梶木鮪
2024-11-24 21:17:28
6814文字
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アテナイの学堂の夜

レガ主がdrf世界にきたらこういう感じだろうな、というクロスオーバーネタ。
いろいろ注意。

 ここは、グ=ビンネンの海上にある航空母艦、飛龍。
 その、座礁し半壊した、異世界の産物である鉄の鯨の中の一室にて。同じくめいめい異世界から飛ばされてきた男達が、何やら会話をしていた。
 机に広げられた、精巧な地図が描かれた羊皮紙の上には、魔法で浮かばせられたランプ。その他、分厚い本や筆記用具やメモやらが、ランプのオレンジ色の光の中をゆっくりと旋回している。

——つまりはだな、ここいら一帯の彼奴等の野営地を残らず殲滅させられては、困るのだ」

 異世界からこちらの世界へとやって来た、この世界では漂流者と呼ばれる者。そのうちの一人である壮年の男性……ローマの英雄であるスキピオ・アフリカヌスが、机の上に広げられた羊皮紙を前にそう熱弁した。
 ここいら、と彼が指差したあたりには、敵を表す記号と、ラテン語で書かれた文字が見える。

「敵の大将は、救世主などという肩書きを名乗ってしまったばかりに、救いを求める手を拒めなくなってしまった。死の淵に立った者であっても『これは助けられん』と見捨てること叶わず、そいつが息をし続ける間は救済し続けなければならなくなった。だからこそ、我らを救いたまえという声を、奴の周囲にたくさん発生させてやろうじゃないか」
「戦死者ではなく負傷者を出せ、と。黒王軍の歩みを、一分でも一秒でも阻害し続けるために」

 トンッと指先で軽く敵軍の印を叩いてやりながら、にやりと楽しそうに自分の策を話すスキピオ。
 その右隣で、この鉄城の主たる山口多聞が、タバコをふかしながら他の者にも分かりやすく噛み砕いて伝える。
 やらねばならない仕事は、主に二つ。敵を死なない程度に傷つけることと、野営地にある食糧を残らず灰にすること。
 そう話して羊皮紙の上に鉛筆で指示を書き足した提督に、渋い顔を見せる者が二人いた。

「負傷者、ですか。えっと、僕は殲滅の方が得意なんですが……
「俺もじゃ」

 少し申し訳なさそうに声を出したのは、白い枝のような杖を手にした、十代くらいに見える少年。そして、あちこちの肌を包帯で覆ったままの赤い鎧の侍が、それぞれ大なり小なり不満を漏らす。
 特に、ムッと表情を曇らせた侍——島津豊久は、負傷者を出せという指示が気に食わなかったらしい。
 むすくれたまま宙に浮かんでいた筆を荒っぽく掴むと、豊久は羊皮紙の上に黒々と線を引いた。

「俺は、突っ走ることしか知らん。それに、叩いたら叩いて潰せち教わった。敵を残しちょくと、後で俺らん首を搔きにくっかもしれん」

 じゃっどん、俺とこん坊主なら、こん敵陣の兵どもを根切りにすることだってでくっぞ。
 そう得意げに鼻を鳴らして、豊久は敵の印に「バツ」をつけて見せた。真っ黒い墨は、あっという間に羊皮紙に染み込んでいき、敵の印を飲み込んでしまった。
 そんな相手に、呆れたような目を向けながら、スキピオが口を開く。

「ちゃんと話を聞いていたのか君は。いいか、ここでやるべきは殲滅でも敵陣突破でもない。できるだけ酷い嫌がらせをしろと言っているんだ。分かるか? 怒った象でも、もう少しまともに話を聞いて動くぞ?」
「スキピオさん、抑えて」

 ローマの英雄たる軍人面から、いつもの調子に戻り出したスキピオを宥める少年。杖を動かしスキピオの前にお菓子を出しながら、どうやら魔法が使えるらしい少年はゆっくりと言葉を発した。

「僕も、豊久さんと同様に殲滅の方が得意ですが、同じくらいに悪戯も得意なんです。だから、相手が嫌がることを思いっきりやってみますね」

 そうにこりと微笑んでみせた少年が、慣れた手つきで杖を一振りする。
 すると、羊皮紙の上のバツが瞬く間に姿を変えて、慌てふためく敵兵の絵に変わった。しかも、羊皮紙の上を縦横無尽に逃げ惑う敵兵の尻には、少年がよく使うあの凶暴な野菜が噛みついている。
 戦闘中の魔法も見事だったが、こちらも中々すごいな。
 そう感心しながら、目の前に出されたお菓子をスキピオが食べていると、その隣の提督が獅子座の形に浮かんだ金平糖を摘んで苦言を呈した。

