑っていたようだ。急に距離が近くなり解像度が上がった父と母の姿を見れるのはありがたくもあったが拍子抜けもした。今や二人の喧嘩は王宮の恒例行事である。まあ、取り繕われるよりかは良い、とは思うが。
食い物の恨みとはおそろしい、とはその通りで。食い意地が張っているといえばそうなのだが、食欲は三大欲求のひとつなのだから、意地を張ってでも遂行すべき事柄であるのだ。そりゃあどんな輩にだって怒られる。
「いつもだったら
…
見過ごしてくれるから、調子に乗ってしまったのだ
……
」
ゼオンは、案外優しい。怒る正当な理由がないならば普段はずっと穏やかなのだ。彼が受けていた〝修羅〟を抑える訓練は幸をなしているらしく、多少の無礼なら飲み込んでくれるのだ。
……
だからこそ、彼が怒った時の秘めていた苛烈さが、顕になった獰猛性がおそろしいのだけど。
清麿もおそろしいはおそろしいのだが、清麿の怒り方というのはわかりやすく、スッキリとしているから耐えやすいといえば耐えやすい。鬼の顔はおぞましいが、一回怒れば清麿はもう怒りを引きずることはない。どれだけ理不尽な理由で怒りを買おうが、明らか自分が悪い時に怒られようが、一回怒鳴られ叱られ怒られどつかれれば、踏ん切りをつけてなかったことにしてくれる。ほっと一息つける時間というものがあるのだ。ただ、鉄槌は痛い。人間だからといって侮ってはならない。彼の絞め技は強く痛く苦しいのだ。ティオの首絞めの力とその頻度と、パティの怨怒霊を足してそのまま等倍したのが清麿なのだ。怒らせないで損はない。
「強かったのう
…
兄上
……
」
それはそれとして、思い返して、ぼやいた。あの時のゼオンはすごかった。殺気と敵意に満ちていた。もしかしてファウードの時の私を憎んで恨み辛み憎しみを剥き出しにしていたゼオンへと戻っておる? と疑うほどに。バチバチと紫電を纏い、鋭くギラつく瞳でこちらを睨みつける兄の姿は今でもありありと思い出せる。命の危険すら感じた。蛇に睨まれた蛙の気持ちがよくわかった。
向かい合って説教のような文句を聞き入っていた時、急に兄は動きを見せた。そして、気づいたら自分は床に叩きつけられて、呆気に取られるうちに投げつけられていた。その時、受け身は取ったはずなのだが取り切れずに頭を床に思い切りぶつけたのだ。何するのだ、私の頭がバカになってしまう! と抗議すると、「お前はこの兄の弟なんだから強く賢い!!! そんなことにはならん!!!」と叫ばれた。こんな状況でなければ兄に褒められ認められたことが嬉しくてはね回っていてもおかしくなかったのだが、その時は兄自身に痛めつけられていたのだから、どう捉えればいいかわからなかった。私もあれから訓練をしているから強くなったはずなのだが、兄も同じだけ訓練に励んでいるから、魔界でゼオンと戦って勝てたことは今までにない。やっとゼオンの強さに追いついた時には兄も先に進んでいて。未だ兄には敵わない。それを、兄と戦う度に実感する。
「ゼオンは一度怒ると長いからの
…
」
まあ、それを知ったのは割と最近のことだが。良く考えれば三歳の頃より抱いた怒りを三年後に鮮烈に表現できるようなひとだ。感情を引きずりやすい性分なのだろう。それが正か負かの違いだ。
「普段は目を瞑ってくれていることを実感するというか、今更なことを掘り起こしておるの、というか
…
」
ゼオンは、意外に相当なことがない限りなかなか大きな怒りを見せないが、それが爆発した時が、溜め込まれただけあって威力が桁違いだ。しかも、一度怒った時、直接的な原因以前の自分の失礼な行いについても言及してくるのだ。あの時もオレの分のケーキを食べただろ、オレの私物を何も言わずに借りただろ、いくら言っても下着を着ない、いい加減にしろ、堪忍袋の緒が切れた、いつまでも許してやると思うなよ、とゼオンはつらつらと私の今まで犯してきた悪行と恨み節を叫んでいた。よくもまあ覚えているのう、と感心すら覚えると同時に申し訳なさと罪悪感に飲まれた。
