いぬみ
2021-05-21 21:39:40
2355文字
Public ガ!!
 

いつか沈むときまで

ガ清

夏まっさかり。
太陽はじりじりと肌を焼き、入道雲が真っ青な空にぽっかりと浮かんでいた。
暑い。本当ならば涼しい部屋の中で優雅に本でも読んでいたというのに。
なんでこんな真夏の昼間、外に連れ出されているのかといえば、言わずもがなこの横にいる魔物の子どもの仕業だった。

「海に行きたい」と唐突に言い出した我がパートナーをあしらうのと、お袋が懐かしいと言いながら昔のオレの水着を持ち出して来たのはどっちが先だっただろうか。
確か、お袋が「あら、ガッシュちゃんこれ着れそうね、いい天気だし、折角だから泳ぎに行ってきたら?」とガッシュに水着を見せて、ガッシュが目を輝かせてそれで─────

ああそうか、お袋が先だったかと思い至る。
暑さで少し頭がやられているのかもしれない。水筒に入れてきたスポーツドリンクを煽る。ひんやりとした感触が喉を通り抜けていって、一瞬だけ涼む。
それにしてもあまりにも暑い。アスファルトから照り返してくる熱は容赦なく体を焦がす。
身長が低ければ低いほどその影響を受けやすいというのに、横の魔物はそんなこと気にしてもなさそうだ。魔物も熱中症になるんだろうか。
その様子にこっちが気になって自分が飲んだついでに、お前も飲んどけ、とガッシュ用の小さな水筒を手渡す。ウヌ!と元気な返事の後素直に飲んだ。熱中症はこわい。

こんな暑いときに、海なんて行くのは嫌だった。熱中症のリスクも増えるし、人も混んでいるかもしれない。家にいた方が涼しいし安全なのは、確かだった。
しかし、仕方ない、とも思った。しょうがない。誰もあんなの追い払えるわけがない。オレが甘いんじゃない。
海に行きたいと言われても、普段ならそのまま冷たく押し返して、それきりだっただろう。
こっちには宿題もあるし、この戦いが始まってから忙しくてまだ読めていない本が山積みになっている。時間は刻々とあっという間に過ぎて、すり減っていく。
それでもつい流されてしまったのは。
ガッシュの、この、キラキラした目のせいだった。

一人でいつもみたいに勝手に行けよ、その間オレは本でも読んでる、と背中を向けても、「清麿とでなくては意味が無いのだー!!」と騒ぎ出していた。
それがあまりにも喧しくて、つい行くと、勢いで、言ってしまった。
本当かの、と引き下げられてしまったオレに、発言の取り消しなどできるわけもなく。
無邪気に輝く子どもを非情に跳ね除けられるほど、薄情でもなく。
今、こうして最寄りの海まで歩いている訳だった。

海は危ないから気をつけるのよ〜と手を振るお袋に、わかったと手を振って。
任せるのだ、海には慣れておる!と胸を張る子どもにそうじゃないだろ、とツッコミを入れて。
それから、ただ黙々と、はしゃぐガッシュを横目に、炎天下の中、足を動かしていた。
二人分の水着とタオルとその他もろもろの入ったスポーツバッグを持ちながら。本来の役目を果たすことのできたスポーツバッグは重たかった。

─────まぁ、「清麿と一緒に海!海!」といつにも増して楽しそうにしているのを見るのは、悪くは、ないけども。

それにしてもなんでオレも行かなきゃなんねえんだよ、と悪態をつけば、
「ブリの取り方を教えたかったのだ!清麿も取ろうぞ!」
と嬉々として言ってきた。反射的にオレは取らねぇ!と抗議の声を上げた。
「清麿と魚を取るのだ、取った数で勝負するのだ」
それでこんな風に歩かされていることが、気に食わなかった。
「清麿とふたりで一緒に食べるブリはさぞかしおいしいだろうの、今日は寂しくないのだ」
その小さく期待に満ち溢れたことばで、許してしまうことも。





しばらく歩いて、ようやく到着か、といったときだった。
「潮の香りがするのだ清麿、まだかの、海、海!」
「あとちょっとだ、慌てんな」
ちらちら見える青い水ではなく塩辛い匂いで海を感じ取るのがらしいな、と思いつつ、窘めた、が。
海!海!!清麿と、海なのだーっ!!!」
うずうず、そわそわといったように小刻みに震えて弾ませる子どもは、はじけるように飛び出した。

どんどんと小さな背中はさらに小さくなっていく。紺色のマントが風の勢いにばさばさ鳴るその音が、遠のいていく。
自分の親指ほどの大きさになったところで、ガッシュはハッとして、振り返った。
「私先に行っておるのだ、清麿!」
手を忙しなくぶんぶんと勢いよく振って、また、後ろを向いた。
それを見て、つい、手を伸ばしてしまった。
小さくなって海へと消えていく背中に、焦燥感を覚えた。

今日常のときには見合わない、物悲しい感覚だった。
この本を自分が手放さない限り、お別れはこないというのに。手放すことなど、ありはしないというのに。
命にかえても、この本は護り切る。この本を絶対に炎の赤に染めさせないと、随分と前から誓っている。それが破られるときはこない。

しかし、気づいていた。暑さにゆだった頭でも、手を取るようにわかっていた。
たとえ、ガッシュを王にしても、お別れはくる。
結局あいつは、いつか、魔界に帰ってしまう。
自分の目的は、恩返しは、ガッシュを王にすることだと心に決めているのに、それがとてつもない喪失感と、危機感を感じさせた。

抱いては、いけない感情だった。
考えては、いけないことだった。
まだ、自分にはするべきことがある。ガッシュを王にするという、〝役目〟がある。
それを思い出し、首を振って、いけない考えを追い出した。
それに伴って、髪にしみていた汗がはねた。

それでもせめて、このゆとりのある日常がゆっくり過ぎていけばいい。
そう願うことだけでも許してくれと、遠くなった金色の太陽を追いかけた。