「君が思いきり事をしでかしたら、それこそ敵は悲鳴をあげる間も無く息絶えるだろう。むしろ、島津君よりも君は手加減を心がけるべきだと、私は思うがね」

 そう、感心半分恐れ半分に、提督が言葉を発する。
 その言葉の意図を理解しているのかしていないのか、魔法使いの少年は依然として人懐っこい笑顔を浮かべていた。

「確かに、僕は魔法が使えますが、力の強い相手には押し負けるかもしれないんです。手加減が必要なほどの力は、僕にはありませんよ」
「人を火薬樽に変えて敵にぶつけちょった野郎が、何を言いやがる」

 眉尻を下げて笑う少年に、豊久はジトリとした視線を向けてそう吐き捨てた。
 そのまま、机の上を跳ね回っていた蛙型のチョコレートをむんずと掴んで口の中へと放り込んだ豊久は、そういえばと辺りを見回した。

「あんせからしか童と南蛮人は、どけ行たんか」
「あれ、そういえば姿がないですね」

 先ほどまで、至極退屈そうな顔でめいめい羊皮紙の上に落書きをしていたのに、今は姿が見えない。
 厠かの、と呟いた豊久の声に頷きつつ、念の為と少年はまた杖を振るった。

「レベリオ」

 ぶわり、と少年からうっすらと魔法の光が放たれ、すぐに空気に溶けて消えた。
 スキピオや提督、そして豊久はこの魔法の詳細を知らない。だが、少年が言うには、これをかけると人や物の居場所が分かるらしい。
 だからこそ、敵陣の中であってもあれだけ敵の位置を正確に言えるのかと一人納得して、豊久はキョロキョロと辺りを見回す少年を見守った。

「キッドさんとブッチさんは、こちらに向かって来てますね」
「そうか。それで、大尉は今どこに?」
「菅野さんは……

 もう一度杖を振った少年が、ぐるりと部屋を見渡して、最後にこの部屋の天井を見上げた。
 その瞬間、少年はギョッとした様子で目を見開いた後に、何か合点の言った様子で息を漏らした。

「上にいます。天井に」
「えっ?」

 予想外の返答に驚いて、机を囲んでいた皆が上を見上げる。
 するとそこには、天井付近をフヨフヨと漂いながら眠りこける、菅野直の姿があった。

「なっ、は、何だあれは!?」
「空も飛ぶっ奴なら、そりゃ宙に浮かびもすっか。チビで軽かでな」
……

 驚いて声を漏らすスキピオと、少しズレた発言をして頷く豊久。そんな二人を差し置いて、提督は無言で少年に説明を求めた。
 この世界での不思議……特に、こういった場合の不思議には、少年が一番詳しい。

「きっと、菅野さんはビリーウィグに刺されたんだと思います」
「ビリーウィグ、というのは?」
「僕らの世界に生息する虫で、刺されると眩暈がして宙に浮かんでしまうんですよ」

 とても素早い虫なので、僕らでさえ刺されたのに気づかない事もあって。
 こっちの世界に連れて来たわけではないんですが、どこかに紛れ込んでいたのかも。そう話した後に、少年は「アクシオ」と唱えて菅野を机の上に呼び寄せた。
 そのまま、縄を出して飛んでいかないように菅野の胴に結び、これでよしと少年は笑った。
 そうしても未だ菅野の目は覚めず、まるで風船のように宙を漂うばかりだった。

「前にこうなった時に作った魔法薬があるので、起きたらそれを飲ませます。おそらく、一時間もあれば元に戻るかと」
「それを聞いて安心したよ。ああそれと、後で、君の世界の危険な魔法生物について、皆に周知しておくように」

 大尉のような件は、もうこれっきりでいい。
 浮かんだまま紙の鶴に突かれている菅野を見て、提督が重いため息を吐く。
 同じ世界の別の国からやってきたと少年は話したが、あまりにも一般常識に差があり過ぎて、どうにも扱いが難しい。
 自分が今食べているものも、どんな副作用があるか分からんな。そう内心思いつつ、提督が宙に浮かんだ色とりどりのビーンズを眺めていると、バタバタと廊下を走る足音が複数聞こえてきた。
 どうやら、強盗の二人が帰って来たらしい。
 だが、魔法でその到着を予期していたはずの少年は、どこか浮かない顔で机の上とランプに視線を彷徨わせていた。