しかもその爆発のタイミングというものは掴みづらい。機嫌の悪さとタイミングの悪さとが重なって、ある一定の量を越えると起こるのだが、それが今どれくらい貯まっているのか、あとどれくらいで満タンになるのかがわからないのだ。聞くわけにもいかないし、だいたい怒りが貯まっていたのだというのがわかるのは怒らせてしまった時だ。時すでに遅しの言い表しのようで冷や汗が出てしまう。
「お袋みたいな怒り方すんだな
…
」
高嶺華。高嶺家の紅一点、日本の地で女手一人で清麿と暮らしていた、私のもう一人の、人間界での〝母上〟。流石
清麿
鬼
の母上だとでも言うように、彼女も怒るとこわい。普段は極めて穏やかなのだが、礼儀がなってなかったりする時、ひと様に迷惑がかかりそうなことをしでかした時等には、しっかりと怒る。笑顔なのに、窘めるようなのに、何だかこわいのだ。
そんな母上殿も、一度本気で長く怒ると、過去の出来事に対するお小言を発するのだ。そういえば昨日靴下裏返したままだったでしょ、昨日は何時まで起きてたの、そんなんじゃいつか苦労するわよ、全くそろそろ直しなさい、何度言ったと思ってるの! と良い機会だとでもいうようにつらつらと述べるのだ。私はされたことはないが、清麿が大人しく正座してお説教を受けているのを何度か見たことがある。普段戦っている時や、私に軽口を叩いている清麿と同一なのが信じられないくらいしおらしく叱りを受ける清麿に、大人びているように見えても私と同じ子供なのだと少し微笑ましさを感じていた。
母上殿が本気で怒るきっかけも図りしれない。いつの日か「女の怒りはポイント制なのよ」を有無を言わさず言っていたような気もする。女の怒りの爆発は、積み重なり一定のラインを越えて爆発する、その被害はタイミング悪く最後のトドメをさしたものに向けられる、という意味らしい。理不尽だが、小言だとか説教だとかは説得力のあるこちらが悪いのも事実で逆らえない。清麿も、母上殿には敵わないのだ。
その怒り方はゼオンに似ている、とは盲点だった。たしかに言い得て妙だ。怒られたあとしっかり話を聞いた上で、真摯に謝れば基本許してくれること、なんだかんだ甘くやさしいところも一緒だ。
……
まあ、食べ物が絡む問題はそれ相応の贖罪も要求されるのだが。
もちろん、ゼオンに肉弾戦でボロクソに負けたあとはしっかりと謝ったし、とある条件付きで許してもらえた。そしてそれは、ついさっきやり遂げられ、その〝条件〟のせいで私の財布は少し寂しくなった。
条件は、贖罪方法は、『食べた分とお詫びの分で同じタルトをふたつ自費で買い兄に献上する』というものだった。ショーケースに入ったきらびやかないちごタルトを店で直接買った時の周りの顔と視線を思い出す。ついさっき、執務が落ち着いたので買いに出かけたケーキ屋さん。王の頭に大きなたんこぶがあること、王が直接タルトを店で買っていること両方に驚き不思議がっていたようだった。まさかありふれた兄弟喧嘩の末とは思わなかったろう。
王としては情けなく無様な様を見せているのかも知れないが、こういう日常も好きだった。清麿ともこんな口論と喧嘩をよくした。流石にゼオンとしたような、訓練の延長のような決闘じみた戦いはしなかったが、今考えると仲の良いきょうだいのようで微笑ましい。母上殿のあの見守るようなやさしい瞳の真の意味がわかったような。
こんな平和的に喧嘩ができ微笑ましく仲直りができるというのは成長でもある。望んでいた〝きょうだい〟の形だ。
魔物の治癒力というものはすごいもので。一応手加減されてできた傷は多少痛みが続いても長くて一日で治っていく。それでもこの治り方は遅い方だが、ようやく腫れが引いてきたようだ。ティオにかかる手間はなくて済んだらしい。そのことにほっとした。いつの間にか清麿はさっさと執務に戻っていた。そのことに気づいて、私もはっとして仕事に向き合い始めた。
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