「ん? どうした、そんなにソワソワして」
「えっと、実はさっきレベリオをかけた時に気がついてしまったんですが」

 少年の様子に気がついたスキピオが、若干菅野の方を気にしながら声をかける。すると、少年は恐る恐るといった様子で、目を閉じながら声を発した。

「お二人は、多分、ポリジュース薬を服用してしまっていると思います」
「ぽり……?」

 聞きなれない言葉に、その場にいた(菅野を除く)全員が首を傾げた瞬間、部屋の中に強盗二人が慌てた様子で転がり込んできた。
 一同が目を向けた先には、息を切らした髭面の男が二人立っている。

「おい、魔法使い!! 倉庫にあった妙なラベルの酒……みたいな何か飲んだら、ブッチが俺になった!!」
「何だあの瓶の中身……犬の小便みてえなひっでえ味がしたぞ……

 半分錯乱した様子で少年の方を揺する、強盗の片割れであるサンダンス・キッド。
 そして、その後ろで顔を顰めて口元に手を当てている、もう一人のサンダンス・キッド。
 少年は二人を見比べて、今自分を揺すっている方のキッドの頭にトレードマークである帽子が乗っているのに気が付いた。よく見ると、もう片方のぐったりしているキッドは、相棒であるブッチ・キャシディと同じ服を着ている。
 その二人を見比べた少年は、納得した様子で手をぽんと叩いた。

「なるほど、こっちが本物のキッドさんですね。で、あっちがポリジュース薬……他人に変身できる魔法薬を飲んでしまい、キッドさんに変身してしまったブッチさん」
「ああ、ああそうだよ、俺がキッドだ! で、何であいつは俺になっちまったんだ!? 正直見ててすげー気持ち悪いから何とかしてくれ、今すぐに!!」
「気持ち悪いのは俺も同じだっての。ちょっと口濯いでいいか?」

 鬼気迫る勢いで少年に話すキッドに、キッドの姿をしたブッチが言葉を被せた。
 どうやら、ポリジュース薬の味が相当こたえたようで、顔を顰めてはモゴモゴと口を動かしている。
 そんな、キッドの姿をしたブッチの前に、魔法で水盆を出してやりながら、少年はどう事態を説明したものかと思考を巡らせた。それに、この作戦会議も、いったん終わりにしないといけない。

「提督、少しお時間いただいても?」
「ああ、構わない。流石に、ここまで摩訶不思議な状況が続くと、気が散って仕方がないからね」

 説明を頼む、と提督が言った言葉を皮切りに、少年は口を開いた。

***

 「——なるほどな。つまり、俺がぷかぷか浮かんでいるのは妙に素早い虫に刺されたせいで、髭面が二倍になったのは、酒をギンバイしたせいってことか」

 そこの馬鹿野郎二人はともかく、完全に俺、とばっちりじゃねえか。
 縄で括られたままの菅野が、そう苛立たしげにそう吐き捨てた。
 少年の薬を飲んだおかげで、段々と浮遊の高度が下がり、今は地面から三十センチほど浮かぶだけになっている。だが、それでもイライラが抑え切れないらしい。
 寝てる間に、自分の体が勝手にそんなことになっていたなら、さもありなん。そう少しだけスキピオは菅野に同情して、二人になった髭面の方を見た。

「まあ、こいつの方はともかく、気になるのはそっちの二人だ。そもそも、どうして倉庫に変身薬があったんだ? しかも、君が言うには、例の薬は変身したい相手の体の一部を入れないといけないらしいじゃないか」
「そーそー、そこ気になるよな。鼠の毛とかならともかく、何でピンポイントでこいつの毛が入ってたんだよ?」

 本物のキッドを指差しながら、キッドの姿をしたブッチがそう話す。
 他人の毛を摂取したことが、よほど嫌だったのだろう。そう話した後、ブッチは思いっきり顔を顰めて、目の前のかぼちゃジュースを思いっきりあおった。
 ちなみに、その隣に座っているキッド本人は、まだ気味悪がっていてブッチの方を決して見ようとしない。

「それに関しては、犯人を突き止めたので大丈夫ですよ」
「薬ん中に毛を入れた誰かを捕めたってことか」
「はい」

 大鍋ケーキを食べている豊久の言葉に、少年は頷いた。
 さっき倉庫で捕まえてきました、と言って、少年は鞄を出現させてその中に手を突っ込んだ。そうして、皆が見守る中、ランプの明かりの下に引き出された犯人は……

……動物?」
「鳥…………? いいや、カモノハシか?」

 宙に浮かんだまま首を傾げる菅野と、種族を予想して呟く提督。
 そんな二人に首を振って、少年は言葉を続けていった。

「ニフラーです。倉庫の中を探してみたら、奥の方で自分の巣を作っていました」

 この子たちは、キラキラした光り物や貴金属類が大好きで、お腹の袋に全部しまっちゃうんですよ。
 両手でがっしりとニフラーを掴んだまま、少年が説明をする。その間も、ニフラーと呼ばれたカモノハシのような動物は、くりくりの両目で周囲を見渡している。
 ふすふすと鼻を鳴らしている毛むくじゃらの姿は何とも愛らしいが、光り物を集める習性があるとは。
 強盗向いてんじゃねえのこいつ、とキッドの姿をしたブッチが言い、ニフラーの頭を突いた。

「きっと、ポリジュース薬の容器のラベルについてた金文字が気に入って、持ち帰っちゃったんだと思います。そして、どこかでキッドさんの金髪も拾って、巣の中に入れたんじゃないですかね」
「ああ、なるほど。そうして巣に保管されていたものが、何かのタイミングで薬の中に入り、それを酒と勘違いして飲んだ結果、姿が変わってしまったと」

 ニフラーの頭を撫でながら、提督がそう話した。
 まあ、そもそもこの二人がギンバイしなければ、今回の事態は起こらなかったのだが。
 この少年が動物の脱走に気がつかなかったのは悪かったが、そもそも盗みを働くのはどうなんだ。そう咎めるような視線を寄越す提督から目を逸らして、ずっと黙っていたキッドが口を開いた。

「それで……そのポリジュース薬とやらは、いつになったら効果が切れるんだ」
「服用から一時間くらいは効果があるので、あと三十分ぐらいはもちますね」

 少年の言葉に、キッドは天を仰いでから、そのまま机の上に突っ伏した。今日一日で、ずいぶん疲れてしまったらしい。
 そんな相手に「懲りたら盗みを働くのはやめた方がいいですよ」と声を投げかけて、少年はキッドの姿をしたブッチに話しかけた。

「ブッチさんも、ちょっと自業自得とはいえ災難でしたね。お詫びにこれ、差し上げます」
「ん? 何だこれ」
「フェリックス・フェリシス。幸運の液体です」

 これを飲めば、いいことが起こりますよ。そうニコニコと笑って差し出された液体に、キッドの姿をしたブッチはパアッと顔を明るくさせて飛びついた。

「マジか!! すげえな魔法!! 今度、酒場でギャンブルするときにありがたく使わせてもらうわ、サンキュー!!」
「賭け事もほどほどにしてくださいね?」

 そう忠告した少年は、また杖を一振りして、ニフラーを鞄の中にしまい机の上に羊皮紙を出した。

「よし、じゃあ作戦会議の続きをお願いします。提督、スキピオさん」
「少々まだ気になる部分はあるが、時間は有限だ。話を進めるとしよう」
「はい。よろしくお願いしますね」

 また、いつものように人に好かれる笑みを浮かべた少年を見て、スキピオは考える。
 分かってはいたことだったが、この少年の力はこの世界でも強大だ。
 もし何かが違えば、この子供は我々の敵として、この世界に君臨していたかもしれないのだ。あの、敵に向ける時の鋭い眼差しが、自分達に向けられていた可能性もある。
 そう思うと、恐ろしくてたまらないが……この少年を脅威であると切り捨てられないのは、本人の善性ゆえだろうか。
 そうスキピオは内心独りごとを言って、魔法でくるくると羽ペンを回す少年に声をかけた。

「君が、心に野心を少しでも持っていたなら、その喉を突いていたかもしれないな」
「僕はそんなことをする気はありませんから、安心してくださいね」

 ともすれば脅しとも取れる発言を、するりと何でもないことのように受け流す少年。
 そんな相手に安堵の息を吐いて、スキピオは羊皮紙の地図に向き直った。

 奇妙な縁で繋がった人間達の夜は、こうして深けていった。